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『野外令』・『野外幕僚勤務』と米軍野外教令の関連性

とあるエロイ方が言った、「『野外令』・『野外幕僚勤務』は日本独自」に対するseibihei氏が反論。・・・のまとめ
軍事
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名無し整備兵 @seibihei
ところで、以前の書き込みで気になったことがある。「我が国には『野外令』と『野外幕僚勤務』があるとエロい人がわめいていたらしい
名無し整備兵 @seibihei
ここで防衛研究所紀要第8巻第3号の葛原1佐の論文「朝鮮戦争と警察予備隊」を見てみたい。
名無し整備兵 @seibihei
警察予備隊が訓練を開始したのは、1950(昭和25)年8月。この時公職追放中の旧軍人は採用されていない。
名無し整備兵 @seibihei
幹部要員は、当初一般隊員として入隊した隊員から仮幹部を指定したが、どうも上手くいかなかったようだ
名無し整備兵 @seibihei
1950年9月から一般公募幹部を募集。また他省庁からも特別任用幹部として選考しており、旧内務省系等の幹部が入っている
名無し整備兵 @seibihei
@Yokosukabase 彼等を訓練したのは誰か。当然のことながら、米軍の軍事顧問団がこの教育訓練に当っている。
名無し整備兵 @seibihei
ただ、この指導には少数ながら反感を持つ隊員もいた。「日本式のやり方を認めず、むしろそれを蔑視している」と感じた隊員が、特に旧軍の下士官出身者等にいたようだ。
名無し整備兵 @seibihei
さて、こうした隊員が使用した教範は何か。1941年版米軍野外教令FM100-5"Operation"だった。これが保安隊発足まで続く
名無し整備兵 @seibihei
その後、朝鮮戦争での苦戦から、米軍も「軍隊経験のある旧軍将校の採用」を考えるようになる。これが旧軍将校のパージ解消に繋がる
ていとく @teitoku
@seibihei 「陸上自衛隊新教範類編さん基本要綱」と「陸上自衛隊新教範類編さん要綱」が1956年3月でしたっけ
名無し整備兵 @seibihei
とはいえ、「古き日本のしがらみ」に縛られていると思われた大佐級の復帰が実現したのは、保安隊発足が予定された1952年になる。これには吉田首相の承諾が得られたことも大きかったようだ
名無し整備兵 @seibihei
さて、彼等が使用した教材は何になったか。これは1949年版FM100-5"Operation"であり、FM101-5"Staff Officer's Field Manual"だった。
名無し整備兵 @seibihei
このFM100-5が後の「野外令」の母体になり、FM101-5が「野外幕僚勤務」になる。
名無し整備兵 @seibihei
1955年に始まった新教範類編纂の指導に於いては、思考過程は米軍式だが、国内戦の様相を考えて日本式を取り入れようとしたとされる。日米いずれの方式をとるかは、1950年代を通じて論議された
名無し整備兵 @seibihei
一時は「かつての作戦要務令の用語が戦術論議で飛び交う」といわれるほど日本式に傾いた時期もあった。しかしこれは、当時の杉田陸幕長の裁定で「米軍式重視」と決定されている。
名無し整備兵 @seibihei
何故米軍式を重視したか。恐らくは思考過程を米軍式にするというコンセンサスがあったためだろう。「十分に習得するまでは模倣せよ」というのが杉田裁定の核である
名無し整備兵 @seibihei
このため、「野外令」も「野外幕僚勤務」も1949年当時の米軍教範から大きく逸脱してはいない。マイナーチェンジはあるとはいえ、基本は変わっていない
名無し整備兵 @seibihei
一方、米軍はどうなったか。ベトナム戦争での敗戦のショックで、1976年版FM100-5は画期的な変更を行った。
名無し整備兵 @seibihei
画期的な変更とは何か。ルーズリーフ形式にしたり表紙を迷彩にしたりしたこともある。しかし中身も大幅に違っていた。「数値の重視」と「アクティブディフェンス」だ
名無し整備兵 @seibihei
マクナマラ時代の遺産か、76年版FM100-5はデータだらけだった。「TOWの致死率」とかそんなデータだ。「それは"Operation"に必要なのか」という疑問はすぐに出てきた
名無し整備兵 @seibihei
もう一つのアクティブディフェンスも、「防勢的に過ぎる」と批判を受けた。またNATO軍のドクトリンとも整合が取れていなかった。このため、1982年版、1986年版と短い周期で更新される事になる。
名無し整備兵 @seibihei
現在に繋がる意味で画期的だったのは、むしろ1982年版だろうか。エアランドバトルと作戦術が出てきたのはここからだった。この概念をさらに発展させたものが1986年版のFM100-5に繋がる。
名無し整備兵 @seibihei
さらに80年代後半以降のクラウゼヴィッツ・ルネサンスの成果を踏まえ、倍軍のドクトリンは進化を続けた。現在のFM3-0"Operation"には戦術次元の記述はほとんど無く、まさに「作戦術の教範」となっている。
名無し整備兵 @seibihei
また、FM101-5もがらりと変わっている。これに影響を及ぼしたのはモルトケ流の「訓令戦術」の研究である。一言で言えば「分権化」になる。
ていとく @teitoku
@seibihei アメリカのニュールック戦略と、ケネディ時代に入ってマクナマラの策定した戦略について、自衛隊の混乱と…は、まあ主題とは関係ないですか(笑)。アメリカの核戦略と、それに対する自衛隊の議論(軽戦車か中戦車か…など)も面白いと思うのですが
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