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後藤寿庵 @juangotoh
かな漢字変換ができる日本語ワープロが登場したのは1978年。東芝JW-10なのだが、でかくて高くて(630万円)個人が買うようなものではなかった。当時新聞記事で見た記憶がある。そんくらいすごい発明だった。 upload.wikimedia.org/wikipedia/comm…
後藤寿庵 @juangotoh
ところでワープロ専用機って日本独自文化のような気がするけど、アメリカでもワングとかが専用ワープロを製造してた。WANG1200が1976年。Apple IIの1年前に発売されて、それなりにヒットしたらしい。 wang1200.org/images/wang120…
後藤寿庵 @juangotoh
ただ、アメリカだとパソコンが販売されるようになるとワープロ専用機あっという間に衰退しちゃったんだよな。
後藤寿庵 @juangotoh
思うにキーボードから打てばそのまま文書が完成する欧米と、かな漢字変換しないといけない日本で事情が違ったんだろうなあ。まず数千ものキャラクタバターンを収める漢字ROMが高価についたこと、かな漢字変換に大きくて時間を食うプログラムが必要だった事。8bitパソコンでは正直重い
いとうみき @miki_itoh
@juangotoh 日本だと、かな漢字変換があるので、8bit機全盛の頃でもワープロは普及してましたし、16bit機が主流になってからですかねぇ。減っていったのは。
後藤寿庵 @juangotoh
昔、ソフトレンタル屋(そういう商売あったのよ。パソコンソフトを3日とかの単位で貸し出す)でFM-8用ワープロソフト借りて来たら、単漢字変換で、JIS第一水準が音読み発音順に並んでることを利用した最低限の機能しかなかった。
後藤寿庵 @juangotoh
まあ、PC88シリーズとかMSX2以降とかになると、ちゃんとした辞書検索による熟語変換とかも出来たと思うけど、
後藤寿庵 @juangotoh
日本語ワープロ専用機が普及するきっかけが、東芝Rupo JW-R10。1985年の発売で、初めて10万円を切ったワープロなのよ。液晶10文字×2行表示という貧弱な液晶ディスプレイだけど、プリンタ内蔵だし、とりあえずA4文字文書が書けた
後藤寿庵 @juangotoh
10万円を切るってのは、ほんとすごくて、それ以前のワープロが数百万、数十万って、所詮オフィスでしか買えないじゃん。10万円以下となると、一気に個人購入に繋がる。
後藤寿庵 @juangotoh
Rupoが華々しく登場した時期に、僕は御茶ノ水のセレクトショップキムラヤで、直前のオフィス向け東芝TOSWORDの最安値モデルを3万円くらいで買った覚えがあるんだけど。これ確か20文字×2行くらいあって、初代Rupoよりよかったんだよね。型遅れになったので半額以下みたいな感じで
後藤寿庵 @juangotoh
80年代なかば、パソコンはカラーのCRTで表示面積も広かったけど、大概ディスプレイやプリンタはオプションで、一方ワープロは表示領域狭くてキーボード、表示装置、プリンタ一体という住み分けがあった。
後藤寿庵 @juangotoh
一方、パソコン並みの画面付きワープロも登場、そっちは20万とか30万とかしたけど、まあパソコンも20万とか30万とかしてて、違いはワープロは大概モノクロでパソコンはカラーって感じで
後藤寿庵 @juangotoh
なんていうかね、80年代後半、本気で文章書くなら専用ワープロみたいな部分はあったんだよね。パソコンとワープロ、くっつきそうでくっつかなくて、それぞれ特徴出していて
後藤寿庵 @juangotoh
もちろんこの時代パソコン用のワープロ用ソフトも発展するので、こと変換効率とかにかけてはパソコンもワープロもそれほど違いなくなってんだけど
後藤寿庵 @juangotoh
そうするとパソコンが制御できていなかった印刷時の「美しい書体」をワープロ専用機が主張しだす。80年代後半から90年代前半くらい、パソコンとワープロは、なんかすげえ対抗してたんだよな。
クロマチックと雷花 @Chromatic_MZ
@juangotoh 生まれてはじめて触ったキーボードは父親の書院でしたわ。
八橋壮太朗 @yatsuhashi99
@juangotoh インクリボン使うの好きでした。色変えてみたり(笑)
後藤寿庵 @juangotoh
80年代半ばから流行したパソコン通信。これが流行ってきたころ、ワープロ専用機にも通信機能がついて、おかげで「パソコン通信」が「パソコン/ワープロ通信」って呼ばれたり
後藤寿庵 @juangotoh
ただ、どうしても汎用コンピューターであるパソコンというのは、「コンピューター」に詳しくない一般民衆からは忌避される傾向があって、そういう層には電源ONですぐに文章編集できるワープロが受け入れられた。
後藤寿庵 @juangotoh
すでに手書き原稿で出版してた小説家の皆さんがデジタルに乗り出した時、使用されたのはパソコンではなくワープロ専用機だった。なので原稿用紙にきれいに印刷する機能が求められたり
後藤寿庵 @juangotoh
90年代前半くらいまで、「あの作家がワープロ導入したらしい」みたいな話がちょくちょく流てた。いきなりパソコンで小説書く小説家はあまり聞いた覚えがない。一方漫画家は最初からデジタル化=パソコンのイメージだよな。ワープロは絵かきマシンじゃなかったもんね。
後藤寿庵 @juangotoh
いや、ネームを自分で作成しないといけないマンガ同人誌では、ワープロ使用の作家も多かったですよ。写植の代わりにワープロってね
