0
横山光輝「三国志」武将かるた_bot @yms_karuta
【横山光輝「三国志」講座87「外交戦略」01】 第87話でございます。 前回、張飛の活躍により、曹操軍の大将、劉岱を生け捕りにした劉備玄徳。城まで連行されてきましたが、玄徳はすぐに縄を解かせます。そして、曹操に弓を引くつもりはないと、曹操への執り成しを劉岱に依頼します。
横山光輝「三国志」武将かるた_bot @yms_karuta
【横山光輝「三国志」講座87「外交戦略」02】 王忠とともに歓待を受ける劉岱。玄徳は、好きなだけ飲み食いして、いつでも好きな時に帰っていいといいます。そんな玄徳の態度に面白くない顔をする張飛。しかし、関羽は、曹操と互角に戦えるまで力を蓄え、生き延びることが大事だと言います。
横山光輝「三国志」武将かるた_bot @yms_karuta
【横山光輝「三国志」講座87「外交戦略」03】 玄徳は、手柄を立てた張飛を褒め称え、まずはめでたしめでたしと総括します。王忠、劉岱が機嫌よく飲んで、曹操が乗り込んでくる前に軍を徐州から引き揚げさせれば、とりあえずの目的は果たせます。
横山光輝「三国志」武将かるた_bot @yms_karuta
【横山光輝「三国志」講座87「外交戦略」04】 王忠・劉岱は長居はしなかったと見え、玄徳に礼を言って帰路につきます。玄徳が武士としては珍しいほど優しいだの、悪い男ではないだのと好評価をしていますが、目の前に張飛が槍を構えて待っていました。
横山光輝「三国志」武将かるた_bot @yms_karuta
【横山光輝「三国志」講座87「外交戦略」05】 張飛は、玄徳が許しても俺がゆるさねえ、とばかりに王忠らを通さない気でいましたが、そこに関羽が駆けつけてきます。関羽は、殿の命に背く気か、とたしなめます。それでも聞かない張飛に対し、どうしても両将を討つというのなら、まず自分を斬れと。
横山光輝「三国志」武将かるた_bot @yms_karuta
【横山光輝「三国志」講座87「外交戦略」06】 関羽を斬れるはずもない張飛は、そのまま引き揚げます。関羽は劉岱らに、張飛はせっかちな男ゆえ、自分に免じて許してくだされと言います。この件、本当に張飛が勝手に突出したのか、玄徳の誠意を見せるための芝居なのかは、不明です。
横山光輝「三国志」武将かるた_bot @yms_karuta
【横山光輝「三国志」講座87「外交戦略」07】 ほうほうの体で都に引き揚げた劉岱と王忠。しかし、待っていたのは曹操の激怒でした。玄徳にいいように丸め込まれ、戦も満足に出来なかった二人に対し、曹操は死罪を命じます。
横山光輝「三国志」武将かるた_bot @yms_karuta
【横山光輝「三国志」講座87「外交戦略」08】 しかし、そこに曹操の参謀がそれだけはおやめくださいと待ったをかけます。もともと劉岱や王忠では玄徳の相手が務まらないことを承知で派遣したので、その結果を両名の罪にしては、他の者も疑問を持ちます。人の心を得る道ではないと説きます。
横山光輝「三国志」武将かるた_bot @yms_karuta
【横山光輝「三国志」講座87「外交戦略」09】 その言葉に納得した曹操は、二人の死罪を取り消し、将の位を取り消すことで、この件を収めることにしました。曹操は自ら徐州をもみつぶしてやろうと息巻きますが、それにも待ったがかかります。これから冬の季節になるため、戦うなら春まで待てと。
横山光輝「三国志」武将かるた_bot @yms_karuta
【横山光輝「三国志」講座87「外交戦略」10】 曹操の言うことにいちいち反論する参謀も勇気ありますが、参謀の言葉に道理が通っているとみるや、素直に受け入れる曹操の度量は大したものです。とりあえず、玄徳の命は春まで預けておくことに。そして、冬の間は外交をもって敵を静めることに。
横山光輝「三国志」武将かるた_bot @yms_karuta
【横山光輝「三国志」講座87「外交戦略」11】 とりいそぎ、荊州の劉表、襄城の張繍らと外交戦略で従わせるべき、という参謀の言葉に、曹操はすぐに着手するように命じます。襄城の張繍のもとへは劉曄(りゅうよう)が使者に向かいます。そして、襄城には賈クがいました。
