2016年2月20日

雷と刀について徒然。

北野天満宮で雷除けという添銘がある刀を見て、雷と刀について気になったので徒然。 雷除けの呪法として刀が用いられたこと、古典に見る落雷による死亡事例まとめ。
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雷と刀について自分のツイートまとめ

わたり @wimwim8282

また、太刀を担ぐという動作は中世に流布していた雷除けの呪法であった。雷が鳴ると抜刀して警護することも多かった(そのため落雷で死亡した人がいる記録も残る)。陰陽五行では雷は木気で鉄の金気の方が剋つためかと思われる。

2016-02-18 22:41:24
わたり @wimwim8282

易では「かみなり」という現象は「雷」と「電」の二つの部分で組み合わせられたもの。「雷」は「雷鳴」のみを、「電」は「稲妻(=光)」を指す。ちなみに「雷」は木気で 「電」は火気。

2016-02-18 23:21:57
わたり @wimwim8282

「雷除け」として家の軒下に鎌や鍬を吊るす話はよく聞くよね。

2016-02-18 23:23:47
わたり @wimwim8282

五行の話をすると、狐は土で土生金だから能「小鍛冶」で刀を打つ手助けをするのが稲荷神社の神使であることも納得。

2016-02-18 22:51:43
わたり @wimwim8282

蛇や水神は鉄類(刀・太刀)を嫌うとする考え方っていつごろからあるんだろう。それなりに最近なのかなぁ。蛇の皮をお財布にいれたら金運アップするとか言うし、吉水弁財天は粟田口吉光の合槌を打ち作刀の手伝いをしているし。

2016-02-20 21:19:38

ここからは「雷に対して太刀を抜いた」ものをあげていきます。

①大鏡

わたり @wimwim8282

『大鏡』巻二・左大臣時平条では、雷となって清涼殿に現れた菅原道真に藤原時平が「太刀を抜きさけて」と太刀を抜いている。

2016-02-20 21:25:22
わたり @wimwim8282

このとき時平は「生前あなたは私の自席であったではないか。北野の神となっても、この世では私に遠慮するべきである」と言っている。雷が鎮まったのは時平を恐れたからではなく、帝の王威が限りないため、朝廷の定めた官位の秩序に従って道真が道理を示した。ということ。

2016-02-20 21:25:54

×自席 ○次席 でした…。
時平は左大臣、道真は右大臣であったことから。

ここでは「天皇の権威」が理由とな道真が一時的に退いたことになっています。

わたり @wimwim8282

ところで菅原道真と稲荷社は不仲とする説がある。菅原道真の怨霊が御所で暴れたときに稲荷大明神が守護の当番で(三十番神という京都の神々が禁中の守護をしていたと考えられていた)、雲に乗って現れて防いだため道真は十分な力をふるうことができなかったという伝承が残るため。

2016-02-18 22:54:45
わたり @wimwim8282

雷神は水竜や蛇と関わりのある水神の側面も持っていたから土剋水かと思ったけど、たぶん単純に藤原時平によって伏見稲荷神社の三社殿が修造されているからな気がしてきた。

2016-02-18 22:57:41

②今昔物語

わたり @wimwim8282

『今昔物語』で在原業平が女を盗み北山科の廃屋に隠したが夜中雷に見舞われ鬼に食われる有名な話、あれも「中将太刀を抜て、女をは後ろの方に押遣りて、起居てひらめかしける程に、雷も漸く鳴止にければ」とある。

2016-02-18 22:49:50

③本朝世紀

わたり @wimwim8282

『本朝世紀』久安2(1146)年3月9日条、雷鳴に驚いた源経光が兵仗を構え、落雷のため死亡する記事がある。経光は源頼光(名前の音読みから雷と関係があると信じられていた)の子孫であったため人々は「雷公の累葉であるのになんということだ」と噂した。

2016-02-18 22:43:49
わたり @wimwim8282

国史大系. 第8巻 本朝世紀 268ページ kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid…

2016-02-18 22:44:22
わたり @wimwim8282

ここ、経光の所持していた兵仗を「俗に之奈木奈多と号す」との記述があり、これが薙刀の初見とされているそうです。

2016-02-18 22:46:36

④十訓抄(建長四年(1252年)成立の説話集)

わたり @wimwim8282

『十訓抄』6-24では何事にも信心が大切という話で、平家の侍が上洛するときに難波三郎経房という男が雷に打たれたが、同行していた他の者は無事だったという話を挙げている。「経房、もとより仏神の行方も知らざりけり。太刀ぬきて、肩にかかげたりけりけり」と太刀を肩にかける動作をしている。

2016-02-20 21:29:26
わたり @wimwim8282

「およそ、攘災、はかりごと、信力には過ぐべからず。千万の兵、大刀・鋒を捧げたりとも、そのせんなかるべし」。信心でどうにかなるものでは…

2016-02-20 21:30:10

⑤平治物語(平治の乱の顛末を描いた軍記物語。成立・作者については不明だが、内容から推測すると正治元年(1199)以降か)

わたり @wimwim8282

この落雷の話、「平治物語」では難波三郎経房が悪源太の処刑役であったことから、その祟りで雷になった悪源太に殺されたという話になっている。(清盛出家の事並びに滝詣で付けたり悪源太雷電となる事)。一緒にいた清盛は 弘法大師の筆をお守りにしていたため助かったとされる。信心が重要ぽい。

2016-02-20 21:32:47
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