【艦これリレーSS】朝潮バレンタイン

オナカタルミ @onakatarumi

鎮守府のそこかしこから漂う甘い香りは朝潮を不快にさせていた。 （浮ついています！） バレンタインを翌日に控え。鎮守府の艦娘達はチョコレート作りに励んでいる。 彼女らがそれを渡さんとしている相手は無論、提督だ。 #朝潮バレンタイン

オナカタルミ @onakatarumi

提督のことをお父様と呼び慕い、崇拝せんばかりの朝潮のこと。周りは当然、彼女もまた提督にチョコレートを送るのであろうと思っている しかし。 （モノでお父様の気を引こうとするなんて間違っています！） 彼女の中の頑なな部分は、虚礼に属する行為を厭わしく思っていた。 #朝潮バレンタイン

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しかし、同時に。ほんのすこしの優越感もまた、彼女の中にはあった。 （私とお父様は心と心で結ばれている。チョコレートを贈らなければならない、他の子とは違う） 自分は、特別だ。朝潮はそう信じていた。 #朝潮バレンタイン

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そんな優越感を胸にいだいて、朝潮は提督の執務室を訪れた。幾つかの任務についての報告のためだ。 コンコンと、扉をノックする。 「誰だい？」という、優しげな声。それに「朝潮です！」と返す。 いつもなら、即座に返ってくる「どうぞ」という声は、しばらくなかった。 #朝潮バレンタイン

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朝潮はしばし、待つ。部屋の中で、少しドタバタとする気配。 そうしてからやっと、「入ってくれて良いよ」との言葉。 「失礼します！」 部屋の中には、提督と。そしてもう一人。 「霞？」 どこか気まずそうな、朝潮の姉妹艦がいた。 #朝潮バレンタイン

大渡　鴉@ピクシブリクエスト募集中 @oowatarikarasu

「じゃ、じゃあそういうことだから！」 入れ違いになるように霞は部屋を出ていった。すれ違い様チラリと自分を見たような気がしたが、朝潮はあまり気にしなかった。霞は艦娘の中でも気難しい分類に入る。そして何より提督のことをクズだの馬鹿だの言って嫌っているようだった　 #朝潮バレンタイン

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そんな霞の態度はお父様と慕う朝潮から見ればあまり好ましいとは思えなかったがーー寧ろ苛立ちを覚える時もあったーー霞は可愛い妹艦だし、お父様も笑って許していたので今では気にならなくなっていた。何よりフワフワと浮わついた艦娘が多い中仕事に対しては真面目ですらあった #朝潮バレンタイン

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だからこそ、「今日」「霞が」「この部屋に居た」ことを朝潮は全く気にしなかったのだ。 「任務の報告に参りました！第二艦隊は予定通り北方海域への遠征に向かいました。第三艦隊……は……」 そこで朝潮の視線がとある一点に集中する。 #朝潮バレンタイン

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それは執務机の上に置かれた可愛らしくラッピングされた箱。朝潮の言葉が途中で止んだのをいぶかしんだ提督が、視線を辿り言葉を紡いだ。 「ああ、これかい？たった今霞が渡してくれたんだよ」 そんなわけがないという予測が、そうでなければいいという現実に変わる　 #朝潮バレンタイン

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だが朝潮はすぐに思考を切り替える。自分は詳しくないが、友人や職場の同僚、上司に渡す場合もある、と聞いたことがある。 『そう、上司に。ならば霞の意図はもっともですね』 憎まれ口を叩いていても筋は通す。それが自分の妹の長所なのを朝潮は知っていた。 #朝潮バレンタイン

オナカタルミ @onakatarumi

「霞は今日から遠征に出るからな。一日早いけどって」 義理。義理に決まっている。そう思いながらも、朝潮は確かめたかった。 さりげない風を装って、尋ねる。 「霞は、どんなチョコを贈ってきたんですか？」 「ん、そうだな」 問われて提督は包みを開けた。 #朝潮バレンタイン

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朝潮は提督の手元を注視した。 包装にも。箱にも。市販品であることを示す徴は見つからない。 「おっ、手作りみたいだな。霞のやつ、普段は憎まれ口を叩いてるけど……」 提督の言葉の後半は、朝潮の耳に入らなかった。 （欺瞞だ！） #朝潮バレンタイン

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普段はお父様のことを嫌っているふりをして、こんな時には手作りのチョコを贈って好感を稼ぐ！そうやってお父様に取り入る気なのだ！ 数瞬前までの霞への評価を、朝潮は一瞬で翻した。 自分の知らぬ所で提督との、お父様との距離を詰めようとしていた事に黒い感情が湧き上がる。 #朝潮バレンタイン

