亡霊の鎮守府 1:FIRST PRESENTATION -1

ぼくのかんこれせかいかん 詳細は前回の解説を見てね http://togetter.com/li/929736 ←前 次→まだ
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白閃 @WhiteGlintNo9

「これは…何かの間違い…ですか?」 船で輸送されてきた電は“ソレ”を見て思わず立ち尽くした。 人類の存続を脅かす深海棲艦、その脅威を排除するために作られた艦娘である彼女は、建造後初期課程をこなしたばかりとはいえ、色々と覚悟を決めてきたつもりだった。

2015-09-17 18:56:12
白閃 @WhiteGlintNo9

が、その覚悟が目の前の“ソレ”によって揺らいでいる。 「冗談…ですよね?」 電の目の前に広がっているのは、外壁は剥がれ、柱には蔦が這い、窓ガラスは割れ、屋根には焼け焦げた大穴が空いている…まさしく廃墟と言うべき、そんな建物群であった。

2015-09-17 18:58:14
白閃 @WhiteGlintNo9

咄嗟に体内艤装を経由してGPS情報にアクセス、現在位置を取得する。網膜モニターに映しだされた座標は……間違いない、電がこれから配属される鎮守府だ。そう、“鎮守府”である。 「………」 答えを求めるように電は振り向く。そこには電をここまで輸送してきた者達がいた。

2015-09-17 18:59:40
白閃 @WhiteGlintNo9

兵器である彼女達の管理は非常に厳しい。これから配属される電は、一部艤装の操作、長距離通信、航行能力など様々な制限を受けている。その為、彼女はここまで船に揺られて来たのである。自分自身も“船”だというのに。 そんな電を輸送した者達は視線を合わせようとせず、そそくさと船へと戻っていく

2015-09-17 21:47:19
白閃 @WhiteGlintNo9

電は彼らの横顔をちらりと見る。貼り付いていたのは緊張から解き放たれた安堵の表情だった。 「電が何か…?」  輸送中、彼らの顔がガチガチに固まっていたのを思い出す。彼らとはこの輸送で初めて出会った者ばかりだ。心当たりは無いが何かやらかしてしまったのかもしれない。

2015-09-17 21:51:40
白閃 @WhiteGlintNo9

脳に直接叩き込まれる建造時圧縮教育では一般常識として軍事に直接関係のない様々な知識も教えられた。「礼儀作法」もそうしたモノの一つだが、あくまで必要最低限のモノだ。そう多く学んだわけではない。生まれたばかりの電は“艦生”経験が足りない。それ故見落としがある可能性もある。

2015-09-17 21:53:21
白閃 @WhiteGlintNo9

さっさと行っちまえ、という無言の圧力を感じた電は取り敢えず彼らに頭を下げる。あんな態度ではあるが、ここまで送ってくれた者たちだ。 さて、次はどうしようか。背後で船が出港する音を聞きながら電は考えこんだ。普通ならこの鎮守府(?)の司令官に挨拶をすべきだが…何処へ?

2015-09-17 21:55:24
白閃 @WhiteGlintNo9

夏の夕暮れ、やさしく迎えてくれるのは海鳥達だけだ。職員や他の艦娘すら誰も来ない。これから配備される艦娘を単独にしておくなど管理的にも問題だろう…などと考えていた時である。電の脳内にポーンと明るい電子音が響いた。艤装から伸びた人工神経が聴覚野に直接音情報を送っているのだ。

2015-09-18 02:59:51
白閃 @WhiteGlintNo9

『鎮守府へようこそ。歓迎するわぁ、盛大にとは…いかないけど…』  脳内で再生された有機的な抑揚の無機質な音声は、全周囲から聞こえてくるような錯覚を催す。耳という感覚器を通ず、激しい戦闘中でもかき消されずに声を伝える為の艦娘に搭載された生体技術の一つだ。この声はここの誰かのだろう

2015-09-18 03:17:09
白閃 @WhiteGlintNo9

『執務室まで案内するわぁ、ちょっとまってねぇ』  夕日に照らされた船着場に、廃墟群まで続く青白い一筋の光のラインが浮かび上がる。…いや、正確には実際に光が出ているのではなく、受信したルート情報を電の情報処理機構が“航路”として視覚情報に変換、網膜に映し出しているのだ。

2015-09-18 10:10:27
白閃 @WhiteGlintNo9

ここで電は何故誰も来なかったのか、その理由に気が付く。そもそも誰も来る必要が無かったのだ。こうした艦娘の艤装を介した機能は基本的に所属する鎮守府、艦隊旗艦からの信号しか受け付けない。逆に言えば、電は既にこの鎮守府の管理下に組み込まれているということだ。

2015-09-18 20:11:10
白閃 @WhiteGlintNo9

おそらくは鎮守府の担当海域に入った時からであろう。当の本人にその自覚がないのはそれはそれで問題な気がするが。 「ありがとうなのです」 お礼ぐらいちゃんと言えるようでなければ、会ったことのない“姉”に怒られそうだ 『い~え~、当たり前の事をしただけよぉ。頑張ってね、新入りさん』

