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かんぶれ(cannedbread) @_cannedbread
「お客様は神様です」という言葉を「お客様」の立場の人間が使い出してからその言葉が歪められてしまったように「作品と人格は別物だ」という言葉を「作品を作る側」の立場の人間が使い出すとその言葉の意味が歪められるのではないだろうか。
かんぶれ(cannedbread) @_cannedbread
「作品と人格は別物だ」という言葉を「作品を作る側」が悪用して「いくら人格面でおかしくても作品さえ良い物が作れればいいんだ」という免罪符にしてしまう風潮は非常によろしくない。その言葉を使った時点で、もうその人は製作者として大きく格が落ちてしまう。
かんぶれ(cannedbread) @_cannedbread
「お客様は神様だろうが!」と威張り散らす客が「お客様」としては到底扱われないのと同じように「作品と人格は別物だろうが!」と作者の側が言い出して威張り散らすと、もうその人は一人の作家としてリスペクトされることは無いでしょう。
かんぶれ(cannedbread) @_cannedbread
「作品と人格は別物だ」という風潮、もう止めにしませんか。この言葉がなまじ説得力のありそうな響きを持つからこそ、一部の作家が人格の破綻を糊塗してしまい、結果として作品そのものの評価を落としてしまう。「人格を磨かないと作品も評価されない」という認識を持つべき時が来たんじゃないですか。
かんぶれ(cannedbread) @_cannedbread
「作品と人格は別物だ」は、確かに一面では真理であるかも知れない。けれど、それを「作る側」の人間が言ってはいけないのではないでしょうか。「お客様は神様です」を「お客様」の側の人間が言ってはいけないように。
かんぶれ(cannedbread) @_cannedbread
そもそも単純に考えて、一部の異端の天才以外、人格破綻者が素晴らしい作品を作れるわけないじゃないですか。素晴らしい作品を生み出す作家というのは(素晴らしい人格者とまでは言わないまでも)少なくとも人格に問題のない人の方が多数派でしょう。
かんぶれ(cannedbread) @_cannedbread
創作に真摯に誠実に向き合い、感想や批評に耳を傾け、自らの信念を貫き、自分の作品を多くの人に認めてもらおうとするならば、作家にとって言動や立ち振舞いといった人格面を蔑ろにすることは決してできないはずだし、人格を切り離して作品だけで認めてもらうなんて余りに非現実的だと思うはずです。
かんぶれ(cannedbread) @_cannedbread
あと、これはどうしても申し上げておきたいのが、問題行動を起こした作家に対して、ファンが「いや、作家の作品とその人の人格は別物だからいいじゃないか」と擁護するパターン。あれ、作家を一人の人間として尊重していないという点で、極めて失礼な態度ですよと忠告しておきたい。
かんぶれ(cannedbread) @_cannedbread
@kagitune0908 別に人格者ではないと素晴らしい作品を作れるという意味合いではなく、素晴らしい作品を作ろうと心がければ自ずと人格面を気を付けるようになる「傾向が強い」というニュアンスですね。勿論そんなの全く気にせず人格破綻してていい作品作る人だって中には居るでしょう
かんぶれ(cannedbread) @_cannedbread
@kagitune0908 人格が破綻していてもいい作品を作る人も中には居るのは当然否定はしません。でも折角作品がいいのに言動や立ち振る舞いとかで評価を落とす場合も多々あるので「作品さえ良ければ人格は破綻してもいい」という考え方は良くないよ、と申し上げたかったわけです
かんぶれ(cannedbread) @_cannedbread
言い訳がわしいことを言わせて貰うと、昨晩のアレは「作家は人格者であれ」というニュアンスで言った発言では決して無かったのですが、誤解を与えてしまったのはそれは相手の読解力ではなく自分の説明力が不足していたので、もうそれは申し訳ございませんでしたとしか。
かんぶれ(cannedbread) @_cannedbread
こちらの意見に対しての否定や批判自体は別に全く問題ないのですが、こちらの説明不足により誤読され、こちらの意図とは違う形で伝わってしまうのは誠に慚愧に耐えないことであるな、と。いやほんとすいませんでした。
かんぶれ(cannedbread) @_cannedbread
とりあえず今言いたいのはこれ。 私生活が自堕落で、いつも他人に辛くあたり、口も悪く酒癖も女癖も悪くて、内面は恨みつらみ嫉み憎しみに満ち溢れたいわゆる「人格面が最低」な作家であっても、ただ一点「自分の作品」に対しては誠実で真摯であったはずだし、彼はそこで評価されるはずだ。
@nezikure
その論を理由に 『素晴らしい・面白い作品を作った性格に問題がある(※と言われる人)』 をぶっ叩くのを見ているのは甚だ不快なんですのよ… 『人格と作品は別』で無いと 『作品を評価する時に人格を評価基準に入れないといけなくなる』 作家の人格なんて、読者にわかるわけ無いでしょうに>RT
@nezikure
@nezikure そもそも『作家の人格と創作物は別だから、その作家がどんな人間でも作品は評価する』という主張を 『作家を一人の人間として尊重していない』って 一般的に創作物に触れる人間は『作者の人格』なんて評価する立場に無いし そんな物を評価するのはどんな立場の方でも非礼ですわ
@nezikure
@nezikure もっとぶっちゃけて言ってしまえば 『例え作家が読者の事を心底から軽蔑し、侮蔑していても』 『生み出される作品で楽しませてくれる』ならソレで構わないんですのよ。 『優れた人格の持ち主でなければ創作に係るべきではない』なんて 誰の作った如何なる基準で判断しますの?
