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漫画史研究者・宮本大人氏による連続ツイート:「手塚治虫」以前の子供向け物語漫画

『MdN』『BRUTUS』『サライ』でのマンガ特集に対する発端にした連続ツイート。
マンガ 手塚治虫 漫画史
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MIYAMOTO,Hirohito @hrhtm2011
今日で大学院入試終わって判定会議も終わってトレーニング行って気持ち入れ替えて、今更感すごいけど週末の講演の申込締切が木曜なのでまとまった宣伝ツイートをしようとワードに下書きしてたら、3000字書いたとこでようやく本題って感じになってこれでは終電に間に合わないと諦めて帰宅電車。
MIYAMOTO,Hirohito @hrhtm2011
おはようございまスプートニク!
MIYAMOTO,Hirohito @hrhtm2011
突然39ツイート連投します。
MIYAMOTO,Hirohito @hrhtm2011
1)昨日で大学院の入試も終わって、今週末は自分の講演もあるのでたまには漫画史研究者らしいツイートを。たまたま『MdN』『サライ』『BRUTUS』と漫画特集が続いているので、そこに見られる漫画史認識を題材にしたい。 pic.twitter.com/ipCz3NLpoJ
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MIYAMOTO,Hirohito @hrhtm2011
2)以下、三誌に対する批判的な議論が続くが、これは私の問題意識からはこういうことが言えますよという話であって、三誌とも買う価値のある充実した内容になっていることは断っておきたい。
MIYAMOTO,Hirohito @hrhtm2011
3)団塊世代がターゲット層と思われる『サライ』は「読めばあの日がよみがえる」と謳って思い切り懐古モード。「「私」の名作案内」で取り上げられる作品はアトム以外すべて60年代・70年代に連載が始まったもの。それ以後の作品にも面白いものがありますよ的な紹介一切なし。すがすがしいくらい。
MIYAMOTO,Hirohito @hrhtm2011
4)一方「漫画家が発明した表現30」と謳った『MdN』はさいとうたかをとちばてつやの2作品だけが60年代で、あとはみな80年代以降の作品。今日の漫画にとって重要な発明はほとんど80年代以降のものだとすると、漫画の「現在」は80年代に形成されたということだろうか。
MIYAMOTO,Hirohito @hrhtm2011
5)「一体、僕たちはいつから漫画を読まなくなってしまったんだろう」という一文から始まる『BRUTUS』は「もう一度、漫画を」と現在進行中の作品に誘おうとするが、ここでいう「僕たち」というのはどういう存在なのだろう。先の一文に続いて挙げられる漫画家の名前は手塚、水木、赤塚、大友だ。
MIYAMOTO,Hirohito @hrhtm2011
6)『サライ』と『BRUTUS』は基本男性誌だからということもあるのだろうが、少女漫画など女性向けの作品への言及がほとんどなく、男性向けの漫画を特にそう断ることもなく「漫画」としてしまっている。『MdN』はそれなりに女性向け作品も取り上げているがもうちょっと力を入れてほしかった。
MIYAMOTO,Hirohito @hrhtm2011
7)次に、大友以前/以後という切断線があるという暗黙の了解が、基本的に80年代以降しか扱わない『MdN』と、基本的に70年代以前しか扱わない『サライ』、浦沢直樹と倉本美津留の対談で大友のインパクトを強調する『BRUTUS』のすべてに、おそらく共有されている。
MIYAMOTO,Hirohito @hrhtm2011
8)そこでは劇画の位置付けが、さいとうやちばへの言及しかないためよくわからず、少女漫画の歴史もほぼ見えない。限られた誌面の中で焦点を定める必要のある雑誌の特集にそこまで求めるなというのは正論だが、焦点を絞る時に何が落とされていいと思われているのかはやはり気になる。
MIYAMOTO,Hirohito @hrhtm2011
9)もう一つ、対象年齢層の明らかに異なる三誌に、しかし手塚治虫の名だけは特権的なものとして登場するという点も共通している。『サライ』には想定読者層の団塊世代もリアルタイムで読んでいなかったと思われる『新寶島』『ジャングル大帝』の冒頭部が別冊付録でついている。
