10周年のSPコンテンツ!
2
shinshinohara @ShinShinohara
ひどく逆説的なのだけれど、人間に絶望しているからこそ人間を信じられる、ということがあるのかもしれない。それを考えさせられたのが、良寛さんのエピソード。良寛さんは子供らと手まりをついたり凧揚げしたり、短歌を歌ったりとずいぶんのんびりしたイメージだが、良寛さんは2度殺されかけている。
shinshinohara @ShinShinohara
川を渡るために船に乗った良寛さん。ところが船頭は良寛さんの噂を気に食わず、どんなひどい目にあわせてやろうかと企んでいた。船をわざと揺らし川へボチャン。袈裟を着て泳げない良寛さん。溺れてもうだめだという瞬間、船頭がようやく船に上げた。その時、良寛さんは驚きの行動に。
shinshinohara @ShinShinohara
「あなたは命の恩人です」心の底から感謝している様子の良寛さん。船頭は呆気に取られた。岸について立ち去る際も、何度も「ありがとう、ありがとう」と心底感謝しながら立ち去ったという。 このエピソードを知って、良寛さんの底知れない、深い絶望を垣間見たような気がした。
shinshinohara @ShinShinohara
良寛さんは恐らく若い頃の修行で人間に絶望したのだと思う。ふとしたいたずら心で人間を殺してしまうことがあるくらい、人間は残酷な生き物。船頭が良寛さんをいたずら心に殺しかけたように。しかし船頭は、最後に仏心が生まれ、助けた。良寛さんには、それが奇跡のように心底思えたのではないか。
shinshinohara @ShinShinohara
いたずら心で殺されても仕方なかったのに、私を最後に助けようとしてくれた。その「奇跡」に出会えたことに狂喜し、心底「あなたは命の恩人です」と思えたのではないか。相手は自分を殺そうとした張本人なのに。 仏心が生まれたことを奇跡に感じるほど、良寛さんは人間に絶望していたのかもしれない。
shinshinohara @ShinShinohara
人間は残酷なもの、醜いもの。そう絶望し、全く期待しないからこそ、良寛さんは人間の心の中に良心や仏心を垣間見たとき、絶望の闇に差し込んだ奇跡の光のように感じられたのではないか。殺されかけたのに感謝し、喜べたのは、人間に何も期待しない絶望を受け入れているからかもしれない。
shinshinohara @ShinShinohara
人間に何も期待しない。人間に絶望する。だからこそ人間が美しさの片鱗を見せたとき、この上なくいとおしく思える。それが良寛さんだったのかもしれない。絶望していたからこそ、良寛さんはあんなにも優しくなれたのかもしれない。なんと底知れないお坊さんだったのだろう。
shinshinohara @ShinShinohara
船頭に殺されかけたら、普通の人は怒るだろう。よくもやったな、と報復感情に囚われるだろう。なぜなら、船頭は川を無事に渡らせるのが仕事だ、と期待しているから。期待を裏切られたから怒る。ある意味、船頭を信じているのはごく普通の人だ。他方、良寛さんは絶望し、一切期待していなかった。
shinshinohara @ShinShinohara
普通の人は期待する。相手はこう動いてくれるだろう、と。その期待が裏切られると怒る。 良寛さんは一切期待しない。相手はイタズラで自分を殺すことだってありうる。だから少しでも良心を見せてくれると望外の喜びを感じて感謝してしまう。そうして、周囲の人々に仏心を育んだのだろう。
shinshinohara @ShinShinohara
人間に絶望すると、人間に全く期待しないと、逆説的に人間の良心が少しでも垣間見えた時に奇跡が起きたかのようにみずみずしく感じ、感謝の気持ちが生まれるのかもしれない。そして人間って、もっと信じてもよいのかもしれない、と感じるのかもしれない。人間に絶望するから人間が信じられる。
shinshinohara @ShinShinohara
「信じる」という言葉は多くの人々にとって「期待する」意味。「信じていたのに裏切られた」という台詞は、相手にある行動を期待していた、という意味。良寛さんは「期待する」という意味では全く人間を信じていなかった。良寛さんは恐らく、「祈り」という意味の信じ方だったのではないか。
shinshinohara @ShinShinohara
人間は実に下らなく残酷な生き物。全く絶望している。一切期待しない。しかしそんな最悪な人間が、時に見せてくれる良心。奇跡が起きたかのように嬉しくなる。絶望していたがゆえに。 人間は時に美しい。その感激を何度でも味わいたい。そうした「祈り」が、信じるという意味ではないか。
shinshinohara @ShinShinohara
人間は時に素晴らしく美しい。その美しさに出会う奇跡にまた巡り会いたい。そんな絶望を背景にした祈りこそが、真に「信じる」という行為なのかもしれない。良寛さんはその域に到達した、とんでもない坊さんだったのかもしれない。
shinshinohara @ShinShinohara
人間に絶望しないと人間を真の意味で信じられないとは。人間というのは、なんと皮肉な生き物なのだろう。
shinshinohara @ShinShinohara
ピケティ氏の登場で理論的基盤を得て、サンダース候補の登場で資本主義の旗手だったアメリカに変化が訪れようとしている。それでもなお金持ちが自分にだけ有利な社会(弱肉強食社会)を実現しようとすれば、穏健なピケティ氏的理論ではなく、恐るべきイデオロギーを別に生むことだろう。
shinshinohara @ShinShinohara
金持ちは機を見るのに敏。明らかに風向きが変わってきたことを肌で感じているだろう。そろそろ、自分にだけ有利な社会を作ろうという無謀は、お止めになった方がよいのではなかろうか。

コメント

コメントがまだありません。感想を最初に伝えてみませんか?

ログインして広告を非表示にする
ログインして広告を非表示にする