@nezikure
@nezikure 『作家の言動でファンを辞める』というなら それこそ『作品に対する侮辱』ですわ。 それでも、人間なのだから感情の面で離れる事はあると思いますし それを止める事は出来ませんけれど ソレは作家にとっても、作品を受け取る側にとっても 相互に自己責任の範疇ですのよ。
@nezikure
@nezikure その『相互の自己責任の範囲』を超えて 『人格的に優れた、素行の良い人物でなければ創作すべきでは無いし 作品の出来如何に関わらず評価すべきではない』 なんて、信じられないふざけた話ですのよ… 『人格的に優れた人間の作った本や歌、絵しか受け入れるな』とでも言うのか
@nezikure
@nezikure もっともっと作品を見たかったのに、イベントの遅刻なんかに関する苦情や誹謗で筆を折った方も居ましたわよ。 ゴロなんて言われて、書いたり作ったりしてるのに白い目で見られて創作をやめてしまった方だっている。 ふざけんな、勿体無い、その人にしか作れないんだぞって思う。
@nezikure
@nezikure そりゃ作品が気に入らなければ文句や愚痴くらい出るでしょうけれど 『人格の評価』ってなんですのよ それは『作家本人の問題』であって『作品とは無関係』でしょうに? 『人格に問題のある人間の創作物を評価すると社会のためにならない』とでも? 知らんよ、どうでもいい。
@nezikure
@nezikure はっきり言って気持ち悪い。 『好きになった女の子が処女じゃないから徹底的に叩いて排除する』っていう 精神性の捻くれた、潔癖に見せかけた吐き気を催すエゴイストの主張ですわ… それを『目指すべき理想』の様に語るのが、本当に有り得ないくらい気持ち悪い。

コメント

重い槍 @omoiyari219 2016年5月5日
作家の人格と作品は別物じゃない、作家の人格から派生して生まれたものが作品だろう、関係ないわけがない。
さるささる @WwitzYah 2016年5月5日
作品>作家と作品<作家の場合で、なんとなく振る舞いが変わってくる。
草丸 @uduki_fuyo1 2016年5月5日
omoiyari219 作家の人格がクソだから作品もクソ。作品がクソだから作家もクソ。そんなのは成り立たない。作品がクソなのは作者がクソだったからじゃなくて作者がクソを作ったからだ。
重い槍 @omoiyari219 2016年5月5日
uduki_fuyo1 俺は「作家の人格と作品には関係性がある」と言っただけで「作家の評価と作品の評価は同じでなければならない」なんて言ってないし、そのどっからか沸いてきた理屈に対して「成り立たない」と反論した文章を俺に宛てられても困る。
春巻れいじ @KazunePP 2016年5月5日
この問題SNSのせいですよね。人格に問題があることが問題ではなくて、人格に問題があることが作品でしかその人を知り得ない範囲まで広まってしまうことが問題。まあ人格的に問題あるなら周囲がSNSに触れさせなきゃ大体の問題は解決すると思いますけどね。
フローライト @FluoRiteTW 2016年5月5日
作品と作者の人格は別物と言おうが、」そんな作品を作る人間は大嫌いだ」という場合や「お前の作る作品なんて何だろうと糞でしかない」という場合が多々ある。というか、別評価となる場合の方が極わずかなレアケース。クソ野郎の作るものは何だろうと自動的にクソになるのだ。恨むなら作者を怨め。
barubaru @barubaru14 2016年5月5日
どんなに人格的にアレでもかまわないからパナマの続きを出してくれ
nekosencho @Neko_Sencho 2016年5月5日
こういうのはそのうち、「有名人は自分と同じ意見でないと許さない」に行き着いちゃうんじゃないのかって気がしてならない。政治的な発言をした芸能人に噛み付いてた連中が頭に浮かんでな……
重い槍 @omoiyari219 2016年5月5日
というか言葉足らずなんじゃないかな、「作家の人格と作品は別物」じゃなくて「作家の人格の好悪と作品の評価は別物」でしょこれ、前者と後者は全く別の話になるんだけど。
selvis @revenir_sleep 2016年5月5日
関係が無いわけはない。作品もその人の中身から生まれる物だからだ。ただしその人の一部に過ぎず、イコールではない。
ヒジャチョンダラ @citabow 2016年5月5日
作家がろくでもない舌禍事件を起こしたからといって、Amazonレビューを荒らす風潮はイヤ。その意味で『作品と人格は別物だ』という風潮は、もっと広まって欲しい。
どうぐや🍠 @1098marimo 2016年5月5日
クズの言葉を聞く価値があるかどうかは聞く方の価値観の問題だし、「クズの言うことなんか聞く価値無し」という態度は人間である以上仕方ない。ってのと似たようなもので、作者の人格知って作品への評価が変わってしまうというのは仕方ないことだと思うなぁ。俳優もイメージが大事とか言うし。まぁ客観的な評価が求められるシーンではもちろんそういうのは避けるべきだと思うけど。
あぶらな @ab_ra_na 2016年5月5日
結局「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」といっしょ。嫌うのは自由だけど、正しいかというと間違ってる。しかし現実問題、その間違いをする人はいっぱいいるから(間違ってるけど自由だし)、袈裟が憎まれないためには坊主も気をつけたほうがいい。それだけ。
あぶらな @ab_ra_na 2016年5月5日
「間違ってるけど自由」が通らないのは「袈裟叩き」ですね。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いのは人情だけど、それは内心の自由として許されてるだけですからね。袈裟に罪はない。叩くべきではない。
Heyw65kZ4RiU @29zgJQepexzZ 2016年5月5日
「「作品の良し悪しと作者の人格は別」を作者側が言ってはならぬ」と、作品の良し悪しに判断を下す側の者が言うのは、もしかして遠回しな自傷行為なのではないだろうか。作品の評価軸を自分に都合よく設定する態度は、一批判者として正しいものなのだらうか
unam @nniiicccooholic 2016年5月5日
提起したひと、「真の意味で作者と作品が別物になることはありえない」と作者側に言いたいのか?作品を評価する場合とは全く別の話題で。「だから、サボる言い訳にその言葉を使うな」って?
草丸 @uduki_fuyo1 2016年5月5日
omoiyari219 すみません。勘違いして受け取っていました。絡めないで自分の主張として出せばよかったですね。
電鋸雛菊 @DaisyAdreena 2016年5月5日
絵描きが思想面の開陳により幻滅される事は多々あるが、絵というものがイメージ商売の一種最たるものである以上、「作者の人格が商品価値を落とす」事も当然の帰結であるのかも知れない。( http://togetter.com/li/971056#c2698998 ※ヨソまとめの自コメント)
電鋸雛菊 @DaisyAdreena 2016年5月5日
まぁ悪人でも質の高い表現は可能ではあるのだが、イメージ悪化により作品の商品価値をも落としたいのであれば勝手に落とせばいい。買う買わないも個々の消費者の勝手だ。
未知神明(みちがみ・あきら) @ontheroadx 2016年5月5日
「作品と人格は別物だ」で検索すると、冲方丁さんが出てきたんで、まあそうだよね、としか…。
スイジュ @morisui 2016年5月5日
作者の人格を目の当たりにしてしまって作品に興味がなくなるのもわかる。経験ある。でも作品を楽しんでる時に作者の批判をもちこまれたら水をさされた気分だし「うるせーなこっちは楽しんでんだすっこんでろ!!」と殴り返すだろう。そうなると前者の場合は「作品と人格は別物とはいえない」し後者の場合は「作品と人格は別物である」といえてしまう。
---- @tsutsutsuteso 2016年5月5日
スポーツの話ですけど、プロ野球の奪三振王のタイトルは、作るきっかけとなった小川博が殺人犯となったので取り止めねばなりませんね……って、んなわけあるか。内柴の金メダルのはく奪議論にしてもそうだけど、「どんなに優れた選手であっても、道を外す事がある」のだから、仕事と人格は分けて考えた方がむしろ社会と教育には役立つ。これは創作においても変わらない。ただ、「作者が嫌だから買わない」のは本人の自由。
タマカゼ @shimi43 2016年5月5日
作者が親で作品が子だとする。作品を好きになることをお付き合いだとか結婚だとかと考えると子を好きになったからって親まで好きになる義務は無い。子が親の影響を受けていてそこが苦手なら付き合い自体改める。そういう距離感でいいと思うんだよなぁ
Naruhito Ootaki @_Nekojarashi_ 2016年5月6日
作品の評価には作者の人格その他一切関係ない。けど「嫌な奴に金を払うのは嫌」だから客観的に素晴らしいと思えても嫌な奴の作品は忌避する。評価はしても受け入れない、それだけだな。
easyiizi1111 @easyiizi1111 2016年5月6日
昔からのASKAファンとしては、ASKAは残念なことになってしまったししっかり罪を償ってほしいと思うが、今鑑賞しても彼の作品とパフォーマンスは本当に凄いと思うし、「そう思うな」と言われてもそんなのムリ。だって凄いと思っちゃうんだもん。
段ボールが本体 @Himade4tama 2016年5月6日
私は猟奇的殺人犯だろうと、現在進行形でのテロリストだろうと、面白ければ作品は買うよ。
trycatch777 @trycatch777 2016年5月6日
まとめの最初の方の主張も一貫性がなくて意味が読み取りにくいし、自分もこの話については正直結論などないと思ってます。たぶんどうでも良い話なのでは。
yamagashi@ちびすけ @yamagashi 2016年5月6日
「川谷絵音は最低だが、ゲスの極み乙女およびindigo la Endの歌はいい」というと袋叩きにあうのがこの国この国民性ですよ!よ!