後藤寿庵 @juangotoh
結局のところ、「文章を書く」需要は常にに多く、「なんでもできる」コンピューターにはそれほど需要がなかった。また、タイポグラフィ的な文字の美しさ追求という点でも専用ワープロが勝っていた。これが日本で長いことワープロ専用機が使われた原因ではあるのだろう
後藤寿庵 @juangotoh
パソコンに関しては早い時期にNEC PC シリーズ買わないとソフト揃わないみたいな寡占状況になったこともあるのかなあ。ワープロはそれこそ画面表示、プリントアウト、キー配列まで各社かなり粘って「うちが最強」合戦やってたもんな。
後藤寿庵 @juangotoh
こと日本語入力効率において、富士通のOASYSが至高!みたな流れもあったじゃん。
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コメント

じーさん @GAS474 2016年5月13日
日本の文章レイアウトの要素も大きいと思います。  縦書き横書きの混用、A判B判の用紙サイズ、振り仮名などを自在に操れるパソコンソフトの登場にも時間がかかりました。
じーさん @GAS474 2016年5月13日
アメリカの文章は、タイプライターの普及からタイプライターでタイピングできる書式に進化、適応したように思います。つまり、文章様式として変化の少ない形になったために、初期のパソコンで実行可能であった。のではないでしょうか?
しめすへん@ネ人造人間 @shimesuhen 2016年5月13日
日本語ワープロの衰退はPC98が実用に入った段階から始まってるかと、売れ筋が松から一太郎に変わったあたり
たけ爺 @take_ji 2016年5月13日
後、エッセイ集か何かで読んだ記憶があるが、確か、起動の早さが段違いのため思いついたらすぐに書けるワープロの方がいいという作家がいた。
act @zaylog 2016年5月13日
アルプスがワープロの印刷装置部品の供給をもうちょっと続けていれば、もう少し生き永らえてた気もする。 電源をバチッと切っても、ポチっと電源再投入すれば終了時点から作業再開できるワープロは、PCのサバトめいた起動/終了プロセスに耐えられない層の需要が確かにあったのよね。
たけ爺 @take_ji 2016年5月13日
PC側が「OS付けっぱなし」「ソフト起動が早く」なるのに対してワープロ側は「高機能にした結果、起動が遅く」なって、アドバンテージがなくなった、という理由もあると思う。
緑川だむ @Dam_midorikawa 2016年5月13日
就職してからも90年代前半あたりはしばらくはPCじゃなくてOASYSを使ってた記憶があるから、やはりワープロ専用機が衰退したのはWindows95以降じゃなかろうか
緑川だむ @Dam_midorikawa 2016年5月13日
あのへんでPCのプリンタがドットインパクトからレーザーに変わって、PCの印字品質がワープロ専用機に匹敵するまで高くなった
たけ爺 @take_ji 2016年5月13日
後、ワ-プロはポータブルできる利点があった。windowsだけでなくノートPCの普及もワープロ衰退の原因だと思う。
細川啓%求職中断 @hosokattawa 2016年5月13日
管見の範囲の観察だけど、日本語ワープロ専用機に早くから触れて使いこなしていた人ほどパソコンへの乗り換えが遅かったような印象。まぁ、個人で購入してしまうと、そうそう簡単に買い換えられるものでもないけれど、会社の中でもワープロ執着派はいたな。初期には確かに日本語ワープロ専用機の方が優秀だったけれど、あの進取性と保守性の両立は興味深い。
bluemonkshood @bluemonkshood 2016年5月13日
東芝が、ワープロの技術を日本語ワープロソフトとして、RUPOをソフトとして、売ったり、日本語変換機能を別途ソフトとして、売っていたら、時代が変わっていたかもしれない。でも専用機のRUPOが売れすぎてしまったために、パソコン用ソフトとして、売るという発想が無かった。当時は、パソコン企業は、ハード全盛で、ソフトは、ハードを売るオマケだと思っていた。それをマイクロソフトがひっくりかえし、ハード企業がOSの奴隷になった。
bluemonkshood @bluemonkshood 2016年5月13日
でも日本語入力とか、日本語ワープロとして、東芝の技術が、今も、携帯での日本語変換に繋がっているんだろうな。
bluemonkshood @bluemonkshood 2016年5月13日
私はルポの次に、アップルに出会った。様々なフォントが自動収納されていて、複数のフォントを同時に使い分け、モニターに映った文書がそのまま印刷されたのには、びっくりした。ジョブスがカリグラフィーの美しさを取り入れたといっていたが、本当に綺麗だった。
あるぺ☆ @alpe_terashima 2016年5月13日
簡単な字を打つだけなら現在でもワープロ専用機の方が使いやすいんだよなぁ。PCなんて立ち上がり遅いしプリントするのに手間がかかって面倒臭い。だからPCを使っていてもワープロ専用機は壊れるまで使ったよ。今でも中古市場は賑わっているしね。
あるぺ☆ @alpe_terashima 2016年5月13日
ワープロ専用機が衰退したのは、PCが安価になったしわ寄せを食らったのも一因じゃないかと思っている。能力的にPCよりも安くしなければならないけど、儲からない位に安価に作るわけもいかないからね。
あるぺ☆ @alpe_terashima 2016年5月13日
そういう経験をしているので、現在の「何でもスマホで代用する」って考えにはいまいち賛同できない。その方面の機能を純粋に使う場合、やはり専用機には敵わない。