MIYAMOTO,Hirohito @hrhtm2011
10)『BRUTUS』の浦沢・倉本対談では手塚が「日本漫画史のファーストインパクト」だと言われているし、『MdN』でも手塚の何が新しかったのかが、いしかわじゅんと夏目房之介へのインタビューで繰り返し問われている。
MIYAMOTO,Hirohito @hrhtm2011
11)『MdN』のいしかわへのインタビュー、夏目へのインタビューには、手塚は本当に新しかったのかという疑問への意識があり、特に夏目は近年の研究の進展も踏まえた受け答えをしているが、一方で、「漫画家が発明した表現30」を論じた各ライターの記事には手塚の革新性を自明視する記述もある。
MIYAMOTO,Hirohito @hrhtm2011
12)『MdN』は単に「表現に注目すると漫画がもっと深く読み解けますよ」という特集でよかったし、実際ほとんどの記事はそういう内容だが、なまじ「発明した」という論点を入れてしまったために「本当にその漫画家以前にそういう表現はなかったのか」という疑問を招き入れてしまって損をしている。
MIYAMOTO,Hirohito @hrhtm2011
13)「それまでの少年マンガのキャラクターの靴は、ただ丸が描かれていたのに対し、さいとうたかをは“劇画”を表現するためにブーツをキャラクターに履かせ」たというほとんど意味不明の記述が出てくるさいとうについての記事はその典型だ。手塚の初期作品を見るだけで間違いだと分かる。
MIYAMOTO,Hirohito @hrhtm2011
14)10の名作を紹介する前に竹内オサムへのインタビューをもとに「「ストーリー漫画」の歴史をひもとく」記事を構成する『サライ』もこの記事に「手塚治虫がすべてを変えた」と大見出しを付ける。
MIYAMOTO,Hirohito @hrhtm2011
15)が、実際の記事の内容を見ると、「正チャンの冒険」「のらくろ」「スピード太郎」「火星探検」など戦前戦中の重要作をたどり、手塚もこれらから影響を受けたことを述べていて「すべてを変えた」というような書き方にはなっていない。問題は、にもかかわらずそういう見出しがついてしまうことだ。
MIYAMOTO,Hirohito @hrhtm2011
16)『新寶島』と『ジャングル大帝』の一部分が収められた別冊付録を見ても『サライ』にとって「手塚治虫がすべてを変えた」ことは譲れない大前提であるかに見える。竹内の談話はきちんと記事にできるにもかかわらず、それでもそうなってしまうのだ。
MIYAMOTO,Hirohito @hrhtm2011
17)『MdN』にも各記事の中には先にも触れたように「手塚治虫が『新寶島』で取り入れた映画的手法は、それまでの舞台的なマンガ表現を根底から覆した」といった、夏目のインタビューの中では手塚の「神話化」として退けられている認識そのままの記述があったりする。
MIYAMOTO,Hirohito @hrhtm2011
18)おそらく少女漫画について同様の特集がどこかの雑誌で組まれても、手塚の名は「リボンの騎士」とともに特権的な場所に置かれるだろう。戦前戦中に松本かつぢがどんな仕事をしていたかなどには触れられずに。
MIYAMOTO,Hirohito @hrhtm2011
19)手塚没後27年、「手塚神話」はむしろ強化されているように見える。「劇画」の記憶が遠ざかり「手塚」の次はいきなり「大友」になり、そこからが「現在」という歴史観が強まりつつあるとすれば、「手塚以前」どころか手塚と同世代の「手塚以外」さえ見えなくなりつつあると言えるかもしれない。
MIYAMOTO,Hirohito @hrhtm2011
20)手塚の命日にツイートしたが、私自身も手塚作品との出会いがなければ、そもそも漫画史研究者になどなることはなかったと言える。しかし、そのことと、かくも手塚神話を強固なものにしないといけないのかという話は別である。
MIYAMOTO,Hirohito @hrhtm2011
21)例えば手塚治虫を「漫画の神様」と呼ぶことに特に異論はない。しかし、八百万の神の国にふさわしく、漫画の神様も、手塚以前にも以外にもたくさんいるのだという世界観ではダメですかという話なのだ。なんで日本漫画の世界は手塚一神教みたいにならないといけないんですかという話なのだ。
MIYAMOTO,Hirohito @hrhtm2011
22)近年の研究などと他人事のように書いてきたが、私が大学院時代から取り組んできた戦前・戦中の漫画史の研究はまさにこの「手塚神話」の相対化につながっている。具体的には「マンガと乗り物―『新宝島』とそれ以前」、「ある犬の半生-のらくろと〈戦争〉」などの論文を書いている。