星野 @itchy_atopy 2016年5月6日
人の善悪と作品の良し悪しは「良い悪い」の意味が違うでしょう。悪い人というより、浅い人の作品がしょーもなくいならまだ分かるけど。
oxoxxoox @opoxint 2016年5月6日
「言ってることは理解したが、お前の態度が気に入らない」と思ったことのないものだけが石を投げよ。
灰色 @haiiro081 2016年5月6日
そんな話より冲方丁の話を、と思ったが不起訴で出処してるのね。作家だって「作品と人格は別物だ」と言っていいと思うの。金にがめつくないと死ぬの。
Maulwurf @a7m167509498 2016年5月6日
後世に残る偉大な作品を生み出せる人物は100%人格破綻者の基地外である言っても良いだろう。人格者の凡人は創作を今すぐやめた方がい。
クズリ @kzli1215 2016年5月6日
所謂文豪や歴史的音楽家の過半数が死亡しそうな話題やな。いやもう死亡してはいるんやが。
白川行雅 @shirakawainari 2016年5月6日
人格に良し悪しはなく、あるのは好悪のみ。それと作品の価値/評価は関係しない。美術批評で作者の人格を扱うか?ただ一般の心情としては、作家個人への好悪の感情も作品への評価に反映されてしまうのは止めようがないものだ。そこでダリやウォーホルはそれを利用して、アーティスト自身のキャラクター性も作品の一部として売り出した。現代の真摯なコレクターの中には、意図的に作家の人格情報を遮断している方もいるみたいね。
ざおーが @zaooga 2016年5月6日
あれだ、モーツアルト曲に「俺の尻をなめろ」ってのがあったの思い出した。ひっどい題名だw
⛩️ のーみん丁 ⛩️ @noumin_T 2016年5月6日
「良い人格が良い作品に繋がる」というの、それが作品作りにおいてドレだけ重要な事なのかを言わないと、言う意味があまりないのでは。学歴から知識経験まで色々な事について「あったほうが良い作品に繋がる」と言える事はある。「作品と人格は別物」という見解は「人格は作品作りに対して重要性が低い」という意図でしょう。それを否定するのに「いや、重要なんだ」とだけ言っても水掛け論にしかならない。なぜ重要と言えるのかを話さないと。
nullmajor @nullmajor 2016年5月6日
私はメル・ギブソンを人格的に評価しませんが、俳優として、さらに言えば映画監督としては間違いなく超一流だと評価してます。最近復活してきているので、もっともっと映画に出て、撮ってほしい。それが叶うなら、メルの人格なんざどうでもいい。
どうぐや🍠 @1098marimo 2016年5月6日
昔の表現者は今回話題になってないのでは?死人に口は無いので昔の表現者が「俺と作品は関係ない」とは言うことは無い。
どうぐや🍠 @1098marimo 2016年5月6日
んで「表現者は人格者たれ」とは言わないけど「人間は人格者たれ」なのであればそれに表現者は当然含まれる。別に例外というわけではない。
3mのちくわ(20禁) @tikuwa_zero 2016年5月6日
風潮もクソも、実際別物だからしょうがないだろ。もちろん作者の人格がモロに反映されてる作品もあるだろうが、そのような作品であっても、その内容の全てが作者の人格を反映しているとは限らないんだから、そうでない作品なら尚更。ノンフィクションを謳うエッセイですら、何らかのフィクションが入ってると考えるのが真っ当な感覚だろ。
のぶたけ @nobutake1102 2016年5月6日
ってかまとめ内に一言も枕狐さん出てこないのにタグに入ってんのはなんでさ。タグ編集フリーっぽいけど、ファンが勝手に、云々かんぬん言われたくないから消さないけどさ。
3mのちくわ(20禁) @tikuwa_zero 2016年5月6日
そも「作品と人格は別」って言葉は「作者はクソでも作品は素晴らしい」とその逆の両方の意味合いが存在するし、もっと云えば「作者は面白い人なのに作品は涙無しには読めない感動モノ」みたいな使い方も出来る。作者が謙遜として使う場合も考えれば、その意味合いや用法は限定的ではなく個別に判断されるべきで、“「作品を作る側」の立場の人間が使い出すとその言葉の意味が歪められる”というのは、それこそが先入観で語りすぎじゃないかと。
白川行雅 @shirakawainari 2016年5月6日
好悪じゃなくて好き嫌いの方がよかったですね
羽倉田 @wakurata 2016年5月6日
むさいオッサンがすごく可愛い女の子を描いても良いのだ。作品と人格を一緒くたにされると描く側がすごく困るぞ、私は女性だからこういう絵を描いても問題ないと偽らねばならぬ。
jjeioajjfkk @mzpjkgaGKjfva 2016年5月6日
作家が人間的にクズなのは割と当たり前だと思っている。基本的に法螺吹きのプロなわけで。 ああ、だから(図々しいが)人間性のよい自分のアマチュアな作品がクズなのかと納得。 いや、よく考えたら自分の人間性も作品もクズだった。w 作品がよければ全ては正当化されるのはいいことだと思う。
しんの @shin_epsilon 2016年5月6日
能力と人格の良さは比例しない訳で
電鋸雛菊 @DaisyAdreena 2016年5月6日
「作品と人格は別物」という文言自体は、「倫理的に問題のある表現物だからといって作者をそれと同一視してはならない」という意味合いでも、一定量肯定すべきだと思うよ。
真砂 @okayasumasa 2016年5月6日
人格と作品は別問題なのはその通りだが、人格に問題のある輩はたまに作品がウケない事を「周りのせい」にするからなぁ…… その意味で、最低限、作品に対しては真摯で謙虚でないと困る。
asada134 @asada1236 2016年5月6日
(チッ、うっせーよ) 反省してま~す
ルルイエの匂い。くろまくの残像。★16.94 @kanko_96mac 2016年5月6日
入団でゴタゴタがあって、沢村賞が受賞できなかった江川とかこういう感じなのかな
toshifumi takizawa @tackyto 2016年5月6日
人格と作品の良し悪しを結びつけるのは、作家同士あるいはアンチによる作家への人格攻撃を招くので賛同できない。作品の良し悪しはそれのみで評価されるべきで、その他の要素を取り込むべきではない。何より他人の内面に土足で踏み込むのが作家だ。その意味で人格者が良い作家になり得るとは思えない。
The Raccoon(雑貨) @hoozuki_44 2016年5月6日
同じ言葉でも喋る人間で意味が変わるのは当たり前だし。好きな作者だったら褒めるところを褒めて貶すところはスルーする。嫌いな作者だったら褒めるところをスルーして貶すところを貶す。最低でもそのくらいは覚悟しないといけない
The Raccoon(雑貨) @hoozuki_44 2016年5月6日
というか嫌いな人間が良い物作っててもそれはそれで腹が立つので、純粋に作品を楽しめないってのは悲しいものだな。
白川行雅 @shirakawainari 2016年5月6日
