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もか🍎🦜11/18〆10/20 @mocarain
士農工商が江戸時代の閉鎖的な身分制度の名称だと思っていた昭和〜平成初期生まれのみんなーーーーー!!!今はもう教科書に士農工商は載ってないから気をつけてねーーーーー!!!! pic.twitter.com/aEl5tV3g7m
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もか🍎🦜11/18〆10/20 @mocarain
たしかにあの時代武士とか農民とかそういう身分の違いはあったけど、「武士が一番上で商人が一番下」「商人の子に生まれたら一生別の身分にはなれない」みたいな絶対的なカースト制度があったわけではないから、身分制度として士農工商という単語を教科書に載せるのはやめになったそうな
HellcatFU @doracatFU
士農工商がなかっただと・・・・!?
佐藤健志(sugar)煮豆だいすき @khronos442
マジで! 大化改新に次ぐ春の個人的ショック第二弾だわ
小川レイ@エクバ2 @OGA_Shinpi
社会/歴史が大の苦手だった俺が唯一覚えられた単語、士農工商が,,, twitter.com/mocarain/statu…
いつく @oxo_1tk_xox
ほあーそういえばそんなワードもありましたね…歴史も進化してる、って言い方変だけど、こういうこともあるんだなぁ
薄丸★eternal兎廃 @usumarun
士農工商なかったの!? 穢多非人は? >RT
@unagi91
マジかよ… TOKIOを呼ぶのに「彼らを表す単語として農ドルでは生ぬるい…士農工商ドルなのでは…」とか密かに思ってたのにこの呼称ダメになったのか…
殿!電柱でござる @chada007
ドンピシャ昭和生まれだから無くなったの知らんかったわ〜 twitter.com/mocarain/statu…
ジャンブラー @jambler_gloggy
え?まじ? 鎌倉幕府は良い国作らねぇし義務教育受け直した方が良いんじゃなかろうか? twitter.com/mocarain/statu…
こりん @solt517_ENDer
1192作ろうも 聖徳太子もいなかった説 思いだした twitter.com/mocarain/statu…
紅カラス @krs_a
そうなんや…なんか時代によって内容が変わっていく歴史…
海奈 @mina_ay
教科書の内容って頻繁に変わるんだってね
はつき @Hatuki_Day
なるほど、俺は武士の生まれだーと威張り散らしている人は、可哀想な人と思えということか。 twitter.com/mocarain/statu…
DORIRU @DORIRU_
つまり「さとり世代は士農工商すら知らない」なんて馬鹿にしちゃいけないって事か・・・ twitter.com/mocarain/statu…
ゆい @realadaydear
@mocarain この前中学生の子どものテスト勉強に付き合ったとき、士農工商の言葉が教科書にないこと知りました…。士農工商知らないの?知らねぇ~って、当たり前でしたね。
伊勢えびさん @ver3gonn
…そうだったんだねぇ。学生さんに聞いてみるか、教科書見せてもらお。 twitter.com/mocarain/statu…
w@mo×SQエドOG @w_maximumdrive
部分的に変更されてる事は知ってたけど、こりゃ長女の教科書を借りて目を通そうかな。 twitter.com/mocarain/statu…
神武ひろよし @Hiro_kohtake
へーー!>RT 自分の頃に習ったこととすり合わせをしたいから、たまに教科書読みたくなるなあ 恐竜とか今どうなってるのかわからないしロマン的には知るのもちょっと怖い
ツキシマ @Aw139agusta301
危ない危ない息子に将来知ったかしないようにしないとだな twitter.com/mocarain/statu…
bansan2.0🌾新作おねショタADV販売中 @bansan111
まじかよもう日本史の知識ないも等しいわ
sazuki @sazuki0203
生物(古生物含む)や宇宙(物理学その他含む)についての知識だけでなく、歴史も学び続けなくなればいけないということか…。 twitter.com/mocarain/statu…
こしばだいし@毎週月曜夜キャス配信 @k_daishi
鎌倉幕府の年代も変わってるし、色々と変わるものだなぁ・・・勉強は続けないとだめになるわね twitter.com/mocarain/statu…
くまにあ @rilamania
歴史は顕著だけれど、ほかの科目でも新しい発見や研究で教科書に書いてあったことなんてあっさり覆る。でも既に卒業してたり履修済みだったりだと新しい情報に更新する機会ってなかなかない。アンテナは広くありたいものだな。 twitter.com/mocarain/statu…
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コメント

未知神明(みちがみ・あきら) @ontheroadx 2016年5月2日
ウィキペディアにはその後に「なお、上記はあくまで近世日本に「士農工商という身分制」が存在しないということであって、「士農工商」という言葉は当時も(本来の意味で)用いられており、「身分制」も存在していることに注意されたい(実際の身分制については士農工商#歴史を参照のこと)」と続いています。ウィキペディアだけど。
叢叡世Степин Будимир @kusamura_eisei 2016年5月2日
別に流動的だったんじゃないの?
nekosencho @Neko_Sencho 2016年5月2日
大金払って武士の株買って武士身分になったなんて話もあるくらいだし、がっつり固定ではないものの大金払う価値がある程度には身分の違いはあったんじゃね?
アストラゴン@web売文家 @asutoragon 2016年5月2日
士農工商は産業分類の話。一次産業二次産業というアレよ
ジョらえもん(JORA) @JORA_JORAEMON 2016年5月2日
教科書に士農工商が載せられなくなったのは、過去の日本人はこんなに差別的で残酷だったんですぅ~っていう自虐論の都合いい例として扱えなくなったからじゃねーの?と邪推。士農工商という言葉自体は古代中国から伝わってきてずっと日本にもある言葉だし。
ハチマキくろだ@BC合同誌の通販はじめました @hatimaki_kuroda 2016年5月2日
豪商の才谷屋がわざわざ土佐郷士の坂本家の株買ってるって、どんだけ武士とそれ以外の差があったんだっていう話ですね。
nekosencho @Neko_Sencho 2016年5月2日
asutoragon さすが東京書籍さん、わかりやすいな
CD @cleardice 2016年5月2日
なるほど、「農>工>商」が適切じゃないって理由が大きいのか
竹永@2 @takenaga51 2016年5月2日
歴史は更新されていくもの
NTB006 @NTB006 2016年5月2日
公家武士とその他。という身分制度だったと言う事?
