ケンペイ天狗「ブルー・ブラリー・アイズ・イン・ナイト」

アナ・イゴール @KNPITNG

その日も極彩色のネオヨコスカの夜に泥のような重金属酸性雨が降り注いでいた。毛細血管めいて絡み合う猥雑なネオンの下では合法非合法取り混ぜた屋台が並び、バイオ海老スープの湯気がガソリン発電機の排気と混ざりあって貧民達の鼻孔をくすぐる。客引きの声と酔っぱらいの罵声。1 #ケンペイ天狗

アナ・イゴール @KNPITNG

夜を見上げればビルに切り取られた狭い空を海軍広報用二式大艇チャンが泳ぐ。『それは艦娘がもたらす安全で新しい戦争です。貴方は税金を納めるだけでいい』『提督適性検査。ネオヨコスカ市立病院でいつでも受け付けています。人生逆転はすぐそこ』雨に混じり降り注ぐプロパガンダ。2 #ケンペイ天狗

アナ・イゴール @KNPITNG

雑踏の隅で酩酊サラリマンが無免許オイランに手を引かれ前後ホテルに入っていく。屋台に座るパンクスは水タバコの管を三本同時に咥え耳から煙を噴き出し倒れた。人、人、人。長い深海戦争で疲弊した市民は、それでも退廃した街で愉しみを啜り生きる。暗い悦びも、路地裏の闇の中に。3 #ケンペイ天狗

アナ・イゴール @KNPITNG

【ブルー・ブラリー・アイズ・イン・ナイト＃１】 #ケンペイ天狗

アナ・イゴール @KNPITNG

「ドーモ」暗い路地裏の片端で赤いコートの少女がアイサツの声を上げた。バチン。『合法』と描かれたネオンが火花を散らし、一瞬だけ菊花が刻まれた鋼鉄バイザーを照らし出す。艦娘だ。緑に光るサイバネアイが人魂めいて闇の中に浮き上がる。「ドーモ」少女……龍驤は繰り返した。4 #ケンペイ天狗

アナ・イゴール @KNPITNG

……アイサツの声だけが路地裏の闇に吸い込まれていく。それでも龍驤はアイサツを繰り返した。アワレ、薬物中毒者の幻覚か？しかしその時、「ドーモ」路地裏を形作る壁に嵌めこまれた薄汚れた鏡からアイサツが返った。「……」「驚いた？これマジックミラーね。普段は盗撮に使う」 5 #ケンペイ天狗

アナ・イゴール @KNPITNG

「甘いもんあるか？」片言のトチギ方言で喋る鏡に龍驤は眉一つ動かさず言った。甘い物、非合法薬物『アイス』を示すあまりにも有名な符丁だ。「貴方凄く耳が良いネ。それとも運？上物が手に入ったところよ、30万クレジット」「随分高いんやな」「ノン。海軍横流し品、最高級品ヨ」6 #ケンペイ天狗

アナ・イゴール @KNPITNG

「海軍の……」「お客サン艦娘でしょ？艦娘は純度高くないとトベない、カワイソね。でも先払いヨ」「余計なお世話や」まくし立てる売人に対し龍驤は懐からヤマモト・ゴジュロクが描かれた札束を取り出した。「ドーモドーモ！」鏡の横の換気口から、ヌラリと男の痩せた腕が伸びる。7 #ケンペイ天狗

アナ・イゴール @KNPITNG

「しかし海軍用って出処は誰なんやろな？」龍驤は札束を痩せた手に握らせつつ、鏡に向かって首をかしげた。「あん？貴方シロウト？答えるわけ無いヨネ？答えたら私、いや私も貴方も両方クビ無くなるネ？」僅かな時間を置いて再び換気口から腕が伸びる。手には小さな薬包。アイスだ。8 #ケンペイ天狗

アナ・イゴール @KNPITNG

「ああ、そうやな。悪いなあ」龍驤は残念そうにうつむきながら、アイスに向かって手を伸ばし……それよりも先に死体めいて白く、大きな右手が男の手首を掴んだ！「アイエッ！？」売人が泡を食って鏡向こうを覗くと、そこにはテングオメーンで顔を覆った狂人！「アイエーエエー！？」9 #ケンペイ天狗

アナ・イゴール @KNPITNG

「イヤーッ！」KRAAASH！さらにテングオメーンの狂人は左拳でマジックミラーを飴細工めいて貫くと、売人の頭部を掴む！「アイエエ！？何事なの！？ウチにはバックにヤクザいる！怖いよ！アナタ達死んだよ！」メリメリと頭蓋骨にめり込む狂人の握力に売人は恐慌状態で叫ぶ！10 #ケンペイ天狗

アナ・イゴール @KNPITNG

「ヤクザ？来るがいい。全て殺す」「アイエエエエ！？」「ホンマ悪いなあ。あ、これは貰っとくとして」売人が取り落としたアイスの薬包を懐にしまうと、龍驤は極上の笑顔を作った。「改めて、教えてもらおっか。このアイス、どこで仕入れた？」龍驤のサイバネ義眼が青緑に光った。11 #ケンペイ天狗

