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山猫だぶ㌠ @fluor_doublet
空海(弘法大師)は水銀鉱の鉱床探査と朱の生産を奨励したというけど、水銀による健康被害、製錬や冶金による健康被害はだいぶあったと思うのよね。亜硫酸ガスのもうもうと立ち込める蒸留釜で水銀を蒸留して。水銀蒸留は周囲にものすごく水銀をまき散らすから。
山猫だぶ㌠ @fluor_doublet
水銀鉱の採鉱従事者は、昔から短命なのよね。空海だってそれはわかっていたはずだ。
おかざき真里 @cafemari
@fluor_doublet まだそこまで描けていなくて詳しく調べられていないのですが、丹生の産地の水を空海は「飲むな」と言ったという文献が残っていたと思います。扱いに関しては慎重だったのではと解釈しております
山猫だぶ㌠ @fluor_doublet
@cafemari へー。空海も水銀の有害性をかなり認識してたんですね。ありがとうございます。
いしわたりしんいち @robanotearoom
@fluor_doublet 奈良の大仏建立後に平城京で流行病が多発してそれが平安京遷都のきっかけになってますが、この流行病が実は奈良大仏を作る際の金箔を貼るのにアマルガム法を使って水銀を蒸発させまくった為の水銀中毒だという説がありますね
いしわたりしんいち @robanotearoom
@fluor_doublet 大仏建立の時の水銀使用量がハンパないです(具体的な使用量の史料が残ってます)
山猫だぶ㌠ @fluor_doublet
@robanotearoom アレは、建屋を立てる前に鋳込んで、建屋を立ててからメッキしてるんですよね。水銀捕集のためなんでしょうが、建屋の中は水銀濃度が相当高かったと思います。
いしわたりしんいち @robanotearoom
@fluor_doublet いや、建て屋は後からだと思いますよ。たぶん開眼式の時には屋根なかったんたじゃないでしょうか?詳しいことは忘れてしまいました。あとで調べてみます
いしわたりしんいち @robanotearoom
@fluor_doublet ホントだ、大仏殿建立後も鍍金作業してたんですね。wikiだとうまくまとまってなくてようわからんですが、このページは分かりやすい。ありがとうございます。
山猫だぶ㌠ @fluor_doublet
@robanotearoom なので、メッキで飛んだ水銀は液化して、大仏殿の建屋の壁下にいっぱい玉になって転がってたはず。メッキ作業中の作業環境はかなり劣悪だったんじゃないかしら。
いしわたりしんいち @robanotearoom
@fluor_doublet あいやー、そりゃあヒドいですねぇ。水銀蒸気で燻蒸されてるみたいですな。アマゾンのガリンペイロ(砂金採り)の水銀中毒の比じゃないですなw奈良で世界初の水俣病が発症したのかもしれませんねぇ
いしわたりしんいち @robanotearoom
@fluor_doublet あ、水銀中毒と有機水銀中毒は違いませね
石炭村の工作員 @Braunite
@fluor_doublet @level_7g 日本で金属水銀を使い始めた頃は、自然水銀が容易に採掘できたとかと…自然水銀を採り尽くしてから、辰砂から金属水銀の精錬を始めたのではと。辰砂はそれ自身が有用物ですから、それをわざわざ精錬するのか?