cafe氷 @plz_sebi 2016年5月2日
士-百姓・町人が基本で、境目はかなり曖昧だったと認識している。下級武士と庄屋階級の婚姻は普通にあったし、百姓身分の人物が届出ひとつで浪士になってたりもする。
black.king @northern_shower 2016年5月2日
平成12年から士農工商が教科書から消えてたという事実に衝撃。 あと、学校の歴史の先生もこういう変化にいちいち対応しないといけないから大変だな。
セバスチャン小林(裏) @Dongpo_Jushi_x 2016年5月2日
まあ、「高校でも400年前の学説を習う数学、小学生でも最新の学説を習う歴史」と言いましてな。
アルビレオ@炙りカルビ @albireo_B 2016年5月2日
江戸時代は儒教が重視されたので「生産者=農民を重視せよ」「商売は生産せずに利益のみを貪るから卑しい」みたいな考え方はあったと思う。明確な制度としてはなかったけど、そういう観念というか為政者としての心構え的なものとしての農、工、商の優先順位はあって、それが後の時代に混同されて制度的なものみたいに思われてたんだろうね
sho_Yal @YaltSho 2016年5月2日
「士農工商」という言葉も、「身分制度」もあったけど、「士農工商という身分制度」はなかったということ。
時計じかけのミカン @mkn_inv 2016年5月2日
確かに商人から下級なら武士になる道もあったし、逆もまたあり。実は士農工商の間で人が流動していたんだよな。
腐ってもエビ @kusattemoevill 2016年5月2日
そも江戸時代の武士は≒公務員なので「上の身分を金で買う」とかそんな単純なだけの話でもない(商人なら尚更)
腐ってもエビ @kusattemoevill 2016年5月2日
むしろ末端武士は金がなくて仕方なく株を売っていた、という話もあり、それなら商人のほうが立場的には上とも言える
ehoba @htGOIW 2016年5月2日
albireo_B その思想は割とどの文化圏にもある
こぎつね @KogituneJPN 2016年5月2日
Neko_Sencho 士分は支配階級だから普通に身分ですよ。それ以外の農工商の部分に差がなかったという話
冷たい熱湯 @Tuny1028 2016年5月2日
当の江戸時代の人はもちろん士農工商の実態をよくご存知だったはずだから、歴史が改まったというより明治以降のいつかに失伝していたってことだよね
謎の男 パーマン @nonenoname01 2016年5月2日
「農民の身分はその地位に縛られて移動出来ない」みたいな記述のある学習漫画を読んだ記憶がw…こういうのは「歴史修正主義」って叫ばないんだよなぁ…
川田清貴 音響効果 @kksoundeffect 2016年5月2日
教科書の出版社に負担を掛けたい訳じゃ無いけど出版年度からのアップデート内容を何処かに纏めてくれてもいい様な。義務教育下で採用される訳で一定程度責任はあってもいい様な。
じーさん @GAS474 2016年5月2日
kksoundeffect  教科書検定をしている文部科学省ですかね。 どうせなら、より正確な内容を知りたいですし、子供たちと話題を合わせたいです。 私は、使っていた教科書の出版社も忘れてしまいましたし、出版社には倒産してしまう所もあるのでしょうから。 >アップデート内容を何処かに纏めてくれてもいい様な。
はんぺん @postsop 2016年5月2日
篤姫が島津本家の養子になって斉彬の娘となり、そこからさらに公家の養子になって徳川に嫁いだというエピソードがあるけど、身分ロンダリングというか家ロンダリングというか、身分制度があるなかでもいろんな抜け道があったんだろうなと思う。
ロンマニア @LiongHMD 2016年5月2日
そういえば最近の同和教育で『オールロマンス事件』取り上げないな、と思って調べてみたら、そもそもあれは差別懸案ではなかったということになっていてもの凄くびっくりした。
MO-85(1/19 湯元温泉~小峠~刈込・切込湖~湯元温泉) @MO_85 2016年5月2日
なんかの歴史学習漫画で「江戸時代には厳しい身分制度があって、勝手に他の身分に移ることができなかったんだ」と解説している一方、他の章で農家の末っ子だかが町の商家に奉公に出てて「……ええ?」ってなったことがあったなぁ
すんすけ @tyuusyo 2016年5月2日
albireo_B それはあるにはあるんですよ。(実は商人や職人はいらないんじゃねとか言っている学者の本業が鴻池の番頭だったりする)ただ、戦前の本庄栄治郎氏の頃から既に「建前では商人は武士より下ってことになってるけど、実際は武士は商人に頭上がらないよね?」という指摘は有りました。それがさらに最近になって「貧農史観そのものがおかしくね?」「農民や商人でも武士になってるのがいるけどなぜだ?」とツッコミが入って「じゃあ士農工商を教科書載せるのやめようぜ」ってことになったのですね
アルビレオ@炙りカルビ @albireo_B 2016年5月3日
MO_85 農地を放棄してよその土地へ行くのは重罪だけど、相続する農地のない子にはうるさくなかったみたい
アルビレオ@炙りカルビ @albireo_B 2016年5月3日
江戸時代の相撲取りは「相続できない一代限りの武士」扱いで、それぞれどこかの大名や旗本のお抱えでした。関取になると大銀杏を結えるのはその名残です。髪形は身分を表すものとして厳しい規制があったので
アルビレオ@炙りカルビ @albireo_B 2016年5月3日
tyuusyo あったのですか!まあ時代や地域にもよるだろうからめんどくさいですねー(封建制なので藩によってルールがぜんぜん違う世界だし)伊能忠敬みたいな「名字帯刀を許された」を武士にカウントするかどうかも見解が分かれるらしい
こぎつね @KogituneJPN 2016年5月3日
nonenoname01 ヨーロッパの農奴制と同一視しちゃってるのは、共産主義が流行した当時の世相を反映してそうです
こぎつね @KogituneJPN 2016年5月3日
戸籍みたいなもの(宗門人別改帳)は存在するし、逃散したりして制度から漏れると権利が制限された(非人)のは事実。ただ、農工商間の身分移動の制限があったとは言えないということ。
とっち.opanpon @totty2nd 2016年5月3日
ガキん頃「農民は農村に縛りつけられ身分の移動は不可能だった」って習った時は、「じゃあなんで松平定信が帰農令出すほど江戸に出てきた農民が多かったの?」とか「丁稚奉公とかはどうなん?」って腑に落ちなかったし「庶民には名字は無かった」ってのも「一揆とかだと庄屋ですらない一介の農民まで名字が分かってるのはどゆこと?」って疑問が拭えなかった。だから近年の「中級以上の武士を除けば身分の移動は厳密ではなかった」「実は庶民も名字を持ってた」という説はむしろ納得がいったな。
魔法🌸うらえんと💐幼女 @FLpn0 2016年5月3日
士農工商は職業分類で、職業選択の自由が乏しかったので「職業隷従」という身分ではなくて職分制度。外れるのが穢多非人や宗教の坊さん尼さんとか天皇や皇族とか色々あったわけで。
有村悠%1/22砲雷撃戦・に-10 @y_arim 2016年5月3日
「正確な記録がよく解らない時代の事なんか詳しくやる必要ない」に閉口
すんすけ @tyuusyo 2016年5月3日
albireo_B 仰るとおりすごく面倒くさいんですよ。上流の商家は儒学を受容するから平気で「商工は不要」とか言い出してしまう。成功した現代の社長がシバキ主義なのとおんなじ。更にややこしいことに歴史学研究が進んで「武家奉公人」という謎の階層が出てきまして、これが下手をすると近藤勇の実家まで含むんですね。
佐渡災炎 @sadscient 2016年5月3日
藩によっては、食い詰めた武士が副業として大工、建具屋、左官屋等をやるにあたり、町人百姓がこれらの職に就くことを禁じていたりしたわけで。士農工商が序列では無かったことの証明でもある。
アルビレオ@炙りカルビ @albireo_B 2016年5月3日
totty2nd ひとつの理由として領民の統治は各藩の管轄なので「藩の領内を出てしまえば外国同然」だったというのがあると思います。領民の台帳などを他藩に見せることはまずなかったろうし、殺人などを犯していたら自領内でもトラブル起こす可能性があるだろうけど、離農者程度では他藩の取り締まりなどに協力したとはあまり思えない。ルールやその運用状況も藩によって違うので「江戸時代はこうだった」と一概に言えないことが多くなると
asada134 @asada1236 2016年5月3日
だいたい明治政府のせい
うにうに @wander_wagen 2016年5月3日
おいおい、いつも歴史修正主義批判してる奴はどこ行ってんだ?
