「性奴隷」と「帝国の慰安婦」をつなぐもの
- ndoro19542566
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①【「性奴隷」と「帝国の慰安婦」をつなぐもの】性奴隷(sex slave)という単語の語感は強烈だ。奴隷といえば、鎖に繋がれ、人間扱いされず、鞭打たれ、時には主人の気まぐれで殺されても文句が言えず、無報酬で死ぬまでこき使われるというのがスタンダードなイメージだろう。
2016-01-29 10:22:31②日本の否定派はそのイメージに反発している。慰安婦を鎖に繋ぐことなく、報酬を支払っており、借金さえ返せばすぐに辞めて帰国することも出来た。慰安婦は「性奴隷」ではなかった。それなのに「慰安婦は性奴隷だった」というのは日本を貶めたいからに違いない、と。 @ndoro19542566
2016-01-29 10:23:20③奴隷にもいろいろある。戦利品として引っ張って行かれ、冒頭に書いたようなひどい扱いをされた奴隷もいる。他方、古代ローマで皇帝や有力者の家庭教師を務めたギリシャ人奴隷はローマ市民よりも報酬が高く、自分を買い取って自由民になる者が少なくなかったそうだ。 @ndoro19542566
2016-01-29 10:23:57④奴隷の待遇はさまざまだが、共通しているのは人身の自由権を奪われていた点だ。どんなに良い暮らしをしていても主人の意のままに売られる身であれば奴隷だ。人を物扱いして売り買いするとそれは奴隷なのだ。人身売買契約で働いた娼婦も慰安婦も定義は奴隷といえる。 @ndoro19542566
2016-01-29 10:24:55初期のアメリカ鉄道建設工事はプアホワイト(ほとんどアイルランド人)が担った。黒人奴隷は高価なので事故で死なれたら大損。だから使わなかった。自由契約で働く市民が死んでも自己責任でタダ同然。
⑤報酬を得ていたからとか、ピクニックにも行けたから奴隷ではないというのは、奴隷を勘違いしている。親方が女性を慰安婦稼業に縛りつけて辞めさせないならそれは親方が彼女を所有物として扱ったということなので、彼女は親方の奴隷であったといえる。 @ndoro19542566
2016-01-29 10:25:29⑥しかし慰安婦が公娼のように法的救済を求めることが出来て、裁判所が親方の行為は違法であるといえる状態にあれば、奴隷身分ではなかったことになり、国としての行為責任は免れるだろう(不作為責任は残る)。実際には日本軍は慰安婦の法的救済の道も塞いでしまった。@ndoro19542566
2016-01-29 10:26:45⑦慰安婦が性奴隷であり国に責任があるというのはそういうことだ。他方、韓国市民は日本の保守が否定するイメージの奴隷制度がそのまま慰安婦の運命だったかのように誤解している。過酷な待遇もあったことがわかっているが、そこだけが本質ではないのに話が混線している@ndoro19542566
2016-01-29 10:30:06⑧朴裕河さんは『帝国の慰安婦』でそういった双方の誤解を解きほぐそうとした。朴裕河さんは兵や慰安婦の証言を分析して、慰安婦には二種類あったと結論付けている。戦利品としての敵国の女と、味方である帝国臣民としての日本人と朝鮮人、台湾人の慰安婦だ。 @ndoro19542566
2016-01-29 10:30:50⑨朴さんが「帝国の慰安婦」と名付けたのは後者だ。このような分析は朴裕河さんだけがしているのではなく、韓国の市民運動サイドに立つ韓国人女性研究者も同じことを書いていた。では戦利品としての女と「帝国の慰安婦」はなにが違ったのだろう。 @ndoro19542566
2016-01-29 10:32:08⑩帝国の慰安婦は性欲処理だけを期待されたのではない。兵は、女性と日本語で語り合うことで得られる文字通りの慰安効果を求めたという。これは敵国の女性には果たせない役割だ。占領地でかっさらった女を強姦する(これも多かった)のと構造的に役割が違うのだ。 @ndoro19542566
2016-01-29 10:33:37⑪帝国の慰安婦の身分は性奴隷だが、兵にとっては「なつかしい日本」を思わせる存在であって、性行為を求めない兵も少なくなかったと元朝鮮人慰安婦が証言している。兵は慰安婦に女友達や妻、あるいは姉妹とか母の面影を求め、性行為を控えた者もいたという。 @ndoro19542566
