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だよもん(礼儀正しい) @V2ypPq9SqY
禿の女たらしに見るローマ軍のブルタニア上陸にみる現代型上陸戦について
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紀元前55年 禿の女たらし率いるローマ軍一個軍団が偵察を目的としてブルタニア上陸を企図。約一万人を80隻の船舶に搭乗させる。騎兵2000 12隻は集合地点に間に合わず歩兵だけで上陸
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当初予定した上陸地点から流され白い壁の前でしばし後続の到着を待った後、約10kmほど北上し上陸作戦を開始
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ブルタニアのケルト人もこれを見て動員開始、着上陸地点に対して騎兵と2頭引き戦車での攻撃を仕掛け上陸を阻止しようとする
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これに対し上陸側であるローマ軍にはいくつかの不利があった。
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1、兵士を乗せている輸送船の船底が深く、海岸から相当離れた地点に停泊するしかなかったこと
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2、兵士も指揮官もろくに地勢状の知識のない土地での上陸作戦を決行することになったこと
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3、重い武器で両手の自由が奪われた状態で 海中に飛び込み海岸に近づかねばならなかったこと(一部小型のボートの類はあったようだが全体的には不足していた模様)
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4、それに対しブルタニア兵は波打ち際から海中まで攻め込みローマ歩兵の上陸を阻止しようとしたこと
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紀元前のこの時点で、すでに後世のガレポリやらww2のような戦闘をやってる時点でどうかと思わないでもないが、戦闘の経緯とその後の展開も機械化と近代歩兵誕生後の上陸作戦と変わらない進化を数時間で行う。まさに世界史最強のチート禿とチート軍である。以下それを記す
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騎兵、および戦車等の迎撃を受けたローマ軍は、ひるむことなく個々人で上陸を続行するが、少人数単位での上陸ではローマ歩兵の軍規と戦術を実行に移せず善戦はしていたが、苦戦していた。
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これを見た前線指揮官および軍旗持ちは自ら海中に飛び込み模範を示す。「飛び込むのだ戦友たちよ!この鷲旗を敵に渡したくないのであれば!少なくとも私は国家とインペラトール(司令官)への責務を果たす」
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現場の勇気の発露により歩兵の上陸速度は加速する。 上陸を果たした百人隊長および軍旗の周囲に集団を形成、いまだ隊形は保持できずともこの状態で戦闘を継続、又上陸に成功した小型の船舶なども盾として使用していた模様である
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この不利を見た禿の女たらし事カエサルは 同じように沖合いで待機していた船底の浅いガレー軍船に投石器やバリスタをはじめとする兵器郡を搭載し沿岸部に接近、近接上陸支援射撃を開始。
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また、一部のガレー軍船から兵器を下ろし歩兵を満載し船ごと海岸に突入、直接海岸に乗り上げた軍船から歩兵を一挙に降ろすことに成功。現代式の上陸作戦が実行に移されたわけである。
だよもん(礼儀正しい) @V2ypPq9SqY
集団で一挙に上陸したことで指揮系統が復活し隊を組んで前進を再開したローマ軍は迎撃側を駆逐することに成功、内陸部に進行し沿岸部を守る形で陣地構築し、ブルタニア側の反撃に備えこの戦いは終わる。
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この後の経緯はいろいろあるのだが、この遠征は偵察としては成功であったが遠征としてみるのならば失敗だった。現地住民が約束した人質も2部族しか約束を守らなかったと、カエサルも書き残している。
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翌54年禿は再びブルタニアに帰ってくる。
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この際禿は上陸艦隊の編成に対し次のような命令を発し上陸船団を編成した
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1 上陸作戦用に輸送船の船底を浅く作ること
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2、小回りが利き、直接上陸に使いやすいガレー型軍船の増加
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またローマ軍は前年より制圧が進んだガリアの地形の踏査を行い、ブルタニア遠征拠点に今で言うフランス、カレーに拠点を構築。
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当時イティス港とよばれたこの地点からブルタニアまでを30ローマ・マイルと計測、約7時間~8時間で上陸を行えるだろうと計画した(現代の目でみてもほぼ完璧に近い回答である)
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なおこの港湾の位置は現在のブローニュ=シュル=メールが有力視されている。ナポ公がイギリス上陸のための軍勢を集めた場所でもある。
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準備した船団の総数600隻。内ガレー軍船は28(内50隻は風に阻まれ間に集結に合わず。総兵力5個軍団と騎兵2000、戦闘員実数として約27000前後か。この兵力を率いて一挙に上陸を開始する。
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コメント

ぢぇいぢぇい(^JJ^) 🎨 🔞 @alpharalpha_jj 2011年2月5日
後半部を追加させていただきました
人里に降りてきただよもん @V2ypPq9SqY 2011年2月5日
ちょいと不足分を追加させていただきました。まとめどもどもです
ぐっちょむ @gutchom 2011年2月5日
こちらこそ、ありがとうございますです。途中で寝落ちしてしまった故。古代の戦争で既に近代と相違無い着上陸戦術が行われていたというのは興味深いですね。その後の戦術戦略にどの様な影響を与えたのか等気になります。
御神楽 紫苑 @ShionMikagura 2015年9月30日
カエサルもローマ兵も大概おかしい
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