タマネギの形をした涙#2 今まで何をしていたんですか?◆1
_街道沿いの、水道が長く伸びる脇道。元はここに研究室があったという。といっても、納屋とそう変わらない粗末なものだったが。 それを粉砕し、タマネギは水を取っていた水道に伸びていき、そこで急成長した。そして研究室は押しつぶされ、水道は塞がった。 31
2016-02-06 17:17:41_おっさんが説明したのは、そのような状況だった。 「あの青いタマネギは、俺の研究している作物なんだ……研究データは瓦礫の下。苗もあれしかない。あれが死んだら、俺の研究が……頼む!」 涙ながらにミェルヒの脚に縋りつき、懇願するおっさん。 32
2016-02-06 17:22:36「25年……25年かかった。酸性の灰土地域の土壌……どうにかして作物を育てたかった。火山灰の養分を利用し、聖河の豊富な水を確保することで、可能になる巨大植物の研究……25年かかったんだ! もうすぐ苗が完成するんだ。なのに……苗が暴走して……」 33
2016-02-06 17:27:29_おっさんの研究している植物は気温か何かの条件で暴走し、研究所を破壊したという。すぐさま役場に駆け込んで陳情したが、役場はナィレン都市部の要請で冒険者を派遣した。さっきまでおっさんは役場で説得を続けていたという。話を聞いてもらえず、現場に駆け込んだ次第だ。 34
2016-02-06 17:31:36_地面に手を付き、深く頭を下げるおっさん。 「25年……25年かけたんだ。俺にはこれしかないんだ。頼む……もうすぐ、夢の食料が……計画的な、大量生産……水耕栽培……」 そう言われても、インフラを破壊している以上対処せねばならない。ミェルヒもエンジェも困り顔だ。 35
2016-02-06 17:36:12「あのう、もっと安全に研究を行うことはできなかったのですか? 見たところ一人のようですが、スポンサーにバックアップしてもらうとか……」 おっさんの土気色の肌が悔しさで歪む。 「奴らは何も理解をしてくれない! 資料を見て、今まで何をしていたのですか? 実績は?」 36
2016-02-06 17:41:09_自嘲めいた笑いをひとつ。 「今まで何をしていたかって? ……あのな、本気で生きていたんだよ! 紙切れ眺めただけで人の苦労を勝手に見透かした気になりやがって! 問題点ばかり指摘して、これじゃあ無理ですね、だ。俺は……誰にも理解されなかった」 37
2016-02-06 17:45:23「夢さえ追っていれば幸せだった。金にも女にも興味はなかった……それで、このザマだよ。俺の全ては……25年の研究は、これだけなんだ。これだけが、俺の全てなんだ……他には何もない、空っぽの、空虚な人生だよ……」 おっさんは感情が爆発してもうどうしていいか分からないようだ。 38
2016-02-06 17:51:56_ミェルヒは青い巨大タマネギを見上げる。恐ろしい成長速度で、球根を膨らませ続けている。早くしないと火炎放射で対処できなくなるかもしれない。 ちらりとエンジェを見る。エンジェも判断に困っているようだった。野次馬の見物人が集まり、がやがやし始めた。 39
2016-02-06 17:57:59_とうとう、白衣のおっさんは号泣をし始めてしまった。見物人は何が起こったのだろうとひそひそ話している。 居心地が悪い。とても悪い。エンジェはおっさんの気持ちが分かる気がした。彼女もまた、理解されない夢見る者だったからだ。 40
2016-02-06 18:08:10【用語解説】 【灰土地域の土壌】 灰土地域は降灰戦争によって降り積もった火山灰の土壌が特徴である。西部は湿地が多く、土地が酸性化している。北部はツンドラ、東部は砂漠化しており、植物の育成は南部しか望めない。そのため、都市部では食糧問題解決のためキノコの培養が発達した
2016-02-06 18:12:58