『ノルウェイの森』はこの物語が既に死んでいることを告げていたのではないか？

榎本憲男★『サイケデリック・マウンテン』絶賛発売中！！！ @chimumu

0.『ノルウェイの森』の感想をつぶやくよー。先日の映画の日にようやく観ました。一言でいうと非常に奇妙な映画だった。原作小説はといえば、春樹作品の中では、作者・村上春樹と主人公の類似性がもっとも強い作品であり、春樹作品の中では「普通に」読んでしまったのだが。

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1.映画は非常に見づらい。まず、キャラクターのアーキタイプをわざとぼかすような配役と演出がされている。原作からのキャラの印象は、直子：可憐で精神的に脆い少女、緑：マニッシュでエロい話も平気な女。レイコさん：繊細だがシャキシャキした色気のないおばさん、だった。

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2.しかし、映画はこれらのキャラクターの特徴をそいでいく。三人はみんな（先輩の彼女まで）同種の美しい女に見える配役がほどこされ、みんな同じように発語する。これらのキャラの無個性化にまず驚いた。

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3.たとえば、直子と緑の役は女優をひっくり返しても成立するだろう。レイコだって無理すれば直子役ができそうだ。ここでは各キャラクターの生身の存在感が非常に希薄だ。誰とでも寝ていいような女ばかりだ。

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4.恋愛というものの基盤は「お前でなきゃ駄目なんだ」というオンリーユー感覚である。しかし、映画から受ける印象は真逆なのである。もともとオンリーユー感覚など説明のしようもないものであるが、映画はその名状しがたさをさらに強調するあまり無に帰しているかのようだ。

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5.こういうキャラクターのフラット化・オブスキュアー化を加速しているのが、俳優陣の発語の方法である。意図なのかどうか分からないが、喋り方のスピードが、みんなほとんど等しく、俺の想像よりも、遅い。

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6.緑などは、キャラの設定からすれば、もっとチャキチャキっと喋りそうなのに、他のキャラと歩調を合わせたようなテンポ感で抑揚なく喋る。

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7.たとえば、緑は電話で「僕」に「こんどポルノ映画に連れてってね。すごくいやらしいやつよ」（台詞はうろ覚えです）などと『タクシー・ドライバー』のデニーロが聞いたら、泣いて喜ぶようなことを言う。

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8.けれども、そのやりとりは真に迫っていない。その理由の一つは、そんなこと絶対口にしなさそうなご令嬢が与えられた台詞をゆったりと喋っている印象がするのである。

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9.この映画に対する批判の一つに、春樹小説の台詞をそのまま映画に持ち込んで不自然になってしまっている、というものがある。が、各キャラにふさわしい発語を演出すれば、さほど不自然ではなかったのではないかと俺は思う。

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10.そして、カメラワークがまた個性的だった。クロスカッティング（切り返し）はかなり少ない。逆にツーショットのゆったりとした横移動のショットを多用する。等速でゆったりとぼそぼそと喋り、移動カメラが会話中の人間を一つの画面に収めてぬーっと移動する。

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11.会話でのクロスカットというのは、基本的にキャラクターとキャラクターの実存的な拮抗を表現するものだ。それが、ほとんどない。これまで述べたような発語法と前述のようなカメラワークが合わさると、台詞がこちらに迫ってこず、宙に浮くようにサウンドする。

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12.では、この感覚をどのように読み解けばいいか？　これらは『ノルウェイの森』のような純愛の物語自体が、すでに死んでいることの映画的な表現ではないか、と俺は考えてみた。

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13.学生運動の熱も、大衆音楽の枠を越えて愛と自由を叫んだロックも、そして愛の物語そのものが、今はもう死んでいて、映画全体がそこはかとないメタファーになっているのではないか、と僕は思ってしまったのである。

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14.俺には登場人物が死んだ人に見えていたのである。かけがえのない人間の死を体験した人間が、そこから生の世界にロードバックする物語でありながら、それを演じるキャラクターが、主人公を含め、全員が死んでいるように見えていた。

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15.つまり『ノルウェイの森』は、愛の死と、死の淵からの生還という物語が語られるが、その物語自体は死んでいるという微妙な入れ子構造を持つ。だから「時代が描けていない」という批判はもっともだが、それは狙いでもある。死んだものとして描いているから、活写はできない。

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16.でなければ、監督がベトナム人であることによる、日本語に対しての鈍感な勘違い演出だったのだろうか。一方、俺の説が正しければ、正統派ロマンチック・ラブの物語を作ろうとした制作陣にとってはかなり暴力的かつ破壊的な演出意図だったと言える。

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17.村上春樹はトランアン・ユンだからこそ映画化を許したと言われている。俺の説によれば大胆すぎるともいえるこの演出を原作者はどのように観たのだろうか？