ゆきまさかずよしさんによる天動説から地動説への移り変わりの解説

天動説は一朝一夕で地動説にとってかわられたのではなく、仮説と検証の長いプロセスを踏まえていたのです。
宇宙 天体 地動説 天動説 科学史
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ゆきまさかずよし @Kyukimasa
先日から広まってる「天動説と地動説GIF」。 ツイートなどを見たら「複雑に見える天動説ありえない/地動説信じなかった中世キリスト教は愚か」的な反応多くてなんだか微妙な気が。 ちょっと歴史まとめてみよう(個人的メモ) pic.twitter.com/B5IApsBvD8
ゆきまさかずよし @Kyukimasa
そもそも天動説、キリスト教的思想が先ではなくて不動の大地に太陽や星が回ってるという見たまんま。惑星の逆行を説明する周転円が受け入れられたのは、やはりピタゴラス派の連中だな(数こそ宇宙であり神に近づく手段って数学至上主義だったから幾何学で宇宙を描くのが楽しかったはず
ゆきまさかずよし @Kyukimasa
コペルニクスにしても実際は新たな宇宙論ではなく、太陽を中心に置いたほうがより美しい体系になると考えた仮説立て。審美性を重視しているから軌道は円だしで、この時点では惑星運行モデルとしては天動説とさほど精度変わらなかった太陽中心説1510頃、「天体の回転について」1543)
ゆきまさかずよし @Kyukimasa
コペルニクスの計算取り入れた天体運行表「プロイセン表」をエラスムス・ラインホルトが出版(1551)。従来よりも惑星運行の精度高かったのでコペルニクス体系を信じる人(地動説を信じるとまではいかなくても)が地味に増えはじめる
ゆきまさかずよし @Kyukimasa
ティコ・ブラーエ(地動説信じていなかったが天動説を修正しようとした、1601没)の観測記録を元にしたヨハネス・ケプラー楕円軌道の法則第一、第二法則、1609発表)。ようやく地動説が天動説よりもはるかに高精度で惑星運行を説明可能に
ゆきまさかずよし @Kyukimasa
望遠鏡が1605~7年頃に発明(特許紛争があった)。その話を聞いたガリレオが1608に自作。1609~1610に月面の地形や木星の衛星、天の川が星の集まりであることを発見。太陽黒点も観察(後年視力を失う原因)
ゆきまさかずよし @Kyukimasa
ガリレオは木星の衛星見て地動説は決定的だと主張1610、ケプラーと同時期だけど楕円軌道は信じなかった)。 それより前、ジョルダーノ・ブルーノが地動説を元にキリスト教の天界の階層構造を否定して火炙りに(1600)ガリレオの異端審問1633年
ゆきまさかずよし @Kyukimasa
ガリレオは終身の軟禁刑となったが当時のローマ教皇庁の支配力はイタリア国内くらい。地動説とともにガリレオの業績はマラン・メルセンヌなどが広めて、英・王立協会(1660)やパリ科学アカデミー(1666)の創立時には普通に認識されてた
ゆきまさかずよし @Kyukimasa
仮説提唱数学的な補強観測データによる検証/望遠鏡という新たな観測機器による証拠/多数の学者による検証と周知。 地動説という理論体系できあがるまで50年以上、近代科学の基礎である「仮説と検証」のプロセスをきちんと踏まえている
ゆきまさかずよし @Kyukimasa
今の理科教育、『科学史』という形ではやらないけど、「昔の人は天動説信じてた」とか「地動説唱えたから異端審問」程度の認識しかないと、現代の科学がどれだけの仮説と検証を経ているのか理解できないのではないかと思うんだな。 天動説/地動説に関しては以上

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