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コメント

vivia @v_i_v_i_a 2016年2月24日
鵜呑みにせずいろんな観点から読み解くことが大事なんですね なにごとも
kghdt @kghdt 2016年2月24日
似たような感想を持った。日本の漫画史を語るならせめて「手塚のルーツ」北沢楽天、岡本一平あたりから始めて欲しいと思う。戦前の漫画はほとんど購入不可だから研究者かよっぽどのマニアしか知らないし、そこが一般誌の限界だよね。
kghdt @kghdt 2016年2月24日
商業的に成功した者のみが歴史的に評価される「戦勝国史観」みたいなのが漫画の世界にもあるよね。劇画の表現技法を評価するなら、さいとう・たかをより松本正彦と辰巳ヨシヒロでしょ。
Maulwurf @a7m167509498 2016年2月24日
映画的なコマ割りは新宝島で手塚が発明したみたいな記述は間違いで、共著者の人の功績も大きい。 最初の成功例と言うべきか。
トレ @tolerance_18 2016年2月24日
戦前漫画を考察するとなるとアメリカのコミック文化からの影響も考えなきゃいけないし大変よね
灰色 @haiiro081 2016年2月24日
のらくろを誰が描いたかすらいまだに知らない自分です
cinefuk 🌀 @cinefuk 2016年2月24日
少年誌で人気があった「絵物語」が漫画ブーム以降に衰退したのも、スケールの大きくなった漫画がそれらの要素を吸収していったからではないか?と思う http://www.animator3d.com/magazines1.html
タツコマはネコ科猛獣に襲われてしまった @TATukoma1987 2016年2月24日
こういうのを踏まえると、手塚治虫がいかに画期的な事をしたのかが分かる。
JON @JON250MC25 2016年2月24日
ああ、こういうお話が聞きたかった。 楽しゅうございましたm(_ _)m
未知神明(みちがみ・あきら) @ontheroadx 2016年2月24日
雑誌編集者がそもそも知らないし、読者も興味なかったりするんで、昔の漫画の歴史は研究者がコツコツやるしかないですね。
菊地研一郎 KIKUTI , Kenitiro @kenitirokikuti 2016年2月24日
ブルータスの特集号は手に取ったが、サライとMdNは知らなかった。本格ミステリー読みだったので、昭和9~10年の『黒死館』『ドグラ』と、それ以後の作について少し知っている。戦前のまんがはまだまだ視界に入ってこないなぁ
カスガ @kasuga391 2016年2月24日
岡本一平の『人の一生』や麻生豊の『ノンキナトウサン』なんて、何度も映画化された大正時代の大人気漫画だったのに、今では作品を読んだことがある人はおろか、その存在を知る人すら少ない。大衆娯楽の社会的評価なんてそんなもん。
駄言鮭魚 @dagon_salmon 2016年2月24日
「落語と戦争」を調べると避けられない「はなし塚」に通じますね>「手塚以前の漫画史」
Junya Suzuki @JunyaTheSphere 2016年2月25日
「手塚以前以後」が焦点ではありますが、「大友以前/以後という切断線があるという暗黙の了解が//おそらく共有されている」という部分、じゃあその線は何を切断しているのか?というところは、ほとんど共有されていないのではないかと思います。大友さんは何に対して自覚的に実験をしてきたのか?そしてどう表現したのか?充分に考察されているとは言い難い現状にもかかわらず、「大友が表現を変えた」という言葉が一人歩きしているように思います。
花咲正直(鬼退寺桃太郎) @hanasakimasanao 2016年3月1日
赤本漫画貸本漫画って資料が少ない非正規の文脈もあるからなあ(´・ω・`)
leopard gecko @leopard_gecko 2018年1月15日
手塚治虫が新しかったのは、絵柄やコマ割りなどのテクニカルな面よりも内容や雰囲気だったのではないかなと思う。戦前の漫画をちらほら読んでみると絵は上手くても内容が実に素朴というか子供騙しみたいなものがほとんどで、初期の手塚作品(例えば「地底国の怪人」や「有尾人」)のようなハードでシリアスな趣のものは見たことがない。
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