事件解決はワインを飲んでからでも遅くない#3 不器用な善人◆3
_車内アナウンスが中継駅への停車を予告する。クレメルは瞬時に決意した。席を立ち、力強く歩いていく。 「おいおい、どうしたというのだね」 マヤーもクシュスも訳が分からず後を追う。食堂車を出て、メルヴィの拘束されている空き部屋前へ。 81
2016-04-27 17:25:34_クレメルにはひとつの力強い答えがあった。マヤーが動かないのならば、自分が動くしかない。のんびりとワインを飲んでいるマヤーを、クレメルはいまいち信じ切れなかった。そのせいもある。 「止まりたまえ」 マヤーが制止する。 82
2016-04-27 17:34:10_彼女の手を振りほどいて、メルヴィの尋問が行われている場所へとたどり着いた。クレメルは辺りを見回す。普通の個室が並ぶ客車。きょとんとした顔の乗務員3人。示談を迫っていたであろう、中年女性。客室の中から、メルヴィが不安そうに覗き返す。その長い耳は、犬のように伏せられている。 83
2016-04-27 17:42:41「真犯人は、別にいる!」 クレメルは突然宣言する。一同は、唖然として一歩も動けなくなる。クレメルは振り向かなかった。マヤーはどんな顔をしているだろうか。呆れているだろうか。悲しんでいるだろうか。しかし、クレメルに後悔は無かった。 84
2016-04-27 17:49:10「証拠の一つも無しに、いい加減なことをいうもんじゃないよ!」 中年女性が慌てて口を挟む。クレメルはにやりと笑った。 「証拠……? 何を言っているんだ。俺が今から自供するんだよ。俺が……今回の事件の真犯人だ!」 85
2016-04-27 17:55:30「な、何を……」 「手口はこうだ。そこの中年女性と口裏を合わせて、標本のシルフを覚醒させ、ペンダントを探知されなくする。そして俺が、メルヴィのバッグにペンダントの鎖をいれる。後はそこの女が示談を迫る。そういうことだ」 86
2016-04-27 18:03:01「血迷ったの!? なんで無関係のあんたが私を巻き込もうとするの! こんなのおかしいわ! この狂人をどこかへ……」 「俺の自供は筋が通っているだろう。あんたは、この論理を覆せる証拠を持っているのかよ」 持っているわけがない。 87
2016-04-27 18:10:27_秘匿性の高いペンダントの鎖のせいで、あらゆる証拠に乏しく、自供した以上それを信じるほかない。そして、丁度良くメルヴィは無実を訴えている。 痩せた中年女は怒り狂う。 「大体そんなことしてアンタに何か得でもあるの!? 自首なんて、支離滅裂じゃない!」 88
2016-04-27 18:16:48_クレメルは不敵に笑う。 「決まってんだろ、仲間割れだよ。たんまり示談金が取れると思ってたのに、実際には上手くいかず、このまま一銭も稼げずに終わりだ。こんなアホな計画立てたうえ、俺の取り分は少ない。ひと泡吹かせようってわけさ」 89
2016-04-27 18:26:02_もちろん大嘘だ。しかし、メルヴィは確実に助かる。そして詐欺師の計画も丸つぶれ。クレメルが自供している以上、中年女の素性を調べないわけにはいかない。調査が長期化し、張りぼての仮面などあっという間に剥がれるだろう。 クレメルに、後悔はなかった。 90
2016-04-27 18:34:30【用語解説】 【自白】 魔法による支配はあらゆるものを変えていった。証拠など魔法でいくらでも消せるし、強力な探知魔法に引っかからなければどうすることもできない。結果、犯罪において自白が魔法の次に重視される社会となった。精神の支配による冤罪もあるが、対策しない方が間抜けという話だ
2016-04-27 18:42:50