山猫だぶ㌠ @fluor_doublet
@Braunite @level_7g いや、辰砂に比べればはるかに自然水銀の量は少なくて、たぶん集められないと思います。で、辰砂の熱分解による水銀の蒸留精製と、その硫化による硫化水銀の合成はかなり古くから技術が中国より渡っていて、それらを使った朱の合成の道具が残ってます。
山猫だぶ㌠ @fluor_doublet
@Braunite @level_7g 辰砂の精製は水簸で、これはもう弥生時代から始まってるんですが、水銀の利用より前です。ところが、石噛みしている低品位鉱はこれでは精製が難しく、ロスが出ます。熱分解による水銀捕集は、そういう点では歩留まりがすごく良いのです。
石炭村の工作員 @Braunite
@fluor_doublet @level_7g 自然水銀リッチの太古の姿まま昭和の世まで残っていたイトムカ水銀鉱山が近所にあったのと、前読んだ本に大和水銀鉱山のあたりは自然水銀の露頭に近いものが在った云々とかと…太古の本来の鉱床の姿を現代人は知らないのではないのかなと
山猫だぶ㌠ @fluor_doublet
@Braunite @level_7g 水銀の場合、二次酸化富鉱することがないので、掘り下がってしまえば太古の本来の鉱床のままです。で、ご存じのように液体なので、染み出してくることはあっても、そんなにリッチにはなりえません。どんなに頑張っても、辰砂と水銀の比は10:1ぐらいです。
山猫だぶ㌠ @fluor_doublet
水銀って、扱うとすぐわかるんですが、表面張力で塵埃を引きつけるんですよね。埃だらけ、石だらけになってしまって、水銀だけ拾ってつまむのは容易ではありません。「水銀ばさみ」という専用の道具があるぐらいです。鉱山の切羽で自然水銀だけ採るのは無理です。
山猫だぶ㌠ @fluor_doublet
で、自然水銀って、上鉱の水銀鉱の隙間に小さい粒で挟まっているのが普通なんですが、これを取り出すには搗鉱して水簸するしかありません。その時に大量に混じる辰砂も一緒に採れるので、自然水銀だけ採取するということにはなりえません。
山猫だぶ㌠ @fluor_doublet
イトムカや大和水銀では、鉱脈から(盤圧で?)自然水銀が噴出した、って話があるんですが、これも「ここはこんなに高品位脈なんだぞ」の含みがあり、かつ、どうも誇張が入っている感じがします。
石炭村の工作員 @Braunite
@fluor_doublet @level_7g イトムカは自然水銀と辰砂の比率が異常で、自然水銀7:3辰砂https://t.co/XLr3DhPC9T選鉱工程で最終製品が得られると言うhttps://t.co/sV7QTiHVG0イトムカが特異なのかイトムカが本来の姿のなのか
山猫だぶ㌠ @fluor_doublet
@Braunite @level_7g すみません遅れました。資料ありがとうございます。イトムカってそんな組成なんですね。はじめて知りました。ありがとうございます。これだと、直接沈降で鉱石中の水銀の半分は落ちるでしょうね。んで、残り半分は浮遊選鉱後にレトルト焙焼で蒸留ですよね。
山猫だぶ㌠ @fluor_doublet
@Braunite @level_7g 平均品位 0.3% として、その半分とみて 0.15% が直接搗鉱したスラリーから落ちるのは楽でしょうね。ただし、それはイトムカの特異性だと思います。普通はそうではありませんし、もともとイトムカは初期は鉱石を全部焙焼しているはずです。
山猫だぶ㌠ @fluor_doublet
@Braunite @level_7g 北海道の水銀鉱の開発史を読むと、大正6年に明治鉱山が余市で水銀鉱を開発したのが初めてで、これは製錬はレトルト焙焼、イトムカは昭和15年に見つかった鉱山ですが、鉱床開発と同時に改良レトルト蒸留装置が入ってます。
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コメント

Toshi Motooka @toshi_moto 2016年2月3日
古代には不老不死の薬の原料扱いされていたぐらいで、毒性が認識されたのは中世頃って話を聞いたことがあります。平安期にそれに気がつくのは如何な空海といえども難しいのではないかと。
karino @linoleums 2016年2月3日
ゾクゾクする語彙がふんだんに詰まってるまとめ
KYo @sakyurasu 2016年2月3日
なるほど、分からん!
深井龍一郎 @rfukai 2016年2月3日
水銀の毒性が知られてなくても「魚も住めないような水は避ける」くらいの知恵はあるんでないの?
