山本七平botまとめ/【裏切者ヨセフスの役割⑬】律法(トーラー)を歴史(ヒストリア)にしてしまい、ギリシア・ローマ世界を根本から変えてしまったヨセフス

山本七平『禁忌の聖書学』/裏切者ヨセフスの役割/59頁以降より抜粋引用。
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山本七平bot @yamamoto7hei

①…『七十人訳』翻訳史を要約すれば最古の部分が前述のように前三世紀、以後徐々に翻訳されて現在のような形になったのは前一世紀の後半とされ、翻訳はユダヤ教の会堂の中で、ユダヤ教徒のためになされた、とするのが通説である。<『禁忌の聖書学』

2016-03-29 16:09:39
山本七平bot @yamamoto7hei

②それであれば、約二百年に及ぶ期間、『七十人訳』に言及したり、またそれから何かを引用したギリシア・ローマの著作は皆無であって不思議ではない。 …だが『ユダヤ古代誌』によって、それが今、彼らに紹介されたのである。 彼らは深い関心と知的好奇心を持って、すぐに読んだであろうか。

2016-03-29 16:39:01
山本七平bot @yamamoto7hei

③おそらくそうではなかったであろう。 ギリシア語に訳されているということは、ギリシア・ローマ世界の伝統に即応した著作の形態に変わったということではない。 いずれの面から見ても、ギリシア・ローマの歴史記述の原則にそって書かれた『ユダヤ古代誌』の方が読みやすかったに違いない。

2016-03-29 17:09:23
山本七平bot @yamamoto7hei

④これは現代でもいえる。 旧約聖書を全部読む事は相当な難事だが『ユダヤ古代誌』は我々でも、抵抗なくすらすらと読める。 従って『ユダヤ古代誌』の方が読まれるという期間は相当に続きエウセビオスの『教会史』が『ユダヤ古代誌』につながるように書かれていても、不思議ではないのであり(続

2016-03-29 17:38:58
山本七平bot @yamamoto7hei

⑤続>その伝統から、二十世紀のハリウッド映画『十戒』にまでヨセフス創作の物語が入って来ても当然といえば当然である。 それを不思議がるのは結局、我々の知識の歪みであろう。

2016-03-29 18:09:26
山本七平bot @yamamoto7hei

⑥そういうわけでギリシア・ローマ人は、恐らく、ヨセフスの枠組の中で、彼らにとって興味深い部分から『七十人訳』に入っていったものと思われる。 これはキリスト教美術史をめくっていくと分る。 私が見た範囲内だが、ヨセフスが削除した部分が絵になっている事はまずない、と言ってよい。

2016-03-29 18:39:01
山本七平bot @yamamoto7hei

⑦と同時に聖書になく『ユダヤ古代誌』にだけある物語が「聖画」になっている。 この傾向は時代を遡るほど顕著であるといえよう。 聖書がヨーロッパ文学に大きな影響を与えるには、まず聖書自体がヨーロッパ文学の伝統的な形態にならねばならなかった。

2016-03-29 19:09:19
山本七平bot @yamamoto7hei

⑧ユダヤ教徒とカトリック教徒の聖書の中の分け方は違う。 一方は律法・預言・諸書であり、他方は歴史書・教訓書・預言書である。 この律法(トーラー)を歴史(ヒストリア)にしてしまったのはヨセフスだが、この違いは決定的である。

2016-03-29 19:38:56
山本七平bot @yamamoto7hei

⑨というのは、律法(トーラー)ならばそれは時を越えて遵守すべき永遠なる神の掟だが、歴史ならそれは、過去においてこういう掟があったという記録にすぎない。 それは継承もしうるし止揚もできるし、過ぎし日の物語として読むこともできる。

2016-03-29 20:09:15
山本七平bot @yamamoto7hei

⑩そうなれば旧約聖書の歴史書の中の面白い物語は、当然にそれ自体が西欧の物語文学として読まれうるし、また文学・美術の素材にもなりうる。

2016-03-29 20:38:56
山本七平bot @yamamoto7hei

⑪ユダヤ人も後に旧約聖書を法規(ハラハー)と説話(アガター)に分けた。 だが説話(アガター)は西欧文学とは別のジャンルに属する文学形態であり、その文学的発展は、年とともに大きな開きを見せるようになった。

2016-03-29 21:09:17
山本七平bot @yamamoto7hei

⑫ではヨセフスのやったことを一言でいえばどうなるであろうか。 彼は『ユダヤ古代誌』というヘレニズム世界の文学の中に聖書を組み込んでこれをヨーロッパに提供したのである。 ここに文学の中の聖書の最初の例があるといってよい。

2016-03-29 21:38:52
山本七平bot @yamamoto7hei

⑬ユダヤ教徒は絶対にそのようなことはしなかったし、する筈もなかった。 そしてそれによって、ヘブル語という特殊な言語世界の作品が、それと全く異質なギリシア・ローマの世界に入り、その宗教はもとより、思想・文学・美術に決定的な影響を与えた、というより基本から変えてしまった。

2016-03-29 22:09:22
山本七平bot @yamamoto7hei

⑭その経過に、これまで記してきたような様々な面があった事は否定できない。 それは西欧の歴史も精神史も変え、同時に世界史も変えていった。

2016-03-29 22:38:58
山本七平bot @yamamoto7hei

⑮二千年前の誰がヘブル語という閉鎖的な少数民族の特異な言語圏の文書が、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教という形で、全世界に大きな影響を与えると予想したであろうか。 あり得ないことが起ったのである。

2016-03-29 23:09:21
山本七平bot @yamamoto7hei

⑯それを思うと、「神の摂理により…」というヨセフスの言葉は、奇妙な現実感をもって迫ってくる。 だが彼は、その摂理がどのような内容であるかは知らなかった。 人間はしばしば知らずして大きな役割を演ずる、というよりも演じさせられる。

2016-03-29 23:38:56
山本七平bot @yamamoto7hei

⑰人はさまざまな目的のもとに計画を立て、さまざまなことをする。 「されど行うは神なり」 と言ったヨセフスの同時代人の同胞、使徒パウロの言葉を彼は知らなかったであろうが――。

2016-03-30 08:09:37