🍵昴hey🍵 @subaru2101 2016年5月3日
士農工商が上下関係もないし身分制度の区分ではなかったてことね。
サスガ @tigercaffe 2016年5月3日
士農工商なんて荻生徂来の頭の中にしかなさそう、という認識。儒学者の間には確実にありそうな思想ではあるけど、通俗的かと言われると甚だ疑問、という感じだった。
言葉使い @tennteke 2016年5月3日
なんだかんだ言っても志願して自衛隊に入る人のことを「経済的徴兵制!貧しい人が自衛隊に入るしかないように制度を作っている!」と騒ぐ馬鹿には、この議論は無視する。士農工商は確固とした身分制度であり、他の身分に移ることなんて許されない、職業選択の自由が存在しない暗黒時代だったんだ!と騒ぐ馬鹿ども。
ぼんじゅ〜る・Fカップ @France_syoin 2016年5月3日
まぁ無礼打ちの逆襲で農民に殺される侍の話もあるし、穢多非人でも殿様と会ったりしてるしなw結局八十年代ってのは左巻きが歴史捏造しまくった時代って事なんだろうなw
マガミ@「南洋通商」二日目29日 西4D78b @ryuya_magami 2016年5月3日
変化を知ることができる。これだからネットは有り難い。
有村悠%1/22砲雷撃戦・に-10 @y_arim 2016年5月3日
これ実証研究が進んで主流学説が変わったという話で、捏造云々じゃないんだけどなあ。
ナカイサヤカ@翻訳と英語と出版 @sayakatake 2016年5月3日
歴史なんだから、中世の武士は農園主だったとか、古代の部民→職人・芸人と言う流れや、楽市楽座はなぜ画期的だったのかとか、その辺から考えていけば、なんでこう言う流れになってきたのかも理解しやすいはずだけど、学校で習う歴史は歴史であって歴史学じゃあないからなあ。
ナカイサヤカ@翻訳と英語と出版 @sayakatake 2016年5月3日
英語教授法のセミナーで講師の先生が「歴史と違ってと英語は生きていて変化する」と言ったので、思わず「歴史もすさまじく変化します」って発言しちゃったのだけど、歴史学ってダイナミックな世界なんですよー。
ナカイサヤカ@翻訳と英語と出版 @sayakatake 2016年5月3日
私は80年代に歴史の学生だったから「マルクス史観」のひどさは体験してるけど、あれがすべての原因ではなく、歴史は刻々と変化しているのです。
tomo @tomo_091519 2016年5月3日
この問題も「科学で歴史を解明する」社会共産主義のイデオロギーによる階級史観で、歴史改変された一例。この階級史観に逆らうと「歴史修正主義者」と総括されます。 左から、歴史修正主義者との声が出たら、其れはイデオロギー解釈に干渉するのは許せない。社会共産主義者の目線が正しい歴史だ。と主張されて居るだけで、内容には何ら根拠は有りません。
メメタァ @memetaa_77 2016年5月3日
一方パヨクはカムイ伝を歴史資料として持ってきた
お猿さん@轟驫麤 @mamachari3_Jpn 2016年5月3日
日本地図つくった伊能忠敬の経歴追っかけると:名主の三男坊として誕生→母親が死んでしまい婿養子だった父親が実家に出戻るものの、忠敬は暫し名主の家で育てられる→父親の実家(酒造家)に引き取られる→酒造家である伊能家の跡継ぎとして婿入→伊能家は酒造の他、金貸しや水運でも事業を営んでいたが天明の飢饉などで大きな功績をあげたので地頭から帯刀を許可される→蝦夷地測量の際に幕府からも帯刀を認められる。 農工商、一通り経験して最終的には郷士に近い身分になってんのよね。
清水代歩 @kaho_biz 2016年5月3日
tomo_091519 こういうのはマルクス史観だけじゃなくて、江戸時代を実際以上に悪く言うことで明治維新を正当化する「薩長史観」というのもあったんですよ。
言葉使い @tennteke 2016年5月3日
江戸時代の農民も名字を持っていたし、刀を持っていた、禁止されるのは名乗ること持ち歩くこと(だから帯刀)で、農民の側も一揆で刀は自粛して使わない、使ったら単純所持も禁止になるから、と別のまとめで教えて貰った。
たちがみ @tachigamiSama 2016年5月3日
義務教育受けたのにそんなことも知らないの低学歴案件になるまえに知ることができてよかった しかし10年後はわからない
rti @super_rti 2016年5月3日
マジかよ。 と、いうことは、武士とかの特権階級(貴族)とそれ以外(平民・ゴミ)だったのか。 明治維新後も、華族とそれ以外と続いたのか。 現代だと、上級国民とそれ以外だから、時代がかわってもあんまりかわんねーなw
nob_asahi @nob_asahi 2016年5月3日
しっかり士農工商習った世代だが、あれを身分制度とは習わなかったなぁ。士農工商が四民(臣民)であって、その格順に並んでいると教わったけど。
電子馬🅴 @Erechorse 2016年5月3日
歴史って本当変な妄想に基づいて作られた部分が多々ある学問だよな
もするさ§( •̀ᴗ•́) @mosurusa_0806 2016年5月3日
公家と士分と庶民……だよ。公家が別格で士分と庶民の間には行き来があるけど、公家とそれ以外は断絶している。
Har. @Har7201 2016年5月3日
コレは勉強し直さないと、知識更新してないの?とか言われそう
seidou_system @seidou_system 2016年5月3日
歴史修正主義者のー陰謀に違いないー(棒
あおい @aoi_shirasagi 2016年5月3日
そもそも身分制度=カースト制度みたいな厳格なものって考え方自体がおかしいのではないか。日本の価値観より外国の価値観基準にして考えるなよ…。 しかし30代のおっさんだけど同じく身分制度として教わったっけ?どちらかというと道徳の方でそういうへんな話持って来られた記憶。
アストラゴン@web売文家 @asutoragon 2016年5月3日
こういう修正を繰り返すことを元もと「歴史修正主義」とよんだけど、歴史修正主義にカッコつけて「ホロコーストは捏造DA」とプロパガンダばら撒くアホが現れたので、歴史修正主義は極右へのレッテルとなってマトモな人は自称しなくなった経緯があります。
まんりき @manriki 2016年5月3日
士農工商はなかった=平等って意味はないんだが誤読してるとしか思えないコメントも。
お猿さん@轟驫麤 @mamachari3_Jpn 2016年5月3日
memetaa_77 急進派は忍者武芸帳までも引っ張り出してきた。その頃、ノンポリ界隈では忍者無芸帳が引っ張りだこだった。。。
ジョージ2世 @GEORGE221 2016年5月3日
商家の丁稚は自由な町民ではなく、奴隷のような扱いで結婚もできなかったみたいな話をどこかで見たな。
旧屋草一 @togetter_yo_aco 2016年5月3日
「聖徳太子はいたのかはわからんから一応名前覚えといてね。重要なのは蘇我さんだから」って言われたな
有芝まはる殿下。 / 𝕴.𝕳. 𝕸𝖆𝖍𝖆𝖑 𝕬𝖑𝖞𝖘𝖍𝖊𝖇𝖆 @Mahal 2016年5月3日
身分制の定義として「身分間の移動の不可能性」みたいな概念を含むなら、江戸期の本朝にそれは妥当しないけど、生まれ持っての地位は存在するし被差別階級も存在するって意味の「身分制」は残っている、と。
キン大マグロ @lamershi 2016年5月3日
300年後院卒、大卒、高卒、中卒が差別用語ではないと知り驚くとある列島の住民の姿が!!!
