「ショッピングモールから考える -ユートピア・バックヤード・未来都市-」_読書感想まとめ

まとめました。
建築
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はるきち @kiruhachi
訳あってケヴィン・リンチの「都市のイメージ」を中断して、東浩紀さんと大山顕さんの「ショッピングモールから考える ユートピア・バックヤード・未来都市」を読んでいる。 amazon.co.jp/dp/4344984048/… 今日は第1章「第1章 なぜショッピングモールなのか」を読んだ。
はるきち @kiruhachi
この本は、特に決定的な結論を導いているわけではないのだが、ショッピングモールによって考えうるさまざまな指摘・仮説を浮き彫りにしていてる本である。
はるきち @kiruhachi
まずショッピングモールによる”新しい公共性”についての指摘から始まっている。 モールによって浮かび上がっていくる新しい公共性がある。それが「新しいコミュニティ、新しい開放性、新しい普遍性」である。
はるきち @kiruhachi
コミュニティについては、モールは子育て世代やニートにとっては、「顔が見える関係」よりもはるかに便利なコミュニティを形成しているのではないかという点。開放性に関しては、監視カメラで囲まれ空調も整っている「セキュリティ」の空間とこそが本当に「開放的」なのではないかという点。(続く
はるきち @kiruhachi
普遍性というのは、ショッピングモールというのは、人々が政治も文化も共有しないまま、互いに調和的に振る舞い、何かを共有しているかのような気になれる空間性を持っているのではないかという点。
はるきち @kiruhachi
これら3点の切り口により、モールが生む空間によって生まれる”新しい公共性”を考えざるを得ないではないかという指摘である。非常に興味深いな…。
はるきち @kiruhachi
次に「ショッピングモールは、結果的に民間企業として歩行空間を整備している。また、排除的と言われるけれど、実はそういう社会的弱者に優しい空間を実現している。さらに、行政が区画的に作った区画道路よりも、モールの内部に「理想的」な街路が出来上がったりする。」という指摘があった。
はるきち @kiruhachi
確かにぼくが通っていた首都大学東京と駅の間にも三井アウトレットがあり、その道はモールのおかげでとても良い雰囲気になっていた。あれも行政による道の整備ではなく、アウトレットモールが生み出した歩行空間であるのだろう。
はるきち @kiruhachi
次にキャナルシティを設計した、ジョン・ジャーティーのモールの設計手法について、「ジャーディは商業施設をつくるとか、ショッピングモールをつくるという表現を一切使わず、街をつくると言っている。彼は最初に動線を描いて、残ったところに建物を建てる。」と述べている。
はるきち @kiruhachi
これは資本主義に背く手法であるので、いま日本においてどれだけ適応されるかは疑問だけれど、モールの設計手法の起源がこの考えであったことは非常に興味深い。”「ストリート」からつくることによって、理想郷的空間が生まれるのではないか”という指摘だな。
はるきち @kiruhachi
第1章の特に面白かった指摘はこんな感じかな。資本主義的建築物の最たるものであるショッピングモールが、知らぬ間に、人々が理想とする空間をつくり出しているあるいは、その設計手法を浮き彫りにしているという事実がとても面白い。
はるきち @kiruhachi
資本主義社会によって生まれた巨大な民間施設が、現代的な新しい公共性を生む力を持っているという見方ができるのだな。「地域に開く」と言った公共空間とは異なる方向で、モールが公共空間を構築しているという示唆に富む発見である。
はるきち @kiruhachi
ちなみに、三井アウトレットパーク多摩南大沢の写真がこれな。奥に見えるのが首都大学東京。手前左右に広がるのがアウトレット。写真を撮っている人の背後に南大沢駅がある。 pic.twitter.com/yXrHSFMRC9
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はるきち @kiruhachi
「ショッピングモールから考える ユートピア・バックヤード・未来都市」を読んでいる。 amazon.co.jp/dp/4344984048/… 第2章 「内と外が逆転した新たなユートピア」を読んだ。
はるきち @kiruhachi
まず「何か建築物を思い浮かべようとしたときには、その外観を想起するのが普通。しかしショッピングモールは外観が記憶に残らない。」という指摘から始まる。つまりショッピングモールは、「建築的に景観を整えようという意思が全く無い。」のである。
はるきち @kiruhachi
さらに高速道路に直結したモールとなると、極端に言えば、自分がその地に訪れたという感覚すら持たずに、物語が終結する。その地域との接点を考えずにモールという内部空間を設計すれば、人はその地に訪れるという、従来の建築からは考えられない思想を持っているのだな。
はるきち @kiruhachi
そしてそんな現実はあるはずがないともはや否定できない。資本主義の流れに徹底的に従えば、その内部空間の構築のみで、人を動かせることができるというのだ。
はるきち @kiruhachi
これは、空港やディズニーランドの空間構成と似ているという指摘もあった。「内部こそがファサードになっていて、バックヤード、つまり倉庫や事務所や駐車場が外部を覆っている。周辺環境に対して関心を払わず、内部を作り込んで理想的な街を内部に抱えるというあり方」だ。
はるきち @kiruhachi
さらに、これはまさに、トマス・モアの「ユートピア」そのものであるという。すごい…。
はるきち @kiruhachi
次に、「東京にはストリートがない」という指摘があった。これは東京の都市設計が、ジョン・ジャーティのユートピアはストリートをメインに設計するという手法に反しているのである。
はるきち @kiruhachi
そもそもなぜ、ストリートが重要であるかといえば、これは宮台真司氏が人の居場所としてストリートを「第四空間」と呼んだことに基づいている。第一空間が家庭、第二空間が学校、第三空間が地域共同体。それが機能不全に陥り、居場所をなくした人たちがストリートに出ていくこととなるという見解。
はるきち @kiruhachi
そして東京には、このストリートがないというのである。平面上に建物が乱立して、残ったところが道路になったということだな。その原因として、「これは田んぼのシステムを引きずっているのです。田んぼをつくっていると、道というのは単に移動するためのものでしか無い。(続く
はるきち @kiruhachi
だから区画で管理して、どの田んぼが誰のものかを明確にするようが重要。」と述べている。なるほど…。
はるきち @kiruhachi
実際、「あらかじめ成熟した都市文化を持つ街が開発されるときには、まず先にストリートができあがる。」のだという。京都や博多、パリなどが例として挙げられている。モールがそれに習っており、東京は反している、という指摘である。
はるきち @kiruhachi
最後に、バックヤードが外部を覆っているモールの構成について、これが東京そのものと似ているという指摘があった。東京は、地方というバックヤードに覆われたひとつの空間であるという。
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