ほしおさなえさん(@hoshio_s)の140字小説51

ほしおさなえさん(@hoshio_s)の140字小説51 その510~その519です。 50⇒ http://togetter.com/li/935351 続きを読む
0
ほしおさなえ @hoshio_s

140字小説その510。

2015-11-10 21:14:33
ほしおさなえ @hoshio_s

雨の匂いのなかで手紙を書いている。僕がこれまで書いていたのは、ほんとはすべてあなた宛ての手紙だった。僕はただあなたに認めてほしかったのだ。あなたはもういない。書いたって絶対に届かない。静かな雨の音がする。いまはひとつも見えないけれど、雲のうえではきっと星がたくさんきらめいている。

2015-11-10 21:15:10
ほしおさなえ @hoshio_s

140字小説その511。

2015-11-11 21:09:49
ほしおさなえ @hoshio_s

星は光っているけれど、宇宙のほとんどの部分は闇なのだ。そんなふうに、わたしたちの心のなかにも闇が広がっていて、そこにはなにもないのかもしれない。でも、それでいい。さびしがることはない、闇を照らすこともない。ときおり光る星を見ながら、しんしんと闇のなかを進んでいけばよいのだと思う。

2015-11-11 21:10:22
ほしおさなえ @hoshio_s

140字小説その512。

2015-11-12 20:54:24
ほしおさなえ @hoshio_s

雲を見ているといろんなことを思う。わたしの知らない遠い町のうえにも雲があるということ。それを見ている人がいるということ。わたしが生まれる前にも雲があったということ。それを見ている人がいたということ。あこがれのような、悲しみのような、傷みのような、薄く淡い雲がゆっくりと流れていく。

2015-11-12 20:55:21
ほしおさなえ @hoshio_s

140字小説その513。

2015-11-13 23:10:32
ほしおさなえ @hoshio_s

人にはそれぞれ匂いがあって、あなたにはあなたの、たぶんわたしにはわたしの、どれもみな違って、そばにいれば間違えようもなく、ふいによみがえった匂いからその人を思い出すこともできるのに、匂いを想像しようとするとできない。思い出したくても思い出せない。かきむしられるように泣きたくなる。

2015-11-13 23:11:14
ほしおさなえ @hoshio_s

140字小説その514。

2015-11-15 22:21:22
ほしおさなえ @hoshio_s

闇のなか、河口近くのゆるい流れのさざなみに月の影が揺れる。ぬるっとした光のように、だれもがしずかに戦っている。あきらめて、受け入れて、なにも言わずに生きているように見える人のなかにも、ほんとうは火が揺れている。口にしないだけ。傷みを封じ込めて、朝を待つ。長い夜のなかで揺れている。

2015-11-15 22:22:39
ほしおさなえ @hoshio_s

140字小説その515。

2015-11-19 21:11:57
ほしおさなえ @hoshio_s

すかすかなものが好きなんだ。この世にあるのは、よく見ると悲しいものばかりだから。深刻なのはきらい。重いのもきらい。まじめなふりをしたってどうせみんなくだらない。だからけらけら笑えるだけのものがいい。きらきらした安っぽい飾りみたいなすかすかのものと戯れて、バカみたいに踊っていたい。

2015-11-19 21:12:37
ほしおさなえ @hoshio_s

140字小説その516。

2015-11-25 21:12:07
ほしおさなえ @hoshio_s

心の中に庭がある。ときどきどこからか種が飛んできて、根をおろす。高い建物に囲まれた中庭だから、陽があたるのは短時間で、雨もあまり降らない。そんな場所で種は芽を出す。葉を広げ、細い茎をのばす。風に吹かれて揺れる。ああ、素敵だな、と思う。生きてるって素敵だ。ただふわふわと揺れている。

2015-11-25 21:12:45
ほしおさなえ @hoshio_s

140字小説その517。

2015-11-27 23:28:14
ほしおさなえ @hoshio_s

青い空が広がって、白い繭のようなものにはいりたくなる。音のない場所に籠って、眠りたくなる。生きているのが苦しくて、繭が涙でいっぱいになる。水のなかでほどかれて、人の形を失っていく。生まれる前の夢を見て、これまで生きた時間を忘れる。なにもかもきらきらしてる。空の彼方に広がっている。

2015-11-27 23:29:18
ほしおさなえ @hoshio_s

140字小説その518。

2015-12-01 23:11:56
ほしおさなえ @hoshio_s

弱い冬の日差しが、坂道を歩く僕の背中を照らす。生きてることが心細くて、道を動く影を見ていた。だれと出会うために、どこを歩くために、僕は生まれてきたんだろう。世界との頼りないつながり。心がくすぐったくなる。僕はここにいるよ。たったひとりで日を浴びて。空が澄んでいる。冬が光っている。

2015-12-01 23:12:55
ほしおさなえ @hoshio_s

140字小説その519。

2015-12-04 13:54:37
ほしおさなえ @hoshio_s

晴れたので海に行った。空も青くて、海も青くて、風が冷たかった。目を閉じると、鯨といっしょに泳いでいた。子どものころこんな夢を見たな、と思った。鯨に乗って海を旅する夢。僕はずっと夢のなかにいて、海を旅していたのかもしれない。目を開ける。海が広がっている。胸の奥で鯨が潮を吹いている。

2015-12-04 13:54:59