清水代歩 @kaho_biz 2016年5月3日
Mahal 前近代の欧州でも金で貴族の地位を買ったり大工の子供がローマ教皇になったりはあったんですよ。
T.Nakagawa @nora1962 2016年5月3日
「士分」とその他は一線あったでしょう。金銭で武士身分になれても、逆言うとそうした手段を取らないと士分になれない(功績などでの士分取りたてはあるけど)。 苗字帯刀が許されても士分になるわけではない。足軽は士分とは異なる扱い、明治維新後には士族編入された例が多いようですが。 士農工商以外の賤民の存在を忘れてはならない。
きゃっつ(Kats)⊿1/19日向坂京都個別 @grayengineer 2016年5月3日
『庶民には名字は無かった』については別姓選択制を推進する民法改正運動家たちはまだいまだに言ってますね。私は80年代に史学科にいましたけど、当時から民衆史界隈では庶民の名字の存在は常識でした
きゃっつ(Kats)⊿1/19日向坂京都個別 @grayengineer 2016年5月3日
歴史学はむしろ過去の定説が覆っていくところにこそ面白みがあるんですよね、そもそも
柴宮両兵衛(伊予守・重高・幻鶴) @ShibamiyaRyobee 2016年5月3日
士農工商はいいとして,最新の教科書に載ったから正というのも早計。上でも何人か言及している鎌倉幕府の成立年も「実質成立していたようなもんである」なんてヘンなこじつけで変えられてるし
ぉざせぃ @hijirhy 2016年5月3日
士農工商ってバッチリ習った世代だけど、士分はともかく農民が職人や商人より高い身分で権力持ってたとか思ったことないけどな。みんなそういう認識だったんじゃないの?わざわざ教科書から消す必要あったの?
きゃっつ(Kats)⊿1/19日向坂京都個別 @grayengineer 2016年5月3日
ShibamiyaRyobee その理解はちょっと違います。「そもそも『幕府』って何なんだっけ?」という定義の部分が見直されたことによって、将軍宣下はあくまで形式であって幕府の成立に必須なわけではないのでは? ということになった、ということです(もちろん異論も存在します)。
柴宮両兵衛(伊予守・重高・幻鶴) @ShibamiyaRyobee 2016年5月3日
grayengineer 故に「ないのでは?」程度で載せてしまうことを問題視しているわけです。結局室町や江戸との整合もおかしくなっているわけですから,幕府を定義しなおすにしても確定してからでしょう
きゃっつ(Kats)⊿1/19日向坂京都個別 @grayengineer 2016年5月3日
ShibamiyaRyobee 「確定」はありません。歴史学は法律ではないので評決を取って結論をひとつにまとめる、ということはしません。
きゃっつ(Kats)⊿1/19日向坂京都個別 @grayengineer 2016年5月3日
ある人が神様のお告げを聞いたと称してあるときに宗教活動を始め、その何年か後に宗教法人化したとして、その宗教法人化(公的な名目上の成立)を「はじまり」とするか、宗教活動の開始(実質的な活動開始)を「はじまり」とするか、というような話と同じ感じです。昔は朱子学の流れを組む東大史学が強かったので名分論が主流でしたが、最近はその影響が弱まって実質論のほうが有力になってきている、ということです
Naruhito Ootaki @_Nekojarashi_ 2016年5月3日
んー? 士農工商が「士>農>工>商」でなく「士>[農工商]」だったってことくらいなら昭和でも教えてたでしょ?
柴宮両兵衛(伊予守・重高・幻鶴) @ShibamiyaRyobee 2016年5月3日
grayengineer 繰り返しになりますが,そういう曖昧なものを検定教科書に載せることを疑問視しています。勿論学界では今後も議論があって良いですが,検定上は幕府をどう定義するかは固まっているべきでしょう。安土幕府説や,見解が分かれがちな「戦国時代の終了年」などをわざわざ載せないのと同じことです
清水代歩 @kaho_biz 2016年5月3日
私は明確に「士>農>工>商」であったと習いましたな。歴史の授業だったかそれ以外の同和教育とかだったかはうろ覚えですが、とにかく授業でそう習いました。大学に入ってから当時の最新の研究として貧農史観の見直しとかの話を聞いて面白かったです。
九銀@半bot @kuginnya 2016年5月3日
勉強するだけ徒労感
武信貴行★ダメ人間第一号 @take_noble 2016年5月3日
職分制なんだけど、欧州の貴族制みたいな身分制と確かによくごっちゃになってるわな。
きゃっつ(Kats)⊿1/19日向坂京都個別 @grayengineer 2016年5月3日
ShibamiyaRyobee 曖昧とか確定とかいう話ではないです。将軍宣下の時期など事実関係は割りとはっきりしているわけで。違うのは「何をもって幕府の成立というか」という点で、これは結論は出せません。
アルビレオ@炙りカルビ @albireo_B 2016年5月3日
kaho_biz 「江戸城を作ったのは徳川家康じゃない」とするために太田道灌を持ち出したり、「武家政権は天皇から権力を奪った悪者」という国学史観で「南北朝は南朝が正統」として楠正成を英雄視したり、いろいろありますよねぇw
氷雨(鴎) @kamome54 2016年5月3日
それで説明つかないことが多いですもんね
ut_ken @ut_ken 2016年5月3日
ShibamiyaRyobee 何か勘違いされてるようですが、鎌倉幕府の場合はそもそも「鎌倉幕府という組織が発足した」と明確に区切りがつく一つの出来事が無いのです。ただしそれぞれの出来事自体ははっきりしています。なので現在の山川の教科書では「東国支配権を認められる」「守護地頭を認められる」「上洛と右近衛大将任官」「征夷大将軍任官」と複数の出来事を列挙して、段階的に鎌倉幕府が成立していったと記述しています
yamazaks @yamazaksv2 2016年5月3日
え?それは知らなかった(^_^;)
ut_ken @ut_ken 2016年5月3日
albireo_B 楠木正成については誤解してます。正成はそもそも江戸時代以前や初期から「太平記」によって非常によく知られて人気の高かった武将。それを前期水戸学などが朱子学的英雄と位置づけを追加したが、この時点では武家政権を悪とまでしていない。また前期水戸学などの時点では南朝は「政権の正統性の定義上はこちらが正当」というだけで、後醍醐天皇は批判されていた。これが江戸時代後期、幕末、明治と進むにつれて、南朝と正成の絶対化が進んでいった。
柴宮両兵衛(伊予守・重高・幻鶴) @ShibamiyaRyobee 2016年5月3日
ut_ken明確に成立年は定義しにくいとして過程を分割して書くことを選択したものは問題視していません。「教科書の記述が変化している。鎌倉幕府の成立年は変更された」とよく喧伝されていることを疑問視しています。
水野修平 @mizunosyuhei 2016年5月3日
そもそも「幕府」という言葉自体が用いられ始めたのは江戸時代になってからといわれているし、「藩」に至っては江戸時代の儒学者が古代中国に憧れて大名の領国をそう言っただけで、公式に採用したのは明治政府だしね。
ut_ken @ut_ken 2016年5月3日
