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ヒト科の幼虫 @yamate_yokohama
もともと青函トンネル自体が 洞爺丸事故を受けて 青函航路を(将来的に新幹線で)代替する目的で建設されたので 、北海道新幹線 新青森⇔函館区間で開業したことは理に適っていると考えています。 twitter.com/tsao2/status/7…
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青函航路は2回乗船しました。 青函航路は青森から函館まで 「船」ではなく「鉄道」の扱いだったと記憶しています。
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1回目は まだ常磐線が蒸気機関車だったころ、 上野→平まで電機, 平→仙台まで蒸気機関車, 仙台→一ノ関まで電機, 一ノ関→青森までDD51重連。 これはまだ小さかった頃。 途中で何度も機関車を解結するので 上野→青森まで12時間だった。 このときの画像は無し。
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2回目 は 1988年2月 もう大人だったので一人旅。 青森駅に 朝5時ごろ到着した 583系 「ゆうづる」の勇姿。 pic.twitter.com/6NdBa2xJsc
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後年 715系電車「通称 食パン電車」に改造されてしまった 583系にも乗ったことがあります。

ぶつ切りにされて「食パン電車」になってしまった583系を見たときは悲しかった。

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青森駅ホーム端の青函連絡船への乗り換え口 pic.twitter.com/3hgLsK5ZCQ
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実はこの時間も、横殴りの吹雪の中で、可動橋から 車両甲板への航送貨車積み込み作業が続けられています。 デッキマスター(甲板長)が 船体のトリム(傾き)を見ながらバラスト注排水で船体の水平を維持します。 たいへん危険な作業でした。 pic.twitter.com/8eRKsHKpeS
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歌謡曲「津軽海峡冬景色」に出てくる竜飛岬 pic.twitter.com/NlZQppIRoE
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青函連絡船のウェーキ(航跡) と 、 津軽海峡ですれ違う 青森へ向かう青函連絡船の船影。 ほとんど 視界が利かない 荒れ狂う冬の津軽海峡です。 pic.twitter.com/Af24mmN9UC
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青森 → 函館間 巡航19kt 所要時間 約3時間50分 意外に速かった。
朝の9時ごろ函館港到着。

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乗船した「十和田丸」のヘッドマーク。 pic.twitter.com/2YUr5EpBDT
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1988年当時 すでに 「国鉄」ではなく「JR」 に移行していましたが 、 船体の表記は「JNR」のままだったと記憶しております。

船体が錆だらけで痛々しかった。

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3回目 1993年11月 今度は職務で青森駅に行きました。 5年前 昇った ホーム端の かつての 青函連絡船への乗り換え口階段。 もう 「青函連絡船」の表示はありませんでした。 pic.twitter.com/EVnSNMFrG1
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この ベニヤ板で塞がれている通路の先が 、 かつて 青函連絡船のボーディングブリッジに繋がっていました。 pic.twitter.com/D4FqtGSfRX
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そして かつての航送貨車積み込み可動橋につながる留置線は ご覧のとおり「ゴミ置き場」と化していました。 このときは さすがに 悄然としたというか 泣いた。 pic.twitter.com/OrHoqp0Fgu
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さようなら ワタシの中の「青函連絡船」。。

ついしん

朝の4時とか5時に (当然まだ夜が明けていない真っ暗) 、横殴りの吹雪の中で 、黙々と航送貨車積み込み作業 その他 出港準備作業する人々を見たことが 、 後のワタシの労働観形成に影響を与えました。

働くこと 社会(会社ではない)を維持することは尊いのですよ。
( いわゆるブラック企業を正当化する意図はございません)

3:08 AM Sunday, March 27, 2016 (JST)
Time in Yokohama, Kanagawa Prefecture

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28年前の青函連絡船のまとめ記事 togetter.com/li/954811 割と好評のようなので、 画像を少し追加してみる。
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これは 1988年2月当時の 青森駅 の青函連絡船への乗り継ぎ改札口の様子。 「出航時刻」「入港時刻」などと書かれている。 割と貴重な画像だと思う。 pic.twitter.com/MC7wDRjfGx
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往路( 青森 → 函館)における 十和田丸 船内の様子。 食堂があり 船内でご飯を食べることができました。 みなさま くつろいでいらっしゃいますね。 pic.twitter.com/rzXFClgs0h
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復路( 函館 → 青森)で乗船した 八甲田丸の 搭乗ゲートの様子。 このような 飾り付けがされていました。 pic.twitter.com/ljHaVp9K6Y
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ご覧のとおり 降雪の中での 八甲田丸のヘッドマーク。 画像では よくわかりませんが 氷柱(つらら)が下がっていました。 pic.twitter.com/wfEUDNWxkM
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当時 就航していた青函連絡船7隻 は 津軽丸型と呼ばれる一連のシリーズでしたが 、 微妙に構造が違ったそうです。 ( 詳しいことはわかりません) 画像は八甲田丸のブリッジの外観。 pic.twitter.com/J1sxTiT5fo
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ついしん