2015-10-15 01:02:57
白閃 @WhiteGlintNo9

プツン、と信号が途切れる。通信はそれで終わってしまった。 「あっ、お名前…」 声の主は誰だったのか、聞きそびれてしまった。司令官では無い気がする。まぁ、これからこの鎮守府で過ごすのだからその内会えるだろう。今は司令官に会わなくては

2015-10-15 01:16:23
白閃 @WhiteGlintNo9

示された“航路”を辿る電。左右に並ぶ廃墟群は冬の雑木林の様な寂しさを感じさせた。体内の簡易センサーから見てもそれらの建物は“死んで”いる。風化の具合からこうなったのは去年一昨年の話では無いことは分かるが、かつてのこの場所で一体何があったのだろう。

2015-10-15 01:43:01
白閃 @WhiteGlintNo9

「司令官さんに聞いてみましょうか」 誰に向かってでもなく独り呟く。勿論それに応えるものはいない。電の周りで動いているのは警備巡回中の沿岸防衛用の四脚戦闘ドローンのみ。無機質なレンズの目が電を追っているが警告はされない。やはり所属的にはこの鎮守府の一員になっているのだろう。

2015-10-15 01:49:37
白閃 @WhiteGlintNo9

それにしてもエラいところに来てしまった。チラチラ途切れる航路を見て改めてそう認識する。何故途切れるのか、ソレは航路送受信のシステムに問題があるわけでは無かった。電はため息混じりに足元を見る。そこでは雑草が夏の日差しを浴びて生命を謳歌していた。

2015-10-15 13:23:17
白閃 @WhiteGlintNo9

要するにこの不法侵入者が風に揺られて航路表示位置と重なってしまうのだ。航路表示は地面から大体50㌢ほどの位置、それほど伸びるまでに放置された雑草、生えている間隔は疎らとはいえ邪魔だし見栄えも悪い。

2015-10-15 15:25:52
白閃 @WhiteGlintNo9

見栄えが悪いといえば電を見下ろす左右の廃墟もそうだ。なぜこんなものを残しておくのだろう。崩れたら―既に崩れているのもあるが―危険ではないか。そして何より…  生暖かい風が吹き電の髪を揺らす。そんな些細な事が思わず肩を震わせる。当然だが寒いわけではない。そう、一言で言えば…

2015-10-15 15:27:32
白閃 @WhiteGlintNo9

「なんだか、怖いですね…」 電だって艦娘だ。上官の人間の命令一つで砲弾飛び交う戦場に向かい、命のやり取りをする。別段怖がりだというわけでは無い……とは自分では思っている。いや、そうでありたい、というのが適切か。 とはいえ、恐怖にだって色々種類があるものだ

2015-11-18 09:31:41
白閃 @WhiteGlintNo9

明確な形ある対象への恐怖、未知の見えざる存在への恐れ。この場合は後者だ。電は建造後初等教育過程で他の艦娘から聞かされたソレを思い浮かべる。 「オバケ」 死んだヒトの恨み辛み、強い後悔などが生み出すとされる存在。殆どの場合純粋物理的なものでは対抗できないと言われている。

2015-11-22 16:32:40
白閃 @WhiteGlintNo9

多くの場合オバケとなった要因を排除する、または清められた塩や高僧による読経、神徳の込められた御札などを用いることで退治することができる。 が、大抵の犠牲者はそんなものを都合よく用意してるわけではないので、抵抗することが出来ずにオバケに翻弄されて不幸に見舞われるのだ。

2015-11-24 23:31:53
白閃 @WhiteGlintNo9

電にはオバケを退治する自信なんてなかった。対処できる敵よりも、対処の分からない未知の方がよほど怖い。今この瞬間に白いワンピース、ボサボサの長髪の女性が唸りながら這い出てきたら全力疾走で敵前逃亡するしかない。 …いや、命令ならば戦うけども。 取り敢えず此処に長居はしたくない。

2015-11-25 00:23:11
白閃 @WhiteGlintNo9

電は少し歩みを早め廃墟群を抜けようとする。何故か振り返るのは躊躇われた。”何か”を見つけてしまうから、”誰か”に目が合ってしまうから…。触れてはいけないものに触れてしまう。そんな風に感じたのかもしれない。 その代わりに周囲を警戒するかのように聞こえる音に意識を集中させる。

2015-12-01 15:44:12
白閃 @WhiteGlintNo9

風化したコンクリートの構造体の中を潮風が吹き抜ける音。後方の港で鳴く海鳥の歌。前方から聞こえてくるセミの声。そして、電自身が発する足音と、早まる心臓の鼓動。 耳に入る音はそれだけだ。この場所だけ他から隔絶しているかのように他の音は聞こえない。自分の他には誰もいない…ハズだ。

2015-12-04 03:48:10