士農工商については、山川出版社の20年以上前の1994年(平成6年)『新詳説日本史』では、「幕府や藩は、支配を維持し強固にするために、社会秩序を固定しておく必要があった。そのために士農工商という身分の別を立てた制度を定め~」と、『制度』扱いになってます
じーさん @GAS474 2016年5月3日
もう、歴史のことは、ジョン・タイターに教えてもらいましょう。
gomataro @gomataro555 2016年5月3日
昭和時代には士農工商犬SFとかいう話もあったなあ……
シン @saeki_s 2016年5月3日
士>農>工>商>えた>非人という序列を作り、下と下とで相争わせることで徳川幕府は秩序維持をした~ってのがようやく教科書でも否定されたという理解でいいのかな。 教科書で弾左衛門って習った記憶ないし、あの辺りはなんか適当だった覚えがある。
ut_ken @ut_ken 2016年5月3日
ShibamiyaRyobee 山川「詳説日本史(日本史B)」を確認したうえで。安土幕府論なんて、そもそも主流になってない説の一つにすぎないのですが。教科書では「織豊政権」と書かれてて、とりあえずそれで済む話ですし。あと、戦国時代の終了ですけど、秀吉が北条と東北を屈服させた1590年が一応一区切りにあたりますね。
ut_ken @ut_ken 2016年5月3日
ShibamiyaRyobee 実際変わってるのですから。同じ山川の高校用日本史教科書で1994年版では1192年の征夷大将軍任官で鎌倉幕府成立と明言してますが、学説の主流の変化で、2014年版では先に挙げたように複数の出来事を列挙しその中でも1185年の守護地頭の設置を強調する記述に変化している。
cafe氷 @plz_sebi 2016年5月3日
mosurusa_0806 公家も別に断絶してないですよ。上級武士は公家兼務。御三卿って言うでしょ。一橋慶喜の京都時代の役職、禁裏御守衛総督兼摂海防御ってのはアレ、朝廷の役職で、公家じゃないとなれません。実質としても彼は宮廷政治家だった。
らゐねっく甲甲甲甲甲乙 @wryneck99 2016年5月3日
伊藤博文だって農民の家に生まれてるわけですし
アルビレオ@炙りカルビ @albireo_B 2016年5月3日
ut_ken なるほどそういうプロセスを経ていたんですね。楠木正成は江戸時代でも無名というわけではなかったくらいは聞きかじってましたが、維新以後のプッシュがものすごいからなぁw
BlueSiberia@名前欄が50字も使えるのでネタを考えなければならないと思っているがネタが思い @BlueSiberia 2016年5月3日
tomo_091519 歴史改変というよりは、当時はマルクス主義が当然視されていたので、それを通して見える歴史を記述していたのですね。意識的な歪曲ではなく、時代の反映なのですよ。悪の組織が意識的に歴史を歪曲して宣伝していたという陰謀論みたいなことはなくて。
緋絽(ひーろ)§冬眠したい @hi_ro99 2016年5月3日
士農工商は階級じゃなくて、区分ってことか。そう言われればそうかもな、貴族庶民とかのほうが階級だろうしな
清水代歩 @kaho_biz 2016年5月3日
武士とそれ以外の違いよりも、武家社会内部での家格の違いや農村での本百姓と水呑百姓の違いとかの方が生活に密着してる分だけ窮屈だったようですね。
アルビレオ@炙りカルビ @albireo_B 2016年5月3日
伊能忠敬:測量チームには武士もいただろうし各地の役人との交渉も必要なので武士でないとチームリーダーになれない。ジョン万次郎:アメリカで学校に行っていたので知識の宝庫だけど、武士が漁師から教えを受けるわけには→武士に取り立て。大村益次郎:学歴は立派でも農村の医者を指揮官にするなんてありえない→武士に。こんな感じで必要なら人間の身分を付け替えてでも武士とそれ以外の線引きにこだわったと受け取るのが正しいんじゃないかな
小野仁 @yukikazemaru 2016年5月3日
高校生程度の数学は400年前の定説が現代でも通用して、歴史は未だに定説が確定してない、て話だろ……
みま⛰🏕 @mimarisu 2016年5月3日
士って弁護士とか医学士とか武士とか税理士とか行政書士とか役人、専門職だから身分保証で1番偉いのかと思ったが 今の世の中と比べても偉そうにしている士業も職業上平等であったな
neologcutter @neologcuter 2016年5月3日
要するに封建的な身分だけでなく、実力と金もモノをいう社会であることには変わりないんじゃないの?
y2_naranja@蟹ペン属 @y2_naranja 2016年5月4日
plz_sebi すみません、それは単なる「役職名」なのです。朝廷の役職を授かることと、公家であることはイコールではありません。慶喜はあくまで武家の長です。公家は武家の「武家諸法度」と違い、「禁中並公家諸法度」で統率されていました。近世の公家に関しては、特に学校教育で触れられていないので、知られていない部分がたくさんあります。
二条肝兼 @IamNotUs 2016年5月4日
明治新姓や屋号の戸籍姓化が少なくない以上は全ての庶民が名字を持っていたとは言えないし、一方でこっそり名字を伝えていた庶民の存在を否定した人もおそらくはいないだろうし、割合を問わないと意味のある話にはならんのでは。
cafe氷 @plz_sebi 2016年5月4日
y2_naranja 話がズレているような。 元の話題は「公家が階級として孤立しているかどうか」です。武家と公家はそもそも縁戚だらけですし。また、禁裏御守衛総督にせよ参与にせよ、朝廷の臨時武家ポストではありますが、参内資格が無いとそもそも話にならないですので、公卿成なり諸大夫成した時点で武家でも公家兼任、と認識しております。
二条肝兼 @IamNotUs 2016年5月4日
伝わっていたとする名字の信憑性も、戦国成り上がり大名のもの程度に考えておいた方がいいように思う。とか言っているうちに「反証が無い限りは松平氏は本当に新田氏の末裔とみなすべき」みたいな学問作法が主流になったりして。
和田名久司 @sysasico1 2016年5月4日
「士>>>農>>工>商」って朱子学の考えですね。実際に身分とか格とか有りましたし、差別もありましたが幕府が法的に定義されていた訳では無いだけという。それに各藩なんかでは独自に自治が有りましたから身分が法令化されていた処も有ったでしょう。
二条肝兼 @IamNotUs 2016年5月4日
英語では幕府をショーグネート(将軍体制)と呼ぶので、鎌倉ショーグネートと呼べば解決では。
二条肝兼 @IamNotUs 2016年5月4日
BlueSiberia 歴史修正主義だって陰謀論だけではないし時代の反映でもあるし。
二条肝兼 @IamNotUs 2016年5月4日
『空気の研究』の、大和出撃決定の責任者が「当時の空気を知らない者にとやかくいわれたくない」と言ったというお話みたいな。
こざくらちひろ @C_Kozakura 2016年5月4日
大奥ですら出自が八百屋の娘とか普通にいるのに、下々の階級に厳密な区別なんかあるわけないよなあ。
清水代歩 @kaho_biz 2016年5月4日
C_Kozakura いや、下々にも厳密な区別はあったんですよ。村の寄り合いに参画出来るのは本百姓だけ、町方でも町年寄りは世襲とかのね。ただし農民と町人のどっちが偉いということはなかった、ということです。
堀石 廉 (石華工匠) @Holyithylene 2016年5月4日
