「もんぺ」「国民服」を巡る、意識高い系の戦前国民の暴走

大日本帝国政府「生地が勿体ないから新しくお揃いのもんぺとか作らないで」 戦前一般人&新聞「スカートはいている女性は非国民だ!」 ↓ 戦後教育「国家の圧力で女子はもんぺが着用させられた」 大日本帝国政府「…」
歴史 意識高い系 戦前 世論の暴走 戦後 空気嫁 国民服 服飾 戦時中 もんぺ 服飾史
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シャッポ跡地 @Yonedachapeau
非常に面白い情報を得た! 国民服はカンカン帽やソフト帽とあわせられたり、甲型でも前全開で着てたりしたらしい。
シャッポ跡地 @Yonedachapeau
@Yonedachapeau さらにひどいことには1942年の大阪梅田の調査では、男子洋装のうち背広77パーセント、国民服15パーセントwww 戦時下のイメージが大分変わるかもしれないw
シャッポ跡地 @Yonedachapeau
@Yonedachapeau 1943年にいたってもちゃんと国民服を着こなしてる人は調査の結果16.3パーセントに過ぎなかったとか…w
シャッポ跡地 @Yonedachapeau
やっぱりね、庶民の統制なんか取れるわけないんですよ。
シャッポ跡地 @Yonedachapeau
@kobekko81 そもそも今着てる背広があるのにわざわざ新しく仕立てろってのも資源節約カッコハテナって感じです。
シャッポ跡地 @Yonedachapeau
国民服制定に至るまでの議論がとにかく文句出まくりで面白すぎる。どうにもぜんぜん議論が進んでない。
シャッポ跡地 @Yonedachapeau
@Yonedachapeau あとは家で出来るようなものじゃ仕立屋がつぶれるとか、着物の需要が減るとか色々書かれてる
シャッポ跡地 @Yonedachapeau
しっかし国としてはスカートを広めようとした筈が、大衆の中で勝手にもんぺはかれて、戦後に強制されてたとか言ってんの最高にファニー
シャッポ跡地 @Yonedachapeau
権威ある服飾業界「もんぺとかダサさの極み、はっきりわかんだね」 お国「婦人標準服決めたンゴwww女性はこれから洋装の時代やで」 一般人&新聞「洋装なんぞ贅沢‼︎スカートを履くなど非国民め‼︎女はみんなもんぺ‼︎」 お偉いさん方「ファッ⁉︎」
シャッポ跡地 @Yonedachapeau
戦後教育「戦時中は、国家の圧力の下、男子は国民服、女子はもんぺの着用が義務付けられ、外国語は使用が禁止されました」 大日本帝国政府(墓場)「…」
シャッポ跡地 @Yonedachapeau
@takahito0617 同時期の銀座では12パーセントだそうで。
シャッポ跡地 @Yonedachapeau
@takahito0617 いや、大戦末期にはじっさいほとんどもんぺと国民服だらけになります。思ってるより時期が限定的だったということです。資料は図書館で国民服について調べれば色々と出てきますよ。
シャッポ跡地 @Yonedachapeau
戦時中の政府側の発表としては、「今持ってる背広を駄目になるまで着てくれ、生地の無駄だからわざわざ国民服を新しく仕立てないでくれ」とか「もんぺが活動的なのはわかるけど、生地が勿体無いから新しく作るのほんとやめて」とか色々言ってる。
シャッポ跡地 @Yonedachapeau
@Yonedachapeau クッソわろたことには、常会で「みんなでお揃いのもんぺを作りましょう」みたいな取り決めはしないでくださいと言ってる。
シャッポ跡地 @Yonedachapeau
最早もんぺに関しては完全に国民自身の暴走である
シャッポ跡地 @Yonedachapeau
そして面白いのが、あまり知られていないと思うが、昭和18年6月には国民服の仕立てに関して地質・色は問わない、という改正の勅令が出ているのである。つまりこれ以降ツイード国民服も存在しうる(ただし乙号に限る)
シャッポ跡地 @Yonedachapeau
@Yonedachapeau 色は紺色、黒色、白色が公式の場でもオッケーになる。
シャッポ跡地 @Yonedachapeau
政府と国民の意思疎通のズレがなかなかひどく、政府が「これから(の仕立ては生地と手間節約のため)国民服乙号に統一する」と言えば国民には「これから(の礼装、普段着は)国民服乙号に統一する」と解釈されてる。
シャッポ跡地 @Yonedachapeau
@heppoko1993 今でいうところの意識高い系ですかね…
シャッポ跡地 @Yonedachapeau
どう考えても無辜の市民()が勝手に自分で首絞めてる。 (ただし国民服は着るのも手入れもラク、もんぺは動きやすくてあったかいという理由も大きいらしい)
押井徳馬(おしーとクマ) @osito_kuma
@Yonedachapeau @takahito0617 今年上映予定のアニメ映画「この世界の片隅に」の片渕須直監督によると、もんぺは当初あまり着られなかったのが、冬になって「防寒着」として着られた、との事でした。実際、戦時中でもスカートやサロペットの写真も多め
押井徳馬(おしーとクマ) @osito_kuma
@Yonedachapeau @takahito0617 そしてもんぺが防寒着として急に着られる様になったのは燃料の配給が滞ったのが原因ではないかとの事でした。
涼月(Κλήμης) @suzutuki1980
「精神主義」「空気嫁」のほかに、実用的な面もあったと言う事ですね。にしても「国による強制ガー」では無かったという…。この二つの書き込みも、まとめに収録させて頂きました。問題ありましたらご一報ください。 @osito_kuma

コメント

AC後屋 @acgoya 2016年4月20日
一部の意識高い系国民と、それに乗っかるメディアに迎合しないことが、国策を誤らぬための肝なんですな。
胡上奈生(こがみん) @nowkogami 2016年4月21日
都会と地方の違いについても検討は必要と思う。郊外型アパレルや量販店がない時代、今よりファッションの格差はあったのかどうか。物資の偏りは、戦争初期と後期、直後でどう変わったのか。人の意識はどうか。
宇宙怪獣 @bemusuta 2016年11月12日
もんぺ、国民服自体は戦争中の厳しい暮しを生き抜く為に役だった…という面も暴走の燃料になったのかな?
やくと しゃち @JagdOrkus 2017年1月29日
「この世界の片隅に」が話題になっている今だからこそ再読。
こいけちゃん @koikera 2017年8月14日
母の実家はすごい田舎なんだけど、家族で疎開してきたお金持ちの子供たちが、すごくオシャレな服を着ていてうらやましかったそうだ。「同じお姉ちゃんのお下がりでも、元が違うものねえ。」
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