脱線だけど、人格批判でお困りの作家さんにお勧めの方法は、死ぬことです。死ぬと自分はいなくなるけど、作品は残る。つまり自分と作品との間に距離ができる。世界は知らないけど、日本では故人の人格を批判するのは一般的に良いこととは思われないし、そこでも抑止効果が働く。芸術家は死んでからが本番て言うじゃない。
ねこまろくはち㌠ @nekoma68 2016年5月6日
これ、発明家や研究者なら、その発明や研究の成果と人格が関係ないのは明白。芸術作品も同じはず。 当初は人柄に影響を受けても最終的な成果の評価は内容のみに寄るのは当然でしょう。 当人が人格者ではないから嫌いと言うのは自由だけど。
たるお@(´・ω・`) @tarumo 2016年5月6日
瀬戸内寂聴さんも出家する前は酷かったとか何とか。
A.C.✨NCC1710hh2 @AerospaceCadet 2016年5月6日
瀬戸内寂聴は今でも大抵でしょw。でもfhànaは許さない。 #5年後警察
ろくまる @maze99 2016年5月6日
山本弘さんが「神は沈黙せず」でそんなネタを書いていたっけ
ゲン @xyz0001abc 2016年5月6日
人格でファン辞めるのは勝手だけど辞めたあともグチグチ言ってファン辞める気がない人に 迷惑かけないでほしい
#53 @hsgwkyt 2016年5月6日
ジャケ買いするときにダメなジャケットの作品はスルーされるでしょ。作者の品性と作品の客観的価値はリンクしないけど、到達性が変わるのは仕方ない。だって他の人の作品も選択できるんだから。つまり、クソな作家の作品に金を出さないのは合理的だがクソな作家だったからといって今までの作品評価を変えるのは合理的でない、ということじゃないかな。
言葉使い @tennteke 2016年5月6日
それを当の作家が言ったらどう思うか、が冒頭のツイートじゃないの?→作家がろくでもない舌禍事件を起こしたからといって、Amazonレビューを荒らす風潮はイヤ。その意味で『作品と人格は別物だ』という風潮は、もっと広まって欲しい。
麻婆豆腐 @Gmammy102 2016年5月6日
どっちも一理あると思うけど、見る側も人間である以上「作者の人間性を知ってしまったらその作品見るたびその嫌悪感が持ち上がってくる」という「感覚」は否定できないんじゃないかな。 あらゆる美術芸術で、作者の生涯や創られた当時の心境や時代背景を紹介するのは鑑賞側に作品の奥深さを感じさせて価値を出すためじゃないのか。 その逆の効果もあるのでは。
麻婆豆腐 @Gmammy102 2016年5月6日
一旦「作者の人格」ってタグが付いた作品を、「それでも良い」と作品を好きでい続けることも、「嫌な気分になるから」と作品から距離を置くのも、見る側にとって「作品の代替がきく」かどうかも関係してきそう。
もるだでぃ(・灬・ )ノ @morudaddy 2016年5月6日
たいていの人は、どちらに重きをおくか、程よく使い分けしてると思われ。この作家は、人間性がどーあれ素晴らしいと思うのもあれば、あいつの書いた作品なんざ絶対読まんてものあるわいな。
ならづけ @nara_duke 2016年5月6日
少なくともエド・ウッドの人格はクソと罵られるほどでは無かったはず。
ゴイスー @goisup 2016年5月6日
あの騒動以降、ゲス極の歌詞がねぇ・・・ むずかしいねぇw
蓬莱山輝夜の中の人生やばいよアラート @houraisankaguya 2016年5月6日
素直に作品が良くて人格も良ければより応援できるって形にすれば良いんじゃないですかね… 双方に言い訳する暇があったらどちらも磨いてくれる方がこちらとしては有り難い訳で
ありよし/コアロン @TnrSoft 2016年5月6日
太宰治のエピソードがどれもこれもクズすぎて、「走れメロス」が笑える作品になってしまった。
こざくらちひろ @C_Kozakura 2016年5月6日
むしろ、日本では作家は人間的にクズでないと一流でないかのような言われよう。
葵真碧(mao aoi) @maochin39blue 2016年5月6日
なんか「有名人は清廉潔白じゃないと許せない」的な最近のクソ文脈に則った狭量な言及ですね〜。
カザール @qazar66 2016年5月6日
「作品がどんなに素晴らしくても、人格がクズな作家はクズなのだ」って言いたいのだろうけど、それは「人格がどんなにクズだろうと、素晴らしい作品は素晴らしい」と言うのを言い換えているだけなので、この議論は情報量ゼロ
じーさん @GAS474 2016年5月6日
刑務所のバザー「刑務所作業製品展示即売会」では良い品が安く買えます。 (食品や家具の他にも、オブジェや工芸品といった作品もあります。) これには、2重の意味・目的があって 1)犯罪歴があっても、良いものを作ることができる。との世間へのアピール 2)真面目に製作した品物は、世間が受け入れてくれる。との受刑者のアピール があります。
和田名久司 @sysasico1 2016年5月6日
qazar66 「人格がクズな作家の作品は、内容がどうあれクズ」にしたいんじゃないかと・・・。自分としては「少しぐらい人格に難が無いと、素晴らしい作品は作れない」に納得力を感じますが。ふた昔、某編集者兼作家が「作家なんて無茶苦茶全能感が強くて、表現する衝動に対して手段なんて選ばない」みたいな事を批判的に言っていたのを憶えています。現在その人のフォロワーしていますが、今は同様のことを肯定的に言ってますね。
和田名久司 @sysasico1 2016年5月6日
sysasico1 それでも「他人に迷惑をかけて、それを自覚しないのは自然に淘汰されるんだ」みたいな事は常々呟かれています。
ヒジャチョンダラ @citabow 2016年5月6日
tennteke そうですね、当の作家が言ったら「火に油」ですよね。ただ冒頭のツイートですと『作品を作る側の立場の人間』とのコトですので、基本的にOKだと考えます。人格破綻の免罪符に使われる恐れがあるから、『作品と人格は別物だという風潮はやめよう』とは思いません、もとより免罪符にならないのだし。
nimkanjinno @nimkanjinno 2016年5月6日
「作品と人格は別物」そのとおりだろ。男のエロ漫画家は童貞のほうがエロい漫画が描けるんだからな。
satou haru @satouharu1 2016年5月6日
2流以下の少女漫画家の多くは作品内でフェミ、女尊男卑を無意識にやってるから作品に性格って出てるよ。 超1流作品にそういうのはほとんどないからやっぱり人格は出るし、読者もなんとなく気付いてるだろう
satou haru @satouharu1 2016年5月6日
まとめのラストが無理やり中古である自分の正当化で笑えるw それが言いたかったんだろ、汚れ物w
MTF @URTDBL 2016年5月6日
作品と人格は別だし正しいと思うけど、その言葉が一部信者に「だから作者の犯した罪は無罪だ」という意味に使われてる気はちょっとする
初瀬 神楽 @Kagura_d34272 2016年5月6日
作者の人格や社会性に異常があったとして、作品がそれにどこまで依存するのかにもよるしのぉ。モーツァルトの作った曲とか作家の異常性を理由に批判されるべきなんやろかね?
