ベルナール・スティグレール『技術と時間』第三巻読書メモ集

ベルナール・スティグレール『技術と時間 3 映画の時間と〈難‐存在〉の問題』(石田英敬+西謙二訳、法政大学出版局、2013)の読書メモをまとめました。Bernard Stiegler, La Technique et Le Temps tom 3 : Le temps du cinema et la quetion du mal-etre, 2001, Editons Galilee.
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荒木優太(本が出るよ) @arishima_takeo

「フランスでは、自殺は子供たちの死因の第二のものであり、青年期では第一のものとなっている」(スティグレール『技術と時間』3)。へぇ、フランスでもそうなんだ。

2016-01-22 14:05:26
荒木優太(本が出るよ) @arishima_takeo

「意識は「つねに、そうとは知らずに映画をつくってきた」ようなものなのだ。それが映画の有する特異な説得力の源と言えるだろう。本書は、この仮説の展開に費やされることになる」(スティグレール『技術と時間』3)。費やすゾォー!

2016-01-22 14:24:24
荒木優太(本が出るよ) @arishima_takeo

昨日のことを思い返すこと、別言すれば、過去を持つこと、それは昨日を今日以下のものに還元すること、昨日を縮減することなのである。記憶は有限のものとしてしか存在しえないのだ。この過去把持の有限性が、つねに時間の流れである意識の条件なのである。byスティグレール『技術と時間』3

2016-01-22 14:47:08
荒木優太(本が出るよ) @arishima_takeo

第一次、第二次、第三次の想起の流れのモンタージュ、演出、制作をになってるポストプロダクションセンター、あるいは調整室は「意識」と呼べるだろう。そして、未来予持的、すなわち、思弁的=投機的傾向を担当する無意識は、プロデューサーのようなものだろう。byスティグレール『技術と時間』3

2016-01-23 15:01:18
荒木優太(本が出るよ) @arishima_takeo

意識が「撮り」ながら「編集する」とき、生で調整が行われるーーそれは覚醒状態のことだ。映画は夢の次元にあり、覚醒状態は一種のテレビなのだ。もちろん、白昼夢を見る可能性もつねにある。それはテレビ映画と言えるかもしれない。byスティグレール『技術と時間』3

2016-01-23 15:02:55
荒木優太(本が出るよ) @arishima_takeo

わたしの時間はつねに、他者の時間である。byスティグレール『技術と時間』3

2016-01-23 15:07:30
荒木優太(本が出るよ) @arishima_takeo

他者を発見できるのは、自己の内においてでしかない。自己の内にしか、自己の別のもの、自己とは別のもの、自己の未知なるものを――現実のものであれ、虚構のものであれ、他者を介して――見出しえないのだ。byスティグレール『技術と時間』3

2016-01-23 15:10:35
荒木優太(本が出るよ) @arishima_takeo

同一性とは、意識の必然的な映画なのである。byスティグレール『技術と時間』3

2016-01-24 14:34:29
荒木優太(本が出るよ) @arishima_takeo

第三次過去把持を意識の群れ=大衆に向けて産業的に生産することは、選択基準の産業的共時化、標準化のプロセスである。それによって、意識という流出は、ただひとつのエントロピーのスープ、精神が分解される腐敗槽へと流れ込むことになる。byスティグレール『技術と時間』3

2016-01-26 16:25:51
荒木優太(本が出るよ) @arishima_takeo

精神の未来は、文化的テクノロジーの地政学ーそれはまた精神のエコロジーの政治学でもあるだろうーにしかありえないのだ。というのも、意識の政治学(政治学は、まず意識の政治学でなければ、一体、何だと言うのだろうか?)は、必然的に技術の政治学だからである。byスティグレール『技術と時間』3

2016-01-26 16:35:18
荒木優太(本が出るよ) @arishima_takeo

過去把持環境は主体にとって欠かせないものであり、つねに既に技術的な対象というこの基体なしには、理性も悟性も霧散してしまうだろうがゆえに、「構制するもの」(超越論的主体)は、みずからが構制するものによって逆に構制されるのである。byスティグレール『技術と時間』3

