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「おもしろがる」と「おもしろさがわかる」

千野帽子さん @chinoboshka の、「おもしろがる」と「おもしろさがわかる」についての話がおもしろかったので、おもしろさをわかりやすくまとめてみた。
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千野 帽子『物語は人生を救うのか』(ちくまプリマー新書) @chinoboshka
「おもしろいか、おもしろくないか」より「わかるか、わからないか」が大事な人がいるらしい。しかも多いらしい。「おもしろいためには、まずわかる必要がある」人が多数派だったとは。みんなたいへんなんだなあ。
千野 帽子『物語は人生を救うのか』(ちくまプリマー新書) @chinoboshka
つぎの瞬間自分がなにをおもしろがるか、自分でもわかってない、というのがふつうだとむかしは思っていた。1998年にネット始めたら、書評サイトをやってる人がほぼ全員「自分がなにをおもしろがるか、ちゃんと把握してる人」だったので驚いた。
千野 帽子『物語は人生を救うのか』(ちくまプリマー新書) @chinoboshka
先におもしろがっておいて、理由はあとから考えればいい。RT @tomoa_i 自分が何を面白がる人間なのかをはっきりさせておかないと、なぜ面白いのか判らないまま面白がっている自分を不安に思う事もあります。
千野 帽子『物語は人生を救うのか』(ちくまプリマー新書) @chinoboshka
なぜおもしろいと思ったんだろう、とあとで考えるのがまた、おもしろい。
Chikako Tsurumi(ちー) @tsurumic
自分に自信がないってこともあるでしょうね。RT @chinoboshka: 「おもしろいか、おもしろくないか」より「わかるか、わからないか」が大事な人がいるらしい。しかも多いらしい。「おもしろいためには、まずわかる必要がある」人が多数派だったとは。みんなたいへんなんだなあ。
千野 帽子『物語は人生を救うのか』(ちくまプリマー新書) @chinoboshka
そうなんです。考えることは楽しい。RT @poyon55 @chinoboshka 楽しい思考は永久機関なのですね。無限大だ~!
千野 帽子『物語は人生を救うのか』(ちくまプリマー新書) @chinoboshka
真逆です。「おもしろい」は知性の問題。「わかる」にこだわるのは「わからない」への恐れで100%感情問題。RT @yakanhikourose @chinoboshka おもしろい、というのは、こころの触感みたいな気がします。わかる、というのは、あたまの回路のような気がします。
千野 帽子『物語は人生を救うのか』(ちくまプリマー新書) @chinoboshka
そうかー、世間の人にとっては「おもしろい」と「わかる」を対比したとたん、「おもしろい」は知性と無関係に見えるのか。違うよ、「おもしろい」こそが知の問題なんだよ。「わかる」はともかく「わかりたい」「わからなきゃやだ」「わからないもの嫌い」は100%感情の話で、知性と無関係。
@tamanoirorg
それでやっと納得しました。「面白い」なら既に「わかっている」筈であり、あとはそれを言語化できるかどうかだろうと思っていたので。RT @chinoboshka: そうかー、世間の人にとっては「おもしろい」と「わかる」を対比したとたん、「おもしろい」は知性と無関係に見えるのか。違//
@tarareba72
そのとおりすぎる! そして「わかった!(ユリイカ)」は、知性の問題! RT @chinoboshka 「おもしろい」こそが知の問題なんだよ。「わかる」はともかく「わかりたい」「わからなきゃやだ」「わからないもの嫌い」は100%感情の話で、知性と無関係。
千野 帽子『物語は人生を救うのか』(ちくまプリマー新書) @chinoboshka
「わかる」は「単に知性的」な問題ではない。「わかりたい」になると感情の問題。QT @syunyahana 「おもしろい」には知性も感情も含まれているから、単に知性的なだけの「わかる」に比べて、より大きな人生の問題だ
Pipo@ひねもす縁側 @PipoDingDong
@chinoboshka はじめまして。私は、父に「ようわからんでも、おもしろいなと思ったらそれでええ。理由はあとでわかるときもあるし、ずーっとわからんこともあるけど、そんなもんや」と吹き込まれて育ちました。千野さんの「わかる」と「おもしろい」の考察に、少々近いかもしれません。
syunya @syunyahana