ウェポン @weapon2011 2016年5月6日
「客観的な記録として残る」スポーツなら人格と能力は別で良いけど、「どれだけ他者の心を動かせるかと言う主観」こそが大事な芸術作品では、人格と能力は切り離せないと思うけどなぁ。と言うよりは「人格も含めて作品」と言うべきか。作者の人格のどこを見せるか、と言うのも、作品の一部として切って切り離せるものではないと思う。
ウェポン @weapon2011 2016年5月6日
あと、人格の破綻した天才の作品が評価されるのは「作品と人格が別だから作品だけ評価されてる」んじゃなくて「人格のマイナスを作品のプラスが上回ってるから」じゃないかと。別に切り離してる訳じゃない。いくらマイナスがあっても差し引きプラスなら評価されて当然。
クソリプ魔王 @urawazakun 2016年5月6日
作品がゼロでも人格がプラスなら評価されるんだって受け取れるコメントがあって「違う、そうじゃない」って感じがすごい…
ウェポン @weapon2011 2016年5月6日
urawazakun されると思いますよ、ふつーに。「大好きなあの芸能人が書いた作品だからつまらなくても買う」とか良くあるでしょう。それもまた評価の形。ただ、作品ゼロで人格だけで商売になるほどのプラスに持ち込むのは相当大変だろうけど。
クソリプ魔王 @urawazakun 2016年5月6日
作品への評価の仕方が人それぞれで、「人格なんて関係無い」と思う人もいるし、「人格者じゃないと嫌」って人もいるってだけで、後者が前者を諭しても知らんがなってなるし、前者が後者諭しても知らんがなで終わる話なのと、多分人格が問題であるって案件より、人格が問題だったから派生していろんな問題を引き連れて来る、という表現のが納得するのでは
ごえたろ @goetaro 2016年5月6日
教授とか小山田圭吾とかがクズだと知ってても特に何の気兼ねもなくYMOとかCorneliusを聞けるけど、吉野寿が他人の顔を模した人形の顔を轢くブルドーザーデモに参加するようなクズだと知ってeastern youthを聞くことが出来なくなってしまったので、やっぱり人間性と作品がどれだけリンクしてるかに寄るんじゃないんですかね。
スープ @den_ki_teki 2016年5月6日
感情に端を発してる以上、どっちが正しいとかいう問題じゃない。 間違ってるだの狭量だの言ってる奴とかんぶれは†悔い改めて†
Ando @ando_nandhi 2016年5月6日
作者の人格と作品とは確かに関係があるとは思うけども、読者や批評する側の人たちが、作品の内容や、漏れ伝わってくる作者自身についてのわずかな情報だけから想像する作者像がめちゃくちゃなものが多いから、「作品と人格は無関係ですよ」と言って全員門前払いしておくのが楽なのかも。
スープ @den_ki_teki 2016年5月6日
しかし『人格に問題のある人間の創作物を評価すると社会のためにならない』とでも? ってのは、麻薬とかやっても才能有ればまた仕事貰えるって話考えると一理ある。ヤク物だけに。
Ando @ando_nandhi 2016年5月6日
ちょっと前までは、「芸術とは自己表現なんだ」というのが当たり前だったのに、今では作家自身が「私の作品と私自身とは別物でございますので」と言うようになった。時代は流れる。
3mのちくわ(20禁) @tikuwa_zero 2016年5月6日
それは「言葉の意味が変わる」のではなく、受け止める側の「言葉の受け止め方が変わってる」だけ。 RT hoozuki_44:同じ言葉でも喋る人間で意味が変わるのは当たり前だし。好きな作者だったら褒めるところを褒めて貶すところはスルーする。嫌いな作者だったら褒めるところをスルーして貶すところを貶す。最低でもそのくらいは覚悟しないといけない
nekosencho @Neko_Sencho 2016年5月6日
で、逆にさ、当たり障りのない、誰も傷つけたりしない、聖人君子のような人が作った小説とか漫画とか絵とかだけになったら、おいらはけっこうな地獄だと思うんだがどうよw
スープ @den_ki_teki 2016年5月6日
極論は論ずるに値しない。
アカさん @aka_san0 2016年5月6日
音楽なんかは「作品と人格は~」とか議論するのも馬鹿馬鹿しいぐらいクズだらけだよね、早死にしてる連中は特に。しかもロクな死に方してないから、結果的にクズであることの報いは受けている。しかし残した作品は素晴らしい、と。そういう作者のクズエピソードも含めて作品の味わいになる、っていう意味ならまぁ関係あるんだろうけど。でもざっと読んだ感じ、そういう清濁併せ呑むようなニュアンスとも違うっぽいね。
marumushi @marumushi2 2016年5月6日
クズでも素晴らしい作品を生み出す奴はいるが、作品が素晴らしいからといってクズであることに免罪符を与えたるのはどうよって話じゃないの
かもしたゆうすけ @KamoshitaYusuke 2016年5月6日
「クズの作った作品は楽しめない!」ってのは消費者の自由だけど、そんな消費者に阿って品行方正たらんと努力するかどうかは作者の自由でしょ。一方で、素晴らしい作品を作ったからといって、作者が悪行をなしたときの免罪の根拠にはならん。その意味でやはり「作品と人格は別物だ」としか言えないのでは?
Ukat.U @t_UJ 2016年5月6日
むさいおっさんの北村薫がですね、覆面作家だった頃、正体は女子大生ではないかとか言われてたんですよ。作品から読みとれることなんてそんなもんですよ。
イズミ @sokonan 2016年5月6日
ただまあ、作品が好き→作者がゲス行動→中二病がマネということもあるから、若者向けコンテンツの作者はある程度自分を律して欲しい。
Ukat.U @t_UJ 2016年5月6日
山田風太郎の小説に「神曲崩壊」っていうのがあるんですが、錚々たる大家、人気作家がいかにダメ人間かを面白おかしく書いた話なんですよね。これ、面白いですよ。
アカさん @aka_san0 2016年5月6日
「作品と人格は~」をクズ本人が言うことの是非については、駄目とは言わないけど、認識が甘いと思うよ。作品を免罪符にできるほどの天才なんて、そうそういるもんじゃないからね。今の時代、たいていの才能は容易に替わりがきいてしまうので、クズはクズなりの報いを受ける。才能あっても嫌われて干されて、悲惨な末路をたどった人なんて山ほどいる。
九銀@半bot @kuginnya 2016年5月6日
作品と人格は別かもしれないけど人格に難点が見つかったら改善されるべきで作品が良いから人格はクズのままでも良いという事にはならないと思う
九銀@半bot @kuginnya 2016年5月6日
今の世の中一個人の代わりなんていくらでもいるんで良い人格だけをもてはやすのもアリといえばアリ。
麻婆豆腐 @Gmammy102 2016年5月6日
「才能と人格は別と思ってるけど、作品と作者への好悪ってのはまあリンクするよね、だからせめて考えて発言するか黙ってるかして欲しい」派。
まなみん@風邪気味 @manami_minazuki 2016年5月6日
でもみなさん、好きな作家さんがTwitterやfacebookしてたらフォローするし、作品の宣伝以外の日常生活のことや交友関係とか気になるんでしょう?
