都条例問題:半世紀経っても昔と同じ批判に晒されるマンガと、今日では社会的権威となった小説の差

1955年に嵐のごとく吹き荒れた「悪書追放運動」。  手塚治虫の代表作『鉄腕アトム』も焚書の対象となりました。それから半世紀後、都条例改正問題でも全く同じ構図が繰り広げられています。 ところがこの当時、実は小説も批判されていましたが、今日では社会的権威を持つまでになっています。 この差は一体何なのでしょうか? 考えたままに、書き連ねてみました。 なお1956年に石原慎太郎は『太陽の季節』で第34回「芥川賞」を受賞しています。 続きを読む
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甲賀志 @hiroujin
漫画を見下す風潮に憤る藤本氏の意見は、ごもっともなのだが、だが一方で漫画家や研究者達、出版が漫画の地位向上に今までどれだけ努力してきたか?という事を考えると、ちょっと首を傾げてしまう。(続 RT @honeyhoney13 国内の他分野の研究者のマンガ研究への侮りは度し難い。
甲賀志 @hiroujin
続)「マンガはなぜ規制されるのか?」等でもそうだが、今まで規制問題が起きても、特に研究者達の存在感がほとんど無い。また出版は自主規制に奔走し、漫画家達は世間へ抗弁するか自粛するか、どっちにせよその場を凌ぐだけで精一杯。誰もが嵐が過ぎ去ると、あっという間に忘れてしまう。(続
甲賀志 @hiroujin
続)戦後、何度も何度も「漫画は低俗だ」という批判がされたにも関わらず、戦略的に「漫画の社会的地位ををどうやって向上させるか」という思考がなされる事は、今日に至るまでほとんどない。戦後、小説界が戦前弾圧を受けた反省から社会的地位向上に努力してきたのに対して、実に対照的だ。(続
甲賀志 @hiroujin
続)戦前は小説が子どものメインの読み物だった。その典型が江戸川乱歩や立川文庫。それらも今の漫画と同じ様に有害のレッテル貼られて規制された。戦前、自著を世間から批判され、戦中に徹底的に弾圧された江戸川乱歩は、作品を守るためには政治や世間に対抗できる権威が必要だと考えた。(続
甲賀志 @hiroujin
続)そこで彼は戦後、社団法人日本推理作家協会を結成している。今日では乱歩作品は学校図書館に並ぶ程になった。また小説界は他に日本ペンクラブを結成し、石原の俗悪小説『太陽の季節』に芥川賞やって権威付けたり、チャタレイ裁判や四畳半裁判などで裁判闘争も徹底的にやっている。(続
甲賀志 @hiroujin
続)その結果作られたのが、今日の小説の社会的地位だ。65年に悪書追放運動が起きて以来、漫画に対する世間の扱い、社会的地位は本質的なところではこの時と全く変わっていない。ところが一方の小説は権威あるものとして社会に君臨している。この決定的な差は、あまりに大きい現実だ。(続
甲賀志 @hiroujin
続)小説界が上手かったのは権威付けと社会に対するアピールだった。メディアを上手く使い、小説は素晴らしいものだ、というメッセージを送り続けた。またそれだけではなく、日本ペンクラブ自体や作家達も社会問題に積極的に発言していった。一方の漫画界は身内で閉じこもっていた印象が否めない(続
甲賀志 @hiroujin
続)(訂正 悪書追放運動は1955年でした。)日本ペンクラブの結成が1935年でその直後に戦争があったから、小説界の社会的地位向上への執念はその当時の弾圧が原点なのだろう。しかし同じ様に55年に焚書までされた漫画界は奮起しなかった。そして今日に至っている。(続
甲賀志 @hiroujin
続)半世紀前と未だに変わらない位置にいるという問題について、漫画界の関係者(出版、漫画家、研究者など)はもっと深刻に考えるべきではないだろうか?今からでも漫画の社会的地位向上のための戦略プランを練る事を、真剣に考えるべきだろうと思う。(了)
