事件解決はワインを飲んでからでも遅くない#2 推理勝負◆1
_すでに時刻は23時を指していた。ゴウゴウと響く列車の音。食堂車の面々にも不満は募る。 「これで荷物からひょっこり出てきたら、ただでは済まんぞ」 乗客の一人が被害者の中年女に因縁をつける。クレメルは、中年女の表情に戸惑いがあるのを見逃さなかった。 31
2016-04-22 17:18:08_そしてクレメルは、マヤーをちらりと見る。マヤーの表情は読めない。本当は、彼女は何かを知っているのではないか。それとも何も考えていないのかもしれない。答えは出ず、クレメルは自分の席に戻る。足音に振り返ると、マヤーがついてきた。 「アイデアのお礼がしたい。酒を奢らせてくれ」 32
2016-04-22 17:26:40_マヤーはコートを脱ぎ、籠に入れてクレメルの向かいに座った。隣のクシュスに挨拶をする。マヤーは白いブラウスをしわ一つなく着こなし、とても先程の失態を見せたポンコツ探偵には見えない。 (相変わらず分からない女だ) クレメルはウェイターを呼ぶ。 33
2016-04-22 17:33:18_正直視線を合わせたくない。合わせたくないが、逸らし続けていると怪しいので、仕方なくマヤーの胸をチラチラ見る。マヤーはクレメルの目を真っすぐ見る。 「お酒は何が好きかい?」 「ワインでいい。ワインなら何でも好きだ」 「なら、おすすめのワインを御馳走しよう」 34
2016-04-22 17:40:04「恥ずかしいところを見せたな」 「宵闇鋼は希少金属だし、知らなくても無理はないよ」 「それを知っている君は、かなりの博識のようだね」 ウェイターが来た。急に目つきが鋭くなったマヤーから逃げるように、酒を注文する。 35
2016-04-22 17:45:43「帝国ワインの赤を、グラスで……」 「風切りワインを、赤で。ボトルで頼むよ」 この女、飲む気だ。それも、自分の目の前に居座って。クレメルはため息をつくのを、こらえて、言い訳を探す。 「雑学好きな男は嫌いかい?」 36
2016-04-22 17:51:55「ああ、興味深いね。知り合いにも一人いるよ。私の知識を、いつも上回ってみせる男だ。もうしばらく会っていないがね」 無言の圧力を感じて、クレメルは視線を逸らす。 「ま、君よりその男の方がハンサムだがね」 「馬鹿言え」 37
2016-04-22 17:57:38「顔も違うし、もう一つ、大きな違いがある……彼は、とてもスマートな男だった。決して、情に動かされて、自ら馬脚を現すような男ではなかった」 その言葉は、クレメルにとっては意外だった。 (俺は……情に動かされているのか?) 注文の酒がテーブルに並ぶのも気づかない。 38
2016-04-22 18:02:53「なぁ、これは独り言だが……聞いてくれ。私が、宵闇鋼の特性を失念することが、万に一つでもあったと思うか?」 喉が渇く。もしかしたら、マヤーは全てを見通しているのではないか。この出来事の全ては、茶番だったのではないか。 クレメルは震える手で帝国ワインを口に含む。 39
2016-04-22 18:07:26「あの男はハンサムだったが……冷淡で、乾燥した男だった。今の君の方が、暖かくて、よく分からなくて、ドジでさ……ずっと、魅力的だと思うよ」 気づけばグラスを一気に飲み干していた。マヤーがフフッと笑って、自分のワインを注ぐ。その香りは、果物のようにさわやかだった。 40
2016-04-22 18:12:10【用語解説】 【帝国ワイン】 人類帝国の官製ブランドである量産ワイン。とりあえずワインが飲みたいときに最適の、安価で、品質の安定したワインである。産地は特に明記されていない場合、灰土地域中央部の大規模葡萄農場。農場はニェスに近く、そこから貨物列車で帝都へと大量輸送される
2016-04-22 18:18:55