風車よ回れ、春をもたらす風を受け!#1 風車の街ガイメルク◆1
_その街はやけに和やかで、騒がしかった。街の中心にそびえたつ、巨大風車塔。いくつものタービンがぐるぐると揺れている。紳士のレジルと淑女のミレウェは、その評判を聞き、新婚旅行にやってきた。 「ふむ、選んで間違いはなかったな」 入り口のアーチをくぐっただけで満足。 1
2016-03-27 11:07:33「いやいや、ここで満足して貰っちゃ、困っちゃいますな!」 丸眼鏡のツアーガイドが二人を先導する。辺りはたくさんのひとが行き交い、気を抜けば迷子になりそうだ。丸眼鏡はこの街の自治体が観光客向けに用意したツアーガイドの一人である。妻と二人の娘持ち。 2
2016-03-27 11:13:19「ふむ……?」 レジルは塔に近づくにつれ、違和感を覚えた。シルクハットを傾け、風車塔の頂点部分を見上げる。そこだけが、黒く焦げていた。 「ああ……アレは事故の跡です。落雷で、死人も出ました……心配なく! ツアーは安全ですよ」 乾いた笑いの丸眼鏡ガイド。 3
2016-03-27 11:18:14_観光客向けの食堂に案内されるレジルとミレウェ。ミレウェは純白のドレスを見事に翻してテーブルに着く。ちょうどお昼時で、周りにも観光客が座っていた。店員が、赤子をあやすような身振りの挨拶をする。 「この街の伝統的挨拶、赤子手振りです」 丸眼鏡の説明。 4
2016-03-27 11:37:54_食堂の壁にはいくつもの伝統的絵画が並ぶ。そこに描かれるのは、雷球の姿をした街の守り神だ。 「このガイメルクの街は、雷の街でございます。サンダーシルフと呼ばれる神に等しき存在が、街を守っているのでございます」 丸眼鏡の抜け目ない説明。 5
2016-03-27 11:42:25_やがて二人の前に料理が運ばれてきた。パンの間に肉や野菜を挟んだサンドイッチだ。かなり大きい! 「変わったパンですな。粒が大きい」 「堅麦パンというのです。堅麦という殻の非常に硬い穀物で、風車塔の力なくしては挽くことすらできません」 6
2016-03-27 11:47:26_ミレウェは人形のように綺麗に巨大なサンドイッチを食べている。レジルも、カイゼル髭が汚れないよう注意して食べる。 レジルは「なるほど」と思う。触感はジャリジャリするのだが、まるでザラメを噛んでいるようだ。パン全体に強い旨みがある。 7
2016-03-27 11:51:58「よーく味わってくださいよ! なにせ、この街の食事の8割は堅麦パンですからね!」 レジルは最初冗談だと思っていた。食事を終え、長旅の疲れを癒すために、その後は宿に向かい身体を休めた。晩の食事も、また堅麦パン。朝ご飯への悪い予感を感じつつ、その日は早めに眠った。 8
2016-03-27 11:56:13_ベッドに横になったまま眠れない。隣にいるミレウェも同じく眠れないようだ。何度も身をよじるのが分かった。原因は連続して食べた堅麦パンでも、慣れないベッドでも、旅の疲れでもない。 風だ。びゅうびゅうと轟音を立てて窓の外を風が吹き抜ける。 9
2016-03-27 12:00:36_まるで招かれざる客に警告をしているような、強烈な嵐。不安は募り、眠気をかき消していく。深夜、雷の音が聞こえた。窓を叩く、雨粒の音。 ミレウェはそっとレジルの腕を掴んだ。ミレウェを強く抱き、「心配ないよ」と声をかけて、二人は夜遅く眠りについた。 10
2016-03-27 12:04:07【用語解説】 【神に等しき存在】 ある存在を指して、神か、神でないか判断するのは難しい。狭義的には、女神エンベロードを主神とする「神々の会議」に所属する存在を神とするが、強大な力を得た存在が神として扱われたり、神を自称したりすることも多い。エンベロード自身はそういう存在を黙認する
2016-03-27 12:10:15