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おおが( o ̄▽)o<※ @pspang_zapra
①TLにAmitav Acharyaの議論が流れてきたので、AcharyaやBuzanの話から始まり、いわゆる国際政治学における「西洋中心主義」批判について思うところを述べます。途中、国際政治学やってない方には本当に本当にマニアックなところがあります…すみません。ご容赦ください。
おおが( o ̄▽)o<※ @pspang_zapra
②まずアチャーリヤから。元々はIdentity PoliticsからASEAN政治を研究するというスタイルで90年代後半くらいからあちこちの有名ジャーナルに登場。基本的な議論の筋としては第三論争以降の構成主義の流れに乗って議論を展開。
おおが( o ̄▽)o<※ @pspang_zapra
③以前に論文に書いたけど、Identity Politicsからの地域主義論になるので、グローバル・システムから地域主義の位相を論じるカッチェンスタインなんかとはかなり論調が異なる。地域主義論における北米型構成主義とアジア型構成主義 catalog.lib.kyushu-u.ac.jp/handle/2324/17…
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④アチャーリヤについては地域主義研究+構成主義というのが2000年代半ばくらいまでの大方の評価ではないですかね。その後2009年にB.BuzanとNon-Western International Relations Theoryを出します。
おおが( o ̄▽)o<※ @pspang_zapra
⑤Non-Western International Relations Theory: Perspectives On and Beyond Asia... amazon.co.jp/dp/0415474744/… via @amazonJP
リンク www.amazon.co.jp 2 Amazon.co.jp: Non-Western International Relations Theory: Perspectives On and Beyond Asia (Politics in Asia): Amitav Acharya, Ba Amazon.co.jp: Non-Western International Relations Theory: Perspectives On and Beyond Asia (Politics in Asia): Amitav Acharya, Barry Buzan: 洋書
おおが( o ̄▽)o<※ @pspang_zapra
⑥Barry Buzan(LSE)のほうは、90年代以前は安全保障研究、90年代以降はコペンハーゲン学派でOle Waeverとの仕事が目立つ感じ。90年代後半以降は英国学派を積極的に提唱します。
おおが( o ̄▽)o<※ @pspang_zapra
⑦90年代から2000年代くらいのイギリスの学界の雰囲気として「構成主義って英国学派の焼き直しでしょ?」という雰囲気が強いので、基本的に構成主義の議論と英国学派の議論は重なってきます。ちなみにイギリスIRと英国学派はイコールではありません。英国学派はイギリスIRの一派に過ぎない。
おおが( o ̄▽)o<※ @pspang_zapra
⑧ブザンについてはコペンハーゲン学派+英国学派あたりが理論的な主戦場。伝統的安全保障研究から非伝統的安全保障研究に行きつつ、同時に理論研究というスタイルです。またブザンはEU推進派でアジア地域主義にはかなり悲観的(批判的)なので、地域主義論ではアチャーリヤと立場が異なるはず。
おおが( o ̄▽)o<※ @pspang_zapra
⑨宣伝で恐縮ですが(ホントすみません…)、アチャーリヤ=ブザン(2009)については昔書評を書きました。 catalog.lib.kyushu-u.ac.jp/handle/2324/14…
おおが( o ̄▽)o<※ @pspang_zapra
⑩西洋中心主義批判ということをちょっと考えてみたいのですが、イギリスIRの主たる観点で言えば、国際政治学それ自体が西洋中心の世界観の表明であり、むしろそれを克服していかなければならないということになるのでありますが…(ポストモダンIR、批判的安全保障研究なんかはほぼそのままこれ)
おおが( o ̄▽)o<※ @pspang_zapra
⑪じゃあアメリカのネオリアリズムなどは西洋中心主義を擁護(または体現)しているか?というと、必ずしもそうとは言えない。例えば「大国中心の政治」を研究することが国際政治という現象の解明につながるのだというウォルツのような立場に立てば西洋中心主義と結果として結び付くところもでてくる。
おおが( o ̄▽)o<※ @pspang_zapra
⑫他方で、リアリズムの中でも西洋中心主義批判というのはあって、例えばギルピン(War and Change, 1981)は西洋中心主義には批判的。 amazon.co.jp/dp/0521273765/… via @amazonJP
リンク www.amazon.co.jp Amazon.co.jp: War and Change in World Politics: Robert Gilpin: 洋書 Amazon.co.jp: War and Change in World Politics: Robert Gilpin: 洋書
おおが( o ̄▽)o<※ @pspang_zapra
⑬というのは西洋中心主義の帰結は「グローバル社会の到来」に見られるようなリベラル・ユートピアと彼はみているので、そういうものには慎重でなければならないという立場なわけです。彼は西洋中心主義が国際政治学の発展を妨げてきたとまで言っています。
おおが( o ̄▽)o<※ @pspang_zapra
⑭西洋中心主義批判というのは国際政治学の中で、決して新しいものでも珍しいものでもなく、議論としてはかなり昔からあるものです。重要なことは「西洋中心主義」と言ったときに論者は「西洋」に何を見ているか?
おおが( o ̄▽)o<※ @pspang_zapra
⑮リアリストはリベラル・ユートピアこそが西洋中心主義でありそれを克服すべきという。ポストモダンを筆頭に第三論争以降の人々は北米のリアリスト・ヘゲモニーこそが西洋中心主義でありそれを克服すべきという。
おおが( o ̄▽)o<※ @pspang_zapra
⑯つまり、西洋中心主義の克服というひとつの問題意識があるというよりは、西洋中心主義という言説をめぐって理論的な陣地戦をしている(西洋中心主義を克服するためには○○理論が必要だ!)…というあたりが実情に近い理解ではないかと思います。
おおが( o ̄▽)o<※ @pspang_zapra
⑰先の書評にも書いたのですが、非西洋的な言説を(西洋の)国際政治学の文脈に持ってくる(つまり西洋の国際政治学の欠如を充填する理論として非西洋の政治論を消費する)というのはどうなんでしょう?というか、否定はしないけどもう少し慎重であるべきなのではというのが個人的な本音に近いです。
おおが( o ̄▽)o<※ @pspang_zapra
⑱それは結局、西洋のコンテクストで非西洋の思考、言説、事象等を消費するということに過ぎないので、かたちを変えたオリエンタリズムなのでは…ということをここ5年くらいは考えています…。
おおが( o ̄▽)o<※ @pspang_zapra
⑲その意味で、欧米中心主義を克服する(克服すべきだ)という命題の是非自体はそれほど重要だとは思っていなくて、「欧米中心主義を克服する」という言説が国際政治学の理論展開にどのような影響を持っているか?持ちうるか?というのが私の問題意識には近いです。長くなりましたが以上です(終)。

コメント

おおが( o ̄▽)o<※ @pspang_zapra 2016年5月2日
まとめていただき有難うございます。
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