2016-01-29 10:34:17⑫慰安婦に好意を寄せて結婚を迫る兵もいた。身勝手な思い入れと言えばそのとおりだ。だが兵士の側からするそうした親近感は、初めに述べた奴隷のイメージにそぐわない。元兵士の多くが慰安婦は性奴隷なんかじゃなかったと証言する理由の一つはここだろうと思う。 @ndoro19542566
2016-01-29 10:36:10⑬しかしながら慰安婦の笑顔や優しさは当然ながら商売上義務付けられた表向きの顔であって、本心は別にあった。見も知らぬ男に抱かれるのが楽しい仕事であるはずがない。慰安婦の記憶と兵の記憶との間には、超えがたい溝があるように思える。 @ndoro19542566
2016-01-29 10:37:12⑭そうはいっても仕事としてのつらさと、客に対する感情は完全に一致するものではないだろう。嫌な客も多かったろうが、中には“優しかった日本兵が忘れられない”とか“同じ戦地で苦労した兵隊に恨みはない”という意味のことを語る元慰安婦もいる。 @ndoro19542566
2016-01-29 10:38:05⑮辛い時代だったはずなのに懐かしがる慰安婦がいる。なぜだろう。長い植民地支配の時代、帝国は支配下の民に日本人意識を持つように強制し、皇民化教育が学校や地域に浸透していた。志願兵募集に朝鮮の若者が押し寄せ、特攻隊に志願した朝鮮人将校もいた時代だった。 @ndoro19542566
2016-01-29 10:39:35敗戦が信じられなかった、悔しくて涙を流したと当時を語る韓国人の証言も多数ある。そういう時代だった。慰安婦もその時代の人であり、その時代には時代の精神があった。日本帝国主義の被害者ではあるが、その心理は複雑だと思う。一色に塗り潰せないものもあろう @ndoro19542566
2016-01-29 10:43:06上のコマの番号が抜けています。
下のコマから番号が一つずつずれています。
⑯いつまで続くかもしれない、永久に続くかもしれない日帝支配の時代に、強固な独立の志を抱き続けた民衆ばかりいたはずがない。日本に同化し、帝国臣民意識を抱く民はけっして少なくなかった。その方が利益につながったから面従腹背していた人もあっただろうし。 @ndoro19542566
2016-01-29 10:43:46⑰性奴隷にされた朝鮮人慰安婦の中に信じやすい人がいて、臣民意識を抱き、日本兵に対して親近感を抱く人がいたり、共に苦労する同志だと思い込む人がいても不思議ではないと思える。これは人間というものに対する洞察から述べている。 @ndoro19542566
2016-01-29 10:45:26⑱韓国国民がそういった過去を恥辱だと思って否定したい気持ちは理解できる。しかし、繰り返すがその時代には時代の精神があった。朴裕河さんは、そのことをそのままに書いた。私は朴さんの見解をすべて肯定するものではないが、大枠で共感する。 @ndoro19542566
2016-01-29 10:46:32⑰元慰安婦のハルモ二の不快感は、理解できなくはない。しかし韓国の検察が朴さんの著述が名誉棄損に当たるといって刑事告訴までしたのがなぜなのか、私には理解できない。そこに政治的意図があったように思えてならない。韓国司法は政府の僕なのだろうか。 @ndoro19542566
2016-01-29 10:47:55⑱日本軍慰安婦は性奴隷であり、同時に帝国の慰安婦だった。平時には差別される二級臣民だったが、戦地では彼女らと兵士は抗うこともできずに戦地に引っ張られた者同士、互いの傷をいやし合う疑似的な「同志的関係」にあった。二つの立場はけっして矛盾しない。 @ndoro19542566
2016-01-29 10:48:31⑲日本の姿勢に韓国社会の怒りは深いものがある。反射的にハルモ二たちを理想化する傾向がありはしまいか。その思いに応えるためだと思うが、元慰安婦の証言は新しいものほど日本軍を非難する苛烈な内容に変化している。このことも事実なので見過ごせない。 @ndoro19542566
2016-01-29 10:51:19⑳一例をあげれば、以下は同一人物の証言だ。 1993年証言集「16歳の時、日本人から見せられた赤いワンピースと革の靴が子ども心に嬉しくて、ついあとさき考えずついて行った」「軍人たちには殴られなかったが、主人にはたくさん殴られた」 @ndoro19542566
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