甲賀志 @hiroujin
なお戦前、江戸川乱歩がどういう具合に世間から批判されていたかというとこんな感じ。「乱歩の小説に影響されて、陰惨な殺人事件が起きるんだ!」「乱歩は実際に女を殺し、それを題材に小説を書いてるんだ!」等。今も昔も世間の批判の仕方は同じ。だからそれを覆す方法もやはり同じ。
甲賀志 @hiroujin
1955年の悪書追放運動の際、同じ漫画でも手塚漫画は俗悪で駄目だが、赤胴鈴之助は道徳的で良いという声があったらしい。今回の都条例改正問題でも、夢や希望のある漫画はいいが、エロは低俗で駄目だという意見があったが、半世紀前と構図が全く同じなのが笑えてしまう。これが現在の漫画界の地位
甲賀志 @hiroujin
ソース:“1955年『鉄腕アトム』は小学校の校庭で見せしめ的に焚書された/橋本健午『有害図書と青少年問題』” 《読書猿Classic between - beyond readers》 http://p.tl/EKfX
甲賀志 @hiroujin
手塚治虫著『ガラスの地球を救え』(光文社、1996年)14頁より引用 「(1955年の悪書追放運動で起きた)「焚書」ばかりでなく、手塚が受けた批判の中には、「『赤胴鈴之助』は親孝行な主人公を描いているから悪書ではない。」というものがあったが、(続
甲賀志 @hiroujin
続)手塚が回顧する処によると、その様に主張した主婦は、実際には『赤胴鈴之助』を全く読んだり見たりしておらず、「ラジオでその様に聞いた」というだけの事であった。(続
甲賀志 @hiroujin
続)また、高速列車や高速道路、ロボットなどの高度な発展の描写を「できるはずがない」「荒唐無稽だ」と批判した上、手塚のことを「デタラメを描く、子どもたちの敵」とまで称した者もいたという。」http://p.tl/EKfX (了)
甲賀志 @hiroujin
1955年、手塚漫画は「現実的でない」と批判され俗悪漫画の烙印を押された。そして半世紀後、石原都知事が2011年1月23日の新報道2001で「漫画は現実にはありえないことでしょ」と批判した。50年以上経ってなお全く同じ構図が繰り返されている。
甲賀志 @hiroujin
そしてやはり55年の悪書追放運動を主導したのも警察と結託したTA(母の会)、マスコミであった。都条例改正問題でも同じだ。ただ唯一違うのは全てのマスコミが規制一色ではなく、賛否両論であった事が僅かな救いといえよう。
甲賀志 @hiroujin
なお悪書追放運動で批判を受けたのは、特に冒険活劇であった。それは漫画だけでなく小説であってもバッシングされた。例えば直木賞作家、柴田錬三郎が書いた冒険空想小説も、「直木賞作家が非良心的な読物を書いて少年に害を与えるか」と批判の的になった。(橋本健午著『有害図書と青少年問題』より)
甲賀志 @hiroujin
名著「橋本健午『有害図書と青少年問題』」は現在絶版で、重版予定無しである。戦後から2000年代までの表現規制の流れや背景を余すところ無く書いたこの本は、現在最も必要とされているものだろう。ぜひ復刊ドットコムhttp://p.tl/IFdQで、再販希望の投票にご協力を
甲賀志 @hiroujin
メモ「■[漫画]1955年の漫画バッシング(悪書追放運動)について」http://d.hatena.ne.jp/lovelovedog/20070722/akusyo

コメント

momo2000 @itj57fhhhgt 2011年1月25日
この本、現在入手はヤフオクを含め難しいですが図書館なら結構残っています。地元に無くても時間をかければ届けてくれるシステムも図書館ネットワークに存在します。併せて「発禁・わいせつ・知る権利と規制の変遷」もどうぞ
momo2000 @itj57fhhhgt 2011年1月25日