nekosencho @Neko_Sencho 2016年5月13日
そういやワープロ専用機はプリンタ一体型が有力だったのに、パソコンではif800とパナのMSXと、エプソンの98互換機くらいしかないよなあ。あとノート型で一つあった程度だと思う。
佐渡災炎 @sadscient 2016年5月13日
ワープロ専用機は、内蔵のプリンタの方が先にぶっ壊れたり陳腐化したりしてかえってコストパフォーマンスが悪かったので、パソコンに取って代わられた。今はプリンタのおまけ機能として細々と生き残ってる感じ。
佐渡災炎 @sadscient 2016年5月13日
Neko_Sencho MSXでプリンタ一体型はNational(パナソニックになる前)の4機種とSANYOの1機種。いずれも、プリンタの方が先にぶっ壊れても内蔵ソフトは内蔵プリンタにしか対応してないから結局丸ごと買い換えが必要、という構造的問題ですぐに廃れた。
和田名久司 @sysasico1 2016年5月13日
ワープロがまだ健在の時代。なぜ日本にパソコンが普及しないのかというのに、「日本は年賀状のためワープロ需要が大きい。アメリカは個人が確定申告するためカルクが使えるパソコン需要が大きい」とか雑誌にあったけど、どうなんだろう? 家は母親が仕事か町内会の書類作りでワープロ買ったけど、ずっと年賀状はプリントゴッコだったなあ。
佐渡災炎 @sadscient 2016年5月13日
bluemonkshood 東芝がMSX用に売っていた「漢字君」というワープロソフトは単体では単漢字変換しかできなかったが、オプションで連文節変換ドライバを追加することができた。この連文節変換ドライバがRUPOに搭載された物とだいたい同じ。この連文節変換ドライバのAPIが、後にMSX-JEというMSX用日本語IMEの標準規格になった。
佐渡災炎 @sadscient 2016年5月13日
サーマルプリンタ・ワープロ専用機全盛の頃は、メーカーや機種によってフォントやレイアウトに特長があったので、各警察の鑑識にはワープロで作成された脅迫状や怪文書がどこのワープロで印刷された物か特定する文字通りの「ワープロ警察官」がいたという。
和田名久司 @sysasico1 2016年5月13日
sadscient 会社の先輩が以前、赤報隊事件かなにかに使われたワープロを持っていたんで、任意の事情聴取受けたことがあるとか言っていたな。
catspeeder @catspeeder 2016年5月14日
むかし俺もワープロ使ってたけどPCが普及してフリーのテキストエディタに触れてからは、ワープロにはほとんど触らなくなったな。広い画面での一覧性、タブによる複数ファイル管理、ほぼ無制限のUNDO/REDO、GREPと正規表現による一括変換、キーマクロによる高速定型編集など、使えば使うほどに世界が変わったって感じた。
佐渡災炎 @sadscient 2016年5月14日
ワープロ全盛になる前は和文タイプライターで同様の特定作業が行われていて、和文タイプの場合はメーカーや機種だけでなくロットや製造工場による活字盤の僅かな違いまで識別する(それでグリコ森永事件の脅迫状を作成したタイプライターを20台まで絞り込んだ)という話もあるので、それに比べたら24ドットとか32ドットとかのフォントを特定するくらいは朝飯前だったのかも知れない。
catspeeder @catspeeder 2016年5月14日
ワープロの罫線機能や□記号・下線をフル活用してのオリジナルキャラクターシート作りにハマったTRPG者は結構いるはず。
うちゅぎひのえ @uchugi 2016年5月14日
Win3.1に一太郎の頃、Mac漢字Talk7に名前失念したけど縦書きレイアウト出来る日本語ワープロソフトも入れてたけど、実際に多用してたのは当時もうだいぶ年季が入ってたパナワードだった。多用の理由は起動の早さもあるけど、出力の綺麗さだった。あのころ(90年代頭)自分が手に入れられたホームユースPC用プリンタ出力は年季入ったワープロの出力よりずっと汚かったな
うちゅぎひのえ @uchugi 2016年5月14日
ここ25年ほどはすっかりテキストエディタで書いてDTPソフトに流し込むのが習慣づいてるけど、pomera買った時は「これってプリンタの付いてないワープロじゃね?」と思いましたw
にうら @mak_niura 2016年5月14日
OASYSでTRPGのキャラクターシートを作ってた時代を思い出した(まだ家にPCがなかった1990年くらい)。 またPC-9801のCコンパイラでコンパイルしたexeがOASYSに搭載されていた富士通DOS(Niftyクライアント用)で動いたのがびびった(互換性があるとは思わなかった)。
Épouvante @epouvante 2016年5月14日
PCのかな漢字変換って、「変換キー」→FDD「かっつんかつかつかつ」→3秒くらい→第一候補表示……だったやん。
SAKURA87@多摩丙丁督 @Sakura87_net 2016年5月14日
図画を同時に扱えるようになったというのも大きいのではないかな。スキャンして図を貼り付けられるワープロあっような気がするが。
ならづけ @nara_duke 2016年5月14日
家庭用はともかく、大口需要である企業の現場だとオフコン文化があったからね。機能が熟成されてて初期のPC用ワープロソフトより使いやすかったんじゃないかな。
犬山しんのすけ @shinnosuke_inu 2016年5月14日
ワープロで、投稿イラストにロゴ入れたり、ゲームブックのキャラシートを作ったりしてたなぁ U・∀・U .
