2016/3/2 NPO法立法過程記録 編纂・公開記念シンポジウム − 市民が法律をつくる、活動を記録する、共有して学ぶ 中継まとめ

まとめました。
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永田賢介(ジン) @gine_joybox

本日は副代表理事の佐々木と、こちらのイベントに参加です!!温故知新のアドボカシー!!>>「【3/2(水)東京】NPO法立法過程記録 編纂・公開記念シンポジウム開催!」 npoweb.jp/2016/02/%e3%80… @NPOWEB

2016-03-02 16:19:30
永田賢介(ジン) @gine_joybox

NPO法立法過程記録 編纂・公開記念シンポジウムスタートします。司会は、シーズ・市民活動を支える制度をつくる会の池本桂子氏 「市民が法律をつくる、活動を記録する、共有して学ぶ」のサブタイトルに合わせて3部構成で進めます。  npoweb.jp/2016/02/%E3%80…

2016-03-02 18:02:17
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主催を代表して、まちぽっと理事長・佐々木貴子氏より挨拶「まちぽっとは2007年東京ランポ、コミュニティファンドまち・みらいが合併してできた認定NPO法人です。人をネットワークしながら仕組みをつくり、市民の活動が豊かになるための情報発信と、市民活動を支援する基金を2本持っています」

2016-03-02 18:04:46
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佐々木氏「90年の初頭には市民の活動を支援する仕組み、法制度が必要だという声があり、研究会を設置し、ここに本日登壇してくださるみなさんと一緒に、私たちは事務局の役割を果たしてきました。NPO法は市民が作り上げたもの、今、研究者の立場ではなく、それを再び市民の手で集めました。」

2016-03-02 18:06:59
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佐々木氏「集めて整理しただけでは、公開することも、今後の市民活動に役立てることができません、14〜16年の二期をかけて、公文書館に収蔵して頂く委員会を持ちました。多くの人、財団の努力・協力により、このようなシンポジウムを開くことができ、喜びでいっぱいです。」

2016-03-02 18:08:57
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それでは、第一部に入ります。テーマは「NPO法の成立プロセスで起こったこと、積み残した課題」です。

2016-03-02 18:10:11
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登壇者は 堂本 暁子氏(元参議院議員、元千葉県知事)、松原 明氏(認定NPO法人シーズ・市民活動を支える制度をつくる会理事)、山岡 義典氏(公益財団法人助成財団センター 理事長)、辻元 清美氏(衆議院議員/NPO議員連盟)辻 利夫氏(認定NPO法人まちぽっと)/司会

2016-03-02 18:10:25
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ここからは辻氏が司会を努めます。「ここにいらっしゃる方々は、NPO法の立法当時中心になってくださったメンバーです。」それぞれの当時の肩書を紹介、60分の時間を前半・NPO法の意義について、当時、今の視点で語って頂く、後半は市民と議員の協働の立法過程で伝えたいことの議論です。

2016-03-02 18:12:23
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堂本氏「92年のリオサミット準備会で、2、3人の非営利組織でも参加を認めるという、大きな変化があった。しかし、自分以外一人も日本人がいない、その理由は法制度がない、公益法人はハードルが高いことだろうと考えた。そで組織をつくってリオへの参加を増やした。」

2016-03-02 18:14:36
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堂本氏「そして、阪神大震災が起こった、国外で活動できないという問題意識と同時に、国内で動きにくいという問題。その上で、市民の問題だから市民の主体生を重視した、議員立法として作りたいという想いと、閣法で出したい18省庁の動き・案がぶつかる。それは霞が関の許可/認可の世界。」

2016-03-02 18:16:33
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堂本氏「そこで、わたしたちは官房長官のところに行き、議員立法でいきたいと強く訴えた。閣法でつくれば、原発反対みたいな活動は法人格を取れない、その日、何とか説得に成功した。ただ当時残念だったのは、NGOでなければ世界に通じないという想いがあったのに、NPOになってしまったこと。」

2016-03-02 18:18:53
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松原氏「NPO法は市民立法、議員立法は当時ものすごく新しいスタイルだった。議員に、市民に法律をつくる力などないと思われていたし、公益は霞が関、政府が持つものだと思われていた。政府をひっくり返すのではなく、市民にも主体をもたせ、市民主導にすること。市民社会の自治と多様性。」