100年後くらいには、「昭和中期の"サラリーマン"は身分制度だったのか」みたいなのが議論されてそうな予感はある。
欠点’s @weakpoints 2016年5月4日
albireo_B 今でいうとこの特別国家公務員みたいなノリだな >武士に取り立て
チャダ @puppetmaste2501 2016年5月4日
織田信長が寡兵で大軍を破るために採った奇策とされる、桶狭間での戦い。武田騎馬軍団を壊滅に追い込んだ火縄銃の三段構えも、今では否定されているらしいですからね。それどころか、そもそも日本に騎馬は存在しなかったと言う説も。
取鳥族ジャーヘッド/CMDR INABANIUS @torijar 2016年5月4日
puppetmaste2501 欧州戦史に見られる「重装甲の騎兵による集団突撃を決戦行動として用いる」というのは中世日本では不可能だろうというのが主流見解ですが、騎乗武者の存在や交戦そのものの否定は雑兵物語を重視し過ぎた藤木久志氏の史観を利用した鈴木真哉による論説の過激化の産物で、現在ではもう少し丁寧に検証されています。
和田名久司 @sysasico1 2016年5月4日
あと百姓を農民としていたのは訂正されてんのかな? 小学生の時、「農民は粟や稗を食えって米は特別な時にしか食べられなかった」って、習ったとき『えーっ?じゃあその大量の米は誰が消費しているの?大量の農民を支えた粟や稗って米より優れた農産物だったんじゃ??』と十数年間疑問に思ってましたわ。某大学である教授が「江戸時代身分制度が厳しくて、米を作っている当の百姓は米を食えなかった」と講義したら、留学生に「ではその米は何処に輸出していたんですか?」って質問されてなにも答えられなかったという・・・。
きゃっつ(Kats)⊿1/19日向坂京都個別 @grayengineer 2016年5月4日
『明治新姓や屋号の戸籍姓化が少なくない以上は全ての庶民が名字を持っていたとは言えないし』まず「明治新姓」という言葉じたい、「なかったものを新たにつけた」という意味を含有しているので、これは循環論法です。それから屋号の戸籍姓化は名字の存在を否定する根拠にはなっていません。一村同名字のため屋号で各家を区別した事例があるからです。そして人別帳等の公的記録にはないものの、準公的記録や私記録においては名字の記載が見られるのが一般的なので「持っていなかった人もいるはず」という推論は難しいです。
きゃっつ(Kats)⊿1/19日向坂京都個別 @grayengineer 2016年5月4日
『こっそり名字を伝えていた庶民の存在を否定した人もおそらくはいないだろうし』 こっそりではなく、あくまで特定の公記録には記載されなかったというだけで、日常的に使用したり私記録に記載することは普通に行われていました。「伝える」もなにも名字ですからあえて忘れようとしない限りは伝わります。また私自身の小学校時代の担任には「庶民は名字を取り上げられた」と教えていました。ので「いないだろう」という推測も特に根拠はないかと思います
きゃっつ(Kats)⊿1/19日向坂京都個別 @grayengineer 2016年5月4日
少なくとも日本の4大姓(最も人数の多い名字の上位4つ)は鈴木・佐藤・田中・高橋なので、そのうち田中以外を明治新姓とするとその由来の説明が非常に難しいです。田中にしても、織豊期の大名に田中吉政という人がおり、庶民が適当に思いつきでつけた名前だろう、という推測に特に根拠はありません。そもそも地名として全国に田中郷が存在するので、地名由来と考えるのが氏姓学的には普通です
きゃっつ(Kats)⊿1/19日向坂京都個別 @grayengineer 2016年5月4日
庶民の名字の否定は、いわゆる「苗字帯刀」という言葉の解釈のズレから始まっていると思われます。これがマルクス史観的なフィルターを通して「庶民に対する差別的圧政の一種」とみなされる過程において「庶民は名字を取り上げられた」と理解されるようになったようです。
cafe氷 @plz_sebi 2016年5月4日
幕末の手紙を読んでいると、百姓身分でも普通に名字で呼び合ってますな。それが普通だったのでしょう。人別改帳や各種届出のような公的書類は別ですが。
きゃっつ(Kats)⊿1/19日向坂京都個別 @grayengineer 2016年5月4日
『伝わっていたとする名字の信憑性も』ここでいう「信憑性」が何を意味するかですが、そもそも名字は公的な名称ではなく分類としては私称の部類になるので、どういう名字にしようが、あるいは変更しようが、基本的には縛りがあるわけではないです。なので「江戸期以前まで名乗っていた名字と同じか」を「信憑性」というならそんなものは最初からないですが、もともとそんなものがあるという主張はだれもしていないので藁人形です。
cafe氷 @plz_sebi 2016年5月4日
ああ、でも、身内の私信色が強くなると、文中では「どこそこの通称」(例:石田歳蔵)という呼び方をしてるな。まあ、ケースバイケースなんでしょうなあ。
きゃっつ(Kats)⊿1/19日向坂京都個別 @grayengineer 2016年5月4日
ちなみに「記録がある」ことは「それがあった」ことの証明になり得ますが、「記録がない」ことは「それがなかった」ことの証明には必ずしもなりませんので。その意味では庶民の名字は「それがあった」証拠はありますが「それがなかった」証拠はありません
言葉使い @tennteke 2016年5月4日
sysasico1 間違っていたら申し訳ないけど、米は通貨みたいなもんだから、自家消費は極力控えていたんじゃないでしょうか?武士だって石高制で、まず米をもらってそれを現金に替えにいったというし、その米だって精米されている(保存期間が精米前後でどう変わるのか)んだかどうだか。
二条肝兼 @IamNotUs 2016年5月4日
戦国武士は勝手に名家の血筋を仮冒するものだが江戸の庶民は一人残らずきちんとした名字を伝えていたということになるらしい。なるほど。
二条肝兼 @IamNotUs 2016年5月4日
明治新姓って、既存の名字を仮冒する話じゃなくて「東京」とかですよ。まあ朱印船時代にベトナムのトンキンからやってきたことを否定する証拠はありませんけど。
二条肝兼 @IamNotUs 2016年5月4日
そんな200年も大事に名字を伝えていたのに紺屋とか越後屋とかで戸籍を作る不思議な人達ですなあ。
二条肝兼 @IamNotUs 2016年5月4日
細川ガラシャだとか大石りくだとかいう夫婦同姓を勝手にでっち上げるのも江戸しぐさレベルの話ですわな。
きゃっつ(Kats)⊿1/19日向坂京都個別 @grayengineer 2016年5月4日
IamNotUs 明治の戸籍に「東京」姓を登録した人がいたとして、その人やその祖先が江戸期やそれ以前に何らかの名字を名乗っていたことを否定できる根拠にはまったくならないですね。東さんが戸籍登録を期に東京と改称したかもしれないわけですから
二条肝兼 @IamNotUs 2016年5月4日
反証可能性がないものを学問と言ってよいのやら
きゃっつ(Kats)⊿1/19日向坂京都個別 @grayengineer 2016年5月4日
IamNotUs 再掲『屋号の戸籍姓化は名字の存在を否定する根拠にはなっていません。一村同名字のため屋号で各家を区別した事例があるからです。』村まるごと全員が田中さんだから紛らわしいので屋号で区別していた。それが便利なので屋号をそのまま名字とした。名字がなかったとする根拠はどこにもない話ですね
