星街の花冠

星杜@without Borders @hosimori025

ちょっと前の話になるけど、アポロン解雇されちまって田舎帰るしかないのかなんて落ち込んでた時に、ベンさんから「ただ家ん中でくさくさしてるんなら体動かす方がいいんじゃねぇか？篭ってないで出てこい」って連絡あってさ。正直太陽の光浴びんの辛かったんだけど、ベンさんだし。#春のTB花冠祭り

星杜@without Borders @hosimori025

いつものアイパッチ、友恵に預けてその辺にある適当なもの着て待ち合わせに行ったら、ポセイドンラインのタクシー会社の営業所長さんがいて。その人の言うのよ「あんた、まだ諦めるには早いんじゃないのか」ってさ。「ワイルドタイガーはそんな簡単な男じゃないだろ」って。　#春のTB花冠祭り

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俺横っ面殴られたような気がしてはっと気がついたらタクシー運転することになってたんだよ。それでも最初は俺なにやってんだろうって思ったよ。こんなことが本当にヒーローに戻る何かになるのかなんてわかんなくてさ。そりゃ働けば金を入ってくる。だけどそれでいいのかって。#春のTB花冠祭り

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今更だけどバニーの焦りがちょっとわかったんだ。タクシーのラジオからさ流れてくるだろ？無線でも道路状況と一緒に、今ここで事件発生で通行規制中とか嫌でも耳に入ってくるんだよ。体がさ、うずくんだよ。なんで俺はそこにいられないんだって。なんでだってさ。#春のTB花冠祭り

星杜@without Borders @hosimori025

悔しくて、とても運転できる感じがしなくて俺路肩に寄せてハンドル握り締めてたんだ。そしたらさ、客待ちだって思われたらしくてこんこんて優しくドア叩かれて。「いいかしら？」ってすんごく上品そうなご婦人が笑ってたってたの。俺一瞬断ろうかと思った。　#春のTB花冠祭り

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だけど、結構な荷物持ってて困ってるのがわかったんで、精一杯愛想笑いしてドアを開けた。途端にさ、なんか春の匂いっていうのか、なんてのか、すっごいいい香りがしたんだよ。何の花ってわけじゃなくて、俺の故郷の草っぱらにねっころがった時みたいな香り。#春のTB花冠祭り

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ご婦人の香水なのかと思ったんだけどそうじゃない、だけど確かにこの人から薫ってくるんだってのはわかった。ご婦人はおっとり微笑んで、荷物は皆トランクじゃなくて座席に積んでくれって変わったお願いをした。俺はちょっとふわふわしたいい気分になってご婦人と荷物を詰め込んだ。#春のTB花冠祭り

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どちらまで？って訊いたらご婦人は「この街を一周して欲しいの。運転手さんはお喋りがお好き？私、お話できる方がいいの」ってこれまた珍しい注文をつけた。勿論いいですよっていつの間にか俺笑顔になってた。じゃあ、ブロンズからお願いねって言うんで俺は勝手しったる街並みへ。#春のTB花冠祭り

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バックミラーちらっと見るとご婦人はとても上機嫌でブロンズのマーケットや朝市、ありふれたコインランドリーや小さな雑貨店なんかを眺めている。てっきり初めてシュテルンビルドに来た観光のお客さんかと思ったが、どうやら違うみたいだ。ご婦人は歌うように思い出話を始めた。#春のTB花冠祭り

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初めてジャックと住んだのがここだったの。あの頃はまだまだ工場が一杯で私達みたいにあっちこっちの街から仕事を求めて集まってきた人がたくさんいたわ。皆お金がなくて、安いお酒と持ち寄りのおかずでよく飲んだものだったわ。あ、少し窓を開けてくださる。　#春のTB花冠祭り

星杜@without Borders @hosimori025

あの人との家はもうそれはそれは古くて、空調からネズミが飛び出してくるようなところだったけれど、私達憧れの街に来て胸いっぱいで。何が出ようと気にもしなかったわ。さっきのマーケットはもう随分前からあるのよ、よく野菜をおまけしてもらったわ。いい人たちだった。#春のTB花冠祭り

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あたしたちは働いて働いて働いて、とにかく働いて。やっとシルバーに家を借りられるようになった頃には子供もすっかり大きくなっていたの。庭付きの一戸建て！なんてジャックははしゃいでいたけど、とてもとても小さな家で、庭は家庭菜園だったのよ。ふふとご婦人は笑う。#春のTB花冠祭り

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ブロンズからシルバーへ。俺も友恵とよくそんな話をしてた。楓が大きくなったらシルバーに小さな家を借りるか買うかして。シルバーの南のエレメンタリは自由な気風で楓にあってるんじゃないか。そうね、西にはスポーツ指導で有名な先生が講師に来られるからスケートにもきっととか。#春のTB花冠祭り