大学生の方は大学図書館にも幾つか所蔵されている処が有ります http://bit.ly/dXJf2D
momo2000 @itj57fhhhgt 2011年1月25日
橋本健午さんのサイト 復刻は電子書籍の方が現実的かもしれませんね http://www002.upp.so-net.ne.jp/kenha/
うめたけまつ@GS通算0勝 @take88 2011年1月25日
つまり同じ論法でやられ続けてると言う事か。
よろめき @y0r0meki 2011年1月25日
規制に対抗するにはやはりジャンルの社会的地位を向上させるしかないのでしょう。ゲーム業界でも同じようなことが論じられている。http://bit.ly/fZ8m7K 
NaokiGwin @NaokiGwin 2011年1月25日
低俗であれば弾圧されたり規制されても仕方ないと妥協するか否か。それによって採るべき戦術が変わってくるね。
Bash @AngraMainyu_ 2011年1月25日
権威化することで不当な弾圧は避けられるかもしれないけど今度は漫画が面白くなくなる予感。あと小説へのネガティブなイメージは明治時代から始まってる(高橋一郎『明治期における小説イメージの変換』)
ex_hmmt @ex_hmmt 2011年1月25日
そもそも、そういった権威付けを行わず「大衆の娯楽たること」にこそ意義を見出してきた人たちがいると思うし、それを自分は是とするべきだと思うんだけどなぁ。
Masaki Matsushita @_mmasaki 2011年1月25日
都条例への反対運動にしても、漫画自体の社会的な地位を上げていこうという運動には繋がらずに終わるだろうし、しばらく状況は変わらないだろうな。
ex_hmmt @ex_hmmt 2011年1月25日
そもそも「低俗」とされるものが弾圧されるという事そのものこそを変えないかぎり、次のターゲットは生まれるだけじゃないかな。漫画が生き残ればいいのか、表現の自由が生き残るべきなのか。
ドフォーレ @do_fore 2011年1月25日
社会的地位とか・・・
Assume @_Assume_ 2011年1月25日
明治には、低俗な小説が社会的に批判に晒されてきたという認識はあるのだが、政治的にも低俗を理由に弾圧されたというような経緯はあるんでしょうかね? 今時の漫画などのように。
toshiaki @sanukisoba 2011年1月25日
社会的地位の有無はよくわからんのだが、まとめ見る限りでは、社会的意義が乏しいという理由での漫画規制に対し『不当だ』と反対するならそれは社会的地位獲得のための動きじゃないの?と思いました。
藤堂考山 @ko_zan 2011年1月25日
結局、昔の人は「根性と情熱があった」だけじゃないかな?みんなビンボーくじを引きたくない「ヘタレ」と「頭でっかち」ばかりで、行動する奴なんか一人もいないじゃない?だから、規制されるんだよ。安全なところからしか物が言えないヘタレがいくら騒いだって、何も守れないことが証明された良い機会だよね。よく規制反対派がアホだという論調をしたり顔で語ってる奴がいるが、正直言って、そういう問題より、さらに問題なのは、「動かないこと」だから。
藤堂考山 @ko_zan 2011年1月25日
結局、自分の人生にとって「重要だと思っていない」から、必死にならないんじゃないかな?こういうことを書くと、論点をズラしてるみたいな言い方をされたり、的外れだといわれたりするけど、みんなどっかで「別になくなってもいい」とか「自分は矢面に立ちたくない」とか思ってて、そういう自分を論理で固めて正当化した上で偉そうに上から目線でことを構えたってうまくいく訳がないから。普通の人間関係のコミュニケーションだってそうだし、それがちゃんとできない奴らに社会と戦うことなんかできるわけない。
