事件解決はワインを飲んでからでも遅くない#2 推理勝負◆3
_ガタガタと刻まれる音は心臓の鼓動にも似る。クレメルは酔いを醒ますため、水を飲んだ。マヤーは静かに、少しずつワインを飲んでいく。 食堂車に車内放送。列車の機関部は、魔法裁判の判例からもうすぐ答えにたどり着くことをアナウンスした。 51
2016-04-24 16:54:28「マヤー、敵はどう動く?」 クレメルはマヤーに尋ねる。自分でも答えは考えている。それと同じものを、マヤーが考えているか知りたい。マヤーは、今までのマヤーだ。クレメルはこんなにも鈍くなった自分を恥じた。 52
2016-04-24 17:01:47_マヤーはウェイターを呼び、つまみを注文した。そして、自分も水を飲む。酔いすぎて思考が危うくならないように注意した飲みかただ。こんな些細なところにも、彼女の鋭さが見える。 「時間が無い。敵は手荷物検査を待ち望んでいる。放っておけば、自動的に敵の勝利だ」 53
2016-04-24 17:10:35_ウェイターは、チーズと薄切りサラミの盛り合わせを持ってきた。取り皿とフォークは二人分。クレメルにも差し出す。 「待てば勝てる立場だが、焦りもあるはずだ。こちらの探査の状況次第では、逆転される。となると、勝負は時の運というわけだ」 54
2016-04-24 17:17:24_クレメルにも経験がある。勝負が時の運だ、となったらどうするべきか? 運よく勝てるようお祈りするのは敗者の発想だ。クレメルはかつて様々な勝負で運を試した。しかし、そこで手をこまねいて勝利が転がり込むのを待つことはしなかった。運を運命へ変えることは可能だ。 55
2016-04-24 17:26:14「つまり、勝利をより確実にするため、何かの手を打ってくるんだろう。俺はそれを知りたい。そして、その裏をかいて、ダイスの目をこちらに引き込む。勝負は駆け引きだ。勝敗が決まるまで、あがいた方が勝ちだ」 クレメルはチーズをフォークに刺して口に運ぶ。スモークの効いた味。 56
2016-04-24 17:33:33「私には作戦がある。まだ秘密だがね……君にも教えられないよ。もうすぐ奴は手を打ってくるはずだ。そのときがチャンスだ」 ぼやかしたマヤーに、クレメルは嫉妬する。クレメルは、正直自分の考えが有効だとは思わない。 57
2016-04-24 17:39:52_もうすぐクレメルの恐れていた事態が起こる。そして、クレメルの計画はそれで封じられる。代わりの答えを探そうとしても、時間は非情に過ぎていくだけだ。 中年女性の叫び声。彼女はメルヴィを指さしている。恐れていたことが、起こってしまった。 58
2016-04-24 17:46:45「その鎖よ! あなたの荷物から出ている……その鎖、私のよ!」 「えっ、なんで……」 隣の席のメルヴィは慌てて荷物を見る。そこからは、黒い鎖が覗いていた。クレメルはこれを恐れていた。敵は手荷物検査前に、発覚させればいいのだ。 59
2016-04-24 17:51:28_方法はいくらでもある。先程解放したシルフに、追加のお願いをしてもいい。とにかく、メルヴィの荷物に隠した鎖を、露出させて決定的な証拠を作る。 クレメルは目の前が真っ暗になった気がした。これは酔いのせいではない。クレメルの推理が、敗北した瞬間だった。 60
2016-04-24 17:56:23【用語解説】 【チーズ】 灰土地域の牛といえば乗用の馬として有名な伽羅牛だが、乳を搾るために品種改良したものが古来より存在し、単に乳牛といえばそれを指す。その乳からチーズは作られるが、乳牛は灰土地域外に広がらなかった。翡翠台地ではシンリンウシからチーズを作る
2016-04-24 18:05:56