ハウ・アイ・ラーンド・トゥ・ストップ・ウォーリーング・アンド・ラヴ・ザ・デーモン#1
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丘じゅうに広がるナリコ・トラップ地雷原は、あらゆる侵入者を拒む。無断で立ち入る者があれば即座に伝わり、無警告で射殺。それがこの丘の主の望みである。下劣な人間が奏でる不要なノイズこそ、彼の最も嫌うもののひとつであった。 2
2016-03-27 20:50:57そしてこの男もまた、その悪魔の眷属がひとりである。宵闇めいて黒いテイルコート、それと対になるかのような白い蝶ネクタイ。整髪料でオールバックに整えられた白髪、整えられた品のある口髭。顔に刻まれた皺が、百年以上に渡る彼の人生を物語っている。 4
2016-03-27 20:55:20廊下の窓ガラス越しに外を見るこの男は、現存する最も古い悪魔の従者であった。とは言うものの、悪魔は屋敷に余計な者を置くことを好まない。この広大な屋敷にいるのは、悪魔とその客人、メイドがひとり、そして執事たる彼のみ。そのはずである。 5
2016-03-27 20:57:59しかし彼は今、奇妙な胸騒ぎを覚えていた。懐から懐中時計を取り出し、時刻を確認する。夜中も二時を回っている。…たとえばこんな時間に、この屋敷を訪れようなどと考える礼儀知らずな者があるだろうか? 6
2016-03-27 21:00:27少なくとも主からは聞いていない。夜盗の類ならば、とうにナリコ・トラップが作動しているはず。ならば、自分が感じているものは何か。迫っている。何かとてつもなく恐ろしい、この世にあってはならないものが、この屋敷に。 7
2016-03-27 21:03:03窓にぶつかる忌々しい雨。居間からは暖炉の炎が燃える音。そして、主が点けっ放しにしたTVショウの音声。キャスターが何やら物騒なニュースを読み上げている。嫌な予感がする。もしこの第六感めいた胸のざわめきが真実ならば、迫っているそれはケチな泥棒などではない。恐らくは…。 8
2016-03-27 21:05:47主にこのことを伝えるべきか?否、主は先程居間から出、客人の部屋に向かった。恐らくとても大切な…そう、大切な…話をしているに違いない。ただでさえ心穏やかでない主に、これ以上心配事を増やすわけにはいかない。それも、何の確信もない勘ごときで。彼は窓を開けると、決断的に…跳んだ! 9
2016-03-27 21:07:45おお!その身のこなしは、およそ普通の人間では有り得ない。読者の中にニンジャ動体視力をお持ちの方がいれば、彼の見た目の変化にすぐ気付いたはずである。その顔に、その下半分を覆い隠すよう装着されているのは、メンポ(訳注:面頬)。そう、この執事の正体は…ニンジャなのである! 10
2016-03-27 21:09:56彼は中庭に着地すると、己の感覚を最大級に研ぎ澄ませ始めた。間違いならばそれで良い。しかし自分のニンジャ第六感が真実を告げているというのなら、相手はこのセキュリティを易々と突破する油断ならぬ相手ということになる。この考えが正しければ、恐らくは…そう、相手もまた、ニンジャ。 11
2016-03-27 21:11:56彼の耳に届くのは、今のところ、居間のTVショウ音声のみ。下賤なパーソナリティーが、煽るような声で視聴者に呼び掛けている。「2人も殺されている」「危険なテロリストだ」「貴方の近所にも、こんな人がいませんか?」「すぐ通報を」「ナンシー・リー!そして、フジキド・ケンジ!」 12
2016-03-27 21:13:50…捉えた。音が、臭いが、空気の流れが、ここに接近する者の存在を告げている。だが…(ハヤイ過ぎる)彼は心の中で呟いた。ニンジャだとしても、接近速度が尋常ではない。あのナリコ地雷原を、このスピードで?そんなニンジャがいるとしたら、自分程度のカラテでは…!(否、時間が無い!) 13