藤堂考山 @ko_zan 2011年1月25日
まあ、最終試験が落第だったってことよね。何言ってるかさっぱりわからんだろうけどさ。
きゃっつ(Kats)⊿6/23欅坂京都個握 @grayengineer 2011年1月25日
権威付けなら、たとえば恐れ多いけれど皇太子殿下が「私は手塚治虫先生の漫画を愛読しております」と一言おっしゃるだけでも全然違ってくるでしょう。だけどそんなやり方でいいのかな?っていう。通り魔の被害から自分を守るためにスタンガンやバタフライナイフを常時持って歩くのが正しいのかどうか、っていうのと同じ感覚
メモ @sigotonikkiy 2011年1月25日
うーん、小説に規制が向かないのって社会的権威の有無からですかね? 単純に若い子が読むって事を期待も想定もされて無いからでは
たぬきのたからばこ(カラバコ) @hi_kmd 2011年1月25日
娯楽が社会的権威を持つ事にどれほどの意義があるのかわからない。権威があるものだけ守られて権威のないものは守られない社会こそが批判されるべきであって、批判されないために権威を得ようとするのは本末転倒だと思う。
toshiaki @sanukisoba 2011年1月25日
@hi_kmd 「権威のないものは守られない社会こそが批判されるべき」まさにそれこそ民主主義社会が目指している思想だと思います。同意です。
公序良俗 @tiisanaoppai 2011年1月25日
blogでやればいいのに。
GAR🈚 @zerberus 2011年1月25日
理想と現実の狭間ってかんじだな。まあ、なるようにしかならない。
甲賀志 @hiroujin 2011年1月25日
@hi_kmd 「権威があるものだけ守られて権威のないものは守られない社会こそが批判されるべき」  それは理想ですが現実には逆ですよね。権威が無い者がいくらそういっても、社会は全く聞いてくれません。結局、持論を通すためにも権威は必要となります。それが私達の生きている社会の現実なのです。「社会が悪い」では何も守れません。具体的にどう向き合い、対応していくのか考えないと。権威は社会に相対するための武器のひとつです。
@No_024 2011年1月25日
でも権威ある文芸や新聞が今どんな状況かを考えるとなんか切ない。漫画と小説じゃメディアの歴史的な入口も過程も違うだろうし、権威付けは市場の分裂や衰退のタネになのではとも思ったり。
甲賀志 @hiroujin 2011年1月25日
訂正  「55年の悪書追放運動を主導したのも警察と結託したTA(母の会)」 正しくは「55年の悪書追放運動を主導したのも警察と結託したPTA(母の会)」です。
藤堂考山 @ko_zan 2011年1月25日
権威云々って、結局「社会的合意」とそれを取り付ける「正当性」の問題になるわけで、凄く「鶏が先か卵が先か」的な、不毛な議論のような気がしますよ。もっと素朴で現実的に多くの人が抱いているイメージの問題であり、それを簡単に引っ繰り返すのは難しいという話だよね。なんで、現実的に起こってる事象から目をそらして、ぶっとんだレイヤーで話をしたがるのか不明。社会ってのは、人々の普通の生活の営みに基いたものであって、自分とは無関係に動いてるものとでも思ってるのだろうか?
藤堂考山 @ko_zan 2011年1月25日
みんな、自分が無関係とでも思ってるのかな?ずいぶん遠くから批評してるけどさ、当事者はおまえらだぞって話なんだけど。政治にかかわるのも必要だし、世論を味方に付けるのも必要だし、そういう理解を求めるための正当性の調達をしっかりやることも必要なことでしょ?世間の大多数がこの件に関して「無関心」を貫き通していて、その場しのぎに何かやりだしたって、なんも響かないよね。こういうことも、凄く素朴に普通の生活と密着した話だと思うけど?