@chinoboshka 僕は千野さんのおっしゃる「おもしろい」は「納得した感」がプラス、「わかる」はマイナスだと解釈してたので、全体の構図がわからなくなってました。そもそも「わかる」は「納得した感」がプラスなんですね。わかりました。ありがとうございます。
千野 帽子『物語は人生を救うのか』(ちくまプリマー新書) @chinoboshka
私がここで使う「わかる」(と自分で思うこと。他人が見て「あいつはわかってる」と認定するケースはここでは除外)には、むろん知性が介在しますが、最終的に「納得した感」という感情の有無で「わかる/わからない」を人は決めているということです。@syunyahana
ヨナキウサギ @yonakiusagi
@chinoboshka そもそも「おもしろい」と「わかる」が等価で対比されるわけがありません。「おもしろい」からしか、ほんとは何も始まらない、のに。そこから始まっていないものは、「知」とは呼べないはず。
千野 帽子『物語は人生を救うのか』(ちくまプリマー新書) @chinoboshka
御意。QT @yonakiusagi 「おもしろい」からしか、ほんとは何も始まらない、のに。そこから始まっていないものは、「知」とは呼べないはず。
千野 帽子『物語は人生を救うのか』(ちくまプリマー新書) @chinoboshka
そうなんです。(続く)RT @tamanoirorg それでやっと納得しました。「面白い」なら既に「わかっている」筈であり、あとはそれを言語化できるかどうかだろうと思っていたので。RT @chinoboshka: 「おもしろい」と「わかる」
千野 帽子『物語は人生を救うのか』(ちくまプリマー新書) @chinoboshka
(続き)「わかる」のいくつものを無理やりふたつに整理すると「よさがわかる」「意味がわかる」になります。ほんとはそんなすっぱりわかれないけど無理やり分けます。(続く) QT @tamanoirorg 「面白い」なら既に「わかっている」筈であり、あとはそれを言語化できるかどうか
千野 帽子『物語は人生を救うのか』(ちくまプリマー新書) @chinoboshka
.@tamanoirorg 人は「よさがわからない」ときには「せめて意味をわかろう」という感情になる。「よさがわかっている」ときには意味(よいと思う理由を含む)は後回しになるので、自分がそれを好きな理由を説明するのは難しい。理論が必要になる。
千野 帽子『物語は人生を救うのか』(ちくまプリマー新書) @chinoboshka
.@tamanoirorg 私は宮部みゆきの小説のよさがイマイチわからない(べつに嫌いでもない)のですが、あるとき浅羽通明『昭和三十年代主義』中の宮部論を読んで、宮部作品の「意味」の一部がわかった。「よさ」はわからないままですが、「意味くらいわかりたい」は感情の問題。(続く)
千野 帽子『物語は人生を救うのか』(ちくまプリマー新書) @chinoboshka
.@tamanoirorg (続き)でもご存じのとおり「意味がわかる」はしばしばお手軽な説明とセットなので要注意ですね。「あなたが不遇なのはお墓掃除してないから」と言われて印鑑や壺を買う人が続出します。
千野 帽子『物語は人生を救うのか』(ちくまプリマー新書) @chinoboshka
.@tamanoirorg (続き)とはいえその麻薬的快感欲しさのおかげで学問が進歩してきたので、「意味がわかりたい」はやっぱり必要ですね。『日曜美術館』『N響アワー』は安易な説明で視聴者の目・耳を塞ぐリスクを背負っても、やっぱり存在し続けてほしいと私は思います。
@tamanoirorg
一度頭でわかって、それから面白くなる、ということも偶にはあるので。抽象画なぞ、美学会でカンディンスキーがああなるまでの段取りについての発表を聞かなければ、多分今でも面白く見たりはしていない。@chinoboshka (続き)とはいえその麻薬的快感欲しさのおかげで学問が進歩して//
ryota @goldbug2_2
現在コンセプチュアルアートが大多数でしかも玉石混交 対した試みもなくアートというのがほとんど 唸るものは少ない RT @tamanoirorg ただ、「意味」に逃げることの危険には注意を払っておかなければならないとは思いますが。@chinoboshka
千野 帽子『物語は人生を救うのか』(ちくまプリマー新書) @chinoboshka
このふたつの命題に全面的に同意します。QT @tamanoirorg 一度頭でわかって、それから面白くなる、ということも偶にはある//ただ、「意味」に逃げることの危険には注意を払っておかなければならないとは思いますが。@chinoboshka
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