タマネギの形をした涙#1 変態とのコネクション◆1
_旧都ナィレンの朝は穏やかである。無数の鳥が象牙色の摩天楼を飛び渡る。そこに住人はいない。 古代科学文明が崩壊し、膨大な知識と共に巨大建築物群は封印され、周辺を取り囲むあばら家に人は住む。エンジェもそうだ。彼女はボロアパートでシャワーを浴びていた。 1
2016-02-03 17:35:08_水道があるだけでもかなり高級だが、質は粗悪なものだ。時折お湯が途切れ、ついには水になり、止まった。 「むむっ、寒い……どうしてなの」 エンジェは止まったシャワーのバルブをガチャガチャと動かす。濡れた長い髪が冷えていき、背中が冷たい。 「ミェルヒ!」 2
2016-02-03 17:41:29_同居人の男の名前を呼ぶ。水が止まるのは危険だ。ボイラーが破損してしまう。ナィレンの水道は非常に劣悪で、よほど金を積まないと安定した水の供給は無理だ。 そして若い冒険者コンビのミェルヒとエンジェには、そんな金など無い。 「ふざけないで!」 3
2016-02-03 17:47:10_反応が無いミェルヒへの怒りをバルブにぶつける。バルブはうんともすんとも言わない。エンジェは風呂場から飛び出し……そこで、丁度脱衣所にやってきたミェルヒと鉢合わせした。 「あっ、お湯、出てない?」 赤錆の浮いた鎧を着た青年は、気まずそうに視線を逸らす。 4
2016-02-03 17:51:56「ヒィィ!」 風呂場に素早いバックステップで戻るエンジェ。ミェルヒはタオルを近くに置いて、慌ただしく脱衣所を後にする。 「水でないし、ボイラー止めたし、もう上がった方がいいよ」 「裸見たでしょ! 後でなんかおごってもらうからね!」 5
2016-02-03 17:56:04_風呂場の扉を僅かに開けて外の様子を見るエンジェ。ミェルヒはどこかに行ったようだ。恐らくボイラーのメンテに行ったのだろう。 びしょぬれの身体がやけに寒い。軽く髪を拭き、身体にタオルを巻く。 「あーもう、シャワー浴び直しするからね、絶対」 6
2016-02-03 18:00:35_ナィレンの住宅の宿命。それは、インフラ設備の不安定さである。水道が通っているだけまだましだ、下水すら整備されていない物件も少なくはない。 ミェルヒとエンジェは二人とも精一杯働いているが、なかなか収入は増えず、このような物件に甘んじるほかなかった。 7
2016-02-03 18:05:18(何年こんな家に住まなくちゃいけないんだろう) エンジェは着替えながらため息をつく。先の見えない不安が彼女にはあった。エンジェの本業は画家だ。だが、彼女の絵は全く売れない。出展しても酷評ばかり。 そもそも絵を描き続けて儲かったことなど一度もない。 8
2016-02-03 18:11:29_いまや彼女の収入は、完全に副業の冒険者稼業で占められていた。フリーランスの騎士であるミェルヒと組み、幾度となく危険を踏み越えてきた。 その暮らしが嫌というわけではない。ただ、エンジェはどうしても、自分の絵を売り込みたかった。 9
2016-02-03 18:16:18(これからも絵を描き続けることはできるのかなぁ) ぼんやりと考えながら部屋着に着替え、ふと窓の外を見る。朝の光の中にぼんやりと浮かぶ誰かの顔。いわゆる覗き魔。2階の壁にへばりついている。硬直した顔と目が合った。 エンジェは真顔で、洗面台の剃刀を手に取った。 10-2
2016-02-03 21:47:21【用語解説】 【ナィレン】 灰土地域中央に存在する遺跡都市。都市の中心には、巨大高層建築物群が存在している。だが、住人はおらず、暴走状態で化け物の巣と化している。住人は高層建築を取り囲む粗末な建物で暮らす。産業はほぼ壊滅したが、交易の中継点として辛うじて経済が成り立つ
2016-02-03 18:26:19