A.C.✨NCC1710hh2 @AerospaceCadet 2016年2月3日
水銀は自然に存在して昔から使われてきた物だから安全です!(ぐるぐる目
kkitmur @kkitmur 2016年2月3日
「飲めば高確率で死ぬ」ぐらいはそら知ってたはずなので、「水銀は毒である」という知識はあったかと。水銀関係者の短命具合もその影響だろうと見ても不思議ではないですね。 だからこそ「上手いことやれば薬になるんじゃね」という発想が出てくるわけで
佐倉和音🥴 @O_Flow 2016年2月3日
梅毒の薬として使われていた時期もあったけどその辺の歴史的経緯が知りたいなぁ。ヨーロッパで水銀法が使われ、蘭方として日本に伝わった結果なのか空海以降、薬になるっていう明確なエビデンス抜きで民間治療的に使われ続けていたのか?あたり。
秋ゑびす●10/17-20 靖国神社 秋季例大祭、10/20-26 即位礼正殿の儀に伴う交通規制留意 @yamashita99 2016年2月3日
こういうのって、金属単体でなくて、『硫化水銀』という化合物で考えないと、毒性も、塗料としての不変性も、解らないよね。 日本各地で水銀鉱山の有る地域に『丹生』という地名が付いてる。『丹塗り』は、寺や神社を装う赤い塗料。『丹』は唐代の皇帝が不老長寿の薬として愛用したもの(でも早死にしたけどね)。弘法大師と言えども、毒性を知ってたかどうだか…?
佐倉和音🥴 @O_Flow 2016年2月3日
yamashita99 この場合は「知識」ではなく「知恵」として理解していたかどうかでしょうね。
緑川⋈だむ @Dam_midorikawa 2016年2月3日
https://goo.gl/suqkf1 硫化水銀鉱物である辰砂の別名が「賢者の石」なんだな
ゆゆ @yuyu_news 2016年2月3日
毒を「すごく効く薬」として使っているものもあるし、そんな感覚だったのでは。少量なら薬になるのか、少量でもダメなものなのかの判別はまだできてなかったとか。
ゆゆ @yuyu_news 2016年2月3日
水銀=不死って「これ飲んだら金属の身体になれるんじゃね?」ってノリを感じるんだけど、実際どういう連想なんだろう。
深井龍一郎 @rfukai 2016年2月4日
yuyu_news 金属の不滅性というのはやはり金(Au)に象徴されるもので、水銀はその金と作用して金アマルガムを形成するところから、不死性を得るためには灰吹法による金の精錬と同様に、肉体や魂と水銀を作用させることにより達成される、といったような思想が関係すると思われます。
石部統久 @mototchen 2016年2月4日
O_Flow 以下だそうです。「享保十年(1725)には中国から水銀療法が伝わりますが…匙加減が難しいとされ医者はその治療を行うことをためらって…安永4年(1775)オランダ医師ツンベルグが水銀治療の指導を行いようやく水銀による治療法が始まる」http://yosiwarasaiken.net/moyou/toya.html
和田名久司 @sysasico1 2016年2月5日
大仏建立の時に既に水銀の毒性は認識されていたと思いますが。なんか人足が虫のようにころころと櫓から落ちたと記録されているそうで。あと大仏交流の切っ掛けの流行病は疱瘡らしいですね。
イエーガー@ネオ世紀末4 @Jaeger75 2016年2月6日
昔の人だからって空海なめてる人多すぎない? 昔の人でも空海クラスなら「大多数のここのユーザが電子機器を取り上げられた状態」よりは賢いだろ。 科学的知識が足りないとはいえ(いや、だからこそ)経験則的に危険物には非常に敏感であったはずだ。(でなきゃ、科学的知識の足りない昔の人は幼児の様に危険物触れて周り俺らに世代を繋ぐ前にみんな死んでるよ)
二条肝兼 @IamNotUs 2016年2月7日
水銀は近代になるまで長寿薬だったし、鉛のおしろいで良家の乳幼児がバタバタ死に続けても大正時代まで使い続けられていたのじゃ。いくら経験を重ねても因果関係を見出すとは限らんのじゃ。
16TONS@最近ゲームやってねえ @moonintears16t 2019年6月13日
奈良時代平安時代にすでに鉱石を大窯で蒸留するという発想とテクノロジーがあったのがすごいよな。空海も法力ばっかり注目してたが最先端科学の人だったのだ……
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