『打の求道者』 榎本喜八 小話(リメイクVer)

まとめました。
雑談
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ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
1月18日、プロ野球の功労者を『野球殿堂入り』と評して発表している野球殿堂博物館から今年の表彰者が発表されました。 今年は通算224勝を挙げたホークス工藤公康監督に180勝を挙げたジャイアンツ斎藤雅樹2軍監督ら5人が殿堂入りを果たしました。
ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
今回お話させていただく名選手も没後4年を経た今年、ようやく殿堂入りを果たしました。 NPB史上最速の1000本&2000本安打を達成し、通算2314安打に歴代3位の9度ものベストナインを記録した天才打者の波乱万丈な選手時代を語っていきたいと思います。
イカイ @tuki_no_kai
山城さんの小話なのじゃ
穐月れーじ@I☆YOKOHAMA @reiji_akky
喜八小話のリメイクはじまった! >RT
CとDeの古鷹 @furutakacarp
山城さんの小話始まったよー。みんな集まれ~
つくね @oyasu_milledge
小話を聞くために真田丸は録画したゾ^~
ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
1943年3月 第二次世界大戦の戦況が悪化をたどり、不安定な国内情勢と貧しさの中、当時7歳だった榎本喜八少年もまた、極貧と戦争の恐怖に襲われていました。 父は満州へ出征し、母は病死。なんとか祖母の下で生活を送りますが、凄まじい緊張感の中、少年時代をすごさなければなりませんでした。
ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
あらゆる娯楽が中止自粛する中、後楽園球場では職業野球がなんとか行われておりました。 肉さえ食べられないほどの極貧生活を送っていた榎本少年にとって、高額な野球観戦は夢のまた夢でしたが、運良く友人の姉からチケットを手に入れ、喜んで中野の自宅から後楽園球場へ足を運びました。
ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
初めて見る野球観戦は榎本少年にとって忘れられない光景になります。 青空の下、美しい広大な芝生で力強くプレーをする選手たち。 特に巨人軍の青田昇選手の力強いフルスイングに魅了された榎本少年は野球選手という職業に強い憧れを抱くようになります。
ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
『野球選手になって祖母への恩返しをしたい』 極貧と空腹と戦時中の恐怖の中、プロ野球はまだ7歳だった少年の唯一の希望となり、祖母への恩を返すためにもこの時、プロ野球選手を志すのでした。
ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
太平洋戦争が終結し、52年榎本少年は高校野球の名門早稲田実業に入学。 この時、後に生涯の師となる3つ年上の荒川博選手と出逢っています。 後に打者として、そして名打撃コーチとしてジャイアンツのV9を支えるこの選手は高校野球界一の打者として毎日オリオンズに入団が内定していました。
ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
そのことを知っていた榎本選手はいきなり荒川選手に土下座でオリオンズの入団を懇願し始めます。 さすがに参った荒川選手は冗談半分で『これから毎日5時に起きて500本素振りをすれば世話をしている』と約束。 榎本選手はそれを真に受けて本当に毎日500本という素振りを決行します。
ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
80人いた同期がわずか7人しか残らなかった猛練習の中、その中でも群を抜いて練習に励んだ榎本選手は2年次から頭角を現し、クリーンナップを任せられるようになります。その力強いスイングにはプロのスカウトからも注目を集め始めます。
ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
当時の早稲田実業はとにかくコンパクトに振りぬき、ミートを重視する育成方針でありました。 しかし、榎本選手はとにかくフルスイングにこだわり続けました。どれだけ強制してもフルスイングで球を打ちぬく、というポリシーを曲げることはなく、監督を悩ませていたそうです。
マック2世 @macthesecond
コンパクトの教えは戦後間もなくからあったのか。
Ace@故障中(CV:池田秀一) @Ace_Bel
王貞治は早稲田実業時代のコンパクトの教えがあったからHR打者の割には高い率を残したのかな
ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
とにかくそのスイングは圧巻で、練習時に放った特大のホームランは早実のフェンスを軽く越え、驚いた部員たちによって『不倒の記録』として杭が打たれるほどでした。 しかし、その記録はとある1学年下の『当時は』投手であった後輩によって更新されています。
ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
後にジャイアンツに入団し、打者転向したこの打者は榎本選手と同じく荒川博コーチに師事し、プロ野球史上最強の打者として榎本選手と同じ時代のプロ野球に燦然と輝く存在になるのでした。 pic.twitter.com/eIlRZYYMkB
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ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
さて、スカウトからも評価が高かった榎本選手でしたがプレッシャーからか大きい大会ではその力を発揮することができず、獲得が見送られることが決定的でした。 そんな事態を打破すべく、榎本選手は既にオリオンズに入団していた荒川選手にまたも土下座で入団テストを懇願します。
ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
なんとかオリオンズの入団テストを受験することに成功した榎本選手。 そのバッティングは当時、オリオンズの監督だった別当薫監督や後に名将になる西本幸雄選手の度肝を抜かされることとなります。 プロから見てもその打撃には天性のものを感じさせるものがありました。
ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
あまりにも凄まじい打撃に魅了されたオリオンズ首脳陣はすぐさま榎本選手の入団を決定。 テスト入団選手にも関わらず野手のエースナンバーであった背番号『3』を与えられました。 どれだけ榎本選手への評価が高かったかが伺えるでしょう。
ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
オープン戦でも結果を残し、高卒1年目にして開幕戦で五番スタメン出場。その後も出場を続け、139試合、592打席、146安打、16本塁打、打率.298、出塁率.414という驚異的な記録を残し、新人王。 清原和博選手に打率、打点、本塁打を抜かれるまでは高卒1年目の歴代最高記録でした。
イカイ @tuki_no_kai
出塁4割って四球やばくないか
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