ほしおさなえさん(@hoshio_s)の140字小説49
- akigrecque
- 634
- 0
- 0
- 0
夕方、畳に座っていると亡き妻がやってきた。妻の身体は透けて声もせず、わたしの声も届かないらしい。黙って並んで座り、外を眺めている。生きることがおそろしくなり、目を瞑る。目を開くと妻の姿は消えている。さびしかった。なにもかもいたのかいなかったのかわからない。土塊のように生きている。
2015-08-30 06:32:19ポケットにはいるほど小さくなった象を連れて旅に出た。むかしいっしょに行った場所を順々に訪ねていく。象はにこやかだが目に映る風景は澄んでいる。大きかったころの象はよく旅をしていた。いまもどこかに行きたいのだろう。ふたりで列車の窓から風景を見る。象がいなくなったあとも続く世界を見る。
2015-08-31 18:41:13みずいろの夢を見た。みずいろの湖に大きなみずいろの箱を沈めていく。中身はわからない。大切なもののような気がして、思い出すのが怖い。箱が沈む。すっかり見えなくなったとき、夢に閉じ込められたと気づいた。あれは出口だったのだ。わたしもみずいろになり、これからはここが現実なのだと思った。
2015-09-04 14:00:31雨が降っているから、ひどい雨が降っているから、僕は家に閉じこもって、灰色の空を見ている。出かけなければだれとも出会えないのに、なにもはじまらないのに、今日はもうだれとも会えなくても、なにもはじまらなくてもいいように思う。ひとり珈琲をいれて、季節が過ぎていくのをじっと見送っている。
2015-09-08 16:25:15窓から鳥がはいってきて眼鏡を差し出す。かけてみると景色が急に瑞々しく見えてびっくりする。いつもと同じ風景なのに、決してたどり着けない遠い場所に見える。子どものころはなにもかもこんなふうに見えていた。気がつくと鳥はいない。眼鏡もない。鳥の目をもらったのか。ただ景色だけが輝いている。
2015-09-12 17:37:40空が暗くなり、ここからはひとりで行く、と象が言う。これは自分だけの道だから、と。知ってる。象がもう戻らないこと。僕がそれを受け入れられないこと。ずっとふたりで歩いてきた。象の道は象と僕の道だ。だけど僕は進めない。道に阻まれている。闇に象が消える。最初から象なんかいなかったように。
2015-09-16 21:39:41雨が降ってる。ぽつんぽつんとわたしの心にも落ちてきて、丸いしみを作る。なつかしいあれこれがにじむ。だれかにしてもらったこと。だれかに伝えたかったこと。忘れていたことまでが浮かび、満ち、海になる。その海を見ながら、これがわたしの形なのか、こんなに大きかったのか、と少しびっくりする。
2015-09-25 08:37:40薄曇りの日、部屋の隅に人の形の影がしゃがんでいるのが見える。窓の外を眺め、寝そべったり頬杖をついたり、鼻歌を歌ってるみたいに揺れたりする。楽しそうだ。わたしにはなにも聞こえないけれど。それがだれなのか、なぜそこにいるのかわからないが、楽しいなら好きなだけそこにいたらいい、と思う。
2015-09-26 22:59:36月がきれいだった。生きるのが面倒になって、いやになって、僕が生きてることになんの意味もないように思えて、でも空を見上げたら月が信じられないほどきれいで、そもそもすべてのものに意味なんてないのだと思った。月がきれいだった。意味がなくてもかまわないと思った。生きてたっていいと思った。
2015-09-27 21:50:23ずっと窓を開けているのに、待っているものがやってこない。なにを待っているのかわからないからかな。いつか来るのかな。もう来たのに気づかず逃してしまったのかな。それとも来ないまま一生終わるのかな。空が高くて、それでもいい気がしてくる。いつのまにか季節だけが過ぎて、鱗雲が広がっている。
2015-09-29 22:06:07