のぶさ@MR2(SW20V型Gリミ) @nobu_azuma 2016年5月14日
シャープがワープロ専用機の書院とパソコンの複合機という今の価値観だとよくわからないが当時としては需要が有ったかもしれない製品を出してました
easyiizi1111 @easyiizi1111 2016年5月14日
PC98でMS-DOS版一太郎とか(あくまで趣味的用途で)触ってた時期に、「三行革命」(←さすがのGoogleIME先生も一発変換できない)とかが大々的にCM打ってて「どこに需要あんねん」と思ってたんだけど、それなりの理由があったのね。
えぬじー @mogyuboy 2016年5月14日
昔、同人用にパナソニックの単色(黄)CRTのワープロを使ってたのを思い出した。縦書きにも印刷できたので仲間内にも喜ばれてたなー、文字数が増えると遅くなってったけど。。PCは88でJETターミナルを使用。1万円で熟語変換も出来て当時はとても驚いた。
bubble sort @the_iron_ox 2016年5月14日
文芸部の顧問の先生から「次の予算で買えるようになったから好きなのを選んでいい」と言われ、保守も先も考えずにキャノワードを部室に入れてもらった。社会人になってからは自宅用にオアシスを買った。
bubble sort @the_iron_ox 2016年5月14日
紙の原稿用紙だと筆がちっとも進まなかったが、ワープロだと抵抗なく書けた。手書き原稿のほうが文章の密度が高くなるので、修行の意味で本当は手書きを続けるべきだったんだろうけど、原稿用紙を前に筆が止まってしまう自分には、高い投資ながらも道具を変えて良かったと今でも思います。
橋川桂(CV・山下大輝) @hashikawa_kei 2016年5月14日
卒業論文はワープロ専用機で書いた世代。ちょっと前の人たちの頃は、「論文は万年筆に限る」という信念の教授もまだまだいたという。
goya4 @goya4 2016年5月14日
他社文書コンバート機能標準搭載(FDD経由)、半角漢字が印刷可能、A4を一画面で原寸表示(縦横どちらも←液晶が90度回転する)目当てで、CASIOのを。故障したら中古で2台目を導入。
猿沢亀 増税反対・怜和がいいな @sarukame999 2016年5月14日
東芝のRupoを、何台か買い換えて使ったなあ。15、55とか、最後は98だったかな。最初にWin95でWord使ったとき、何じゃこのうっとうしいやつはと思った。エクセル方眼紙って、日本語ワープロ専用機の升目感覚が忘れられない人のためのものじゃないかな。
straysheep@職場復帰 @sheepfactry 2016年5月14日
文豪miniでCP/Mは、簡易なゲーム動かすのに使ったなぁ。文豪miniでも、mini7の一部はMS-DOS3.1が動いた。強者はHDDまで増設してた。 自分はmini5HGからHyper7(初代)に移行した時にMS-DOS化を試みたけどコマンドプロンプトまでたどり着けなかった(´・ω・`) と言うか、Hyper7の初代は何らかのプロテクト掛かってたっぽい。
straysheep@職場復帰 @sheepfactry 2016年5月14日
自分は、87年頃にカシオのやっすいFDDも付いて無いのを買って、1年位でキヤノンの「α-1」って言うポータブル機に買い替えた。コレは3.5インチ2DDのFDが使えた。とにかく、α-1からは住所録が作れるようになったのが助かった。 88年位に文豪mini5HGを買って、1200bpsのモデルボードつけてPC-VAN(現Biglobe)に加入したのも良い思い出。
Naruhito Ootaki @_Nekojarashi_ 2016年5月14日
母親の職場にあったOASYSを使わせてもらえたので「ワープロ写植」やったな。フロッピーが高価でね。専用フォーマットだから家電屋で買える一般的なフロッピーが使えなくて、OA専門店で買ったり。
BIRD @BIRD_448 2016年5月14日
今は「新JIS配置」が珍品化してるやね。
危篤前@彼女募集東北提督 @kitokumae 2016年5月14日
えーと、敬老会の会場はここでいいのですね?
