【「成長」「変節」のない思想①】日本人にとって「思想は踏絵」/~異端尋問のための”踏絵”の図柄を変えることを「思想的成長だ」と思い込んでいる日本人~

イザヤ・ベンダサン『日本教について~あるユダヤ人への手紙~』/「成長」「変節」のない思想/安保教授の思想/105頁以降より抜粋引用。
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山本七平bot @yamamoto7hei

①【「成長」「変節」のない思想/安保教授(プロフェッサー・セキュリティ)の思想】大分前のことですが、日本の新聞のコラムに面白い記事が載っておりました。 これは、ある教授への批判なのですが、その人の名は明記されておりません。<『日本教について/イザヤ・ベンダサン』

2016-04-29 14:38:52
山本七平bot @yamamoto7hei

②従って誰の事か判らないのですが…日本の読者には一読すれば誰の事か明らかな筈だ、とその記者は考えているようでした。 という事はその教授は非常な有名人で、日本の思想界の指導的人物だという事です。 仮にその人の名を安保教授(プロフェッサー・セキュリティ)としておきましょう。

2016-04-29 15:09:09
山本七平bot @yamamoto7hei

③この記事によりますと、戦時中は帝国海軍の機関で働き、戦後は民主主義の旗手となり、ついで1960年の日米安全保障条約の改訂にあたっては、同条約の破棄を主張する一大運動の中心的指導者となったのですが、70年の同条約の自動延長に際しては、この問題に見向きもしなかったという事です。

2016-04-29 15:38:52
山本七平bot @yamamoto7hei

④そして、これは変節でないかと批判されたとき、 「人が思想的に成長するのは当然のことで、人の思想的成長を認めないような奴は撲ってやりたい」と言った、 とこのコラムの記者は書いております。

2016-04-29 16:09:07
山本七平bot @yamamoto7hei

⑤事実、氏は、この十年間にも、多くの西欧の思想を紹介したり解説したりしていたようで、安保教授自身は、これを自らの思想的成長と思い込んでいるようです。 しかし私にとって、最も興味があったのは 「人の思想的成長を認めない者は撲る(撲ってやりたい)」 という思想です。

2016-04-29 16:38:52
山本七平bot @yamamoto7hei

⑥言うまでもなく、これが安保教授(プロフェッサー・セキュリティ)の思想、すなわち自己規定で、この思想に関する限り、氏はその生涯において成長も変節もしていないと思います。 従って氏が変節したと批判することは誤りでしょうが、同時に、氏が思想的に成長したと考えるわけにもいきません。

2016-04-29 17:09:12
山本七平bot @yamamoto7hei

⑦申すまでもないことですが、一定の思想からの転向ということは、その本人にのみ関係があることで、それを人が認めるとか認めないとかいうことと無関係ですから、認めるか否かが念頭に浮かぶこと自体、まことに不思議なことと言わねばなりません。 これは一体、どういうことでしょうか。

2016-04-29 17:38:50
山本七平bot @yamamoto7hei

①問題点が三つあると思います。 この三つは非常に複雑にからみ合って一体となっておりますが、便宜的に、一つずつ書いて行きましょう。 まず第一に、安保教授(プロフェッサー・セキュリティ)にとって、「思想とは踏絵」だということです。<『日本教について/イザヤ・ベンダサン』

2016-04-29 18:09:02
山本七平bot @yamamoto7hei

②踏絵について第一便で申し上げましたが、はあくまでも相手に差し出してその反応を見るものであっても、その図柄が自己を規定する訳ではありません。

2016-04-29 18:38:50
山本七平bot @yamamoto7hei

③規定しているのは踏絵を「差し出す」という行為の元となる思想で、この思想がその人の思想であり、その思想は差し出された相手の反応によって影響される事はあっても踏絵の図柄で影響はされません。

2016-04-29 19:09:02
山本七平bot @yamamoto7hei

④安保教授は1960年には「安保」と書いた踏絵を皆に踏ませ、この異端尋問は相当に苛酷であったようで、当時ある人は「まるで安保に反対せずんば人に非ず」といった風潮だと書いています。 またある…小説家は新聞記者に向って「私だってチャンと安保に反対しています」と慌てて答えています。

2016-04-29 19:38:50
山本七平bot @yamamoto7hei

⑤この際はもちろん、第一便で申し上げましたように、「安保」と書いた踏絵を踏めば、ということは「差し出す」思想に「踏む」応答をすれば「撲ってやる」ことにならないわけで、(続

2016-04-29 20:09:08
山本七平bot @yamamoto7hei

⑥続>従って 「こんなに片務的な条約を結んで日本に肩入れする必要はない。日本を侵略したいという国があるなら、勝手にさせておけ、その方がアメリカにとって安全だ」 と考え、そういう理由から踏んでも一向に構わない訳です。 安保教授は60年には、熱心にこの踏絵を差し出した訳です。

2016-04-29 20:38:51
山本七平bot @yamamoto7hei

⑦ところが70年には何もしなかった。 これは一見、何の踏絵も差し出さなかったように見えたので、前述の批判が出たわけですが、結局、安保教授(プロフェッサー・セキュリティ)は、踏絵の図柄を変え、規模が小規模であったというだけで、同じことをやっているのです。

2016-04-29 21:09:04
山本七平bot @yamamoto7hei

⑧すなわち、 「思想とは、人に差し出して何かを認めさせるものだ」 という思想を一貫して持ちつづけ、また、差し出された「思想」に、彼が期待するように応答しない人間は撲る(暴力によって排除する)という点でも、何の変化も認められないわけです。

2016-04-29 21:38:50
山本七平bot @yamamoto7hei

⑨しかし、戦争中から現在まで、氏の差し出す踏絵の図柄だけは絶えず変るようで、氏はこれを自分の思想と勘違いして、自分が絶えず「思想的に成長している」と思い込んでいる訳でしょう。第二の問題点は、この安保教授は「思想の成長を認めない者」への非難をあくまでも一般論としてのべている事です。

2016-04-29 22:09:02
山本七平bot @yamamoto7hei

⑩氏の所論を要約しますと 「人間は自由である、従って思想的成長も変化も自由である。この自由を認めないことは許されざることである。 それ故、私の思想的成長を認めないことは容認できない。 従ってそういう人間は容認できないから撲ってやる」。

2016-04-29 22:38:51
山本七平bot @yamamoto7hei

⑪どうか私が「笑話」を創作したとお考えにならないで下さい。 確かにこの論法は西欧の笑話を思い起させます。 「死刑廃止論者と死刑存続論者とが議論をした。激論のためついに死刑廃止論者が興奮して言った、 『死刑を廃止するには、死刑存続論者をみんな絞首台に送ってしまえばいいんだ』」

2016-04-29 23:09:06
山本七平bot @yamamoto7hei

⑫ところが日本ではこれが笑話ではないのです。 「死刑廃止反対」と書いた踏絵を踏まないと絞首台に送られるかも知れません。 「思想的成長の自由」を認めないと、撲られて沈黙を強いられ、従って「思想的自由」がなくなるのですから。

2016-04-29 23:38:50