氷下の天使#1 天使を漁する者◆3
_5年前のことである。半分休業状態だった若きベルシルムの元に、観光を希望する変わった二人組がやってきた。彼らは揃いのトレンチコートで、背の高い方がフィル、低い方がレッドと名乗った。 ベルシルムは不思議だった。自分より安く、上手な天使漁を見せる者などいくらでも紹介できた。 21
2016-02-19 17:13:47_当時の港町は寂れていた。観光業を始めたばかりで、街の名前を知る者も少ない。他の街が成功した天使漁の観光化の噂を聞いて、役場がようやく動き出した。そんな頃だった。つまりは、この街ですら選ぶ必要もない。 そしてベルシルムは、天使漁をサボってばかりだった。 22
2016-02-19 17:18:44_それを正直にレッドに伝えたところ、帰ってきたのは意外な答えだった。 「俺たちはプロの観光客さ。テンプレ通りにメインストリートを歩くだけなんて、毎年のようにやっているし、時には冒険だってしたくなる」 フィルも同調した。 「君は天使漁に積極的じゃないようだね」 23
2016-02-19 17:24:39_天気がいいのに、ベルシルムの背中に冷や汗が流れる。網の補修をする、彼の手が止まった。砂浜に打ち上げられた壊れた漁船。この二人組の観光客は、わざわざ浜辺で副業の魚獲りの準備で暇をつぶしている彼を探しに来た。 絶対に、知っている。彼の秘密を。 24
2016-02-19 17:29:02「場所を変えよう」 ベルシルムは網を畳み、近くの漁師小屋へと二人を案内した。彼の漁師小屋は板張りで蔦が這っていて、近づきがたい。 中に入ると、いくつもの天使の骨格が飾ってあった。神に捧げた後残る遺物だ。何の役にも立たないが、飾り物にすると高く売れる。 25
2016-02-19 17:34:39「美しいだろう?」 何度も見たことあるだろうに、フィルとレッドはまるで初めて見たように感嘆している。ベルシルムは一見関係ない雑談を続ける。 「実際には化け物だ。死霊だよ。負け戦の果てに、みんな死んで、怒りと苦しみの妄執の塊になった。静かに死んでいるだけありがたい」 26
2016-02-19 17:39:23「けれども……」 ベルシルムは、不良漁師らしからぬ純粋な目で語る。 「彼らには……彼女らには、確かに心がある。狂っていく感情の中にも、それを覆いつくし打ち砕く美しい心がある。俺はそれを見つけたんだ」 何故だろうか、この観光客たちには隠し事などできない。 27
2016-02-19 17:43:59_この観光客たちは、まるで美しいものを見せてくれとばかりに輝いた眼でこちらを覗いてくる。だから、自然とこちらも美しいものを隠さずに自慢したくなってしまうのだ。 「朝飯は食った? まだなら、新鮮な魚介の鍋を作るよ。サービスだ。笑顔で見るな……ただ、気に入っただけだよ」 28
2016-02-19 17:48:24_漁師小屋の囲炉裏が燃える。ベルシルムが魚鍋を作ってやると、フィルとレッドは子犬のように群がって魚鍋を食べた。それを見るベルシルムも上機嫌になる。 「俺は天使の心を見つけた。悪意と怒りの中でも美しく輝く心だ。期待していい。正直……俺も潮時だと思っていたよ」 29
2016-02-19 17:54:12_流れは水を動かす。潮流はとどまることなく、全てを変えていく。ベルシルムもまた、流れに流されなくてはいけない岐路に立たされていた。 その背中を、それとなく押したのは、この二人の観光客だった。 30
2016-02-19 17:59:41【用語解説】 【漁船】 漁船はエシエドール帝国時代に開発された蒸気エンジンによって推進するものが多い。科学文明崩壊と共に、蒸気エンジン製造技術は失われる。そのため、蒸気エンジンは壊れたら二度と再生することはできない。暴走した生産施設から命がけて回収するほかないのである
2016-02-19 18:07:49