2016-03-27 21:16:08彼の決断は一瞬だった。到着予想時間、たった数秒。主に警告?間に合わない。応援を呼ぶ?それもできない。ならば相手をするしかない。ここで止めるしか!「イヤーッ!」シャウトと共に彼の両手に現れたのは…二丁の拳銃!彼は手の中でくるりとそれを回すと、構え直し、再び跳躍!「イヤーッ!」 14
2016-03-27 21:18:26執事は跳んだ。侵入者の出現が予測される方向へ。そして、相手の姿が見えるよりも早く、銃の引き金を引いた。「イヤッ!イヤーッ!」カラテの込められた二発の銃弾が、何もない場所に向かって飛んで行く。瞬き一回にも満たない間に、そこに何かが現れた。建物の陰から飛び出した、赤黒い影が。 15
2016-03-27 21:20:26(ヤッタ!)執事は一瞬そう思った。だが、「イヤッ!イヤーッ!」影はまるでそれを知っていたかのように、二つのスリケンを投げたのだ。銃弾は弾かれた。そればかりではない。「イィ…ヤヤヤヤヤヤヤヤーッ!」その影は、空中に居ながらにして、一度に八つものスリケンを投擲したのである! 16
2016-03-27 21:22:36(マズイ!)執事もまた宙を舞ったまま、目にも留まらぬ速度で銃弾を次々と発射した。「イヤッ!イヤッ!イヤーッ!」その数、十発!相手の投げたスリケンよりも数が多い!お互いに弾き合う中、二発だけが侵入者へと飛んで行く!その銃弾を、侵入者は…ブリッジ回避! 17
2016-03-27 21:25:04(バカナ!)侵入者。避けられた。失敗。次の策は?弾丸が。主は?「ア、」同時に浮かんだいくつもの考えは、執事のニューロンを混乱させた。彼の頭は一瞬真っ白になった。その瞬きにも満たない時間を、相手ニンジャは逃さない。「イヤーッ!」侵入者のチョップが、執事の胸を、貫いた。 18
2016-03-27 21:27:07「アバッ…」白いシャツを血で染めながら、執事は侵入者を見た。赤黒いニンジャ装束。センコめいて赤く輝く瞳。メンポには恐怖を煽る字体で書かれた「忍」「殺」の二文字。その隙間からジゴクめいた瘴気が溢れ出す。彼は低い声でアイサツをした。「ドーモ、初めまして。ニンジャスレイヤーです」 19
2016-03-27 21:29:40執事はその名に聞き覚えがあった。前に一度だけ、主が独りごとめいてその名を口にしているのを聞いたことがある。主の仕事を詮索したり口出ししたり、そのように余計な真似を彼はしない。故に深くは聞かなかった。何やら不吉な響きを持つその名について。 20
2016-03-27 21:32:21(そうか、これが)執事が口から血を噴き出すさまを、ニンジャスレイヤーと名乗ったそのニンジャは、嗤いながら見ていた。「グググ…テッポウ頼りのサンシタがアンブッシュ程度で儂を殺せると思うてか」幻覚だろうか、彼のメンポがバキバキと牙めいて変形し、ニタリと笑ったように見えたのは。 21
2016-03-27 21:34:29その姿は、自分の仕える主よりも、はるかにグレーターデーモンめいて見えた。「アイサツせよ。名前くらい聞いてやる」執事と共に落下しながら、ニンジャスレイヤーは言った。「せぬとしてもすぐに殺す。儂…私には…ハァーッ、実際時間が無い」 22
2016-03-27 21:36:49背後に地面が迫っている。胸を貫かれた上に激突の衝撃が来れば、恐らくは助かるまい。何か、何か方法は。ニンジャアドレナリンの分泌により、執事の体感世界がスローモーション再生めいてゆっくりと動き始める。銃?スリケン?素手のカラテ?全ての可能性が否定されてゆく。 23
2016-03-27 21:38:49この怪物には、勝てぬ。自分はここで死ぬ。最早そう結論せざるを得なかった。その視界に、己の懐中時計がゆっくりと入ってくる。0208。草木も眠る、ウシミツ・アワー。死神の口が、ぐわりと開いた。男はかっと目を見開き、最後の力を振り絞って、言った。 24
2016-03-27 21:40:59