2016-01-27 15:19:12
荒木優太(本が出るよ) @arishima_takeo

しかし、スティグレール翻訳の「構制」ってのはなんとかならんものなのか。「構成」じゃダメなのか? どうせconstituerとかでしょ。

2016-01-27 15:20:44
荒木優太(本が出るよ) @arishima_takeo

「シモンドンはベルクソンの後継者なのであり、ベルクソン、そして、カントと同様、フッサールが発見する第一次的過去把持の特異性を取り逃しているのだ」(スティグレール『技術と時間』3)。お、シモンドン批判じゃん。

2016-01-27 16:48:45
荒木優太(本が出るよ) @arishima_takeo

「シモンドンは、心理-社会的同一性に対する、技術-対象の同一性の「先行」を考慮していない(逆に、それは、ダニエル・ベンサイードが強調するように、マルクスには存在している」(スティグレール)。うーん、そうかなァ…。

2016-01-27 16:50:35
荒木優太(本が出るよ) @arishima_takeo

@arishima_takeo まあ、確かに、シモンドンは我ー我々とか言わなかった気がする。

2016-01-27 16:57:56
荒木優太(本が出るよ) @arishima_takeo

スティグレール『技術と時間』3。diaboleを「乖離記号」と訳してるようだが、これだと「悪魔的」のニュアンスや、diachronie(通時態=隔時態)との連絡が見えにくくなる気がするのだが。対になるsymboleを「統合記号」というのも、分かるけど、少し凝りすぎでは。

2016-01-27 17:17:12
荒木優太(本が出るよ) @arishima_takeo

「放送のグリッドと、巨大な映像バンク内での航行と方向確定のツールを接合することで、暦法装置と座標装置は同じひとつのシステムに統合されるだろう」(スティグレール『技術と時間』3)。シンボル/ディアボルは統合/乖離記号って訳すのに、グリッドとかバンクはカタカナ語なのか…。

2016-01-31 11:02:54
荒木優太(本が出るよ) @arishima_takeo

地図の空間は、映画の時間が生の時間を縮尺するのを経験したのと同様に、領土の空間を縮尺するものである。byスティグレール『技術と時間』3

2016-02-02 14:37:02
荒木優太(本が出るよ) @arishima_takeo

スティグレール『技術と時間』第3巻。ここの「分割記号」ってdiaboleのこと? もしそうなら、「乖離記号」でずっと訳してたはずだから、訳し変えるの忘れているよ。もし重版するときがあったら、誰か偉い人にいっといて下さい。 pic.twitter.com/f7CigpR5vS

2016-02-02 19:45:45
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荒木優太(本が出るよ) @arishima_takeo

「第三次過去把持は還元不可能に空間的かつ時間的ーー「時間の間際化」であり、「空間の時間化」、すなわち差延ーーなのである」(スティグレール『技術と時間』3)。ここがよく分からない。

2016-02-03 11:09:41
荒木優太(本が出るよ) @arishima_takeo

前-定立は、目の前に置かれていることと同時に、前もって置かれていることを意味している。このような横断伝導的関係ーー関係項の一方が他方と、構制するものとして共立しているーーとは、折衝関係である。byスティグレール『技術と時間』3

2016-02-03 11:46:20
荒木優太(本が出るよ) @arishima_takeo

理性とは、すなわち、みずからに欠失したもののことなのである。理性とは、不可欠の欠失なのだ。byスティグレール『技術と時間』3

2016-02-03 14:44:11
荒木優太(本が出るよ) @arishima_takeo

スティグレール『技術と時間』3。今度はカイリの字が違っているが、訳者の間でもdiaboleをどう訳すか結構迷ったんじゃないか? pic.twitter.com/X9Zickqat4

2016-02-03 14:55:07
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荒木優太(本が出るよ) @arishima_takeo

スティグレール『技術と時間』第三巻読了。ハイパー産業化の下でのハイパーシンクロによりハイパーディアクロした諸個体がハイパーセグメンテーションする…ってハイパーハイパー言い過ぎだろ。第一巻第ニ巻と比べて何が新しいんだかよく分からなった(カント解釈?)。

2016-02-03 15:51:42
荒木優太(本が出るよ) @arishima_takeo

あと、どうやったら〈難-存在〉が克服できるのかってのもよく分からない。いや、昔から処方箋ない人なのかなとは思ってたけど。

2016-02-03 15:52:30
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