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そんな黒い感情を迸らせる朝潮に、気づいてか気付かずにか。提督は霞から贈られたチョコのひとつをとって口に放り込んだ。 「ああ、霞らしい。ビターだな」 その言葉に込められた親しみに、朝潮の感情は更にうねる。 「朝潮もひとつどうだ？」 提督が朝潮にチョコを勧める。 #朝潮バレンタイン

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「いただきます」 敬愛する提督から薦められ、断るわけにはいかなかった。 口の中に広がるのは甘さと、そして苦み。 （こんなもので！） 抜け駆け（と朝潮はとった）をした霞へと胸中で呼びかける。 （貴女が贈ったものよりも、朝潮のほうが） そして朝潮は南米へ飛んだ！ #朝潮バレンタイン

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口にした霞のチョコは悔しいが確かに美味だった。他のことならまだしも提督への想いで負けるわけにはいかない。そこまではこの年頃の少女らしい思考であった。だが、朝潮はそこからが違った。 「美味しい料理を作るには美味しい素材から集めなければ」 #朝潮バレンタイン

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朝潮はクソが頭につく真面目だった。より良い素材を求め、休暇をとり、カカオ豆の原産地たる南米に飛んだ。現地の民族が古代王族の飲み物としていた、という知識を知っていたのだ。現在ではアフリカ大陸の方が産出量は多いのだが、あくまで始まりである原産地に拘った。 #朝潮バレンタイン

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南米最大の国、ブラジル。赤道直下の熱い街に朝潮はいた。艦娘故の知力の高さからポルトガル語や英語には問題がなく、空港で買った地図からすぐにカカオ豆のプランテーションが集中している場所もわかった。円をレアルに交換し、その方面に行く長距離バスに乗り込む。 #朝潮バレンタイン

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トロリーバスは冷房も完備していて快適だった。時差ぼけと旅の疲れからウトウトしていると、バスはあっという間に目的地近くに着いた。バスから降り、プランテーションまで歩くことにする。プランなどない。ただ畑の近くに行けば日本のように即売所があるのではという考えだった #朝潮バレンタイン

大渡　鴉@ピクシブリクエスト募集中 @oowatarikarasu

そんな、どこか楽観的な……言うなれば先を考えない無鉄砲な行動が後に悲劇を招くことになるのを朝潮は知らなかった。それには愛するお父様へ一刻も早くチョコを届けたいという焦りがあったからかもしれない。 ともあれ朝潮はそこに足を踏み入れてしまった。 所謂　貧民街に。 #朝潮バレンタイン

オナカタルミ @onakatarumi

ここで、深海棲艦出現後の南米情勢についての話をしよう。 突如として出現した深海棲艦により海上輸送網が大打撃を受けたことは今更語るまでの無いことであるが、打撃を受けたのは石油を始めとする『健全な』物品だけではない。 麻薬の輸送もまた多大な打撃を受けていた。 #朝潮バレンタイン

オナカタルミ @onakatarumi

南米産の麻薬を最大の消費国である合衆国へと持ち込むに際しては、長い国境線を接するメキシコ経由の陸路が主だったが、一旦メキシコへと麻薬を集積するのには、やはり海路を使うのが最も効率が良い。 深海棲艦出現で海路の使用が困難になると、合衆国への麻薬持込量は激減した。 #朝潮バレンタイン

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対して合衆国では続く戦争が人々の心に暗い影を落とし、麻薬需要は増すばかりであった。 このビジネスチャンスを逃してはならぬと、無謀な者たちが、深海棲艦の目を盗んで船舶による麻薬の大量輸送を目論んでは、NYの路上でばら撒けば何百万ドルにもなる白い粉を海に溶かした。 #朝潮バレンタイン

オナカタルミ @onakatarumi

「その情勢が続けば、南米麻薬カルテルを枯死させることが出来たかもしれない」とはDEAの職員の言である。しかし、そうはならなかった。 艦娘の出現は、麻薬カルテルにとっても福音であった。 太平洋で広く活動する艦娘と提督達に、麻薬カルテルは『副業』を持ちかけた。 #朝潮バレンタイン

オナカタルミ @onakatarumi

多くの提督が遠い師、大英帝国に倣い麻薬のために働いた。 艦娘による船団護衛で息を吹き返した麻薬カルテル。だがそれは太平洋側に限った話であった。 未だ艦娘が進出していない大西洋側麻薬カルテルは羨望の眼差しで同業者を見ていた。 朝潮はそんな情勢下のブラジルにいた。 #朝潮バレンタイン