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リンク ゲンロンカフェ 岡倉天心『東洋の理想』(1903)を読む ゲンロンカフェ
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風景/藤城嘘/地獄 @lie_
上級コース、本日は「東洋の理想」を読みます! #新芸術校 pic.twitter.com/UxCpdqaIA1
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ゲンロン カオス*ラウンジ 新芸術校 第2期 上級コース、三回目の今日は、「原理を学ぶ #1」として、岡倉天心『東洋の理想』(1903)を読みます。まずは、文化官僚としての岡倉天心の活躍した時代背景等、じっさいの読解(読書会)に向けての、黒瀬講師からのレクチャーから。#新芸術校
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生前、全ての本を英語でしか書いていない天心。通訳や文化財調査をしていた官僚としての側面から確認。29歳で国の最高機関ともいえる東京美術学校の校長に! #新芸術校 pic.twitter.com/m1MHxeYqHv
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つまり「東洋の理想」も原著は英語で、翻訳されたものがいく種類もあります。 ちなみに僕が先日手に入れたのはこのバージョン、志賀重昂による日本初ともいえる風景論も収録されているゾ。 #新芸術校 pic.twitter.com/IvX9dsIILC
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日本がそもそも文化財とはなにか、美術品とはなにかも定めていなかった時代のお話がつづく。近代国家として歩き出したばかりの日本の美術像とは。 #新芸術校
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九鬼周造の父親は九鬼隆一の妻との不倫相手の岡倉天心だった?!スキャンダルの末、東京美学校を追い出される天心。 #新芸術校
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「東洋の理想」の序文と終章はインドにて書かれ、熱を帯びたものとなっている。この部分が重要。 #新芸術校
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狩野芳崖の絵はあまりにも上手く、フェノロサの要請「狩野派のテイストを残しつつ西洋画の空気感を」というものに見事こたえた。しかし、あまりにもイラスト的。日本のイラストの原型とまで言える、と黒瀬。 #新芸術校 pic.twitter.com/zSw8xpAwat
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なぜなら、「西洋美術まとめ」+「東洋美術まとめ」というように観念的に生まれた美術だからだ。日本美術(日本の官僚が支えてきた美術)はこの数式的な観念の美術から始まったともいえる。 #新芸術校
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実況しすぎたかな?上級コースらしい、踏み込んだ内容になっている、感 #新芸術校
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「東洋の理想」は「総てはインドから始まった、でも今は何も残ってない。日本は幸い端っこの国なので、あらゆる物を見てきたしあらゆる物が流れ着きそれを保存してきた、だから俺たちがやるっす!」というかんじの本。 #新芸術校
うりぼー@五反田界隈 @linacana
インドから帰ってきた岡倉天心は、茨城の五浦をひとめで気に入り、居を構えた。瞑想をする場だった六角堂は311の津波で台座のみに。天心が生きていたらどんなに悲しかったか…。 #新芸術校 pic.twitter.com/sWOoOYFNiK
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2コマ目はグループディスカッションです。黒瀬さんが指名したリーダーを中心に、読解・批評・応用の観点で議論を進めています。 #新芸術校 pic.twitter.com/6dxcXxy85P
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黒瀬講師から指定のあった読書会(グループディスカッション)のポイントは、1.『東洋の理想』はどのような本だと思うか(読解)2.議論すべき点はどこにあったか(批評)3.自分たちの今後の活動のヒントはあったか(応用)の3点。実作の講評等とはまた異なった熱を帯びています。#新芸術校
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3コマ目はグループごとに議論の発表。受講生から「『東洋の理想』ではなく『東洋の偽装』ではないのか」との問題提起が。「アジアはひとつ」なのか。 #新芸術校 pic.twitter.com/Rkdc5GwCUr
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自らを定義する際の自己言及的な所作が不可避的に孕んでしまう危うさ、ある種の胡散臭さは拭い切れない。理想としてそれを世界に広めるという系がある一方で、日本美術というものは本当に存在するのか? 存在するとして現代を生きる自分たちにとって、どのように参照されるべきなのか。#新芸術校
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アジア的なもの、或いは日本的なものとしてわざわざ日本やアジアの芸術の特徴を取り上げて何かを強調するべき必要はあるのか? ことさらに「民族」として何かを分け、維持しよう、保持しよう、広めようという気持ちは分からないし、その必要は私には感じられない。というような声も。#新芸術校
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一方で、黒瀬講師からは、では、何もしなくても良いのか? もしかしたら「放っておいたら(今、自分が発見したこの日本美術、アジアの芸術が)無くなってしまうんじゃないか?」という問題意識、危機感が、岡倉天心にあったという可能性も考えられるのではないか? とも。#新芸術校
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日本やアジアの美術はあくまで「宗教」のためのものとして成立していたことが(天心の意に反して)逆に証明されてはいないだろうか? つまり、現代の用語としての「美術」の概念に照らし合わせれば、日本には古来そのような意味での「美術」は存在しなかったのではないか? という意見も。#新芸術校
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黒瀬講師からは、こんな所感も。曰く、みんな『東洋の理想』を一つの(動かざる)「歴史書」として読んでしまっているように見受けられる。しかしそれは果たして正しいのだろうか。→ #新芸術校
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