nekosencho @Neko_Sencho 2016年5月14日
パソコンは使いづらいって層がかなりの割でいたと思う。たとえばMacだとAtEaseのような簡易GUI(MacはもともとGUIだけどさらに簡素にした)があったし、NECの98にも98ランチがあったし、SEGAのテラドライブ(IBM製PC,MSDOS機だけどWindows3.0も動く)にも簡易GUIがついていた。今はそういう層はスマートホンやタブレットが吸収したのかな?
bluemonkshood @bluemonkshood 2016年5月14日
sadscient 解説ありがとうございます。でも、ルポの名前は残らなかったのが、残念。
ITDOREIKUN @wtpgjmwtpgjm 2016年5月14日
Dam_midorikawa 私の周りではオアシスと文豪が生き残ってたって感じでしたね。Wordととロータスアミプロの普及と共にワープロは減っていったのかな
ITDOREIKUN @wtpgjmwtpgjm 2016年5月14日
オアシス変換、一太郎変換は思い出したくない案件…。 線が…線が…
hiroharu.minami @hiroharu_minami 2016年5月14日
ワープロ時代のキーボードといえば、五十音キーボードが結構あったなあ。カシオのワープロとかな。
(地球庶民)社会主義者akairoさん[岩間達人] @takashi7zzfe 2016年5月14日
ワープロソフトよりWindowsっていうのが大きいと思うけどなあ・・・Windowsが出るまでパソコン自体が好きな人が使う物か職場にあるものでしかなかったからねえ。文字を打ちたいというだけの目的に人にはパソコン自体が敷居が高かったように思う
はやし・しのぶ @Hirarinmac 2016年5月14日
最初に家に来たのは10行位表示できるFDD2基のRUPOか。おかんが仕事用に業務用OASYSを買ったな。最初のRUPOが壊れておとんが「RUPOがいい」ということで買ったRUPOにはLotus1-2-3が付いてた。キャノワードもあったような……。業務用OASYSは仕事の関係でCanon EZPSに行って我が家の専用機の歴史終了と。
眠る羊 @sleep_sheep2010 2016年5月14日
東芝のRUPO JW-R100を10年近く使ってた記憶があります。簡単な表計算くらいならできる優れ物(当時にしては)でした。晩年(?)は小説の同人誌作るのに活躍してくれました。
ちまき @rusty_glacier 2016年5月14日
文豪mini7R使ってたなぁ。これで小説書きまくっていたおかげでブラインドタッチ出来るようになったから感謝してる。
Toku @to970 2016年5月14日
文豪miniで文章書きから収支計画作成までやってたなあ。その時は1人1台配布じゃなかったけど勝手に自分専用にしていた。その前はNECのLANWORD/LANPLAN使ってた。それにしてもPC普及で書類の量とか昔に比べて(ムダな)仕事が増えたね。
三楽斎 @nekokagetora 2016年5月14日
ワープロではないけどその系譜で今も生き残ってるのはラベル印刷専用機ですね。カシオとかキングジムとか文具メーカーが作っているモノ。PCでもラベルプリンターを買わないとできないので、コスト的には変わらない。
言葉使い @tennteke 2016年5月14日
私は最初からパソコン&ワープロソフトだけど、個人的にプリンターの精度が上がったと決めつけている。ソフトに原稿用紙のマスに収まるよう印字する設定があっても、原稿用紙を引き込むときの力が毎回違って、微妙にずれてストレスマックスだった。今はそんなこともしなくなったけど。
えすぴー @espilab 2016年5月14日
もう専用機の需要など無いと思いきや、キングジムのポメラみたいな製品が出てくるのが面白い。
えすぴー @espilab 2016年5月14日
今でも、文書が入れられればいい、印刷できればいい、といった需要や、パソコンだとウィルス対策やセキュリティ更新やら何やで、手間やコストがかかり過ぎる、そこまで負担したく無い、と思うユーザー層はあると思う。 PC/AT互換機がすっかり安くなってしまったので、メーカーは考えなくなってしまったただけで。
Pero @Pero693 2016年5月14日
高校から就職後数年までワープロ専用機を使っていた身としては「パソコンの普及」より、「ソレによって高性能&低価格化したインクジェットプリンタの普及」の方がワープロ専用機捨てた理由になる。職場で普通に使えるプリンタが各部署に置かれて初めてワープロ手放した。
nbtnk @nbtnk 2016年5月14日
OASYS Vとかあったなぁ ワープロとは関係ないがX1TwinとかテラドライブとかPC98DOとか日本は何でニコイチが好きなんだろう?