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シルバーのマーケット見にいった友恵が、野菜が高い！って目をむいたり市場がないよ、友恵ちゃん！って俺が大騒ぎしたりして。やっぱりブロンズかなぁなんて言ってたよな。ブロンズならもうちょっと広い家にしましょうって二人目できたら狭くなっちゃうものなんて･･･な。#春のTB花冠祭り

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シルバーに移ってしばらくして、二人目の子供を持とうってジャックに相談したの。そうしたらね、彼はとてもとても残念そうな顔をしていうの。それは多分無理だって。どうしてって尋ねたら。僕の命が持たないと思うからって。私彼が何を言ってるのかわからなかったわ。#春のTB花冠祭り

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ずっとずっと無理をして働いてきた彼と私。特に彼のいた工場はお世辞にも規制に従ってるとは言いがたかった。彼はそんな中でも学校に通って、資格を取り直して別の仕事に変わったけれど、その頃には相当体を壊していたのね。君が悲しい顔をするのが耐えられなかったって。#春のTB花冠祭り

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いえなかったんだって言うの。私、泣こうか、怒ろうか、嘆こうか凄く迷って。どれもしなかったわ。彼が悪いわけじゃないもの。彼も私も一生懸命生きただけなの。私だってジャックの笑った顔をみていたいもの。ようし分かったわって私とびきりの笑顔になったの。#春のTB花冠祭り

星杜@without Borders @hosimori025

じゃあ、これから先はずっと笑っていましょうって。この先があとどの位あるのかなんて誰にもわかるもんじゃないわ。十年二十年、明日明後日、わかりゃしないものに怯えてたってつまらないわ。楽しいことでいっぱいにしましょうって言ったの。そしたら彼もう一つ告白があるんだって。#春のTB花冠祭り

星杜@without Borders @hosimori025

流石に身構えたら実は僕レジェンドの大ファンなんだって言うのよ。なんで言わないのよ！私もよ！って子供と三人で抱き合って大騒ぎしたわ。彼ったら叱られると思ったんだそうよ。ブロンズの工場で運搬作業中に転落事故が起きて生きるか死ぬかって時に助けてもらったんだって言うの。#春のTB花冠祭り

星杜@without Borders @hosimori025

シュテルンビルドに来たかったのも、ヒーローに憧れていたからだなんて初耳もいいところだったわ。ヒーローの話をする時には私達いつもとても元気になったわ。ご多分にもれず家族皆がヒーローのファンになったの。彼が引退して亡くなった聞いた時にはとてもとても悲しかった。#春のTB花冠祭り

星杜@without Borders @hosimori025

だけど彼の遺志をついでくれたに違いないって、ジャックが言うヒーローがデビューしたの。ワイルドタイガーよ。誰よりも先に危ないところに飛び込んで行って、絶対に絶対に諦めないヒーローなんだって。ジャックは涙まで零して喜んでたわ。レジェンドは不滅なんだって。#春のTB花冠祭り

星杜@without Borders @hosimori025

彼が言うと私までそう思えた。よく物を壊すおっちょこちょいなところも僕は大好きだってジャックは子供みたいにはしゃいでたわ。私はキッドが大好きになった。いいえ、ジャックも私もヒーロー皆が大好きになったわ。だってジャックの命を守ってくれた。彼らを思う心が彼を支えたの。#春のTB花冠祭り

星杜@without Borders @hosimori025

彼がもう危ないって時に病院の慰問にヒーローが来てくれたわ。そう、ここゴールドの総合病院ね。ワイルドタイガーはおでこに包帯だし、相棒のバーナビーは松葉杖だったのに。そうしたらどうかしら。ジャックったら、ICUを出て車椅子どころか歩いてヒーローと握手したのよ。#春のTB花冠祭り

星杜@without Borders @hosimori025

お医者様は脅威の回復力だって騒ぐし、私たちは彼が持ち直してくれて嬉しいしで、零すはずの涙がどこかへ飛んでいったわ。ヒーローって凄いわよ。テレビの中で悪い人を捕まえるだけじゃないの。人の命を繋いでくれるのよ。#春のTB花冠祭り

星杜@without Borders @hosimori025

そろそろゴールドの小さな緑地にさしかかろうとしてた。ぐるっとブロンズからシルバーを経由してゴールドまで。結構な時間がかかったがご婦人のご要望通りのシュテルンビルト軽く一周コースはひとまず終わる。少し外の空気が吸いたくなったとご婦人が言うので俺は付き合って降りた。#春のTB花冠祭り