2016-03-02 18:20:54
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松原氏「ゆえに、NPO法は最大の規制緩和とも言えます。もう一つ大事なことは、議員は国民の代表者であるにも関わらず、政府には情報を提供するが、議員にはそれがなかった。党派によるのではなく、フェアに進めていくこと。法律の中身とプロセスが一致していることが重要だった。」

2016-03-02 18:22:28
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松原氏「我々は、無理と言われていたことに対して多くのメンバーと共に挑戦した。運動のスタイルとしては新しいやり方として、参加・公開・対話を大事にした。各党にお願いに行くときは、全部の党にそれぞれ公開の場で競争してもらった。他にも日弁連や青年会議所にも案を出してもらった。」

2016-03-02 18:24:14
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松原氏「案が出れば、その中身は異なって構わない。その上で議論、対話、時に争いをを何度も繰り返した、そのプロセスを公開した。それが法律を成立させる原動力そのものであった。だからこそ今回の資料は膨大なもの、それを公開することに意味がある、今なら更に公開と参加を進められるだろう。」

2016-03-02 18:27:00
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山岡氏「92年時点ではフリーの立場だった。当時の公益法人制度では民間の活動は進まないと考えていた、主務官庁制の解体、民法抜本改正は100年かかるという話もあったので、特別法での成立と両方を進めていた。NPO法は結果としてその後、民法が変わることにも寄与したのではないか。」

2016-03-02 18:28:50
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山岡氏「東日本大震災の当時、この資料を編纂することに時間を書けて良いのかという迷いもあったが、今やるしか無いという話になった。シーズ文書と堂本文書(国会議員時代の棚、ダンボールに保管されていたもの、その他メモ)の両方を見ることによって、情報が非常に立体的になった。」

2016-03-02 18:31:11
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辻本氏「初当選から今年で20年、それから2週間くらいでNPO法をつくるチームに入りました。当時は橋本総理。諸外国では、経済的にも自立して雑誌で読み、これは世の中を変える!と気づいた。当時のNPO法勉強会に参加していたのは5人ほど(笑)NPO法と情報公開法を公約に立候補。」

2016-03-02 18:35:06
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辻本氏「3つの背景、1つ目は市民の動きが反対の要請だったものが、自分たちでつくるという転換を行ったこと、しかも社会の中身をデザインするものだったこと。そこで、典型的なロビーが出来上がった、糾弾型ではなく、ポジティブな提案を保守層に働きかけた。大きな変革」

2016-03-02 18:36:33
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辻本氏「2つ目は時代の要請。ブラジル市民連絡会でリオに行きましたが、ヨーロッパ・アメリカは政府の代表団の中にNGOがいて、一緒に地球温暖化などについて議論している。そこから日本でもNGOに関心を持ち、代表に話を聞きに行くような事態が起こった。そこからの震災の流れ。」

2016-03-02 18:38:46
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辻本氏「3つ目は政治的な要請、当時は自民党の中にもハト派の人間が多い政権、連立政権であったこと、社民的な動き。プロセスそのものが市民革命であり、政治の中にも新しい芽を開かせた。同時並行で情報公開、環境アセスメント、男女共同参画基本法について、当時から働きかけていた。」

2016-03-02 18:41:07
永田賢介(ジン) @gine_joybox

辻本氏「しかし、同時にやり残したのは税控除の問題。それは民主党の際に、新しい公共円卓会議・推進会議でなんとか通すことが出来た。これも東日本大震災の時に、市民と一緒に実現できた。」

2016-03-02 18:42:00
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辻氏「後半は、これまでの話を踏まえて、参加・対話・公開という、松原さんからのキーワードを元に議論したいです。震災の後に当初出たのは、ボランティア法案を閣法で出すという案、また、市民活動促進法が、直前にあれはサヨクだ!と言われ、特定非営利活動促進法になってしまったことなど。」

2016-03-02 18:44:49
永田賢介(ジン) @gine_joybox

堂本氏「文書は本当にとっておいてよかった。資料は後で読めますので、今日は口頭でしかお伝えできないこと。”市民”は決して使うなという状況ではそこら中に響くような大声でケンカ。長い時間をかけてきたこともあり、政治はどこかでの妥協が必要だと考え、目的、第一条を残すことを優先した。」

2016-03-02 18:49:38
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堂本氏「特定非営利活動促進法という名称は、なんとかその場でひねり出したもの。ただ、法の中身をあまり精査されなかったことと、歌舞伎のような大団円、大げんかを行って、第一条の“市民のための〜”は残すことが出来た。100%は難しく、守れてよかったが、心残りもある。」

2016-03-02 18:52:44
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