きゃっつ(Kats)⊿1/19日向坂京都個別 @grayengineer 2016年5月4日
イデオロギーありきで都合の悪い事実を無理やりなかったことにしようとする、そういうのを「歴史修正主義」って言うんじゃなかったかと
二条肝兼 @IamNotUs 2016年5月4日
「反証可能性がないから真実」なんて雑な事を言う人が歴史学の主流なわけはないだろうけど(←反証可能性のない命題)
きゃっつ(Kats)⊿1/19日向坂京都個別 @grayengineer 2016年5月4日
IamNotUs ええ、ですから「庶民には名字がなかったかも」なんていう、反証可能性がない主張は意味がないと思いますよ。同意しますよ。
きゃっつ(Kats)⊿1/19日向坂京都個別 @grayengineer 2016年5月4日
IamNotUs 「真実」ではなくて「庶民には名字がなかった」という論には特に根拠がない、と説明しているだけですね
きゃっつ(Kats)⊿1/19日向坂京都個別 @grayengineer 2016年5月4日
少なくとも史料や文献などから見る限り、庶民にも名字があった形跡や証拠はたくさん見つかっていますが、名字がなかったことを証明する証拠は何も見つかっていないので、現時点では「あったんだろう」とするのが「学問的」に正しい態度だと思いますが
アルビレオ@炙りカルビ @albireo_B 2016年5月4日
C_Kozakura 側室は「主人と床を共にすることもある使用人」でしかないので身分は関係なかったらしいです。特に家康公がぜんぜんこだわらなかったのでその影響もあるでしょうw それに対して正室は「当主に次ぐナンバー2」の序列でどの家臣よりも偉い存在、政略結婚的な意味でも「どの家から嫁いだか」が非常に重要なので postsop みたいなめんどくさいことをするのです
二条肝兼 @IamNotUs 2016年5月4日
grayengineer 同様に、苗字を持っているのに創作姓や屋号を届けるのは蓋然性に乏しいわけですね。強引に「そのとき変えたのかもしれないだろ!」という補説を出す必要性もありません。
きゃっつ(Kats)⊿1/19日向坂京都個別 @grayengineer 2016年5月4日
IamNotUs 話がねじれてますね。創作姓や屋号を戸籍姓とした事例を「庶民には名字がなかった」という主張の根拠とすることができるか、という点について、それだけでは根拠足り得ない、なぜならこういうケースもあり得るから、という説明をしているだけですから
自閉船 @autosynya 2016年5月4日
「武士の生まれだと言ってるのは可哀想な人」とか書いてあるけど、それは違うよね。ふつう、士族以外は武家に入れない。農民や商人らとの「自由」な職業的往復は存在しない。
きゃっつ(Kats)⊿1/19日向坂京都個別 @grayengineer 2016年5月4日
たとえば「あの鳥は黒い色だった。だからあの鳥はカラスだったのだ」という主張に対して「黒いというだけなら他にもたとえば黒鷺など黒い鳥がいるので、それだけでカラスだったと結論する根拠にはならないでしょう」と言っているだけで、それが黒鷺であったと主張しているわけでもないし、カラスよりも黒鷺の可能性が高いと言ってるわけでもないし、単に「他にも可能性あり得ます」という事例の提示にすぎません
アルビレオ@炙りカルビ @albireo_B 2016年5月4日
plz_sebi ケースバイケースというより時代や地域によってバラバラだったと思います。封建国家だから行政の主体は藩なんですよ。キリスト教禁止のような統一ルールもあったけど、統治に関する多くのことは各藩が決めるので日本全体を主語にして「こうだった」といえないことがたくさんある
二条肝兼 @IamNotUs 2016年5月4日
明治政府は始め、平民に苗字を「許可」するんですよね。それでも名乗らない者が多かったから義務化したという経緯です。この点をとっても庶民の名字が普遍的であったとは言い難い話で。
女子大学院生AKIYAMA @plantarum 2016年5月4日
山川日本史確認したが、武士・百姓・職人・家持町人からなる身分制を士農工商とも呼ぶとある。ただ・で区切った四つは太字だし書き込み日本史では空欄になっていたが、士農工商は空欄ではない。重要語でない扱い。
女子大学院生AKIYAMA @plantarum 2016年5月4日
次に日本史用語集(早慶受験者が丸暗記するあれ)をみたが、巻末を確認すると、8つある日本史Bの教科書のうち7つが士農工商を掲載しているのがわかる。
二条肝兼 @IamNotUs 2016年5月4日
明治三年の苗字必唱令では、「祖先以来の苗字を唱えること」「不分明である場合は新たに苗字を設けること」とありますね。苗字のない者の存在を前提とし、かつ改姓は認めないということです。 https://ja.wikisource.org/wiki/%E5%B9%B3%E6%B0%91%E8%87%AA%E4%BB%8A%E5%BF%85%E8%8B%97%E5%AD%97%E3%83%B2%E5%94%B1%E3%83%98%E3%82%B7%E3%83%A0
cafe氷 @plz_sebi 2016年5月4日
albireo_B それに関しては完全に同意します。地域性とか主権者によってまちまちですな。私が申し上げた例は多摩の天領のケースで、天領は割とそんな感じだったのかなぁと漠然と考えております。
cafe氷 @plz_sebi 2016年5月4日
名字の件で言えば、京都の勤め人で名字を名乗っている例も見たことがあるな。
アルビレオ@炙りカルビ @albireo_B 2016年5月4日
plz_sebi 想像でしかないですが、天領でも地域差は大きかったと思います。あれだけ全国に広く分布していて通信手段も限られているので統一的な運用は相当無理があります。関東なら「武士になる一歩手前だった」「ある時期に武士をやめて農業に専念した」みたいな形で江戸時代以前から苗字を名乗っていた家が多かったりしたのかも
cafe氷 @plz_sebi 2016年5月4日
albireo_B 庄屋階級はそもそも帰農した地侍(=名字どころか本姓もはっきりしている)が多そうですね。庄屋階級と造酒屋みたいな地場産業のオーナーと郷士も、何がどう違うのか良く分からんケースもありますし。
アルビレオ@炙りカルビ @albireo_B 2016年5月4日
江戸時代は国替えもちょくちょくあったから「転勤したくないから辞職します」パターンもありそうだなー
欠点’s @weakpoints 2016年5月5日
albireo_B 国替えで石高増えるのと減るのでは、転勤先で地元民を雇用(OR転勤前にリストラ)と言う2パターンが多いと思いますけどね
イグナチオ @7oolong 2016年5月5日
「慶安の御触書」も、江戸後期の捏造だったんですよね。
Leo&Max@ドイツ @leoundmax 2016年5月5日
すごいショック。戦前の教育を受けていた父母は、「私たちのならった歴史は全部嘘だから」と非常にコンプレックス持っていたけど、昭和世代の受けた教育も程度のさこそあれそういう現象に近いのだという事実。学問の進歩を過信してはいけないが。しかし、こういう全国民に共有されるべく知識は学校教育終わった人たちにも知らしめたほうがいいのではないか?たまたまツイッターやっていた人だけが享受できるなんて、悲惨すぎる。
