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日本の中世における荒ぶる神の克服

まとめました。
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まとめ管理人 @1059kanri

基本的に人に祟り禍をなす「荒ぶる神」であった日本の神々が、人を護り望みを叶えるようになったのが、およそ10世紀ころだそうで、丁度荘園制が発達し始めた頃ですね。この頃ようやく、人間がある程度自然をコントロールできるようになった、という事なのでしょう。

2016-02-19 20:40:02
DJあかい @aka1you

自然をコントロールできない文明レベルの頃に生まれた宗教は荒ぶる神なんすね 日本もそうだしユダヤもそうで twitter.com/1059kanri/stat…

2016-02-19 20:41:07
まとめ管理人 @1059kanri

つまり1000年ほど前以前は、日本で神様といえば、圧倒的に理不尽な、巨大な暴力的存在だったわけですね。だからとにかく鎮まってもらうことのみを願う。そいえばその頃は富士山も、噴火を繰り返す悪魔的なイメージの強い山だったとか。

2016-02-19 20:46:22
頁(おおがい) @Notpoteo

@1059kanri 佐藤弘夫はこの現象を、国家的な祭祀の蓄積や神像の作成によっておこった、一方的に非合理的な命令を下す「命ずる神」から社殿に定住し、そこにいて厳密な賞罰を下すビジブルな「応える神」への変貌と定義して、これが古代から中世へのパラダイムだったと述べてますね。

2016-02-19 21:02:42
まとめ管理人 @1059kanri

中世は、日本でも戦乱と飢饉の続く暗黒の時代、というイメージがありますが、「神の克服」も同じくこの時代に起こったことなのですね。自力救済と表裏の関係でもあるのだろうな。

2016-02-19 21:08:06
まとめ管理人 @1059kanri

中世は、古代に在った一貫した秩序がどんどん解体、液状化して色んな意味でぐちゃぐちゃになった時代ですが、その混乱を中世最末期に収拾することになった織田信長が「みんな、ちゃんとしようよ!」という感性の人だったのは面白い。

2016-02-19 21:14:57
まとめ管理人 @1059kanri

@nonomaru116 混沌すぎる世界ですからね、中世はwその収拾もその後100年近く、やっぱり綱吉の時代くらいまではかかったと見るべきなのでしょうね。

2016-02-19 21:18:22
頁(おおがい) @Notpoteo

@1059kanri 勝俣鎭男は中世において時間的な過去を意味した「サキ」と未来にあたる「アト」という言葉が現在の一般的な用法に180度変わったことに人類の進歩と神の支配域の縮小を見ていますが、同じ中世でも時代ごとに価値観が変わるというのは本当に面白いですね。実証できるのもすごい

2016-02-19 21:21:52
ITO Toshikazu @toshiitoh

10世紀ぐらいから古墳を壊して集落を作るようになるそうだ。古代の神々への信仰が薄れた結果だろう。twitter.com/1059kanri/stat…

2016-02-20 13:52:25

コメント

石部統久 @mototchen 2016年2月20日
関連です。 「古代から中世にかけての日本の神と仏(神仏習合を中心に)」 http://www.smile-kai.com/report/20140424matsuzaki.pdf
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石部統久 @mototchen 2016年2月20日
資料です。1087夜『異神』山本ひろ子|松岡正剛の千夜千冊 https://1000ya.isis.ne.jp/1087.html
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段階的に遊びの文化を恢復せんとする有芝まはる殿下。 @Mahal 2016年2月22日
この辺り、史実の防災インフラの発展史としての裏付けって、どんな感じなのだろうか。
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アンゴル=モア @neko_kapico 2016年2月22日
あら、こんなとこで自分の卒論と同じような話を見かけるなんて。Twitterは面白いね。記紀神話と自然災害については、直木孝次郎先生の著書で読んだなぁ。面白かった。
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こざくらちひろ @C_Kozakura 2016年2月23日
日本の神々は荒魂と和魂に二分されるのではなく、1柱に併せ持つという考え方が一般的。荘園制度の成立(貴族社会)によって発展したのは、物の怪と怨霊。これも武家社会の成立とともに衰退していく。
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