アカさん @aka_san0 2016年5月6日
エンドユーザーからすれば作品が全てであり、作者の人格なんてどーでもいいんだよ。知らなくても何ら問題ないし、知ってプラスアルファ(あるいはマイナス)あったとしても、それは隠し味程度のもんでしかない。だけど、一つの作品を商品化して世に出すまでにはいろんな人間が関わるわけで、そうした関係者たちにとっては、作者の人間性はそれなりに大事。誰だってクズとなんて仕事したくないに決まってるもんね。「凡庸な仕事仲間」に嫌われて消えていく「才能あるクズ」というのは、割とザラにある話。
slips @techno_chombo 2016年5月6日
そういえば作詞なんかも、実は男性が女性一人称の詩を書くほうが男性にウケる内容になりがち、ってのがあったりするみたいだしね。
他人 @Messiah_Justo 2016年5月6日
作品が商品として資本主義に組み込まれた現代のゲージツ家にとって、作品とゆーのは“表現の手段”なんかではなく「本物の表現」が可能になるまで食いつなぐための副業です。商品には還元されない表現を追求しようとするならばもはや黒幕としての人格にしか求められないと思います。人格を市場と妥協させた作家は市場に対しての「社員」となり、業績を上げることや、流行の追随、身分の維持が全てとなります。商売人としては成功するかもしれませんが表現者としての価値はないでしょう。
liatris @liatris_blog 2016年5月6日
大雑把にわけて作家を基本的に作品評価に含めない批評方法と、混ぜあわせてるものと、作家を論じるために作品を分析する方法と3つくらいあるかな。まぁ、よく作品論とか作家論とか言われてるアレな。個人的にはむしろ作家論が溢れすぎてて作品論が蔑ろにされてる感があるのでいい加減やめろって言われても、全く足りねえなぁと思っちゃう。まぁ観測範囲の問題かもしれんが。
ぢゃいける@厚真町 @jaikel 2016年5月6日
あ?石川啄木Disってんの?
ななしの鳴き声 @ahorieita 2016年5月6日
作家との関係性もその作品を読む一部だから作家の言動も作品評価に入って構わないと思う。結局、作品は"この人がいうから"みたいなところが究極的にはあるから
まっくろくろすけ @BlackCloudy 2016年5月6日
冲方丁とかアレですけど、作品は好きっすよww というか昔の文豪とかほぼクソですやんww
和田名久司 @sysasico1 2016年5月6日
BlackCloudy >昔の文豪とか。それを言っちゃあ、お仕舞めぇよ。
araburuedamame @rpdtukool 2016年5月6日
作品を楽しみたいから好きな作品の作者には触れないマン参上。人間出来てないんで、ムカつく奴の作品は楽しめないのでな・・・。
Mr.Boil @boil_san 2016年5月6日
作者が前面に出て作品を台無しにするようなこと言わなければ別にいいよ… それがウケてしまう人もいるけど。
節穴 @fsansn 2016年5月6日
仮に「非人格者の創作はつまらない」を真とすれば、「上から目線で他人の人格があーだらこーだらとごねる非人格者のTweetコメントと言った創作はつまらない」という結論になる
FX-702P @fx702p 2016年5月6日
また『「俺が気に入らない」に理由づけする』案件か。
不死身バンシィ @fujimi_banshee 2016年5月6日
クラシック音楽、絵画、文芸等々、「人格がクズな偉人が生み出した歴史的名作」なんて古典芸術にいくらでもあるし、また現在進行系で増え続けてますよね。むしろ人格破綻者の方が創作者に向いてるのではと個人的に思ってます。そもそも商業芸術って基本的にヤクザ稼業でしょ。一般的な良識とか道徳持ってたら却ってやりにくいのでは?
どうぐや🍠 @1098marimo 2016年5月6日
「人格評価の低い人間の表現は評価が低い」は単純に論理の誤りなんだけど、「人格評価の低い人間の行う表現の評価は下げるべき」だと社会規範の話になるから面白い。私はそういう規範も(程々なら)悪くないと思うし、でも嫌いな人もいるだろうな。
あぶらな @ab_ra_na 2016年5月6日
「人格評価の低い人間の行う表現の評価は下げるべき」が気に入らない理由として、「表現の評価を下げたければ人格攻撃をすればよい」が導かれちゃうってのがひとつありますね。
どうぐや🍠 @1098marimo 2016年5月6日
その人の人生を文脈にとらえて「あの人が言うと重みがある」なんて言うのも表現に人格評価が関わってないとありえないしね。それはそれとして「楽曲な書籍などの作品は多くの人が関わっている」という言い分は面白いけど。
D.D. @m_d_d_b 2016年5月6日
というか,作品を見る前に人格の問題が表に出ちゃうケースが今世紀に入って増えてきたような。俺,『らき☆すた』を知って見始めたのヤマカン監督降板騒動がきっかけだったんだよな… 合法的に人を傷つけるために絵を描いているとかいう狐なんとかさんの作品は未だに見てませんが。
D.D. @m_d_d_b 2016年5月6日
この件の論点がどこにあるのかよくわかりませんが(いくつか枝分かれしている感が。),似たような件でつい1ヶ月足らず前に考察がありましたのでご参考に。 良い物語(感動作)を書く人は,良い人なのか? http://togetter.com/li/960487
どうぐや🍠 @1098marimo 2016年5月6日
「人格評価が低い人間の表現の評価は下げるべき」は逆を言うと取り柄が無くても人から人格を評価されたり頑張りが評価されたりと、凡人にはありがたい効果も期待できる。あ〜まぁ国際競争力とか言われると良い影響になるとも言えないけど(悪い影響があるとも断言できないけど)
不死身バンシィ @fujimi_banshee 2016年5月6日
「昔と違って現在は創作者の人格が表に出る機会が増えてきたので、時代に合わせて立ち振舞に気を付けたり営業スキルを身につけることも必要とされてくる」って話ならまだ分かる
ヘルヴォルト @hervort 2016年5月6日
作家が人格破綻者で良い作品書けるというなら、家族や編集などの周囲の人がその作家が周囲に迷惑かけないように頑張るしかないと思うの。素晴らしい作品を書いたからといって他所様に迷惑をかけてはいけない。それだけのことだろ。
MJ @jaguarsan_jp 2016年5月6日
自戒は自分に向けて言うから意味があるし、リップサービスは他人に言ってもらうからこそ意味がある。そこをわきまえないと前者はただの空気強制だし、後者は醜い自画自賛。
あんとに庵 @antonianjp 2016年5月6日
ルー・リード先生をdisるのはやめてください。
bug_girlnboy_club @buggirlnboyclub 2016年5月6日
人格破綻者が起こしたコトの責任は本人が取らなきゃならんだろ。家族や編集さんが被害者になってる場合だってあるんだから。かつ、人格破綻者が作ったものが面白いなら消費したいと思う。
bug_girlnboy_club @buggirlnboyclub 2016年5月6日
すぎやまこういち先生の作ったイデオンの曲は最高ですから。
アレクシィ @alexy0216 2016年5月6日
本来は別なんだよ。作家の人格なんて知らないから。でもこれをどんな形にせよ知らされてしまった以上、良くも悪くもその人の名前が冠された作品を目にしたら「その作家の作品」として触れる前から評価に影響してしまうのは仕方ないし、それを別にしてくれと言うのは作家側のエゴだろ。
アレクシィ @alexy0216 2016年5月6日
それでもその作品に触れた上で「あいつはクソだけど作品は面白かった」ってなるかもしれんし。でも「あいつがクソだからこの作品は面白いけどクソなもんはクソ」って思う人がいてもそれはそれで仕方ないと思うわ。
まえもと @maemoto_moriya 2016年5月7日
坂本教授の音楽もすぎやまこういち先生の音楽も、右左なく素晴らしいものだ。
しだいもく@ @SHIDAIMOKU 2016年5月7日
いくら作品と人格は別物といったところで作者の人格があまりにも悪すぎるためにその作品の評価対象項目に作者の人格が入ってしまうことがあっても仕方ないよね。
ケットシー @kettosee333 2016年5月7日
作品の面白さが同じなら、「人格はすばらしいが未完の作家」と「人格はクズだが高確率で完結させる作家」ならどう考えても後者だろう?(あ、作者で死亡で未完は例外です)
ゲン @xyz0001abc 2016年5月7日
制作者側で「作品と人格は別物だ」と言う人ってそんなにいるの?
