タマネギの形をした涙#2 今まで何をしていたんですか?◆2
_急成長を続ける青い巨大タマネギ。エンジェも、ミェルヒも、おっさんも。それを解決するベストな案を持ってはいない。 エンジェはおっさんの汚れた白衣に、自分の絵の具で汚れたワンピースと同じ思いを重ね合わせる。 「おじさん……わたしも、おじさんの力になりたい」 41
2016-02-07 17:43:20_そのとき、大きな音を立てて水道の壁が破損した。大きなひびが入り、水が漏れだす。役場の者が慌てて塞ごうとするが、うねうねと動く根に阻まれてどうすることもできない。 「壊れちまう! 早く何とかしてくれぇ!」 作業員の悲鳴。 42
2016-02-07 17:47:46_エンジェは慌ただしくなる現場を背に、力強く語る。 「おじさんは、ひとの役に立てるんだよ。そして、認められるべきなんだ。こんな……誰かに迷惑をかけて、ひとに害を与えるような形じゃなくて」 「そんな簡単に役に立てるもんか」 おっさんは目を回しながら言う。 43
2016-02-07 17:53:12「無理だよ。俺は25年かかったんだ。役に立つために、ずっと石の下でもがいていたんだ。それでもダメだったのに、いまさら『役に立とう』なんて思ったところで、何の成果もあげられるわけないじゃないか。俺はこの暴れるタマネギを処理するか、どうかの瀬戸際なんだ」 44
2016-02-07 17:57:51_それを聞いても、エンジェという人間はおっさんに誇りを取り戻してほしかった。 「石の下にいたんじゃない、本気で生きてきたんだよ」 絵が売れないからと言って筆を折るような性格はしていないし、どんな絶望的な状況でも諦めたりはしない。 45
2016-02-07 18:07:25「本気で生きてきたと胸を張って言えるなら、いまから25年後だっておじさんは本気で生きているはずよ」 その言葉は、おっさんに投げかけたものだろうか。それとも自分自身に言い聞かせたものだろうか。エンジェは、自分の言葉に茫然としてしまった。 46
2016-02-07 18:12:01(25年後……わたしは絵を描いているだろうか) 決心を促したつもりが、自分の決心を試す言葉になっていた。エンジェは戸惑っていたが、おっさんの方はそれで決心が固まったようだ。 「……駆除を頼む。欠片からでも培養を試せばいい。正直、何年もかかるだろう」 47
2016-02-07 18:17:33_おっさんの目には涙が浮かんでいたが、誇り高い表情だった。 「そんなのって……」 「いいんだ。結局25年間何もできなかった。それでいいんだ。俺にはお似合いだよ。大丈夫だ、方法は分かっているんだ。次はもっと……早くできるはずだ。さぁ、タマネギを焼いてくれ」 48
2016-02-07 18:32:44_ミェルヒはおっさんの決心を受け取った。作業員に指示し、野次馬を遠ざけるよう言う。バシネットを開く。バイザーが持ち上がり、火炎を吹き出す管が露になる。バシネットの兜に内蔵されたシリンダーが唸る。ミェルヒが受け取ったおっさんの決心が揺らぐ。 49
2016-02-07 18:37:42_準備は終わっている、いつでも、巨大な火柱をタマネギに浴びせることができる。しかし、ミェルヒは最後の最後で躊躇した。そして、苦しそうに言葉をこぼす。 「ダメだ……こんなんじゃダメだ。自分が犠牲になって誰かの役に立つなんて、生贄じゃないか!」 50
2016-02-07 18:42:38【用語解説】 【生贄】 神々への捧げものとして有名。家畜や人間を殺し、神への供物とする。別に最初から死体でもいいが、ご利益は若干薄まる。自らの命を捧げるのが最大の功徳であり、それによって使徒へと転生することもある。捧げられた命は、神と同化し、安らげる場所へと行くとされている
2016-02-07 18:50:00