女騎士ハラミを焼く#3 肉の死闘◆1
_無防備なセリマの背後に立っていたのは、標的の肉鎧だった。セリマの喉の奥に血の匂いが沸き上がる。肉鎧は腕を振りかぶる! (勝てるか? いや、逃げられ……) 自分の装備を一瞬で思い出す。隠密用のソフトレザーアーマー。 (クロスボウは間に合うか? ナイフを抜くか?) 61
2016-01-17 18:41:30_考えるより早く手が動く。思わずクロスボウで盾をしていた。肉鎧の巨岩のような拳をまともに受け、粉砕されるクロスボウ。 「ぐぁっ」 セリマは衝撃で跳ね飛ばされた。異常を察知した山羊たちの心細い悲鳴が酷く間抜けに響いている。 62
2016-01-17 18:45:19_息の塊を吐き、目の焦点を合わせる。転がった先の地面で、素早く状況を確認した。毒を塗ったクロスボウのボルトは背中にある。クロスボウはもう無い。 もつれる脚で立ち上がり、息を切らして逃げるセリマ。衝撃はまだ脳内を反響して意識を朦朧とさせる。 63
2016-01-17 18:50:41_軽快に走る足音。肉鎧は足が速いことを思い出したが、その情報はあまりにも非情なだけだった。腕を掴まれて、引き倒されるセリマ。 目の前にはスンスンと匂いを嗅ぐ鼻。どうやら匂いも感知できるらしい。情報不足だった。こちらの待ち伏せは完全に風に乗った匂いによって察知されていた。 64
2016-01-17 18:55:39_意識はいまだに混濁している。がむしゃらに拳をぶつけるが、びくともしない。背中からボルトを抜き、腕に突き立てる。 分厚い皮膚だ。毒さえ……毒さえ通れば勝ち目があるかもしれない。しかし傷は浅い。それでも、何度も突き立てる。肉鎧は全く効いていないようで、笑っている。 65
2016-01-17 19:01:17_浅い傷では毒が浸透するまで時間がかかる。しかし毒も負けてはいない。本来は巨大な獣すら倒す毒だ。ゆっくり毒が回っていく。ようやく、ボルトに毒が塗られていたことに肉鎧が気づいたようだ。すさまじい力が急速に弱まる。 セリマは息をつく。軽鎧の下は、気持ち悪い汗にまみれていた。 66
2016-01-17 19:05:06_肉鎧はと言うと、少し痺れた程度だ。セリマはこのまま死に至ってほしいと期待したが、現実は肉鎧の生体活動にほとんど影響を与えていなかった。 弱まった力でも、屈強な男くらいの腕力はある。ゆっくり腕を締め上げられ、殴られるセリマ。 67
2016-01-17 19:09:30_巨大な拳で殴られる。耐えるしかない。鼻血と鼻水が噴出し、口の中に血の味が広がる。鏡で見たら、酷く不細工になってしまっただろう。口が切れる。走馬灯のように記憶がめぐる。 68
2016-01-17 19:14:31(戦っている君が好きだよ) 技師の言葉。実際は腫れ上がって鼻水と鼻血で汚れている顔だ。こんな顔でも好きになってくれるだろうか。戦っている自分を好きになってくれるだろうか。そして……負けてしまう自分を、好いてくれるだろうか。セリマは酷く冷静に考えていた。 69
2016-01-17 19:20:14_死んだらかっこ悪い。生きていてもかっこ悪い。金髭のエリートの言葉を思い出す。 「なんたる無様。肉を食えるように努力しろ。お前は頭がいいんだからできるはずだ」 (結局、見返すことはできないのか) そんなの、かっこ悪い。 (いやだ……私は、戦いたい) 70
2016-01-17 19:24:41