アナ・イゴール @KNPITNG

◆　　　◆　　　◆　　　12 #ケンペイ天狗

アナ・イゴール @KNPITNG

三時間前、RH探偵事務所。「――で、取り戻してくるのはその艦娘か？アイスか？」応接スペースのややガタが来たソファに居心地悪げに沈みながら、フリーの艦娘探偵、龍驤は不機嫌な声を上げた。目線の先には黒く艷やかな長髪を純白の軍装に垂らした女。その胸は豊満であった。13 #ケンペイ天狗

アナ・イゴール @KNPITNG

「勿論両方」女は笑みを深めて答えた。「艦娘との戦闘想定で百万クレジット？経費にもならんで、イブキ＝サン」「あら、日頃燃料ボーキを融通してあげてる恩を考えればロハでも良いと思うけど」「不良提督が」「ウフフ」イブキと呼ばれた女の豊満な胸で階級章が光る。海軍、少将。14 #ケンペイ天狗

アナ・イゴール @KNPITNG

イブキは黒髪と豊満な胸を揺らしながら、二枚の写真をチャブに並べた。第二種軍装を着た痩せぎす男と太陽のような笑顔を浮かべた碧髪の航巡艦娘。「提督が軍用アイスを大量に持ちだして、秘書艦と手に手をとって逃避行ねぇ。三流メロドラマにもならへんわ」龍驤が肩をすくめる。15 #ケンペイ天狗

アナ・イゴール @KNPITNG

「ま、その男、タカヤギ大佐はもう終わりね。放っておいてもいずれ海軍が見つけて八つ裂きにするわ。けど逃亡した艦娘も規則通りに解体・殺処分じゃ勿体無いじゃない？腕利きって噂なのよ、そのコ」イブキは艦娘が写った写真を手に取り、厚い唇で口付ける。「私の艦隊に欲しいの」16 #ケンペイ天狗

アナ・イゴール @KNPITNG

「それで、ウチらにタカヤギを殺して艦娘を連れて来いと？」「ブラック提督は死んで艦娘の命は助けられる。ね？私達利害が一致してるでしょ？」イブキが唇を歪め笑いかける。目線の先は龍驤の隣、腕を組み石像めいて押し黙ったサイバーサングラスの大男。「ね？ハチロー＝サン？」17 #ケンペイ天狗

アナ・イゴール @KNPITNG

しばしの沈黙の後、暗黒非合法探偵は口を開いた。「タカヤギ＝サンは、自主退役ができない理由があったのか？」「さあ？発作的な行動か、あるいはすぐにでも逃げなきゃいけない理由があったか……」「その理由によっては殺さなくともええんちゃう？別にブラック提督って訳じゃ」18 #ケンペイ天狗

アナ・イゴール @KNPITNG

「いえ」龍驤の言葉を遮るように、イブキは氷めいて言った。「奴の逃走に巻き込まれ罪のない民間人がダース単位で死んでるわ。もう超えちゃいけない線を超えているのよ」その言葉を聞いた男のサイバーサングラスの奥で、一瞬赤い光が揺らいだ。男は写真を懐にしまう。「よかろう」19 #ケンペイ天狗

アナ・イゴール @KNPITNG

「資金源たるアイスを辿れば容易に追いつけよう」立ち上がりジャケットを羽織ったハチローに、イブキはにこやかに笑いかけた。「ああ、言い忘れてたわ。グンレイ・アクシズの粛清部隊もタカヤギを追ってるらしいの。ぶつからないようにね？」「立ちはだかるなら殺すのみ」「あら」20 #ケンペイ天狗

アナ・イゴール @KNPITNG

「また貴方の懸賞金が上がっちゃうわね」「アンタなあ…」コロコロと笑うイブキに対し、龍驤は振り返ると苦々しげな目線を向ける。ハチローは振り向きもしない。イブキはそれらに笑顔で手を振って見送ると、薄く目を瞑り誰にも聞こえぬよう小さく呟いた。「頑張ってね、タマノ」 21 #ケンペイ天狗

アナ・イゴール @KNPITNG

◆　　　◆　　　◆　　　22 #ケンペイ天狗

アナ・イゴール @KNPITNG

三時間後。降り注ぐ重金属酸性雨の中を二式大艇チャンが泳ぐ。『月月月月月月火～、ガマンってカッコイ～』艦娘アイドルグループ「ナカチャンカワイイ」の空虚な労働賛美歌が満たす夜空の下で、一人の少女がネオン街の屋上を飛び渡っていた。一人？否、彼女は人を背負っている。23 #ケンペイ天狗

アナ・イゴール @KNPITNG

しきりに後方を振り返りながら跳ぶ彼女は鉛管に覆われた廃ビルの屋上に着地すると吹き出すように息をつく。「ハァーッ！マジしんどいし……」向かい風と雨、そして返り血を受けて自慢の碧い髪は乱れ放題だ。だが状態は彼女の背負っていた男の方が幾分も酷い。「提督、大丈夫？」24 #ケンペイ天狗