ちえりえ🔞 @aka_sola_cherry 2016年5月7日
作品読んで面白かったから作者の他の作品調べる時に、この作者性格やべぇってのが分かってしまうことある
kanata @kanata_onion 2016年5月7日
「作者がいい人だからいい作品」にはならないよなあ。なら、逆もまた然り。
たっこ @takotapon 2016年5月7日
「作者の性格は嫌いけど作品は好き」というだけならわかるんだけど、「作者の性格は良くないと思うけど作品は好きだからどんな問題発言をしても絶対褒め称える、文句言った奴は潰す」というのは変な感じがする。作者というよりファンの質じゃない?
たっこ @takotapon 2016年5月7日
最近良く見るのが、作家が炎上したときに「アンチの言うことなんて気にしないでください、◯◯さんの作品大好きだから応援してます!」という擁護なんだけど、こういうのが「良い作品を生産していればどんなに人格に問題があっても許される」という流れを作ってるんじゃないのかな。自分は「作品と人格は別物」だと思うからこそ、良い作品で人格の問題を帳消しにすることはできないと思ってるんだけどね。
つあらー(シルバーモデル) @botch_tourer 2016年5月7日
作品と作家は別だらかこそ、アホなこと言ったりやらかした作家は叩かれるしそれは当然。偉業を成し遂げた人物の犯罪が肯定されないのと根は一緒。
高橋雅奇 @TakahashiMasaki 2016年5月7日
みんな誤解してるかもしれんが 最初のひとがいいたいのは「「作品と人格は別物だ」という言葉を“「作品を作る側」の立場の人間が使い出すとその言葉の意味が歪められる”のではないだろうか」だろうが
高橋雅奇 @TakahashiMasaki 2016年5月7日
@nezikure "本当に有り得ないくらい気持ち悪い" 気持ち悪いのはそっちの方(アイコンも含めて)
@nezikure 2016年5月7日
TakahashiMasaki ぉ、そうですわね…(震え声)
@nezikure 2016年5月7日
何か知らないうちに纏めて頂いてたのでコメント書き込むつもりは無かったんでアレですけれど、結局のところ作品の評価と人格を混同すると『ボロを出した作家は叩いて良い空気』を作っちゃうだけだと思いますのよね…『作品を作る側の方が作品と人格は別という言葉を使うとその言葉の意味が歪められる』なんて言ってますけれど『それで困るの誰よ?』っていう…。誤解も何も『作家にソレを言わせない』事に何か意味がありますの?
@nezikure 2016年5月7日
『お客様は神様ですという言葉を客が使うのは違う』という例が挙がっていますけれど、非常識な客は普通に軽蔑されますが『それを店側が指摘して批判』したり『店から追い出す』とか『誹謗中傷の的にして良い』という法もない。結局のところ、それこそ『本人の品性』の問題であって、言葉の意味が歪められようと歪められまいと『お前にその言葉を口にする資格は無い』なんてさもそれが正しい様に言い出すのは、別段相手の上司や親ってワケでもない方が強いて良い範疇を超えてると思うんですけれどねぇ…
@nezikure 2016年5月7日
おかしな言動があれば、普通に人が離れていくのは自業自得ですけれど、それを『作品を作る側の方』にだけ強いるのもまた随分と破廉恥な物言いに思いますわ。
@nezikure 2016年5月7日
あ゛、あと全然関係ないけど @TakahashiMasaki さん…フォロワーの方にお願いして(※キチンと報酬を支払って)描いて頂いたアイコンを気持ち悪いと言われたのは地味に結構辛かったですのよ…全然関係ないけど、全然関係ないけど結構辛かったですのよ…
ゆびハモ @tainoyubiki 2016年5月7日
「作品を見るときに作者の人格が評価に投影されがち」というけど、それはどうしてだ?と考えてみた結果、多分SNSそのものの功罪なのかなと思ったり(ネット普及以前より作家の普段の姿がツイートなどを通じて読者に見えやすくなった)
ゆりミミズク @c_uzagrove 2016年5月7日
勝手にファン辞めたらいいのになぜその後も批判したりすんのかは理解出来ない そりゃ言動に問題があれば叩かれるの当然だけど本人が治す気さらさら無いならファン辞めたら? 別にいいじゃない人格と作品は関連つけるんだし人格クソ野郎な作者の作品は見なくて とは思うよね、別に私個人の意見だから押し付ける気は無いけど一応書き記しておこう
ゆりミミズク @c_uzagrove 2016年5月7日
そういう発言は慎むべきだし謝るべきだとは思う 人格悪いのを正当化すべきではないというのも分かる ただそこで批判しまくるのはどうよ、嫌いならほっときゃいいじゃんというのが要約された私の意見です
ヘルヴォルト @hervort 2016年5月7日
buggirlnboyclub 自分で責任取れたら人格破綻してないんだよなぁ
Carl @CarlEarth 2016年5月7日
長々書いてる割に「〜なはずだ」という主観的な願望のみが論拠だからか、極めて薄っぺらい主張。後の言い訳も上手く伝わらなかったというか元の主張曲げてるでしょ、頭悪い人が頑張ってそれっぽく書こうとするとこういう文章になるよな〜って思いました。
IJN(うた:少年少女合唱団みずうみ) @JapanNavy_Blue 2016年5月7日
声優の信者がこれで叩きを沈静化させようとしてる光景は某声優板でしばしば見かけた
クソリプ魔王 @urawazakun 2016年5月7日
(このスレの題材(人格破綻者のモデル)が某かめれさんなのか某枕狐さんなのかで話のベクトルが結構変わると思うので、「身内にくっそ迷惑をかける作家」と「攻撃力の高い作家」等で話を分けて進めると多分みんな幸せになるのと、どちらにせよ作品と人格は評価項目が別なので、そこも話を分けた方がハッピーになれる)
Aster tataricus @chishima846b 2016年5月7日
コメント欄を読んで素晴らしい評価される作品を書きたいと思いましたまる
小野阿久斗 @504timeout 2016年5月7日
作家側が言ったっていいでしょ。くだらない人格叩きをぶつけてくる変人だっているんだから、そういう輩の言葉を受けて人間性を磨くより「人格と作品は別もんだ」とうそぶいて作品を磨くほうがずっと世の中的に価値がある。
name @jkgkikllh 2016年5月7日
作品と人格は同質である。だからこそ心震わす作品を作った人間の生は全肯定され得る。生まれてくれたことに感謝する。作品が生まれるためには当然作者のこれまでのすべての過去の経験行動が必要である。どれか一つが欠けても作品はこの世に誕生しなかった。
bug_girlnboy_club @buggirlnboyclub 2016年5月7日
責任ってのは法的責任ですよ。そら、やってしまったことを無かったことにはできんから。あと家族や編集も被害者かもしれないって話は無視ですか。
橘内由輝 @kagerouttepaso 2016年5月7日
人格が捻じくれてたり抜けてたりするからこそ面白い作品が作れてしまうと思うけれど。作品に真摯なんじゃなく、自分に真摯なんじゃなかろうか。 作品に真摯な人はメロスは書かないでしょう。