籠原スナヲ @suna_kago 2011年1月25日
「権威がなくとも認められる社会を」というのは理想だと思うけれど、それを権威のないジャンルが言っても仕方ない、というのがある。権威だけでなく政治的活動で見ても、まだ足りないのではと。
籠原スナヲ @suna_kago 2011年1月25日
「天皇が漫画をほめる」という例が上にあるけれど、それより「漫画家が天皇制について語る」ことがあまりに少ないと思う。人気漫画家の政治的スタンス、きっと面白いし、読んでみたいのだけど。
籠原スナヲ @suna_kago 2011年1月25日
一方で「政治的な漫画」となると、急に有名アニメ監督のパンフレットか、「小林よしのり」みたいになってしまう……。その間を埋めるような言葉が、社会性が、サブカルチャーにもっとほしい。
籠原スナヲ @suna_kago 2011年1月25日
「権威付けの結果、小説は面白くなくなった」という言葉には、少し反論したい。面白い純文学はたくさんあるし、それは「社会的権威への責任」と深い関係があるはず。芥川賞以外も読んでみては。
和泉 @IZUMI162i6 2011年1月25日
政治的なマンガっつーと安穏族とかが真っ先に思い浮かぶんだけども。
サイレントトラベラー@令和マイナス3×年生まれ @slpolient 2011年1月25日
@hiroujinさんの話では説明できない所があります。賞自体は漫画も長年行なってきたわけですし。あと、ロックや長髪が市民権を得たのとはどう違うのでしょうかね。
甲賀志 @hiroujin 2011年1月25日
漫画の賞で言えば、文化庁メディア芸術祭、手塚治虫文化賞は1997年創設で、非常に歴史が浅いです。長髪が市民権を得たのは、坊主頭が人権侵害であるという批判の結果ですし、ロックに至っては市民権を得る前に、音楽市場の凋落と共に、世間から無視されているのが現状です
室町幕府十代将軍 @oskimura 2011年1月25日
「お前らの問題」という人間は自分の問題と考えているとは思えないし、行動しろというなら隗より始めよの言葉通り自分から動くべき。 じゃないと単なるブーメラン。 上から説教したいだけなら話は別だけどね。
柴田秋 @aki7ito 2011年1月25日
出版社からではなく文化庁から賞をもらったレッドの存在はどう受け止めたらいいんでしょうか。権威のある漫画もあっていいと思うけれど、少なくとも僕は小説が権威あるものだと思っていないんだけれどなぁ…一般の人はそうじゃないのかな。
きゃっつ(Kats)⊿6/23欅坂京都個握 @grayengineer 2011年1月25日
小説にしてからが、純文学が「高尚」で大衆文芸は「低俗」みたいな意識がどれだけ小説界の害悪になってきたか、ということを考えてほしいですね
ペロペロ @giogram 2011年1月26日
漫画家の中にもPTAに怒られるくらいがいいって言う人もいる。そっちのほうが儲かるし。小説の雑誌なんか売れても10万部。わかる奴だけわかればいいと思うのか。より多くの人に読んで欲しいのか。どっちか。漫画でも芸術の路線いってるのはマイナーとされる。ガロとか。携帯小説やラノベは漫画との中間か。
ペロペロ @giogram 2011年1月26日
漫画はロック。小説はクラシック。ロックが社会的地位上がったらrock is dead。かといってクラシック作曲家が高尚な嫌な奴らかと言えばそうでも無く。その周りを取り巻いてる権威主義者がいけないのかもしれない。作品に罪は無い。でも元小説家の某ナチズムの人みたいな人が自分達の首を絞めてるというのは感じる。
鐘の音@三日目南ミ-31b @kanenooto7248 2011年1月26日
高尚さを手にすることで、出来なくなることが間違いなくある。ラーメンやプロレスや、マンガはそのたぐいではないか? 高尚なものは低俗なものによって支えられている。そうすることで、ジャンル全てが弱くなるのではないか?
N2@knigh_ykk @knight_ykk 2011年1月27日
人間は視覚の動物なので、映像と読みつつ場面を自分で想像する一手間がある文字とでは同じ内容を書いていても圧倒的に絵の方に意識が向いてしまう。なので同じ卑猥なものを書いていても絵の方が即目立つので糾弾対象になりやすい。
よろめき @y0r0meki 2011年1月30日
↑の自分の発言だが“社会的地位”なんて言葉はおかしいな。世間では未だにマンガやアニメ、ゲームは子供の物というイメージがあると思う。規制の目が向くのもこういうイメージが先行するのが理由の一端ではないだろうか。何が言いたいかって、マンガなどのジャンルに対する世間の評価を変えるだけでも無闇に規制を叫ぶ人は減るんじゃないかってこと。
夜更至ヒルネスキー @hiruneskey 2011年1月31日
逆に社会的権威そのものを否定したら社会から共同体の要素が消えて家族すら個人の利益の手段の為の組織になるのかな(国家無き政府?)
