現代思想(精神分析、とくに<享楽>)とか、あとフェミニズム、クィア理論とか。

クィア理論における精神分析の取り扱い、あるいは精神分析とクィア理論との関係性を探るためのヒントになりそうなツイート群。
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@mxj

精神分析の優れたところは、欲望を、良いものであり悪いものであると位置づけたところだ。それはjouissanceと呼ばれ、私たち自身についての反省を促す。

2010-07-21 05:59:47
@mxj

.@pubkugyo ちなみにBersaniのIntimaciesは複数形が重要で、intimacyは複数形になるとキスとか抱擁とか親密(で性的な)行為を指す単語になるようです。Bersaniのタイトルにはいつも複数の意味がかけられていますが、上記も含意のひとつかもしれません

2010-08-17 10:07:24
@mxj

S準教に「(先生が学生の頃と比べて)異性愛者でもクィア・スタディーズができる時代か」というテーマを雑談の中で投げかけられたのが胸に引っかかって忘れられない。先生はもう覚えていらっしゃらないかもしれないが。

2010-09-24 17:04:50
@mxj

主に仏の外でフレンチフェミニズムと呼ばれているビッグ・スリー、イリガライとクリステヴァともうひとりがどうしても思い出せなかった。エレーヌ・シクスーであったな

2010-10-02 00:52:34
@mxj

@tomoyukix ですです!シクスーはエクリチュール・フェミニンのこと『アルク』誌に発表してたのか…。

2010-10-02 01:14:25
@mxjs

「権力はつねに緊張を孕む」byフーコー、が、頭からはなれない。真理だとすれば、わたしたちは権力のコントロールをできないことになるが。統制は無理でも、戯れることくらいはできるのか?とか問いも生まれてくるし。

2010-12-17 16:48:58
@mxjs

権力と戯れるって言うと途端にエロチックな雰囲気を帯びるのも興味深い。彼の政治志向を度外視してベルサーニを眺めれば、その哲学的意義はここにしかないんだと思える。

2010-12-17 17:06:38
小林卓也 @takuyak56

享楽(juissance)については、原和之『ラカン 哲学空間のエクソダス』(講談社選書メチエ、2002年)の第六章で論じられています。昨年くらいに読んだときには納得しながら読んでいたはずなのに、当該箇所を今二回読んだが理解できない。

2011-01-27 00:11:31
小林卓也 @takuyak56

ラカンは享楽を願望状態の持続と定義し、望み続けることがもたらす快感とのかかわりで明確にする。「人間は欲望することを享楽するのであって、それが人間の享楽の本質的な次元をなしているのです。」

2011-01-27 00:18:35
小林卓也 @takuyak56

欲動の対象は、ある器官(肛門)に対するある固有のもの(排泄物)ではなく、固有のものによって刺激を受ける限りにおいての器官そのものである。したがって、欲動の対象とは、器官とそれに固有のものが構成する融合的なまとまりである。しかし、このまとまりは対象が器官から離れるやいなや失われる。

2011-01-27 00:23:19
小林卓也 @takuyak56

身体から切り離された対象は、すでに融合していた本来の状態ではない(この意味で、欲動の対象は常に、「すでに本来の姿を失ったもの」として与えられるが故に、対象aと呼ばれる)。したがって、常にその取りこぼされた部分を再度対象化を繰り返すことで、その全体化を目指すことになる。

2011-01-27 00:30:33
小林卓也 @takuyak56

しかし逆に言えば、欲動から固有のものを切り離すという最初の対象化こそが、その全体である「一つのもの」、すなわち絶対的な大他者を成立させている。ラカンはこの「一つの」全体であるものへの関係を享楽と呼び、対象aへの関係を剰余享楽と呼ぶ。

2011-01-27 00:34:44
小林卓也 @takuyak56

つまり、「1の有限個の組み合わせのシステムへのaの回収がいったん試みられ、それが失敗し〔というか原理上必ず失敗する(挿入:引用者)〕、残ったaについて再度その回収が試みられる、というプロセスが無限に繰り返されうる場合にのみ、われわれはその極限に「もの」の完全な回収を〔続く〕、

2011-01-27 00:39:19
小林卓也 @takuyak56

つまり享楽を夢想することができる」(200)のだ。故に、享楽とは願望状態の持続であり、望み続けることがもたらす快感によって定義可能となる。証明終わり。

2011-01-27 00:41:22
@mxjs

【しゅくだい】ラカンにおけるjouissanceとle Réelの関係性。それから、S.Winnubstが当該論文でle Réelを用いてjouissanceを使わなかった理由。

2011-01-27 04:43:24
小林卓也 @takuyak56

訂正; juissance ☞ jouissance まぁ、享楽もラカンも根本的に信じていないという「私の無意識の抑圧」のせいだ、と言い訳してみる。(嘘つきパラドクス)

2011-01-27 09:02:45
千葉雅也『オーバーヒート』発売 @masayachiba

ラカン派をベースとしたクィア理論研究者、ティム・ディーンの論文一覧。pdf多数あり。http://www.acsu.buffalo.edu/~tjdean/Articles.htm

2011-01-28 15:04:27
千葉雅也『オーバーヒート』発売 @masayachiba

ティム・ディーンは、いわゆる「生堀り種付け」の分析もしている。Tim Dean, Unlimited intimacy : reflections on the subculture of barebacking, Univ. of Chicago Press, 2009.

2011-01-28 15:07:28
千葉雅也『オーバーヒート』発売 @masayachiba

ティム・ディーンかっけーな。ザッツ・アメリカン!って感じ。http://www.acsu.buffalo.edu/~tjdean/

2011-01-28 15:12:42
小林卓也 @takuyak56

@consaba: RT @masayachiba ラカン派をベースとしたクィア理論研究者、ティム・ディーンの論文一覧。pdf多数あり。http://j.mp/fzTUtQ” 特に"Lacan et la théorie queer"は勉強になりそうな感じ、あとで読んでみる。

2011-01-28 17:50:43
小林卓也 @takuyak56

Tim Dean, Lacan et la théorie queer 余滴①男性と女性のあいだに自然的ないかなる相補的関係も存在しないということをラカンは主張する。社会的な実在性こそが異他規範的(hétéronormative)なのである。

2011-01-29 02:55:43
小林卓也 @takuyak56

余滴②そしてラカンの精神分析は、そうした《〔社会的な〕現実への一致》を奨励することを目的としているわけではない。ゆえに、分析者は臨床において、この異他的規範を公言するような誘惑に抵抗することができなければならない。

2011-01-29 03:00:21
小林卓也 @takuyak56

余滴③精神分析は、規範化への抵抗という側面から、その実践を考えなければならない。これがラカンの精神分析における倫理である。

2011-01-29 03:01:47
小林卓也 @takuyak56

ティム・ディーン、「ラカンとクイア理論」余滴④精神分析にもクイアにも不勉強なものとしては大変勉強になった。クイア理論が精神分析(特にラカンの享楽概念)を必要とする理由がなんとなく分かった。

2011-01-29 16:11:51
小林卓也 @takuyak56

余滴⑤とりわけ、HIV運動に対するリアクションに端を発する英米系クイア理論は、死を単に臨終の意としか見做しておらず、この意味で、精神分析を忌避し、フーコーの「快楽」概念を用いた冗長なおしゃべりに終始していると批判される。

2011-01-29 16:16:05