月下の執着#1 寒い夜、月のない夜◆2
_手製の鎧はあちこちが脆く、頻繁なメンテを必要とした。納戸の明かりをつける。暖房の無い、狭い空間に白くなった吐息。 マイラは独学でこの鎧を作り上げた。裏ルートで流通するジャンクパーツを繋ぎ合わせ、マニア仲間から魔力機関を高値で買い取った。 11
2016-02-13 17:24:12_マイラにとって鎧兵は少年の頃からの憧れだった。そして、少年の憧れは大人になっても消えることは無かった。 身が焦がれるような欲求。鎧兵になりたい……しかし、鎧兵になるには、その門は狭すぎた。夢破れて、マイラは理想と現実の狭間で苦しんだ。 12
2016-02-13 17:31:43_納戸の電気ランプがチカチカと明滅する。決行は5日後、満月の夜だ。マイラは抑えきれない欲求を鎮めるために、今日も鎧を着てみることにする。そうすると、いくらか満たされて破滅的な衝動を和らげることができる。 鎧はマイラの体格ぴったりに馴染んだ。 13
2016-02-13 17:37:00_満月の日を選んだのに深い理由は無い。ただ、特別な行為には、特別な日を選びたかった。鎧兵に憧れるものから、本当の鎧兵に近づける日である、脱皮の日。 鎧を着たまま息を吐く。身体に馴染んだ鎧の胸が動くのが分かる。今日はここまでにしよう、そう思い、鎧を脱いで納戸を後にした。 14
2016-02-13 17:42:05_選ばれた日までの5日間は、ほとんど落ち着けなかった。ある日、気晴らしに新聞を見るマイラ。紙面には通り魔の続報が踊っていた。まだ捕まっていないらしい。犯人はこう呼ばれていた。 『切り裂きロングソード』 長剣で斬りかかってくるという、大胆で恐ろしい犯行。不安が募る。 15
2016-02-13 17:47:08_不安が高まっても、時間が伸びるわけでもなく、焦りだけが心を狂わせる。 「予行だ……予行をしよう。今日はその日だ」 心を静めるには、練習をするしかない。満月の日の前日、彼は予行練習を行うことを決意する。夜が来て、彼は手製の鎧を身に纏い外へと歩き出した。 16
2016-02-13 17:51:46_夜の闇が、路地裏に満たされていた。手製の鎧の視界は悪い。本当なら暗視装置もついているらしいが、再現できなかった。 しかし満月前日で晴れていたため、いくらか月明かりがある。それを頼りに、硬くなった雪を踏みしめゆっくりと歩く。心臓が爆発しそうなほど鼓動している。 17
2016-02-13 17:55:40_曲がり角に誰かいる! それに気づいたとき、心臓が止まる思いがした。もちろん、マイラは違法行為をしている。鎧の偽造は重い犯罪だ。 鎧兵か、一般市民か、それとも通り魔か……硬直したまま「誰か」を見つめると、「誰か」は街灯の下へと姿を現わした。観光客だった。 18
2016-02-13 17:59:50_どこかで見た観光客だ。マイラは鎧を着たままじっとしていた。もしかしたら、正規の鎧兵と勘違いしてくれるかもしれない……そう思ったとき、観光客の方から声をかけてきた。 「前、会ったな」 そこでマイラは思い出した。背中に長剣を背負い、口元を布で隠した三つ編みの男……。 19
2016-02-13 18:04:29_兜で顔が覆われているはずなのに、この不思議な観光客は自分のことを見抜いていた。マイラはうろたえる。 「頼む、見逃してくれ……」 男は黙っている。 「酒を奢るからさ、事情を説明させてくれ」 「了承」 観光客は、そう短く返したのだった。 20
2016-02-13 18:09:05【用語解説】 【鎧脈装甲】 モスルートにのみ普及する鎧兵の装備。魔力の脈が通っており、暖かく、何倍もの力を出せる。この技術はモスルート神聖宮殿の地下に保管されている黒曜六面体よりもたらされた。黒曜六面体はそれ自身が意思を持ち、モスルートにオーバーテクノロジーを供与する
2016-02-13 18:15:13