アウラ-オーラ放課後←今ココ(地味に更新なう)
@chambreclaire9 もちろん難しい理論の理解とか高価な資本を必要とする高度な技術とかを我がものとしなければ作れない、理解できない、楽しめない=特権的な音楽、というものも、おそらく「特権階級」が存在する社会には同じように存在しただろうと思います。 #popuon
2011-01-27 09:58:03@chambreclaire9 でも、おそらくどんな時代や社会にも、大した技術も理論もなしに楽しめる音楽をやっていた人たちがいたわけで。その代表例が、世界中にある「民謡」です。民族の数だけある。 #popuon
2011-01-27 10:00:18@chambreclaire9 まあ、民謡でさえも「民族のアイデンティティ」と不可分なのかな、と見えるので、「遠いところから見」ても何かしら存在が確認できる音楽にはそれなりの「根拠」「裏付け」があるのでしょう。 #popuon
2011-01-27 10:02:28@chambreclaire9 文字を知らなくても言葉を発する、聞いて理解することができるのと同じように、楽譜が読めなくてもニコ生見れなくても、音楽そのものはいくらでもできるわけです。 #popuon
2011-01-27 10:04:30@chambreclaire9 たとえば、帰宅してポストを見たら珍しい人から葉書が来ていた時に小さく「あらら~♪」と呟くのも、音楽の始まりでしょ?ま、「鼻歌」の話題は #popuon というタグで会話するのに相応しいかどうか、もう怪しいけれど(笑)
2011-01-27 10:07:31@chambreclaire9 わたしが「音楽そのものは一度も特権的なものじゃなかった」と発言したのは以上のようにかなり広い枠の中での話でした。長々失礼しました!本来の「アウラ」の考察に少しでも役立てていただけたら幸いです。 #popuon
2011-01-27 10:09:23あると思いますが想像しにくいです。 RT @skmt09: ソウルのステージから東京にMIDI信号を送信しヤマハホールにあるピアノをほぼリアルタイムで弾かせ、ソウルの会場と同じPAで鳴らそうと計画していた。この場合オーラはあるか? #popuon
2011-01-27 10:12:55想像しにくい理由:従来の「音楽的常識」にはない表現形式だから。 RT @skmt09: ソウルのステージから東京にMIDI信号を送信し #popuon
2011-01-27 10:18:12新しい形式や技術を「自分のもの」にできている人が表現し続けてそれが一般化した時に初めて、多くの人々に受け入れられるようになるのだと思います。 RT @skmt09: ソウルのステージから東京にMIDI信号を送信し #popuon
2011-01-27 10:20:26ちょうどビバップが初めは「でたらめだ」と言われていたように…あ、すみませんこれは「同義反復」だ>一般化した時に初めて、多くの人々に受け入れられるようになる RT @skmt09: ソウルのステージから東京にMIDI信号を送信し #popuon
2011-01-27 10:23:15あっしまった!わたしはどうしても「関係性」の中でばかり捉えてしまうけれど、教授のおっしゃる「オーラ」は「作品に内在するもの」だった! @yuuuuuiiiii: RT @skmt09: ソウルのステージから東京にMIDI信号を送信し #popuon
2011-01-27 10:28:44「オーラ」=「作品に内在するもの」とすると…教授がソウルにいながら「東京のピアノも弾く」ことができたと感じたら、オーラは内的に生起するのでは? @yuuuuuiiiii: RT @skmt09: ソウルのステージから東京にMIDI信号を送信し #popuon
2011-01-27 10:30:25さっき書いたようにとても新しい技術なので「ソウルにいながら東京のピアノも弾くことができる」とはどういうことか、と問われても、今のところわたしには想像しきれませんが。 @yuuuuuiiiii: RT @skmt09: ソウルのステージから東京にMIDI信号を送信し #popuon
2011-01-27 10:35:10あっ、さらにしまった!「特権」という言葉から始まって、いつの間にかわたしはとっても危険な墓穴を掘ってるじゃん!今気づきました(苦笑) #popuon
2011-01-27 10:43:55(やばい~…)教授がソウルで行った音楽配信は、ある意味教授でなければできない「特権的」な技術やその他世俗的な「力」を駆使したものでした。が、(つづく) #popuon
2011-01-27 10:45:52(つづき)が、その配信のおかげで、教授の音楽をリアルタイムで楽しむということについてのハードルは著しく下がり、「特権的ではないもの」になっていくわけです。 #popuon
2011-01-27 10:47:30(またつづき)「特権的」云々を量的な事柄だけで捉えてしまうと勘違いしやすいですね(汗)…「特権的」を「個性的」に置き換えれば、送り手は常に自らのワンアンドオンリーの個性で勝負するわけで。 #popuon
2011-01-27 10:50:13教授ならではの方法論=個性を「特権」みたいに捉えてしまったら、じゃあ個性って他に何があるんだ?ということになってしまいますよね。失礼しました!(おわり) #popuon
2011-01-27 10:51:30このところ教授のLA公演と韓国公演の音源がお気に入りだったが、ここにきてその原点となるアルバム『/04』『/05』を、そのスコアを眺めつつ振り返っている。一連のUST中継やUTAUツアー、 #popuon などの経験から得たものをもとに、教授の生み出す音と謙虚に向き合いたい気分。
2011-01-27 22:48:13教授 @skmt09 が仰る” フォース "が「不協和音が協和音に推移し解決するという動力」であれば、類似した動力は音楽以外の芸術やスポーツ、いわゆるビジネスにもある。小説等の起承転結、球技のワンツーパス、スルーパスなどがそれに当たるか。小説などのライブはないけど #popuon
2011-01-28 02:15:20坂本教授がおっしゃった「フォース」は楽曲(ひいてはあらゆる芸術作品)に内在するものだから、あとは個々がそれを感じ取る精神を研ぎ澄ますだけ。おそらく不思議も神秘もライブも複製物も、そこに境界線は存在しなくて、「フォースに」対峙する己の心で気づくこと鍵なのだと思う。 #popuon
2011-01-28 02:39:15"有名美術館がGoogleストリートビューで見学可能に 絵画もネットで鑑賞 - ITmedia News http://me.lt/7v88x"今更ながらこのニュース見て思ったのはアウラのこと。実際に美術館で見る距離よりも近い距離で、鮮明に名画を見られるってことは…#popuon
2011-02-03 01:24:01今まで感じていたアウラに変化が起きるのでは?と思う。音楽とは異なり、視覚にかなり比重をおいてアウラを感じる美術館。そこで視線と支配の関係というものを考えると、視線を遮断する、密な接触を避けることで秘匿から神聖性のようなアウラを産み出すということがある。今回の技術で…#popuon
2011-02-03 01:47:31今まで美術館ではある程度距離を保ち接していた作品に、多くの人はリアルではないが、かなりの接近が可能になる。そうなると当然、接近=分解=比較を含む描写を、今まで以上に行うことも可能になる。すると、それ自体不敬性を持つ描写によって、今までのアウラに変化が起こるのでは…?#popuon
2011-02-03 01:51:14