nama @namanurui 2016年5月5日
結構色々あるのね。個人的な理解⇒【武(貴族)】士(公務員)農工商(まとめて市民)で士農工商は互いに養子に「成りに行ける(就職)」
Dcdcxr @Dcdcxr 2016年5月5日
時代小説とか読んでると、わりと他の職業に移るとかあるし、そんなに厳密なもんじゃなかったってのは普通に思ってた。
二条肝兼 @IamNotUs 2016年5月5日
大袈裟にショックアピールしているひと、また別の方向の固定観念にはまりそう。
二条肝兼 @IamNotUs 2016年5月5日
「昭和人が、メリー喜多川とかピーター高橋のように英語名を持っていたという資料はたくさんあります。しかし英語名を持っていなかったという資料は見当たりません。なので昭和人は英語名を持っていたとするのが考証的に妥当。」みたいな戯れは好きです。あくまで戯れとして。
チャダ @puppetmaste2501 2016年5月5日
atsucurry 同意です。大人になった今こそ、小中の授業を受けたい。今なら楽しめます。
清水代歩 @kaho_biz 2016年5月5日
leoundmax atsucurry puppetmaste2501 講談社現代新書の「新書・江戸時代」シリーズとを読んでみればいいです。ブックオフの新書108円コーナーでよく見かけます。
きゃっつ(Kats)⊿1/19日向坂京都個別 @grayengineer 2016年5月5日
「名字が不分明」を「名字がない」と読んじゃう人も存在します、本当です。信じられないかも知れませんが事実です
チャダ @puppetmaste2501 2016年5月5日
kaho_biz おおっ!!有難う御座います。
きゃっつ(Kats)⊿1/19日向坂京都個別 @grayengineer 2016年5月5日
むしろ「不分明」という言い方は「ない」ことを前提としているのではなくて逆に「あるけどわからなくなった」ということを前提としているのだから、「あった」ことの証拠なんだよね
きゃっつ(Kats)⊿1/19日向坂京都個別 @grayengineer 2016年5月5日
それと改姓は禁止したというけど、そもそも公的記録に記載されていないので、先祖伝来なのか新規なのか変更なのか確認のしようがないわけだから、その禁止に有効性があったとは考え難いでしょう
二条肝兼 @IamNotUs 2016年5月5日
本人も知らない、つまり伝わってなくても名字は存在すると見なすのか。面白いからもっと続けてください。
きゃっつ(Kats)⊿1/19日向坂京都個別 @grayengineer 2016年5月5日
たとえば現代において、若い世代では自家の家紋を知らない人も多い。しかしその家に家紋が存在しないのではなく、存在しているけど当事者が知らないだけ。たとえば蔵の奥から曽祖父の遺影が出てきてそこに写った紋付き姿から家紋を知った、なんてこともあったりする。ある時点である個人が「知らない」「わからない」ということと「それじたいが存在しない」というのが別の話だというのは自明ですよね
きゃっつ(Kats)⊿1/19日向坂京都個別 @grayengineer 2016年5月5日
で、まずそもそも「もしわからないという人がいるなら、新規に作りなさい」という条文が、「わからない人が一定数いた」ことの証明になるかというと、必ずしもそうは言えないわけで。いる可能性があると考えられていたことの証拠にはなるでしょうけど。それはたとえば現代でも無戸籍の人とか住民票のない人が例外的にいて、それを想定した規定が存在することを考えれば、そういうもんだよね、としか言えないですね
きゃっつ(Kats)⊿1/19日向坂京都個別 @grayengineer 2016年5月5日
どのみちそのあたりをグジグジ弄くってみても「庶民に名字はなかった」という結論には至りませんよね
二条肝兼 @IamNotUs 2016年5月5日
先祖のうち一人でも苗字を使った人がいたら子孫はそのことを知ろうと知らずと「名字を持つ」てえ基準なんですかね。名字教とでもいえばいいかしら。
二条肝兼 @IamNotUs 2016年5月5日
そこまで名字を実体概念として信じるのも勝手ですけど、夫婦別姓禁止とかいう信仰の押し付けは勘弁してほしいものですね。
🌸 中谷康一 Koichi Nakatani @knakatani 2016年5月5日
桂小五郎がいつのまにか木戸孝允になってしまったり、三岡八郎が由利公正に変わってしまったり、不思議なものだ。
二条肝兼 @IamNotUs 2016年5月5日
全ての父祖を辿って名字を使ったことがないと証明できない限りは名字はあったとみなすべき。という主張をされていることは分かりました。こんなところですかね。
きゃっつ(Kats)⊿1/19日向坂京都個別 @grayengineer 2016年5月5日
『夫婦別姓禁止』まあこういう理解の仕方をしているようでは何を言っても理解には至らない(理解したがらない)でしょうね、としか
二条肝兼 @IamNotUs 2016年5月5日
全ての日本人に名字があったことにしたい。という強い願望をもつ人でないと「理解」は難しいでしょうね。
アルビレオ@炙りカルビ @albireo_B 2016年5月5日
「なかったとはいえない」と「あった」はイコールではない、歴史では多くのことがシュレディンガーの猫さん状態だと思ってないと理解するのが難しいと思うよ(自分が理解してるとはいってない)
nekosencho @Neko_Sencho 2016年5月5日
夫婦別姓問題は日本の歴史がどうこうよりも、今暮らしてる日本人の一部の生活が不便だからってことで提唱されているので、歴史関連まとめでえんえん語ってもあんまし意味ないかと。もし仮に過去にめちゃくちゃ禁止されていても、現在導入したほうがいいなら導入されるべき話ですし、逆もまた言えるわけで。
ちいさいおおかみ〜クリアカード編〜 @siu_long 2016年5月7日
これだから歴史つか考古学は面白い。
い今、シャンパンの栓が!ひ、閃光(ひか)った! @phantomzeroth 2016年5月7日
田舎の方では、戦後でも百姓家の方は、旧士族家を訪う際に玄関前で土下座していましたよ。 ですのでコメント中にも散見されるように、比較的江戸期の市井で見かけられる事が多い人達の間に、 士-(農工商)の身分格差が存在したと言うのが実情ですね。 皇族公家穢多非人は、江戸界隈では馴染みが薄いですから、端から考慮の外なのでしょう。
Kawano Yuichiro @Y_Michiari 2016年5月7日
過去帳の中には、戒名だけでなく生前の名前を記入しているものもありますね。そういったものを調べると、庶民に苗字があったか無かったか、すぐわかりますよ。
あくたわ @hrrdn4824 2016年5月7日
明治政府が江戸時代を悪しき旧体制として否定する時代から近代支配の正統性・起源説の道具にする時代に移ったからな。簒奪の記憶を糊塗し忘れ去らすのはもう十分達成したという事だろう。
ハチマキくろだ@BC合同誌の通販はじめました @hatimaki_kuroda 2016年5月7日
「桂小五郎がいつのまにか木戸孝允になってしまった」って、33歳のとき藩命で桂→木戸にしたってはっきりしてますよね。
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