goya4 @goya4 2016年5月7日
年代によって画風が全然違う有名画家を、どのように好む・敬遠するか?は鑑賞側の気持ち一つ、を常々信条としているので 表現者の著作物との距離感は各々違っていて普通。統一見解に一本化してしまうと多様性が失われる恐れが…
(V)・∀・(V)かにぱん。🦀🍞@つくば @kanipan666 2016年5月7日
このまとめられている方の言いたい事は、 「クリエイターは人格が破綻してても良い」 と、クリエイター自身が開き直るのは、そのクリエイター自身にとっても良くないのでは? ということだと思うし、賛成なんだけど、コメント欄が クリエイターはクソでも許されるか を議論してて噛み合ってないと思いました。
jjeioajjfkk @mzpjkgaGKjfva 2016年5月8日
プログラマーはアウトプットするコードが総てあり人格や素行などどうでもいいというのと同じ感。 でそのコードにはある種の誠実さというのは確実に現れると思うよのね。
あぶらな @ab_ra_na 2016年5月8日
kanipan666 「人は人格が破綻してない方がいい。クリエイターは人である。クリエイターは人格が破綻していない方がいい」この三段論法で十分です。
あぶらな @ab_ra_na 2016年5月8日
「作品の良さと人格の良さは別」から「作品さえ良ければ人格が悪くても構わない」を導くのがまずいのであって、「作品の良さと人格の良さは別」自体は何も間違ってないんですよ。
プレーンビスケット@タウイタウイ泊地 @plain_bis 2016年5月8日
石川啄木のような天才系愛されクズみたいな人格の場合、評価するべきは才能か作品か
節穴 @fsansn 2016年5月8日
要するにね、「素晴らしい作品を作り上げた実績」に対して「本人の人間性の悪さ」で相殺して拍手喝采する事を止めるべきではないし、逆に「本人の人間性の悪さ」に対して「素晴らしい作品を作り上げた実績」で相殺して殴る手を止めるべきではないのだよ。君らは同一人物を賞賛しながら同時に批難することが出来ないのか?と。
わふー @deyudeyu666 2016年5月8日
まあ素行悪いくらいなら ただし凶悪犯罪者はNG。 上には殺人犯だろうがテロリストだろうがってコメもあるけど パブリックエネミーに利益供与してもね…
柵田思量【φ(..)メモメモ】 @sakutashiryou 2016年5月9日
作者本人が作品と人柄は別なんだという話で思い出すのは、引退した野球選手があるチームのコーチにへ就任した際にバラエティー番組に出過ぎていたので最初は若手選手に舐められて苦労した話、
柵田思量【φ(..)メモメモ】 @sakutashiryou 2016年5月9日
sakutashiryou お笑い芸人さんが俳優として活動するのに真面目に演技してもふざけているとしか思われないので何本か意図的に凶悪犯の役などをこなしてイメージを切り替えるように努めたという話。
柵田思量【φ(..)メモメモ】 @sakutashiryou 2016年5月9日
sakutashiryou 当然、作品と人格のように行為と人格とは別なんだから大丈夫だと高を括っていてかなり苦労してしまったということで、事実として別であるが現実的には区別をつけない反応が多数派なんだと思います。
柵田思量【φ(..)メモメモ】 @sakutashiryou 2016年5月9日
sakutashiryou だから作品そのもの、人格そのものが問題なんじゃなくて、作品に対するイメージと人格に対するイメージの話なんであって、自分が抱いたイメージによる印象論が飛び交っているわけです。
柵田思量【φ(..)メモメモ】 @sakutashiryou 2016年5月9日
sakutashiryou 単なる印象論では無いならば、より普遍的一般的な話に持っていけば良いのだし、その場合は、例えば著者のプロフィールは原則非公開にすべきだとか、人格がわからないと作品は絶対に評価できないなどと先鋭化するんでないかな(・_・?)
IJN(うた:少年少女合唱団みずうみ) @JapanNavy_Blue 2016年5月9日
「あの人の仕事は素晴らしい∴人格も優れているに決まってる」という思考にハマってる奴がかなりの割合で存在してて、こういう連中は少しでも批判が出ようもんなら即座に「アンチ」のレッテル貼りと批判者の人格攻撃に走る信者側にありがちなパターン
BOT @cdgskssk 2016年5月9日
葉加瀬太郎の高嶋ちさ子擁護記事と反応が違い過ぎない?
YN,RedQueen @yn_redqueen 2016年5月11日
炎上における作家叩きはよくないと言いながら「あれは吐き気のするエゴイストの言い分だ」と自分から相手を罵るのか(困惑)。好きな作家が叩かれただけで号泣するガラスハートに配慮するのは難しすぎる
オブジェクト@図書館はいいぞ @oixi_soredeiino 2016年7月11日
作家の人格……はたしてその「作家の人格」という情報は正しいのかを疑っています。
みけねこ@ぐんにゃり @__mikeneko 2016年7月19日
好悪の対象が、人か、作品かを区別できていないだけでしょう 鬼籍に入ってる方や外国の方の作品を素晴らしいと言いながら、SNSで作者の日常を覗き見た人の作品は糞だっていう点と同じ
焼け石 @yakekogetaishi 2016年9月1日
本当は作品と作者は別で見るべきなんだけど、SNSのせいで「新作の情報を得るためにTwitterアカウントをフォローした結果見たくもない人格を見せられて作品が素直に楽しめなくなった」というケースは結構あるんじゃない? 感情で楽しむものなのだから感情で楽しめなくなるのはおかしなことではないし、そういう意味で無関係でないのは確かだよね。
焼け石 @yakekogetaishi 2016年9月1日
僕の経験した例だと、発言がアレでちょっとそういうこと言うのやめて欲しいなぁと思ってた作家さんが、自分に否定的なこと言った一般人RTして晒し上げて取り巻きに殴らせてたの見て、そこそこ好きだったのにその人も作品には一切触れないようにして、後でその人の作品思い返してもヘイトしか湧いてこない状態になってます。
焼け石 @yakekogetaishi 2016年9月1日
過去の偉人のクズさが気にならないのは単純に過去の話だからってのもあるだろうし、「○○らしい」みたいな又聞きの話じゃなくSNSで実際の本人の発言をより近い距離でリアルに感じられるようになったのもあるんじゃないですかね。例えば芸能人が何か犯罪をしてその謝罪会見をしたとしても「こういうことをしたらしい」ってことへの謝罪で、実際の犯行が動画で流されるわけでもないですよね
焼け石 @yakekogetaishi 2016年9月1日
yakekogetaishi 「その人も作品には一切触れないように」って誤字ってますね。「その人にも作品にも一切触れないように」です
ゆーくりっど @euclid890 2016年9月11日
なんにせよ「作品と人格は別物だ」って制作者自身が言うのがかっこ悪いことには変わりはない
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