アルビレオ@炙りカルビ @albireo_B 2016年5月14日
PC-98全盛時代もワープロ専用機は衰退してないよ。戦場をオフィスからコンシューマに移しただけ。だからTVCMなどはむしろ増えました。98+一太郎+プリンタよりはだいぶ割安だし、機能が絞られてる分ホームユースでは扱いやすかったという、今のスマホに対するガラケーとよく似たポジションでした。ワープロ衰退を実感したのはDOS/Vが広まり始めたくらいのタイミングだったなぁ(個人の感想です)
陸鷹 @Rikutaka_ 2016年5月14日
親指シフトは一打でかな一文字なんで、本当に早いんだけどなぁ。結構覚え易いし。
Ukat.U @t_UJ 2016年5月14日
世紀の変わり目まで職場に日本語タイプライターが置いてありました。用途は公文書用の人名を正しく打ち込むため。
nekosencho @Neko_Sencho 2016年5月14日
エプソンとかから、カラー写真を高画質でプリントできるプリンタが出たのがポイントかも。ワープロ専用機であの画質ってのは記憶がないし、ご家庭の場合、きれいな写真がプリントできるってのはかなり大きい選択理由になるでしょ
四国たぬき @ShikokuRaccoon 2016年5月14日
私が卒論・修論を書いていたころは、まだ、ワープロ全盛期。その中で、私は、唯一PC派で、PC-9801nvとP1.exeというマイナーな安いソフトで卒論・修論を書きました。私はノートPCですが、3年ぐらい上の先輩には、研究室に個人のデスクトップPCを持ち込んだ強者もいたとか。先生は、バーゲン品を買ったというワープロ専用機を使っていた。
アルビレオ@炙りカルビ @albireo_B 2016年5月14日
Neko_Sencho あれはWindows/Macになってインクの色数とかをアプリ側が気にする必要がなくなったからできるようになったんですよ。それとUSBになって繋ぐのも以前より高速かつ簡単になった。一方専用機はカラー画像まで対応させるといよいよ「中身はほぼPC」になってコスト面の優位性もなくなった
佐渡災炎 @sadscient 2016年5月14日
Neko_Sencho そのとおり。ワープロ専用機にトドメ指したのは、エプソンのマッハジェットプリンタですよ。
子ぬこ @konukopet 2016年5月14日
親指シフトは印刷会社のオペレーターとかの間ではいまだに現役なんだよな スピード求められる職場ではあれが最高ってことなんだろうな
nekosencho @Neko_Sencho 2016年5月14日
albireo_B エプソンのPM700Cだったかな、初期の6色インクの機種はプリンタポート使用でしたからUSBあんまし関係ないかと。特にMacの場合、PCや9801より高速なプリンタポートもフルカラー(印刷じゃなく画面表示)もかなり以前からありましたし。
乱土(労馬|軽石庵) @karuishian 2016年5月14日
最初が業務用のOASYSだったんで、罫線なんてものはShiftを押しながらカーソルキーを押せばどこにでも引けるものだと思ってた。パソコンだとそうはいかなかったw。でもまあ家庭用の廉価なワープロは、表示行数が少なすぎて使い物にならなかったし、そのうちキヤノンからBJ-10vが出て、パソコンでも手軽にきれいな印刷物が作れるようになったのでワープロ専用機は使わなくなっちゃったな。
内藤冥也 @nightmare999666 2016年5月14日
学生(それも確か中高生)の頃、確かNECの『書院』シリーズ使ってたかなぁ。お年玉があったとはいえ、当時7万以上した物体を、よく購入できたんもんだ。
アルビレオ@炙りカルビ @albireo_B 2016年5月14日
Neko_Sencho USBはついでに書いた別の話だし、Macの方のは高価すぎてその文脈で出してくることに無理があるかとw
bug_girlnboy_club @buggirlnboyclub 2016年5月14日
3年前まで父親がワープロ使ってました。私がパソコン組んでやったのに覚える気がなくて、壊れたパソコンをけっこう高い値段で修理(ちなみにシャープのサポートは終了してました)して死ぬまで使ってた。
危篤前@彼女募集東北提督 @kitokumae 2016年5月14日
いろいろ感想が無くもないですが、未だにテプラが生き残っている現状ではもう何も言う言葉は無くてですね。
catspeeder @catspeeder 2016年5月14日
たいがい昭和の遺物だと自認している俺だが、こういうコメ欄見てるとまだまだ若造だなと感じるとともに、これだけ幅広い世代の人間が年齢層を横断してコミュニケーションとれるネットってやっぱすげーなと思うのであった。あと親指シフトは習得していたはずなのに久しぶりに触ってみたら完全に配列忘却していてビビッた。
はやし・しのぶ @Hirarinmac 2016年5月14日
konukopet 印刷会社というより速記業とかのテープ起こしやってる会社じゃなかったですか?(4月に朝日新聞月曜夕刊の「凄腕つとめにん」で紹介されてた)それでもローマ字入力の方も増えてきたそうで。