横山光輝「三国志」武将かるた_bot @yms_karuta
【横山光輝「三国志」講座87「外交戦略」12】 賈クは独断で劉曄に会い、要件を聞きます。曹操と手を握られては、という誘いに対し、賈クが答えようとした時に、河北の袁紹からも特使が来たとの連絡が。賈クが特使と会うと聞いて慌てる劉曄に対し、悪いようにはしないと言う賈ク。
横山光輝「三国志」武将かるた_bot @yms_karuta
【横山光輝「三国志」講座87「外交戦略」13】 心配する劉曄でしたが、袁紹の陣営に入らないかという手紙を賈クはバリバリと破り捨てます。張繍にも見せずに何をするんだという特使に対し、袁紹は信用できぬと特使を追い返してしまいます。
横山光輝「三国志」武将かるた_bot @yms_karuta
【横山光輝「三国志」講座87「外交戦略」14】 張繍は、賈クからその報告を聞いて、なぜひとこと相談しなかったと言いますが、賈クは平然と、誰かにつくなら曹操に着いたほうがマシだから、と答えます。
横山光輝「三国志」武将かるた_bot @yms_karuta
【横山光輝「三国志」講座87「外交戦略」15】 張繍にしてみれば、曹操とはこの間まで戦っていた相手で、まだなんの和解もしていないと言います。賈クは、だから、これから和解をするのだと答えます。曹操は過去の敗戦などあまり気にしない人物だと。曹操と袁紹を比較してみたと言います。
横山光輝「三国志」武将かるた_bot @yms_karuta
【横山光輝「三国志」講座87「外交戦略」16】 曹操には3つの将来を約束することがあると。一つは天子を擁し、二つは時代の機運に添い、3つは大志あってうまく政治を行っていることです、と持ち上げます。張繍は、袁紹の力も強大だと反論します。
横山光輝「三国志」武将かるた_bot @yms_karuta
【横山光輝「三国志」講座87「外交戦略」17】 しかし、賈クは、一、二年安泰を望むなら袁紹につけ、と言います。裏返せば、袁紹の勢いはせいぜいあと一、ニ年程度に過ぎないということです。知恵者の賈クがそれほど言うのであれば、と張繍は曹操につくことを了承するのです。
横山光輝「三国志」武将かるた_bot @yms_karuta
【横山光輝「三国志」講座87「外交戦略」18】 賈クの屋敷で結果を待っていた劉曄でしたが、賈クが袁紹の使者を追い返して、曹操の申し出を受けることにしたと聞いて喜びます。さっそく、劉曄は曹操へ報告するために張繍の返事を持って帰ります。
横山光輝「三国志」武将かるた_bot @yms_karuta
【横山光輝「三国志」講座87「外交戦略」19】 一方、荊州のほうはうまくいかなかったようです。(荊の字は本当はくさかんむりが左上のみにつくのですが、ここでは荊で入力しています)。肥沃な土地で兵馬も強大。諸国の群雄の中でもひときわ軍を抜いていた荊州。
横山光輝「三国志」武将かるた_bot @yms_karuta
【横山光輝「三国志」講座87「外交戦略」20】 孫策の父、孫堅もこの地で惨敗し、戦死を遂げています。その力を背景に、荊州の劉表は曹操の使者を追い返してしまいます。 地の利、国の体力、様々な思惑や駆け引きがうずまく外交戦略が繰り広げられました。
横山光輝「三国志」武将かるた_bot @yms_karuta
【横山光輝「三国志」講座87「外交戦略」21】 実際にはもっと細かなやり取りがあったと推測されます。 戦闘だけでなく、これらの駆け引きで活躍する外交官達がいたということも、三国志の魅力のひとつと言えましょう。冬の間に行われた外交により、国内のパワーバランスが変化しました。
横山光輝「三国志」武将かるた_bot @yms_karuta
【横山光輝「三国志」講座87「外交戦略」22】 外交戦略により、さらに強大となった曹操。しかし、そうすんなりと曹操の独走を許してしまうほど、世間は甘くはありませんが、この続きはまた次回です。 今回はここまで。

コメント

コメントがまだありません。感想を最初に伝えてみませんか?

ログインして広告を非表示にする
ログインして広告を非表示にする