Piichan @piichan 2011年3月9日
漫画が権威づけする必要はないとおもうが、漫画家ももっと政治・社会問題に対するリテラシーをたかめる必要があるとおもう。
Clef Sanovavic @clef009 2011年4月22日
オタクは基本内向きだから、今後も地位向上は無いと思うし、ますます規制されていずれはコミックコード並みになってオワコンになると予想
礼門Z(シナリオ/ゲーム制作) @leimonZ 2011年4月22日
うげー、こういう権威主義大嫌い。本気度が足りないってのは同意しますけど。
ルル @after_zero 2011年4月23日
@hiroujinさんのツイは興味深く拝読した。「低俗」と貶められた小説家や出版社が、時の権力者達やPTAと殴り合いの喧嘩をして、夕日の土手で寝そべりながら「お前、なかなかやるな」「お前もな」みたいな相互理解が構築された。映画界も同じく。漫画界にはそれがまだない。
TF @riese 2011年4月23日
その小説界からして純文学が高尚で大衆小説は低俗・俗悪みたいな権威主義志向がもたらした弊害の大きさをまず考えるべし。SF業界とかまさにその権威主義志向のせいで死んだんだしさ。
甲賀志 @hiroujin 2011年4月24日
権威主義に伴う損害など、法規制で発生する損害に比べたら、微々たる物です。前者は作家達の創作能力、自助努力の問題ですが、後者は創作する事、書く事自体を禁じられてしまいます。法で禁じられてしまえば、能力以前の話。ペンや物語で戦える事と、ペンを持つ事・物語を作る事すらできなくなるとでは天と地の差です。法規制を避けるためにも、権威主義で発生するデメリット程度は甘受し、自助努力で乗り越えるべきです。
TF @riese 2011年4月28日
SF業界のあの惨状を見て同じ事言ってるのかなぁ。
TF @riese 2011年4月28日
つうかもう漫画が好きなのか、それとも権威が好きなのかわかんないレベル
甲賀志 @hiroujin 2011年4月29日
SFが法規制されてる訳じゃないでしょう? 何度もいうけど、SFが苦境なのは単に作家の実力不足、そして読者による選別の結果。 それとも今の漫画の様に世間にバッシングされて、あげくに法規制されて全く書けなくなる状況の方がいいですか? 厳しい事と言うけどSF業界は実力不足を棚に上げて甘えすぎ。もっと読者のニーズを掴む努力をしましょう。
妖怪腐れ外道 @kusare_gedou 2011年4月29日
ラノベの現状を見て権威主義でジャンルが滅ぶとか言ってるのかなあという疑問が。明らかに今は亡きソノラマやらより権威から遠いいですよねえ、今のラノベ。まあ、ここでまとめられてた史観そのものが間違いだと言う話もあるそうだけど俺にはわからない
甲賀志 @hiroujin 2011年4月29日
あと社会において権威あるものとして地位を得るのと、権威主義は全く別のものですよ。ここでいう権威とは社会的認知や正当性を得るための道具としてのものだから。
本城ひな太。 @hinata_honjo 2011年6月21日
藤子先生やちば先生でも、ワンピースでもなんでもいいから、どこか一部に「読んでためになる」的な権威付けが必要ってことかな。教科書に載るとか? 教科書に載るとして、それは国語なのか美術なのか。
i_say999 @Isay_BLUNIN 2011年7月28日
馬鹿活動家を黙らせるような社会的権威を持つ事と権威主義に陥る事は全く別の話だな。だってSF小説が社会一般に対して前述のような権威を持ってると思うか?
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