古代ギリシアの猫について
- yskmas_k_66
- 43637
- 281
- 49
- 23
2/22の「猫の日」にやればよかったのかもしれませんが、【古代ギリシアにおける猫】について古典文献をもとに紹介しようと思います。 pic.twitter.com/bizxt1hOiT
2016-02-27 23:15:03図版出典: Wikimedia Commons「Cat among the ruins, Ephesus, Turkey (7230542308)」
(1)さて、古代ギリシア語で猫(主にイエネコ)をさす言葉は「αἴλουρος(アイルーロス)」というものです。モンスターハンターシリーズに「アイルー」という猫の顔をしたキャラクターが出てきますが、元ネタは多分このアイルーロスです。
2016-02-27 23:15:56(2)アイルーロスという単語を古典文献から探そうと試みると、意外なことにホメロス(紀元前8世紀)やヘシオドス(紀元前7世紀)の書いた古い時代の詩には出てこないことが分かります。実は「猫」はギリシア古典の中にあまり登場しません。
2016-02-27 23:16:35(3)「岩合光昭の世界ネコ歩き」のDVDを見ると、エーゲ海の島々には猫がいっぱいいるように思われますし、古代の壺絵のいくつかには猫(?)が描かれたものもあります。古代ギリシア文学も猫天国…かと思いきや、そうでもないのです。
2016-02-27 23:17:10(4)では、初めて使われた例はどれかと古典文献を探っていくと、イソップ(前7世紀末~前6世紀中頃)の名に帰されている「寓話」に猫を見出すことができます。ただし、こうした寓話はイソップの名前が冠されているだけで、果たして本当に紀元前6世紀にイソップが作ったかどうかは分かりません。
2016-02-27 23:18:26「鼠がたくさんいる家を知った猫が、その家の鼠を次々と捕まえて食べていった。怖がった鼠たちは穴にもぐって隠れることにした。こうなっては手を出すことはできない。困った猫は木にぶら下がり、死んだふりをして鼠をおびきだそうとした。
2016-02-27 23:21:02それを見た鼠が穴から顔を出していうには 『猫の旦那、たとえあんたが革袋になっても、俺たちゃ近づくつもりはないぞ』 われわれ人間も、相手が悪者だと分かったら、"猫かぶり"に騙されないようにしましょう」 …というものです(中務哲郎訳『イソップ寓話集』78頁)
2016-02-27 23:21:44(6)イソップの寓話に出てくる猫のように、猫は鼠を食べます。当たり前といえば当たり前の話ですが、古代世界の人々にとってはこれは非常にありがたいことでした。 pic.twitter.com/CTpNOd55I2
2016-02-27 23:22:46図版出典: Wikimedia Commons「Steinhowel cat」
(7)というのも、鼠は人家や穀物の貯蔵庫に入り込み、保管している食糧を食べてしまいます。そういう鼠はどうにかして退治しなければなりません。そこで登場するのが鼠を食べてくれる猫です。
2016-02-27 23:23:26(8)もちろん、ギリシアを含めヨーロッパにも古くからネコ科の動物はいました。豹や獅子など、絵やレリーフの中に刻まれたものもいました。ただ、人家で鼠を捕ったりはしなかったでしょうし、人間と行動を共にすることも決して多くなかったでしょう pic.twitter.com/vzkVnJm4VG
2016-02-27 23:24:37図版出典: Wikimedia Commons「Panther Dionysus」
(9)人間になつきやすく、なおかつ飼育しやすい、所謂「イエネコ」は、いつの頃かは分かりませんが、アフリカ大陸からギリシアにもたらされました。主にエジプトから船に積まれて運ばれてきたのだと考えられています。
2016-02-27 23:25:49(10)こうしたイエネコはギリシアでも少しずつ増えていきました。イソップは、ギリシアに住み着き、身近な動物になった(なりつつあった?)猫を題材にして、寓話を作ったのでしょう。
2016-02-27 23:26:40(11)ちなみに、イソップ寓話に出てくる猫はどれも可愛いというより、ずる賢く、ほかの動物を食べてしまうものとして描かれました。これはローマの時代の寓話作家たち、さらに近代に「童話」としてアレンジが加えられた作品にも踏襲されます(cf. Babrius 17; 121)。
2016-02-27 23:27:09(12)といったところで、寓話はこれくらいにしましょう。αἴλουροςという単語が明確にギリシア語に見られるのは紀元前5世紀のソフォクレスやヘロドトスの時代になってからです。
2016-02-27 23:27:38(13)ヘロドトスはエジプトにおける猫崇拝の様子を記録しています。もし、猫が死んだら家人は眉毛をそって、死んだ猫をミイラにして手厚く葬るというのです。また、火事が起こった場合は猫が火の中に飛び込まないように注意しているとも述べています(Hdt.2.66; Diod.1.83.5)
2016-02-27 23:28:56(14)紀元前1世紀のシチリアの歴史家ディオドロスは、エジプトの人々が猫のためにミルクに浸したパンや魚を用意していたことを伝えます。現代のわれわれが用意するであろう猫向けの食事とそっくりです(Diod. 1.83.3)
2016-02-27 23:30:03(15)ちなみにディオドロスは、エジプトにおいて猫が尊重された理由の一つは、毒蛇を退治するからだと記しています。エジプトならではの害獣対策の役割があったのでしょう(Diod. 1.87.4.)
2016-02-27 23:30:43(15 補足)日本にも、薄雲という遊女の飼っていた猫が、蛇から彼女を守ったという話が伝わっています。忠犬ならぬ忠猫譚ですね。(cf. 南方熊楠『十二支考(下)』岩波文庫 1994, 244-5頁)
2016-02-27 23:31:19(16)ほかのローマ時代の作家も、猫はエジプト全土で崇拝されていると述べます。エジプトで崇拝された動物は様々で、各地域ごとに崇拝対象にバリエーションがあったようです(Strabo 17.1.40; Plut. Mor. 670a; Luc. J Tr 42)。
2016-02-27 23:33:22(17)これらの記述にどこまで信憑性があるかはわかりかねますが、エジプトには猫の女神バステトがいますし、猫のミイラも大量に見つかっています。なので、古代エジプトで猫が尊重されていたのは、まぁ間違いないでしょう。 pic.twitter.com/6fs5U6cQMQ
2016-02-27 23:36:00図版出典: Wikimedia Commons「Bronze figures of Bastet, Late period」