これらの一連の画像は 2016年現在では 手に入らない「110フィルム」カメラで撮像されたものです。

現代的なデジカメでは出せない「昭和」の雰囲気を堪能してください。

7:49 AM Monday, March 28, 2016 (JST)
Time in Yokohama, Kanagawa Prefecture

コメント

トゥギャッターまとめ編集部 @tg_editor 2016年3月27日
時が経つのって悲しいですよね。
よんてつきかんし735 @yontetsu735 2016年3月28日
まとめご苦労様です。88年2月であれば船体表記(おそらく煙突のJNRマーク?)はJR北海道マークに換えられていたはずです。87年3月31日の日中に当時在籍全船交換されています。
山元 太朗 @tarogeorge 2016年3月28日
やまてさんが見た、黙々と働く国鉄職員の陰に、組合活動ばっかりやって働かずに国鉄を潰した組合員が大勢いたことも、函館市民の常識でした。
Masaaki Katori @masa_shimofusa 2016年3月28日
一度乗りに行った事あった。こっちは摩周丸だったけど。
kusano @t_kusano 2016年3月28日
4時間かかっていた青函連絡が青函トンネルで2時間になり、新幹線で1時間になったことは素晴らしい恩恵です。連絡船体験者の一人として素直にそう思います。
はやし・しのぶ @Hirarinmac 2016年3月28日
青函トンネルは自動車が通れないので(一時期カートレイン構想あったのあれどうなったんだ?)青函航路自体は今でもあって(一時期ナッチャンが就航していたのはこの航路)、新幹線が割と高止まりしちまったので船会社的には「チャンスじゃね?」と割引制度を充実したり新造船を前倒しで投入したりするそうで。
亜山 雪 @ayamasets 2016年3月28日
これは良いまとめ。
亜山 雪 @ayamasets 2016年3月28日
何度か乗ったなあ。ちなみに青函トンネルは通ったことがない。一度の鉄路で帰省してみるか。
nekosencho @Neko_Sencho 2016年3月28日
18切符の特例でトンネル通過時は追加料金なしで急行だか特急だか乗れてたのを、新幹線料金取るようになっちゃったのもフェリーにはチャンスだよね。
Toku @to970 2016年3月28日
懐かしいねえ。出港時間ごとに鳴る連絡船の汽笛は函館市民にとって時報代わりだった。学生時代何度も乗ったが、一回くらい船内で海峡ラーメン食べておけば良かった。
ハドロン @hadoron1203 2016年3月28日
懐かしい><。深夜の青森駅で食べたしじみ汁の味はいまだに忘れられんわ。ちなみに鉄道連絡船は、戦前は稚内と樺太の大泊を結ぶ稚泊航路もあったらしい。宮沢賢治も開業間もなく乗ったとか。
川田零三 @kawada0zo 2016年3月28日
tg_editor 「北海道には海の上を走る電車があった?」という見出しは編集部で付けたものでしょうか。「海の上を走る」は煽り目的の間違った表現なのでしょうが、そこに「電車」という根本的な理解の浅さが貼りついて、まとめの品位を下げてますよ
ヒト科の幼虫 @yamate_yokohama 2016年3月28日
kawada0zo ワタシが 青函航路について「青森から函館まで 「船」ではなく「鉄道」の扱い」と書いたため 、編集部の方が誤解されたのだと思います。
ヒト科の幼虫 @yamate_yokohama 2016年3月28日
あくまでも 、青函連絡船は 、物理的には、「船」でした。
富士見野男 @yasu43851374 2016年3月28日
青函連絡船に鉄道車両を積み込んでいた頃の話だったと思った…。(積んでたのは電車じゃないが)
川田零三 @kawada0zo 2016年3月28日
yamate_yokohama せっかくの良まとめにケンカ腰のコメントを付けてしまって申し訳ありませんでした。誇張(「鉄道」の扱い→海の上を走る)だけならまだいいのですが、よくある誤用とはいえ「電車」が、しかもちょうど583系の画像の上に載っているのはいくらなんでも…と思ってしまいます
ヒト科の幼虫 @yamate_yokohama 2016年3月28日
kawada0zo やまて@休憩中です。 同じ鉄道ネタではあっても、たとえば「2015年■月■日 試運転中のE235系を見かけました」といった話題とは多少性質が違いますので、「趣味 > 電車」というカテゴリに記事を投稿したこと自体が 不適切だったかもしれません。
ヒト科の幼虫 @yamate_yokohama 2016年3月28日
でも なぜか「電車」というカテゴリしか無いんですよ。
KWAT(髙橋角信) @kwat_01 2016年3月28日
なんと懐かしい。まだ国鉄だった頃に自転車を詰めた輪行袋を担いで連絡通路を急いだのもいい想い出だなぁ。
Inetgate Writer @Inetgate 2016年3月28日
ナッチャン就航以前にも高速フェリーが就航して、一度、車で乗ったことが。車だと青函トンネルは通過出来ないので、フェリーは未だに重宝しますよねぇ。
matu kenjin @garudemo2010 2016年3月29日
瀬戸大橋と青函トンネルの差がここでついたな 車在来そして新幹線スペース確保 共用出来なきゃ逆戻り
はやし・しのぶ @Hirarinmac 2016年3月29日
garudemo2010 青函トンネルの長さで自動車走らせようとすると換気問題で詰みますし、青函トンネルが構想された頃だと超長大橋を架ける技術力も無いし。そういや青森のどっかの団体が津軽海峡大橋構想ぶちあげてたけど、スパンベースで2km足らずの明石海峡大橋が現状世界一なんで最短18.7kmの津軽海峡に架けられるかどうか……。
くま 八郎 @kuma_hachi666 2016年3月29日
結構前に、貨物列車限定で青函連絡船を復活させる構想があるって聞いたけど、当時の施設が現存なら実現の目はあるのかな 専用船を新造しなきゃいかんのがネックだけど
酔宵堂 @Swishwood 2016年3月29日
しかも110フィルムとは。あの時あんまり散策しなかったんだよなあ……
ma08s@フォロー外からごめんなさい @bygzam_ma08s 2016年3月29日
kuma_hachi666 青森側の設備は割と残っているそうですが、北海道側は室蘭、苫小牧の工業地帯と直結するつもりだったみたいですね。船賃、船足とも競争力ありと皮算用されていたみたいですが、トンネルの新在併用が決定する前の構想で、今のところ立ち消え状態っぽいです(惜)。船だと悪天候での欠航もネックですしねぇ。
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