mikunitmr @mikunitmr 2016年5月14日
ワープロ専用機が日本で衰退したのって、Win95以降じゃないかねえ。 Win3.1でやっとワープロメーカーがPC対応しだした感じ。
t_yano @t_yano 2016年5月14日
「文字しか入力できないがすばやく起動するもの」って需要が少し残ってたので、ポメラって製品があるんだろうな。生産終了したみたいだけど…
あかさたな @emesh 2016年5月14日
kitokumae 生残るどころか、PC接続のテプラがあるで。というか、今使ってる。VBA使ってAccessと連係してる。
nekosencho @Neko_Sencho 2016年5月14日
albireo_B LCやPerformaといった廉価版Macもありましたから、98とくらべて割高って価格ではなかったんですよね。ハイエンド機は青天井でしたけど、それを言えば98もXAなどバカ高い系列ありましたしw
アルビレオ@炙りカルビ @albireo_B 2016年5月14日
Neko_Sencho いやMacじゃなくてMac用のカラープリンタの話ですよ?その時代だとカラープリンタはあるにはあったけど、高価で一般的なものにはなってなかったと記憶してるんですが(Macは一応SEを持ってたので68k時代の話題ならついていける)
玉藻さん@地球 @Roseate_Rosy 2016年5月14日
パソコンでワープロソフトとプリンタ買うよりワープロの方が手軽だったし印字に関して言えば高性能だったという……フォントのドット数とかがね……
和田名久司 @sysasico1 2016年5月14日
漢字ROMの廃れ方とAXからDOS/Vとか細かく検証すると分厚い本にもなりそう。各社が独自手98対抗を諦めてAXを採用使用としたら、IBMのDOS/Vが黒船に・・・。
和田名久司 @sysasico1 2016年5月14日
パソコンと共にインパクトプリンタを買ったけど、漢字は16×16ドット。母親所有のワープロは24×24ドットだったかな。それでもワープロフォントなんて年賀状の宛名には不十分で手書きに勝るものは無かった。タイプライター文化との差異を(半分嘲りも入るけど)見せ付けられていた気分。
ふわうさ ⚒ 一挙両失 @mannin 2016年5月14日
インクリボンが高くてつらかったので感熱紙でプリントして重要なのだけコピーしていた思い出。あと当時ワープロの書体でメーカー当てできるオタクは結構いた(ここはグリーンウッドとか思い出しつつ)。
和田名久司 @sysasico1 2016年5月14日
家はサーマルプリンターだったからインクリボン使わず感熱紙オンリー。昔の感熱紙はコピーすると熱で真っ黒だったけど・・・。ここら辺はワープロユーザーとコピーメーカーのつばぜり合いがあったのかなあ?
secilia2010 @secilia2010 2016年5月14日
今こそ、日本の家電メーカーはワープロ専用機復活させるべき。電源入れるだけですぐ起動し、プリンターもついていて、日常生活にはそれだけで充分だから。
nekosencho @Neko_Sencho 2016年5月14日
albireo_B エプソンのPMシリーズならMacとPC(98含む)が兼用でしたから、Mac用と言っても価格は同じでしたね。販売店によって差はあったかもしれませんが誤差程度かと。たぶんバカ高かったのはポストスクリプト対応のレーザープリンタ(中にパソコン並みの機械が入っていていろいろ処理する……詳しくない人向けに念のため)だと思いますよ、プロ用というかお仕事用
天野譲二@『幻の未発売ゲームを追え!』発売中 @TOKYOMEGAFORCE 2016年5月14日
ワープロ専用機ユーザーの誘導策として、キヤノンはNAVI、IBMはプリンタ一体型ノートPC、東芝は一太郎と1-2-3をDynabookに搭載等を経て、オフィスのプリインストール戦争が勃発し、Win版OASYSとキーボードを販売した富士通と続く。
アルビレオ@炙りカルビ @albireo_B 2016年5月14日
Neko_Sencho うーん、語ってる時代がズレています。PMシリーズは「Windows/Macになってインクの色数とかをアプリ側が気にする必要がなくなったからできるようになった」時代の製品で、LCはそれより前の話なので、どの時代について語っているのかはっきりさせないと意味がないです。PerformaのPowerPC時代くらいならPMシリーズとかぶってるだろうけど、LCと並べて書いたらそこを指しているとは受け取れないです
欠陥炭素@投資はじめました。 @cabon08 2016年5月14日
自分で初めて買ったキーボード機は文豪シリーズだったなぁ。高校のアルバイト代を突っ込んだ。パソコンは一式そろえるにはお金かかりすぎたのと、家族の同意得られなかったんだよね。一番使ったのは、自分ではなくて兄だったと思うけど。 思えば、あれでブラインドタッチ習得したんだった。
欠陥炭素@投資はじめました。 @cabon08 2016年5月14日
