- Mons_from_sea
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「人に飼われなければもともと日本にいない動物が人に飼われなくなることで日本から絶滅する」のであればそれでいいではないか。「絶滅」という言葉のマイナスの意味が強いから「絶滅するんだから悪いことだ」と感じてしまうだけで。
2016-02-11 07:17:27例によって「人間にしちゃいけないことは動物にもできるだけしない」論から考えれば、自分の楽しみのために誰か人間を去勢して家に閉じ込めたり鎖につないだりして寿命が尽きるまで飼うのと、同様に人間を閉じ込めて数年後に殺して食うので後者だけが特別に残酷ということもないだろう。
2016-02-11 07:26:09どう考えてもペットを飼うことが食べるために家畜を飼うことや実験のために動物を利用することと比較して倫理的に問題が小さいとか罪がないとかいうことは言えないと思う。
2016-02-11 07:28:51動物福祉とか動物の権利とかを考えざるをえなくなってしまった社会ではいずれこうして「人間の楽しみのために動物を飼うこと」も他の動物の利用と同じように「できるだけ減らすべきこと」に数えられるようになるのが自然だと思う。
2016-02-11 07:33:31目の前にいる1匹の命が大切、というミクロな倫理だけ考えるなら、釣ったブラックバスを殺すのも日本で野生化したアライグマを殺すのもかわいそうだろう。しかしそういう時には「かわいそうというのは感情論だ」というのである。
2016-02-11 07:37:09動物を食わねば人間が生きていけないから殺して食う、動物を飼わねば人間が生きていけないから閉じ込めて飼う、残酷だというなら同じくそうなので、どちらもできるだけ少なく、無駄な殺戮のないように、手を合わせながら行われるべきことだと思う。
2016-02-11 07:55:38「動物の権利」の問題は基本的に「それについて別のことを考える人間集団の間の論争」という社会的問題であって、動物自身はもともと当事者ではない、ということも授業の最初のところで教えてきたことだ。
2016-02-11 08:18:14人間以外の生物の生命を「倫理」の枠内に取り込んだ社会、取り込んだ時代ではそのようにならざるを得ないのだ。ここでも「時代が変わった」としか言いようがない。
2016-02-11 08:27:08「馬には人間の気持ちがわかる」という話もなにか「いい話」みたいに聞こえるけど、そうならなきゃ生きていけないように人間が淘汰してきたという話でもある。そりゃあ人に飼われていれば人の気持ちがわかる方が生き残るだろう。
2016-02-11 08:08:47乳量を上げるように乳牛を改良したり早く走るように競走馬を育種したりすることは意図的・意識的に行われるけれども、「人間とうまく付き合えるやつを生き残らせる」ことは人間の側もほとんど意識せずにやってる、結果としてそうなっていることが多い。
2016-02-11 08:32:53だから「競走馬を早くするための改良の歴史」にはわりと記録が残っていて遡ることができるけれども、「馬が人間も気持ちをわかるようになった歴史」には記録がなくて遡るのが難しい。認知考古学みたいな方法が役立つかもしれない。
2016-02-11 08:34:52「適応」というのも言葉自体にプラスの意味が強いから「いいこと」と捉えられやすいが適応自体にはよし悪しはない。適応して悪くなることもたくさんある。
2016-02-11 08:11:46「同一視すべき」と思う。「もっとひどい目にあってる動物がいるんだからペットは去勢くらい受忍すべき」というのを「人間が言う」と構造になっている。
2016-02-11 08:49:50「ペットは家畜より幸せだ」とうそぶくことさえやめれば、あとは「基本的には同じこと」の中での程度問題や「ここまでは守ろうよ」という話になる。
2016-02-11 08:52:23@kawalle 「基本的には同じことで、ただ程度が違う」のです。人間が便利に利用するために動物の命や健康に操作を加える、という点では同じことです。
2016-02-11 08:56:21少し前に「ラジカルな動物愛護団体の人が自分はペットを飼っている」というのがまとめサイトで話題になっていたが、これについて「何が違和感の理由になっているのか」を理解する人としない人がいると思う。
2016-02-11 08:54:50@ynabe39 動物が人間と同じように去勢しなくてもむやみに増えないならいいと思いますが、密度効果の影響が出るでもなく捨て犬捨て猫が何万匹もうまれています。それを防ぐためにも去勢の必要性はあると思うのですが。
2016-02-11 09:05:10