10周年のSPコンテンツ!
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みそにこみおでん @misonikomioden
GALLERY HAM 山田七菜子「あかるい春」 表現主義の時代は終わり作家は何を作るのか、それを確認するため名古屋へ向かう。 想定してたことが当たったとも言える展示であった。→
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これまでの山田七菜子作品は、絵具そのものが前景化する作品であり、一見抽象ありながら図像が立ち現れてくるもののそれは前景化してこなかった。→
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作家は下図を描かず油彩絵具を筆を使わないで指や手の平を使い直接キャンバスへ塗りつけるため思考・感情が身体性と密接に繋がる描き方をしており、混色せず濁らない色のまま塗りつけられ絵具の物質感も露わに気持ちよく感覚的に絵具が配置されることで 、→
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形態よりもペインタリーさ、つまり図像の意味性より絵具の快楽の絵となっていた。→
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しかし今回の作品、筆跡(!?)が露わで色面が平坦となり絵具の物質感よりも図像が前景化しそこに物語の存在が感じられ、その読み解きを迫られるような作品であった。→
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本個展の作品群はレジデンスにて制作したもので、それが短期であったことや画材確保の不安等もあり、事前にイメージをドローイング(!?)で書溜めそのイメージを利用しつつ(!?)ペインティングしたものであり、筆を使い(!?)描いたものだ。→
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展示ではもともとキャンバスパネル上で描かれた絵からパネルを外しキャンバス地のみとしドローイングと共にかけられていた。→
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ドローイング絵と油彩キャンバスパネル絵、通常後者がヒエラルキー上重視されるが、パネルを外すことで油彩キャンバスパネルヒエラルキーを落としつつドローイングとの併置を可能とした。→
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これはレジデンスをきっかけにドローイング描きそれを展示させる処置をとったにすぎない、のではなく、ドローイングこそ重要だからそうしたはずだ。→
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ドローイング、この場合は習作ともいえ、線で描かれた形はその時点で意味を持ち、それが活かされたペインティングは図像解釈を誘発する。形態があり意味性があることが本個展の重要な点であり、その起点であるドローイングこそ今回の個展で最も重要ということだからだ。→
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本展示作品でペインタリーの快楽よりドローの意味性を持つことになったのはレジデンスという偶然からなのだが、それが主題を持つ作品が求められる時代である今に対応する表現となり作品が現れたことに驚き、、、いや想定していたが、、、、 →
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作家は時代を読み解き今ならこれができると戦略的に作品を作るタイプではない。 時代が作家を通じて作品として出てきてしまったことと驚くべきか。→
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作品は震災・原発とは無関係であり作者はそれを一切意識していない。しかし震災以降、日本で何を作るのか、つまり主題を用いて如何に表現するのか、それが立ち現れた展示となっていたと言える。→
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最後に一つ付け加えと、山田七菜子は物語を込められたような自分の絵に対し何も物語を込めていない。どんな物語があるの?と聞かれたらその人に合わせて答えるそうだ。→
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絵を描く時の思考や感情は複雑であり言葉にした瞬間に諸々切り捨てられてしまう。だからこそ絵具を信頼し画面へ定着させるのだろう。 そのため作者は図像を読み解いたところで絵の本質には到達できないと話す。その通りだと思う。→
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山田七菜子 「あかるい春 」GalleryHAM 23 Jan – 5 Mar 1210.g-ham.com/exhibitions/23…

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