90年代入った頃は、まだ学校に情報処理施設があるところはまれで、たまたま入学した高校は一式そろってた。確かシャープだったと思うが。それでワープロソフト使ったけど、本当に処理にもたついていらいらした記憶ある。PC触りたかったから情報処理部に入部したけど、生まれて初めて触ったんでさっぱり分からんかったw 先輩には、ゼビウスの音源自主制作してたり、簡単なゲーム作ってたりした人いたけど、その辺全く教えてくれんかったw
Danner🐱📖 @danner_2009 2016年5月14日
教師が覚えたての1行表示ワープロを使ったがために、学校のプリントが誤入力まみれになって混乱した。
ひかる @L0eujkiB7Rgm1zA 2016年5月15日
ワープロが一気に優位性を失ったのは、マルチタスクできないから。これはファイル間でコピペができない事も意味する。集計ソフトで表を作りつつ、それを基にしたグラフを別の文書の中に入れるとか、専用機には無理。今でも無理。作家業ならともかく、ビジネスで使い物にならない。
たけ爺 @take_ji 2016年5月15日
L0eujkiB7Rgm1zA そう、逆にシングルタスクと起動速度での圧倒的な有利性がワープロにはあった。スイッチ入れて5秒以内には文字が書ける状態になるというのは、win95時代にも無かった利点。「文を書く」だけならワープロが圧勝していたんだよな。変な表機能とか付け始めて利点を「自ら潰した」のが敗因。
たけ爺 @take_ji 2016年5月15日
「プリンタ外付け、文字入力(テキストファイルのみ)特化・モバイル用に軽量化」すれば今でも生き残っていたと思う。スマホでという人がいるかもしれないが、「スマホで他の作業しながらでも」同時に文章が書けるというのは、すごい利点になっていたと思う。
シナモン屋三度笠 @cinnamonYAAAH 2016年5月15日
ワープロ使っていた人がこんなに多いところはあまりないと思うので、ちょっと質問してもいいですか? 親指シフトについてまとめてたんですが、一つだけわからないことがありまして。新JISキーボードのワープロを買われた方いますか? 業務用は全社出したと、書いてあったんですが、家庭用はどうなのか、わからなくて……。後ついでに、かなとローマ字どっちで打ってましたか? よろしくお願いします( _ _ )。
くおんみどり◯作品集単行本(2冊)好評発売中 @midorik 2016年5月15日
80年代にアシに通ってたトコのセンセイ(漫画家)が四畳半のワープロ専用部屋で場所を埋め尽くし鎮座しているワープロ一式を見せてくれた事あったなぁ。富士通だったような記憶が…。「これからは漫画家もワープロでシナリオ書く時代やで」みたいな。液晶広い松下のワープロはMSDOSベースだったので小細工するとDOSが動いたなぁw
押井徳馬(おしーとクマ) @osito_kuma 2016年5月16日
子供の頃、父に「日本語ワードプロセッサなる物が出来た」と聞かされて、英文や和文のタイプライターの仕組みしか知らなかった私は「この機械のどこに活字が入ってるの?」と聞いた覚えがある。「ドットの組合せで字を作って印刷する」と聞かされて、「こんな発想があったとは! なるほど、和文タイプみたいな何千個もある活字が要らないわけだ」と驚いた事を今でも覚えてる。
押井徳馬(おしーとクマ) @osito_kuma 2016年5月16日
大体の値段で、ワープロ専用機は数万円から数十万円、日本語ワープロを入れたパソコンは五、六十万円以上となると、ワープロ専用機の方が庶民には手が届きやすかったのは確かです。
ヘボピー @hebop_ 2016年5月16日
東芝ルポは、同音異義語だと宗教関係の用語が変換の先頭に来やすかったような記憶が。あと、確かパナソニック系に装備されてた、変換前にあらかじめ単語や文節を切り分けておく機能は、今でも便利な機能だったと思っている。現代でも変換時に単語や文節の修正は起こるからなあ。
佐渡災炎 @sadscient 2016年5月17日
Neko_Sencho 当時のMac用ハイエンドプリンタ(DTPに使うような奴)ってSCSI接続だろ。
辻本さん @tsujimoto_ 2016年5月19日
「卒論を書くために文豪miniを買う」のが周囲で大流行していた記憶が。
のぶさ@MR2(SW20V型Gリミ) @nobu_azuma 2016年5月21日
take_ji OASYS FROM9、30ADとかオアシスポケットとかプリンタ分離型の携帯機種は実は当時既に有ったのです。そして主流にはならず絶滅しました。当時のモバイラーには東芝リブレットのような小型PCにDOSのスクリーンエディタの方が手軽だったんじゃないですかね。
十三沢ゆり @juli13sawa 2016年5月29日
danner_2009 あー、地元の安売り店で3万円くらいで買えたので、ちょっと気持ちがぐらついたことを思い出しました、「一行ワープロ」。当時から「安売り店でも3万円って」という妥当性の薄さが気になったほどですが。初めて満額ボーナスが出た日、仕事帰りに15万円握りしめて「書院」のあんまりグレード高くないヤツを買ったのもいい思い出です。
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