ヒーローの条件

西住まほについて。『履帯の下』『箱庭眼鏡』も参考までにどうぞ。
2
里村邦彦 @SaTMRa

私はね、みほ。ヒーローになりたかったんだ。 #キリツグのほうじゃねえか

2016-02-17 21:12:06
里村邦彦 @SaTMRa

私はね、みほ。ヒーローになりたかったんだ。そんなことを言えば、西住みほは笑うだろうか。それは案外に、冗談というわけではなかったのだけれど。

2016-02-17 21:14:06
里村邦彦 @SaTMRa

自分の痛みが、わからない子供だった。我慢強い、泣かない、いわゆる良い子だったのだと聞いている。だから、おそらくこの感覚は、ぞっとする、というものだと思うのだけれど、西住みほが年子の妹でなければ、西住まほという人間は、どうなっていたかわからない。

2016-02-17 21:16:41
里村邦彦 @SaTMRa

西住みほは、よく笑う子だった。西住みほは、よく泣く子供だった。みほが笑うのを見れば、それは楽しいのだろうと悟った。みほが泣くの聞いて、それが悲しいのだと知った。同じように傷ついても、西住まほはどうしてか、それが苦しいとは思えないのだった。良し悪しではなかった。ただの事実だった。

2016-02-17 21:19:13
里村邦彦 @SaTMRa

戦車道の言葉は、だから、身体に馴染んだ。合理。戦術。戦法。術理。有利不利、好悪。西住まほは、戦車戦を通じて世界を獲得した。妹より一年長じて、ジュニアハイの世界に踏み入ったときにも、そこはとても居心地の良い世界だった。西住まほの世界そのものであったのだから、当然の話だ。

2016-02-17 21:23:32
里村邦彦 @SaTMRa

一年経てば妹がやってくる。姉の贔屓目抜きで、もっとも贔屓をするのはひどく苦手だったが、西住みほは才能のある人間だった。西住まほよりずっと、世界を感じることができる。みほは選ばれていると、まほは判断していた。その推測が崩れたのは、あの夏の日のことだ。

2016-02-17 21:26:39
里村邦彦 @SaTMRa

西住みほの、友人たちとの戦車戦。勝った。当然だ。相手のクルーは素人同然、こちらは鍛え込んだ西住流。勝てない道理はどこにもない。しかし想定以上に詰められた。西住みほは本物だった。おそらく西住まほは、そのときひどく高揚していた。試合の後、西住みほの「友人」に詰め寄られるまでは。

2016-02-17 21:35:57
里村邦彦 @SaTMRa

人を助け、勝負を捨てた。だから、砲弾を撃ち込んだ。当たり前のように勝利した。それが何故かと、彼女は問うた。西住まほは答える言葉を、ただのひとつしか持たなかった。当たり前だ、と。当然だ、と。何がおかしいのか、それを理解することができないと。

2016-02-17 21:38:21
里村邦彦 @SaTMRa

しかし、西住みほは泣いていた。西住みほは、よく泣く子供だった。だから、西住まほは悟った。ようやく悟ったのだ。これはきっと、私はきっと、間違っているのだろうと。

2016-02-17 21:39:54
里村邦彦 @SaTMRa

私が西住流を継ぐ限り、みほは自由でいられる。西住まほが選べる言葉は、戦車道の中にしかない。だから、みほ。お前は、自分の戦車道[いきかた]を見つけなさい。

2016-02-17 21:41:35
里村邦彦 @SaTMRa

ひどい雨が降っていた。黒い雨が降っていた。友軍水没の報を受け、それを発したのが西住みほだったと知ってなお、西住まほにできるのは、作戦を続行せよと、総軍に銘じることだけだった。雨音はいつかの泣き声に似ていた。西住みほは、どうしても泣かない少女だった。

2016-02-17 21:45:30
里村邦彦 @SaTMRa

きっと助けに行くのだろう。その確信だけは、動かずにあった。西住まほは、むかし、ヒーローになりたかった。誰かの味方に。誰かのために。けれどそれはもう、ずっと小さなころの話だ。

2016-02-17 21:47:16