「商業誌」にして「学術誌」?——岩波『文学』休刊の報に寄せて

潜在的読者層としての中等教育関係者がもっていた歴史的意味など、日比嘉高氏の書き込みが興味深かったので、備忘としてまとめました。
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リンク YOMIURI ONLINE(読売新聞) 岩波書店「文学」、年内で休刊…「部数減少」 岩波書店の文学雑誌「文学」が、今年11月末刊の11・12月号で休刊することが分かった。
日比嘉高 @yshibi
まじかよ… →岩波書店「文学」、年内で休刊…「部数減少」 : 読売新聞 yomiuri.co.jp/culture/201604… しかし岩波の中の人、「出版不況」はともかく、「大学での文学研究に逆風が吹いている状況」によって、「部数が減少した」って説明は無理があるぞ…。
日比嘉高 @yshibi
岩波の『文学』、独特の存在感を持った雑誌だった。学会誌ではなく、商業雑誌だけど、学術論文を載せる雑誌だった。こういうタイプの雑誌は、ほかに学燈社の『国文学 解釈と教材の研究』と至文堂の『国文学 解釈と鑑賞』があったけれど、それともまた雰囲気が違った。
日比嘉高 @yshibi
『国文学 解釈と教材の研究』と『国文学 解釈と鑑賞』は、学術出版業界の専門出版社が出していたのに対して、『文学』はやはり岩波書店という看板が光っていた。何回か書かせてもらったり、座談会に出してもらったりしたけれど、やっぱり気合いが入った。ほかの先生たちもそうだっただろうと思う。
日比嘉高 @yshibi
記事のコメントでは、岩波書店は「大学での文学研究に逆風が吹いている状況や出版不況により、部数が減少した」といっているけど、どうなのかな。出版不況はその通りだけれど、「大学での文学研究に逆風が吹いている状況」を前に出してくるのは、ちょっと変だと思う。
日比嘉高 @yshibi
「大学での文学研究に逆風」は、いつのことを想定しているのかな。最近の風潮を指してるように思えるが…。もし、もう少し広いスパンで言おうとしているというならば、それは「大学での文学研究」じゃなくて、中等教育までも含めた「国語」業界の質の転換みたいなもののはずだけど。
日比嘉高 @yshibi
『解釈と教材の研究』『解釈と鑑賞』『文学』みたいに、学術系の商業雑誌を三誌も業界として抱えていられたのは――業界ではよく言われていることだけれど――高校の教員をある程度読者に想定できた時代だったからである。たぶん学校によっては高校の図書室や資料室でこれらを買っていた。
日比嘉高 @yshibi
高校の「国語」科は、どんどん文学離れして行っているから。コミュニケーション力とか、プレゼン力とかに力を入れているし、受験国語はそもそも文学作品はあまり出ない。(なお、文学研究と受験国語は、遠いところでいろいろつながります。念のため)
日比嘉高 @yshibi
「大学での文学研究に逆風が吹いている状況」とかいうと、文学研究の講座が大学から減っていっているという姿が思い浮かぶけれど、それは実態とはちがうと思う。数を調べた事はないが、少しは減っていると思うが、講座減あるいは教員ポスト減によって業界商業3誌が潰れるほどではないはず。
日比嘉高 @yshibi
講座・研究室数じゃなくて大学予算じゃないかな。図書館の予算とか、文系部局の予算とか、教員の個人研究費も含めて。これらの雑誌はたいていどこでも置いている(とくに『国文学』『解釈と鑑賞』)雑誌だった。逆にいうと、それはうちの図書館でなくても、ほかで見られる、コピーできるということ。
日比嘉高 @yshibi
ふりかえって考えると、たぶん国文学業界の人たちには、図書館がその雑誌を買うのをやめる措置をとったときに、個人研究費でも買う/自分の部屋でいいから置くぐらいのことをするべきだった。「買い支える」という発想がなかった。いまや、あとの祭り。
日比嘉高 @yshibi
商業雑誌だから、潰れるものは潰れる、という自然淘汰というか市場主義的な発想もある。ビジネスの観点からすればそれはそうなのかもしれない。たしかに、学術商業雑誌というあり方も、販売のあり方も、時代に合わせて作り直していく必要はあっただろう。しかし。
日比嘉高 @yshibi
しかし、学術の言葉と関心を、一般社会につないでいく回路は、とても大事だ。学術商業雑誌3誌があった時代は、その回路が生きていた時代だった。それはどんどんと痩せていき、すべて休刊した。(あ、『アナホリッシュ国文学』があるな)
日比嘉高 @yshibi
話戻すと、学術の言葉と関心を、一般社会につなぐ回路は大事。学術論文のオープン・アクセス化はどんどん進むだろうから、そういう回路は太くなっていくだろう。けれど、オープン・アクセスの学術論文は、検索による一本釣りが基本だからね。雑誌は特集がある。特集が、感度や問題の所在を示すんだ。
Hemmi Tatsuo @camomille0206
大学の基盤的経費が削減されるというのは、特に人文系では出版社や書店を巻き込むかたちで、全体的に学術書籍文化の縮小をよぎなくされるということなのでないか。基礎的分野に直撃する。内容的には高度でありかつ一般読者の裾野を拡げる商業学術誌を毎号科研費で買うということはなかろう。
Hemmi Tatsuo @camomille0206
商業学術誌という仕組みが歴史的に人文系で特に発達したこと(ヨーロッパ17世紀)と、教育か研究かという二分法がことさら人文系にはあてはめがたいということはおそらく内在的に接続している。その歴史的考察が必要だろう。
日比嘉高 @yshibi
たしかに。競争的資金では、定期刊行物の定期購読はできないですね。 twitter.com/camomille0206/…
日比嘉高 @yshibi
『アナホリッシュ国文学』なぁ…。がんばってほしいけど、がんばってるんだろうけど、なぁ。関係者を知らないから無責任に言うけど、なんだかピントが合ってない気がするんだよなぁ。ていうか、アナホリッシュって、いつまで経っても私覚えられない。いま棚まで行って確認してきた(笑)
日比嘉高 @yshibi
が、私は買っているよ。「買い支える」つもりで。頑張って下さい、アナホリッシュ。いまや最後の砦ですぞ。
書物蔵:古本フレンズ @shomotsubugyo
わちきなんぞこれでもナショナリストでもあって、日本語でいちばん学術できる領域に日本史及び日本文学研究があるんぢゃないか―これって国学か…―と思ふんで、その商業学術誌は重要と思ふんだが、アナホリッシュはタイトルが奇天烈…(*´д`)ノ twitter.com/yshibi/status/…
yhkondo @yhkondo
@yshibi 「アナホリッシュ」、残念ながら、昨年の夏号までで発行が止まってますね。kyobunsha.com/new.html#ancho…
日比嘉高 @yshibi
うわ、まじですか・・・・。しらなかった。定期購読しているからノーチェックだった(読めよ→自分)。全滅か。 twitter.com/yhkondo/status…
yhkondo @yhkondo
@yshibi そうなんです。この、秋号予告(PDF)は、現在のところ、幻の号です。kyobunsha.com/images/ana8-yo…
日比嘉高 @yshibi
@yhkondo 連載予告までしているから、その気はあった(ある?)んでしょうが、どういう事情でしょうねぇ。。 潰れたと考えるのは早いのかもしれませんが、しかしこのあと出てくるとも・・・。情報ありがとうございました。
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